第4話 無能の水魔法使いは歴代当主に修行をつけられ、最強(自称)へと成る④



 『…………なるほど。ダンジョンで地震が起こり、ここに落ちてきたですか』


 ウィルター様の俺から聞いた話を纏める。


 『ミナト殿の言う地震は恐らくダンジョンメンテナンスに際に起こす振動でござるな』

 「ダンジョンメンテナンス?」

 『左様。数十年から百年ほどの感覚で起きるダンジョン自身が内部の構造やシステムの不具合をチェックする動きでござる。メンテナンスの初期の際にダンジョン内が大きく振動する。ミナト殿達の集団はたまたまメンテナンスが行われるタイミングでこのダンジョンに足を踏み入ったでござるな』


 シズカ様が懇切丁寧に説明する。


 『しかし地震によって亀裂が入り、その亀裂の下に落ちた先が此処だった。どうなっているのでしょう?ミナト君の話だと、亀裂からこの場所までは一つのルートのような物ができていたらしいですし』

 『ああ、それ多分俺が作った墓地への近道ルートだな』


 レイン様が頭をボリボリかきながら説明する。

 それを聞いてウィルター様は首を傾げる。


 『父様?近道ルートというのは?』

 『ミナトが落ちたのは最上層と中層の真ん中辺のセーフゾーンだろ。ここを墓地に決めた時に最下層まで行くの面倒だから、俺が開けたルートだ。今まですっかり忘れてたわ』


 それを受けて、ウィルター様とシズカ様は明らかに呆れ果てた顔をする。


 『……父様。そのような話、僕は一度も聞いていません』

 『拙者もです。お爺様』

 『ああ、悪りぃ悪りぃ。でもよ、最下層まで降りるの面倒くさくねぇか?』


 レイン様は全く悪びれた様子ではなかった。

 これが千年前、最強と言われた水魔法使いか?

 なんか……イメージがな。いや、いかんいかん!レイン様を俺の勝手なイメージに当てはめる事こそ無礼極まりない。


 なんて考えていたら、ウィルター様とシズカ様は目を輝かせて、俺を注目する。

 な、何だ?!


 『まぁ…今はそのことに関しては忘れましょう。そんなことより、ミナト君!私が死んでから、アクアライド家はどうなりましたか?水魔法は?エスペル王国魔術は?錬金術は?どのように発展したのでしょう?!』

 『拙者も聞きたいでござる!拙者が鍛え上げた水剣技流はいかように進化したでござる?!門下生もそうなったか気になるでござる』

 「え?ええ?!……そ、それは」


 い、言えるわけない。

 今ではアクアライド家は男爵にまで成り下がり、衰退の一途を辿り、男爵にまで成り下がった。水魔法自体は国内弱小、水剣技流の技術も最弱にまで落ちぶれてしまった事なんて言える訳ない。

 しかし二人の圧力に俺は屈してしまい、つい真実を話してしまった。




 『マジかよ……』

 『そ、そ、そんな?!今のアクアライド家は落ちこぼれの魔法使い?!水魔法も国内弱小?!!私が生み出した魔術も錬金術も廃れた?!』

 『せ、拙者の水剣技流も現在はさ、最弱流派?!あ、ああ、あわわわ!!』

 「も、もうし訳あ、あ、ありません!!!」


 レイン様は目を見開き、ウィルター様とシズカ様は絶望の表情で頭を抱える。

 俺は謝ることしかできなかった。




 およそ三時間経って、


 『全くテメェらしっかりしろ。弱くなっちまったもんはしょうがねぇだろ』

 『はぁ……父様は飲み込みが早すぎます。しかし確かに現実を受け入れるのも大事ですね………』

 『そうで………ござるな……お父様』


 ウィルター様とシズカ様はすっかり意気消沈してしまった。そこにレイン様が喝を入れている。  

 ええと、このタイミングで非常に言いづらいが、

 

 「あの〜そろそろ帰ってもいいですか?多分今頃俺の友達や専属使用人も心配していますと思うので」


 本当はこの場所に来てから、ずっと思っていたことだけど。俺が亀裂に落ちて、ミーナやマリ姉が心配していると思う。彼らのためにも俺は戻らなくちゃ。

 確かに俺の憧れである当主たちに会えたのは光栄の至だ。

 けれども、俺の帰りを待ってる人もいるんだ。いつまでもここにいられない。


 二人の気が沈んでいる今がチャンスと俺は捉えた。

 俺は若干忍足でゆっくり離脱を、


 「そ、それでは失礼します」

 『おい、ちょっと待て!』

 「ひっ?!!な、何ですか?!」


 急にレイン様に首根っこ掴まれたもんだから悲鳴を上げてしまった。

 恐る恐る見ると、


 『帰るって、どこにだ?』

 「えっと…家ですが』

 『どうやって?』

 「それは……行きと同じ、レイン様が作られた近道ルートを逆戻りして」

 『ルートはもう塞がっちまってぞ』

 「え?」


 レイン様が指差した場所には俺が落ちてきたルートらしい穴はどこにもなかった。


 「あ、あれ?どこに?」

 『お前はダンジョンメンテナンスとかの偶然が重なってここに来たが、本来は俺じゃないとあのルートは使えねぇんだよ。


 レイン様の指摘に俺は頭をフル回転させ、別の解決策を導き出す。


 「じゃ、じゃあ単純に最下層から上を目指していけば……」

 『いや、無理だろ。お前どう見ても弱そうだし、ここから出た瞬間に魔物に襲われて、終わりだ』


 レイン様の更なる指摘にとうとう俺は泣きべそをかいてしまう。


 「お、俺はどうすれば」

 『まったく…泣いてんじゃねぇよ!それでも俺の子孫か?!」


 レイン様は頭を掻きむしり、言う。


 「はぁ……クソ怠いが。子孫を見殺しにするのも後味が悪い。……しょうがねぇから俺が稽古をつけてやるよ!』

 「ほ、本当に!!い、いんですか?!」


 最強の水魔法使いに稽古をつけてもらえるなんて、こんなに光栄な事は無い。

 レイン様の言葉に俺はもとより、ウィルター様とシズカ様もその目に光を灯す。


 『それいいですね、父様!今は廃れたアクアライド家の末裔を私達当主たちが鍛え上げる。物語によくある展開ですよ!』

 『そうでござるな。ミナト殿には今一度、水剣技流の真髄を国中に叩き込んで欲しいでござる!!』


 という訳で、今から当主たちによる俺の育成が始まった。




 「それで…まず俺はどうすれば良いんでしょうか?」

 『ああん?!いんなもん簡単だ!頭と心で水を呼び起こして、ヒョイっとやってドガーンってすれば良いんだよ』


 レイン様は俺の目の前に拳大の水を発生させ、様々な形に変化させる。

 細長い形や四角い形、星形など。

 す、凄い…一見水の形状を変えるだけの単純作業に見えるが、そもそも自身の魔法を意のままに変えるのは途方もない鍛錬を要する。それをこうも簡単に。流石、初代当主!

 ………でも!


 「あの…もう少し分かりやすい言葉で」

 『は?!十分分かりやすいだろ?』


 レイン様は何を言っているのか理解できない顔をする。


 『はいはい、人語を喋れない父様は下がってください』

 『おいこら、ウィル!誰が人語をしゃべれないだ!』


 レイン様はウィルター様によって、隅に押しのけられた。


 『では改めまして僕が教えます』

 「よろしくお願いします。ウィルター様!」

 『ええ、では訓練の始まりはまず自分の今できることを把握することです。ミナト君、現在の君が出来る最高の魔法を見せて下さい』

 「さ、最高の魔法ですか?!」


 こ、困ったな。最高の魔法と言ったって、四級水魔法〈ウォーター〉すら出来ない現状だ。

 三人共俺をしっかりと見ている。誤魔化しなんてきかない。

 ええい!ままよ!!


 「え…ええ、では………水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉」


 バシャッ!

 毎度よろしく歪な形状の水の玉、そして形が崩れて地面に落ちる。

 最高の魔法と言ったのに、四級水魔法を唱えだして、一度驚き、結果を見て、二度驚く。


 『『『………』』』

 「え、えへへ……」


 三人とも押し黙る。俺は笑うしか無かった。

 ややあって、レイン様が口を開く。


 『これあれだな……俗に言うクソ雑魚って奴だな』

 『お爺様……言い方』

 

 レイン様は直接的に俺の魔法技術が低レベルであると語り、シズカ様が窘める。

 しかし、


 『………』


 ウィルター様だけは静かに俺を見る。

 次の瞬間何かを閃いた顔を取る。


 『もしや…………ミナト君!ちょっとあそこの泉の水を飲んでもらえますか?』

 『泉の水?』

 『はい!もしかしたら、それで解決するかも知れません』

 『?』


 よく分からないが、言うとおり部屋の中央にある青く光る泉に行く。

 そして泉の水を手で掬い、飲む。


 直後に今まで感じたことのない清涼感に全身を包まれる。

 身体のいたる場所が一つ残らず洗われていく感覚。

 次に感じたのは身体の中にある蓋が取れた感覚。言葉にするのは難しいけど、身体に染みこんだ邪気が浄化されたイメージだ。

 これは一体?


 『どうですか?』

 『なんか……清々しい感じです。今までで一番身体が軽いです』

 『それは良かった。この泉の水は”霊水”といって、あらゆる状態異常を癒す水です。それでミナト君、もう一度魔法を唱えてくれませんか?』


 はい?唱えてもまた同じ事が起きるだけだと思うけど。

 だけど言われたとおり、また魔法を唱えると、その変化に一瞬で気づく。


 「水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉…………うわっ?!!」


 ぷかっ!

 そこには先程の歪な水の玉では無く、規則正しい真球。正真正銘〈ウォーター〉である。

 で、出来た!!感動で涙が出そうだった。

 今まで出来なかった事が息をするように出来た。どうなっているんだ?!


 『やはりそうでしたか。最初にミナト君の魔法を見せてもらったときに怪しいとは思っていましたが、これは間違いなく”魔阻薬”の影響ですね』

 『魔阻薬?!あの囚人や捕虜によく使われる薬品でござるか?』


 シズカ様は何かを知っているように驚愕する。

 魔阻薬?なんだそれ?

 俺の疑問にシズカ様が回答する。


 『魔阻薬は飲むことで身体の中の魔力の動きを阻害する薬品です。一般的には魔法が使えないように囚人などの危険人物に飲ませるものでござるな』

 「じゃ、じゃあ俺はその薬の影響で今まで魔法を?」

 『その可能性は高いでござるな』

 

 シズカ様は腕を組み、思考する様子を見せ、一方ウィルター様はとても難しそうな表情を作る。


 『なるほど。アクアライド家がここまで落ちぶれた理由が分かった気がします。何者かによって、我らアクアライド家の力が千年掛けて削ぎ落とされたと見るべきでしょう』

 「だ、誰が一体……こんな事を?!」


 憎い。ドス黒い感情が蠢く。

 俺の心の中に久々の怒りが沸き起こってくる。

 もしこれまでのアクアライド家の脆弱化が人為的に寄るならば、今までの俺の頑張りは何だったのか。

 これまで侮辱され続けてきたアクアライド家の人達が浮かばれない。


 激情に飲まれた俺をウィルター様は優しく肩に手を置く。


 『それを今考えても不毛ですね。それよりミナト君の修行が先決です。仮にアクアライド家が何者かに引き下げられたとしても我々がまた引き上げましょう。子孫の危機に祖先の我々が手を貸さない理由なんてありません』


 これを聞いて、シズカ様は深く頷き、レイン様はしょうがねぇなって顔をする。


 『その通り。拙者が必ずやミナト殿を立派なアクアライド家に育てるでござる!』

 『おい、雑魚。最強である俺が面倒見てやる。ありたく思え』


 嬉しい。

 心の底から嬉しさとやる気が満ちあふれてくる。


 「皆さん…………ありがとうございます!!俺頑張ります!!」

 

 こうして「水之世」最下層にて、歴代当主による修行が開始されたのだった。


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