第5話 無能の水魔法使いは歴代当主に修行をつけられ、最強(自称)へと成る⑤




 あれから五年が経った。


 時は経つのは早いもので、現在俺はイケイケの十五歳である。

 背も伸びて、身体も大きくなって、性格も変化して………そして魔法も。


 「よ!今日も墓守ご苦労さん!」

 「ギャアアアアアアア!!!」


 俺の目の前には、巨大な黒い鰐がいた。名前は確かギガントジョー………だったっけ?

 こいつは「水之世」のダンジョンにおける所謂ボス的な魔物だ。

 ここのボスは来るたびに毎回変わる。今日は鰐スケか。


 頭から尻尾を入れて三十メートルほどかな?前足で俺を簡単にペチャンコにできる大きさだ。

 俺を視認した奴は獰猛な目をギョロリとさせ、家を丸々飲み込めそうな口を開き、雄叫びを上げる。


 モンスターボイス。

 強力な魔物による雄叫びはボイス自体に膨大な魔力が込められているため、それはもはや音では無く、一つの兵器と化している。


 間近で聞いた者は動くことを禁じられ、最悪脳内を破壊される。俺も最初この雄叫びを聞いたときは一瞬で失神した。


 しかし今の俺は、


 「へっ!効かねぇよ!!」


 モンスターボイスが効かない者にとっては、魔物が雄叫びを上げたタイミングはむしろチャンスである。

 雄叫びをしている間に俺は奴との間に広範囲の霧を発生させる。

 微細な水分によって、空気中を漂う水のカーテンは奴から俺の姿を不可視にする。


 俺は身を隠しながら奴との距離を詰めるために、霧の中に駆け出す。


 「ガッ?」


 俺を視認できなくなったギガントジョーは頭を左右に振って、俺を見つけようとするが、当然霧の中にいる俺を目視で捉えるのは困難である。


 ………でも。

 申し訳ないが、俺は霧の中からお前の一挙手一投足が丸わかりなんだ。


 霧を使って、奴と至近距離に近づいた俺は魔法を放つ。


 ザンッ!ザンッ!ザンッ!

 立て続けに何発も。

 そうすることで奴の黒光りする鱗に浅い切り傷が何個もつけられる。


 だが、どれも致命的な傷ではない。

 これは分かっていたことだ。


 この鰐の鱗はとんでもなく固い上に、そもそもこのフロアに出現するボス魔物は総じて水魔法が通りにくい。このダンジョン内が水魔法が効きやすい事を考慮しても、このダンジョンのボスは水魔法使いにとって天敵みたいな存在である。


 「水之世」はまさに水魔法使いにとって、訓練と試練の場所である。


 それに奴には”これ”があるしな。


 キンッ!

 俺の魔法がギガントジョーの鱗にあたり、高い音が鳴る。俺の魔法がはじかれた音だ。

 纏ってきたな!………〈水の防壁〉!


 強力な魔物にはそいつ固有の魔法のようなものがある。ギガントジョーの場合、〈水の防壁〉がそれである。

 ただでさえ、固い鱗にこの〈水の防壁〉。

 この状態に成ったら、今の俺でも魔法を間近に当てたとしても、ダメージどころか傷すら負わせる事は簡単なことでない。


 ギガントジョーの真骨頂は鱗と〈水の防壁〉の二重鎧だ。


 俺はあまり効果が無いと分かりつつ、ギガントジョーに肉薄しながら魔法を放つ。

 魔法を放ったことで俺の周囲の霧が少なからず晴れ、奴からも俺が視認しやすくなる。


 ギガントジョーは俺をしっかりと目で捕捉し、前足で潰そうとする。

 俺は寸前のところで避ける。


 攻撃を避けた俺を見て、奴は前足では無く、牙による噛みつきや尻尾での振り回し、はたまた巨大な身体を活かしたタックルをかましてくる。

 それらの連続攻撃を紙一重で躱す俺。


 躱す瞬間でも俺は何度も何度も魔法を放つ。

 だが、そのことごとくが〈水の防壁〉で跳ね返される。


 「グガアアアアアッ!!!」


 ダメージは負っていないが、やはり鬱陶しいのだろう。

 激昂し、俺への攻撃頻度と速度が増してくる。


 そして遂に、


 バキッ?!

 奴の前足が俺の身体を捕らえる。

 俺は見事に奴の前足によって、潰された……………………と思われた。


 「グガッ?」

 

 パラパラ。

 ギガントジョーが前足を上げてみると、俺の死体は無く、かわりに無数の氷の粒子が舞っていた。


 「それはデコイだ」


 さっきまでギガントジョーが必死こいて、攻撃していた俺はデコイによる偽物。

 そう…俺は霧を発生させ、そこに飛び込んで姿を隠した時点で俺の姿をしたデコイを作り出していた。

 このデコイはただの囮や陽動の役割だけでは無く、本物の俺のように動き、あまつさえ魔法で攻撃することも可能。

 

 これは雷王ウィルター様が得意としていた魔術の一つ。


 では、本物俺は何をしていたかというと。


 「………」


 デコイとギガントジョーが戦っている所から少し離れた場所で、静かにギガントジョーの弱点を探っていた。生物には必ず弱点、身体のもろいところがある。

 そこをつけば、大抵の生き物は死ぬ。


 弱点を探る俺は周囲の空間と一体になり、自身を無としていた。

 気配の遮断。

 デコイとの戦闘で気が立っているギガントジョーには、本物の俺の気配を感じることは出来なかったであろう。


 そして、とうとうデコイが潰された時。

 あった!弱点!

 魔力が最も乱れている場所。


 ウィークポイントを確認した俺はギガントジョーに俊足で駆け出し、特大の魔法を放つ。


 ザザンッ!!!

 魔法は見事に狙ったところへ当たった。 

 俺の魔法は〈水の防壁〉と鱗を貫通する。


 「……ガ、ガ……グ」


 首筋辺りに魔法を食らったギガントジョーは絶叫を上げる暇もなく、小さくうなり声を出して息絶える。


 自身の纏っている魔力を極限まで抑え込み、気配を消す。そして相手の体の魔力の動きを知覚することで弱点を探る。

 これが水剣技流。


 ギガントジョーが倒れた後もしばらく様子を見る。

 すると、ブンッ!

 煙のようにギガントジョーが消えた。

 ダンジョンの魔物は完全に死ぬと、体が消える仕組みなのだ。


 消えたのを確認した俺は、


 「うう…う………よっしゃーーー!!!」


 嬉しさにガッツポーズをして、跳ね上がる。

 倒した!俺が一人で!ボスを!何の手助けもなく、やり遂げたんだ!

 心の中で何度も何度も勝利をかみしめる。やっぱ勝つっていいよね。

 

 俺が勝利の余韻に浸ってた際、


 『はいはい。勝つってのは気分が良くなるものだけど、油断しちゃだめだよ。勝利を確信した瞬間ほど、気が緩む時はないからね』

 「あ、はい。気を付けます、ウィルター様」

 

 俺のそばに来たのは眼鏡をかけた黒髪の青年。ウィルター様だ。


 『うむうむ。しっかりと気配を消せて、弱点も見分けられていたでござる。重畳!重畳!』

 

 続いて、シズカ様も現れる。


 『こんな魔物に工夫なんていらねぇだろ。魔法一発で十分だろ』


 相変わらずなレイン様も登場する。


 実はこの三名は、俺がギガントジョーと戦っているエリアの端っこで気配を消して見守ってくれていたのだ。万が一の事を考えて。

 



 ボスとの戦闘が終わった俺はレイン様三名とともに墓地に戻った。


 っといっても、ボスのいるエリアのすぐ隣なのだが。

 実はボスエリアと墓地は隠し通路で繋がっているのだ。

 つまり正規の手順で墓地にたどり着くためには、ダンジョンの最上層からボスエリアの最下層まで下りて、ボスを倒してから隠された通路を探さないといけない。

 

 故にレイン様がセーフゾーンに作った近道ルートがなければ、ここにはいなかっただろう。


 『ミナト君、あなたは本当に強くなりました。最初の時とは比べ物にならないくらい』

 「えへへ、ありがとうございます」


 ウィルター様に褒められて、つい照れてしまった。

 自身の顔が熱くなるのを感じる。

 

 『ミナト殿、よくぞ拙者の稽古に弱音を吐きながらも、ついてきてくれたでござる。ミナト殿は拙者の自慢の門下生でござるよ』

 『まぁ…クソ雑魚からチョイ雑魚にはレベルアップしたかな』


 他二名もそれぞれ賞賛してくれる。


 嬉しいんだけど、なんだろう?改まって?

 


 『しかし君はまだまだ未熟です。ミナト君が学んだのは、あくまで僕達の……言ってみれば千年前の魔法や魔術、剣術、技術、知識だけです。君はもっと外の世界を知るべきです。僕達やミナト君が知らない魔法を学ぶことで君の力はさらに磨きがかかり、君はもっと上へ行けるはずです。………少なくとも僕より』

 「え……ええ?そ、そんなことないですよ?!ウィルター様は僕の永遠の師匠です!」


 ど、どうしたんだ?本当に急に?

 困惑した俺の網膜に真剣な表情のウィルター様が映る。

 次の瞬間、俺の耳に衝撃的な事をウィルター様から告げられる。


 『よって今から君を僕達の弟子として免許皆伝とします。そして「水之世」から出て、世界を…魔法を学ぶなさい』



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