第6話 無能の水魔法使いは歴代当主に修行をつけられ、最強(自称)へと成る⑥
突然の免許皆伝とここから出て行け宣言により、俺は嬉しさと困惑の両方を感じ取る。
「ど、どういうことですか?!免許皆伝ってのは嬉しいんですけど、ここから出て、魔法を学べというのは?俺はお役御免なのですか?」
俺の焦りにウィルター様は複雑な笑みを浮かべる。
『お役御免なんて、とんでもない。そのままの意味ですよ。君はここで五年間僕達や「水之世」で多くのことを学びました。しかし、それももう十分でしょう。ミナト君はもう一人前です』
一人前?俺が?
そんなはずない。
ウィルター様のゆっくりで優しい言葉に、俺は強く反論する。
「でも、まだ俺はウィルター様やシズカ様、レイン様から学んでいない事がまだまだあります」
『そうですね。僕も君に教え切れていない魔法や魔術があります。本当なら免許皆伝なんて、まだまだ先の話です』
「だ、だったらどうして?」
『もう限界なんです』
「え?」
限界?どう言う意味だ?
『実はですね。僕達のような幽霊は本来、ずっと起き続けることは出来ないんですよ。人間と同じ眠っていないと。今までは君との訓練のために五年間起き続けていましたが、それも限界です。僕達は今日から眠りにつこうと思います』
「そ、そんなぁ………」
余りに唐突すぎることで、理解が追いつかない。
俺は焦っていた。いつもの日常が壊されることを。
この五年間、レイン様・ウィルター様・シズカ様の三人からいろいろなことを学び、稽古をつけてもらった。
それだけで無く、「水之世」のあらゆる魔物と戦い、水魔法を鍛え続けた。
それは本当に有意義で充実した時間だった。
五年前の俺は唯一俺を気に掛けてくれるマリ姉の期待に応えたくて、魔法を練習していたが、ぶっちゃけ俺は魔法が嫌いだった。
だって、四級水魔法〈ウォーター〉すらも発動出来なくて、周りからは馬鹿にされ、落第貴族なんて呼ばれてた。はっきり言って、俺が魔法を嫌いになる要素全開だ。
アクアライド家に生まれた自信を恨んだほどだ。
でも、レイン様に出会って魔法に対する認識が変わった。
魔法を楽しいと思えるようになった。
もっと鍛えたい。もっと上に行きたい。レイン様のようになりたい。
毎日そう思い続けていた。
実家のマリ姉や父親なんて忘れてしまうぐらいに。
五年前の俺が想像できないほど、この五年間を楽しんでいたんだ。
それが無くなると思うと、怖くなってしまう。もっとこの日常を楽しみたい。切実な思いで、ウィルター様を見る。
俺の視線を受けて、ウィルター様は近づき、弟に接する兄のように頭に手を置き、撫でる。
『そうな深刻な顔をしちゃだめです。大丈夫です。今のミナト君なら何があっても自分で切り抜けられると信じています。あなたは僕の自慢の弟子です』
「ウ…ウィルター様………」
やばい、涙が出そうだ。
生まれてから父親に与えられたものなんて失意と罵倒と暴力だけだ。
こんなに優しい顔で「自慢の」なんて言われたのは生まれて初めてだ。
それでも泣かないように歯を食いしばる。
俺の泣いた姿なんて恥ずかしくて三人に見せたくない。
そんな俺に追い打ちをかけるようにシズカ様がそばに来て、姉のように俺の頬を撫でる。
『ミナト殿は未熟な面もあれど、どこに出しても恥ずかしくない拙者の門弟でござる。ここから出ても鍛練を怠るでないでござるよ。あと…風邪を引かない事でござる』
「シズカ様……ううっ……」
シズカ様の温和な言葉にとうとう涙腺から液体がこぼれ落ちる。
本当の兄弟じゃないけど、"兄や姉"と別れるのは辛い。俺にとって、ウィルター様は兄、シズカ様はマリ姉と同じく、姉同然の人となった。
そしてレイン様に関しても……、
『あー!だから泣いてんじゃねぇ!今世の別れでもねぇだろ?!』
顔の造形だけは実の父親とそっくりなレイン様はぶっきらぼうに言う。
行ってきます、"父さん"。
勝手に俺が思っていただけですが………貴方は俺の父親ではないですが、俺の父親です。
涙を手でぬぐい、旅立ちの決意を固める。
それを見てとったウィルター様は自身の首にかけていた首飾りを外す。
それは小指の先ぐらいの小さな青い勾玉が紐で通された素朴な首飾りである。
取り外した首飾りをこの空間の中央にある霊水の湧き出る泉に浸す。
すると、浸した首飾りが光り輝く。
それを確認したウィルター様は首飾りを泉から出し、俺に見せる。
『ミナト君、選抜としてこれを渡します』
「こ、これって?!い、良いんですか?貰ってしまって?!」
『はい。僕が生前に作った錬金道具の一つです。僕が持っていても仕方ないので、君にあげます。大切に扱ってください』
「あ、ありがとうございます!!」
俺は貰った首飾りを自分の首にかける。
「その錬金道具は内部の機構や原理を正しく理解していないと、完全に扱うことは出来ません。今のミナト君でもかなり難解でしょう。ここを出た後、様々な錬金術に触れて知見を広めていけば自ずと扱えるようになると僕は思っています』
次にシズカ様は自身のマントを抜き取って俺に渡す。
『では、拙者からもこれを』
「こ、これは?……あ、有り難いのですが、ちょっと大きいですね」
『大丈夫でござるよ。かけてみるでござる』
「わ、分かりました」
渡されたマントは柄も印もない、真っ白なもの。裏地は水色であり、ウィルター様から渡された首飾りと同じく素朴なデザインである。
だが、なにぶん大きい。
シズカ様はなんと百九十センチもある超長身の女性であるので、マントも俺には大きすぎる。
と思い、かけてみると、
スルッ。
なんとびっくり。マントが俺の身長に合わせて縮んだ。ただのマントではない!
元から俺の物かのように、ピッタリと俺に馴染んでいる。
『それは”ある存在”から貰ったマント。ただのマントではないでござるよ』
「っ?!本当にありがとうございます!これも大切にします!!」
ある存在ってのが気になるが、今は感謝だけしておく。
何度もお礼を言い、ついにレイン様に向き直る。
レイン様は横目で俺を見て、
『何だ?俺から渡す物なんて何も無いぞ』
「違いますよ。俺はただ、これだけは言いたくて」
『……何だよ?』
「レイン様はいつまでも俺の憧れです!」
『………………………………あーあー…そうかよ』
それだけ言って、レイン様は俺の背中を見せ、俺を見ないようにする。
これまでの経験則から、俺がこれ以上何かを言ってもレイン様が答えることもないだろうし、振り向くこともないだろう。
諦めて俺はウィルター様とシズカ様に向かって、最後の別れを言う。
「それでは行ってきます」
『いってらっしゃい』
『行ってくるでござる』
『………』
二人の激励を受けた俺は踵を返し、ボス部屋に続く隠し通路へ行く。
隠し通路からボス部屋に行って、そのまま上へと目指せば、ダンジョンから出ることが出来る。
俺は墓地のある空間の壁際まで行き、壁に手を当て、魔力を通す。
そして壁に魔法陣が現れ、先まで壁だった所に穴が空く。これが隠し通路である。
さあこれから旅立ちだ…………、
『おい、ちょっと待てミナト!!』
いきなりレイン様に大声で呼ばれる。
もう振り向かないと決めていたが、反射的に振り向いてしまった。
振り向くと、レイン様がこっちを見ていた。
俺とレイン様は結構な距離があるため、レイン様は大声で俺に言う。
『ここから出たら、”蒼月湖”という湖へ行け!そこ湖の底にはお前に必要な物が沈んでいるはずだ!』
「蒼月湖……ですか?」
『そうだ!必ず行けよ!』
「は、はい!分かりました!」
俺の返事を聞いたレイン様は一旦呼吸を整えて、
『それと……気をつけていけ!!』
「?!……………はい!!」
レイン様の激励に背中を思いっきり押された俺はとうとう隠し通路を通って、歴代当主の墓地を後にする。
『………行ってしまいました』
ミナトの姿が見えなくなったことを確認したウィルターは表情を暗くして言う。
『お父様、ミナト殿を信じるでござる。彼ならきっと試練を乗り越えでござる』
『……そうですね』
『やはり心配でござるか?』
娘の質問にウィルターは顔を上へと上げる。その視線は何処を見ているのか。
『敵は千年かけて、僕達アクアライド家の力を削ぎ落とした者達です。当然、一筋縄までは行きませんでしょう』
『………お父様は敵はやはり”エスペル王国そのもの”であるとお考えを?』
『最初はそう考えていました。しかし冷静になって思考すれば、そんなことをしてエスペル王国に一体何の得があるのか。敵はもっと強大な狡猾な者達である可能性が』
『それに今のアクアライド家は滅ぼそうと思えば、いつでも滅ぼせられる状況。それなのに、落第貴族の烙印を押されるような笑いものに留めていることを考慮すれば、敵は拙者達一族を恨んではいるが、同時に皆殺しにするのも憚れる……そんな相手でござるな』
『いずれにせよ、ミナト君には頑張って貰わないと』
そこまで言い切って、ウィルターは父親のレインに顔を向ける。
『それにしても父様。蒼月湖っということは、もしや”あれ”をミナト君に渡すつもりですか?』
聞かれたレインは眉根を寄せた風貌で息子を見る。
『別に良いだろ。どうせ今のミナトがあれを手にしても、能力を一割引き出すのでやっとこだろ。それにお前だってあの錬金道具はお前の最高傑作だろ。渡して良いのか?』
『良いですよ。今のミナト君でも勾玉の力を完全に引き出すのは相当時間がかかると思います』
そしてウィルターは自身の手を見る。
手は小刻みに震えている。
『おっと僕達もそろそろ寝ないといけませんね』
『五年ぶりの睡眠でござるな』
『あ~寝みぃ』
そうして三人の英霊達は眠りにつくのだった。
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