第3話 無能の水魔法使いは歴代当主に修行をつけられ、最強(自称)へと成る③
「わあああああああ?!!!」
亀裂へと落ちていった俺はみるみるうちに下は下へと落ちていく。
亀裂の下はただの穴かと思っていたら、下は急斜面の滑り台のようなルートになっていた。
いつまで落ちるのかと思ったのも束の間、
「ゴホッ?!」
落ちる感覚がなくなり、体に軽い衝撃が走る。だが、思ったほど体は痛くない。あんなに落ち続けたのに。
俺は周囲を見回す。
そこは俺の屋敷の庭よりも遥かに大きい空間が広がっていた。原理は分からないが、空間内部の壁や天井、床が淡く青白く光っているため空間全体を見渡せる。
空間の中央には小さい泉があった。
この泉もまた青く輝いており、幻想的な光景を作り出している。
そして泉の近くに細長く四角い石像が三つ置かれていた。
気になった俺は立ち上がり、石像の方へと進んでいく。近くに行ってみると、石像には文字が刻まれているのに気づく。
間近で見て、分かった。
これ……墓石だ。
問題は”誰の”って事だ。俺は墓石の文字を読み上げる。
「……レ……イ…ン…………アクア………ライ……ド?!!レイン・アクアライド!!!」
余りにも有名すぎる名前に素っ頓狂な声を上げる。
この国の人なら誰でも知っている名前。特に俺の家系では。
それはアクアライド家の初代当主の名前。まさか、その人の墓石がこんな所に?!
…………いや、噂は聞いたことがある。
このダンジョン「水之世」の最下層には初代当主の遺体や遺品が埋葬されているって事を。
ただの都市伝説だと思ったけど、本当だったとは。
じゃあ、他の二つの墓石は誰の者なんだ?
俺は残り二つの墓石に刻まれている文字を読もうと……………………、
『人の墓の前で何をしている?』
「ぎゃあああ??!!」
何の前触れも無く、後ろから声がしたから十年間の人生で最大の悲鳴を出しちゃった。その反動で尻餅をつき、慌てて後ろを振り返る。
そこには男が立っていた。
青い髪はボサボサだし、無精髭も生やして、どことなく自分の父親と顔の造形が似ている。
しかし男の青い目からは理知的な色と………なにより男からは余裕というか、溢れる自信と覇気を感じる。
子供の俺にも分かる、この人は圧倒的強者である。
男は尻餅をついた俺を見下ろし、再度問いかける。
『おい、坊主。俺の墓に何のようだって聞いてんだ?』
「ああ…………あ…………」
猫に睨まれた鼠のように俺は身体をこわばらせる。
何も言うことが出来ない。
『父様!この子が怖がっていますよ。見たところ墓荒らしでは無さそうです』
突然、横から別の人の声が聞こえる。
『お爺様、拙者も同意見でございます』
さらに反対方向の側方からもまた別の人の声が聞こえる。
俺は左右交互に声の発生源を確認する。
俺から見て右側には眼鏡を掛け、肩まである長い黒髪の青年がいた。
そして左側には水色の髪を一纏めにし、細長い剣を腰に携えた長身の女性がいた。
どちらも出で立ちはそれぞれだが、共通している事はどっちも強いって事だ。
具体的な理由は分からないが、肌で感じる。今この二人に挑んでも羽虫のごとく蹴散らされる…………そんな未来が見える。
『墓荒らしじゃなきゃ、何なんだ?ピクニックでも、しにきたのか?』
『それは…………彼に聞いてみないと分かりません』
眼鏡を掛けた黒髪の青年は俺の方に向き直り、ニッコリと笑い、穏やかな顔で尋ねる。
『初めまして、少年。君の名前は?』
「………………」
俺は沈黙する。
さっきから分からないことがトントン拍子で起こりすぎて、脳内がパニックを起こしているのだ。
『あ!失礼。人の名前を尋ねる前はまずは自分の名前から言うのが礼儀ですね』
そういうと、青年はピシッと立ち、胸に手を当てた状態で綺麗なお辞儀を見せる。
そして自身の名を語る。
『僕の名前はウィルター・アクアライド。以後お見知りおきを』
「ウ、ウィルター?!!…………ア、アクアライド!!!」
『え、ええ…………そうですが』
俺の発狂に青年………いや!ウィルター様が戸惑う。
だが、俺が発狂したのには理由がある。
ウィルター・アクアライド、またの名を雷帝。
初代当主である水神レイン様の息子であり、アクアライド家の二代目当主。
圧倒的な魔法をねじ伏せるレイン様と違い、この方は常に理論によって魔法を合理的に行使する魔法使いだった。
水魔法の理論の確立やエスペル王国の魔術の発展、王国の錬金術を数百年単位で進ませたなど、彼の功績を挙げだしたら切りが無い。
レイン様が最強の水魔法使いと言われているが、ウィルター様は最高の水魔術士もしくはエスパル王国錬金術の祖と言われている。
このウィルター様こそがアクアライド家の初代当主であると言う者もいる。
『拙者も自己紹介せねば』
今度は俺の左側にいた長身の女性が丁寧な礼を見せる。
それにしても大きい。この三人の中で一番背が高い。
『拙者はシズカ・アクアライド。ウィルターお父様の娘でござる』
「シ、シズカ・アクアライド!!!」
またしても発狂してしまう。
シズカ・アクアライド、またの名を水剣聖。
先程のウィルター・アクアライド様の息女であり、レイン・アクアライドの孫娘に当たる人物。
アクアライド家の三代目当主だ。
シズカ様を語る上で水剣技は欠かせない。
今は完全に廃れてしまった水剣技流を磨きに磨き上げ、多くの優秀な門下生を輩出した女剣士。彼女の圧倒的な剣の技量と魔法を融合させた水剣技の近接能力は初代当主であるレイン様すら超えているのでは無いか、という人もいる。
なぜ俺がこんなに詳しいかといえば、アクアライド家に伝わる文献で何度も読み、記憶しているからだ。
特にこの初代から三代目の記載は文献が擦り切れるぐらい読んだ。
レイン様・ウィルター様・シズカ様の三名のアクアライド家は後に黄金の世代と呼ばれ、国中の多くの人がこの御三方に憧れている。俺もその一人。
いつかレイン様のようになりたいと思っていた。
でも二人は本物なのか?
ウィルター様もシズカ様も千年程前に無くなられた方々だ。
当然、生きているはずがない。
だが、俺はあることを思い出す。
世に名を残すほどの強い魔法使いは死後もその圧倒的な魔力量ゆえか、英霊として魂が現世に留まることがあると聞いたことがある。
ウィルター様もシズカ様も文句のつけようがないほどの強い魔法使いだったはず。
では、その死後も魂が今も残っているなら、ここにいる二人はやっぱり本物?だとするなら、俺は感動で死にそうだ!
だって、ずっと憧れていた人であるウィルター様とシズカ様の英霊が俺の目の前にいるんだから!!
………………ちょ、ちょっと待て!!
右にいる青年がウィルター様であり、左にいる女性がシズカ様だったとしたら、この中心にいる青髪青目の男はまさか!!
ウィルター様はこの人のことを父様と良い、シズカ様はお爺さまと言った。
じゃあ?!
俺は驚愕を禁じ得ない様子で中央の男を見る。
男は俺の視線を受けて、自身の名を告げる。
『はぁ………一応俺も名乗っとくか。レイン・アクアライドだ。俺は、凄ぇ強い魔法使いだから名前ぐらい聞いたことがあるんじゃ…………』
バシッ!
レイン様が言い終わる前に、俺は条件反射で地面に頭をこすりつける。
『お、おい?!お前、何やってんだ?』
突然の俺の行動にレイン様は戸惑った声を出す。
「レイン様!! 今までのご無礼お許し下さい!!自分はミナト・アクアライドと申します」
恐れ多すぎて、土下座の態勢を取ってしまった。
俺は二度もレイン様の質問を無視したんだかあら。
『ああん、アクアライドだと………ってことはお前、俺の子孫か?』
『本当ですか?!少年!…いえ、ミナト君!ちょっと手を拝借』
レイン様が俺の家名に気づき、ウィルター様が俺の手を取り始めた。俺は上体を起こし、ウィルター様を見る。
何をするのか身が構えていると、俺の身体に魔力が流れ込む感覚がする。
ウィルター様は目を伏せていたが、すぐに開く。
『彼の生体情報は完全に私のものと一致します。間違いありません。この子はアクアライド家の末裔です』
『誠でござるか?!お父様!では、この子が私の子孫』
シズカ様は慈しみを持った表情で俺を見つめる。何だか照れる。
それにしても流石はウィルター様だ。魔力を流しただけで自身の血族かどうか分かるなんて。
「ここが三人方の墓地であるとはつゆ知らず。重ねて申し訳ありません!!』
再度頭を下げる俺にウィルター様は口に手を当てて笑う。
『ふふ…ミナト君、この墓地は私達が秘密裏に作った場所なんですよ。アクアライド家とはいえ、知らなくて当然です』
「秘密裏に?」
俺はまた頭を上げる。
『そうですよ。建前としての墓地はありますが、本命は他の者に荒らされるリスクを考えて、ここに決めたんです。まさかダンジョンの最下層に墓地があるとは思いませんし、ダンジョン内の魔物は墓守にもなります。何より「水之世」なんて私達らしい墓地だと思いませんか?』
そう言って、ウィルター様は眼鏡を掛け直し、顎に手を当てる。
『しかし何故また……アクアライド家の末裔である貴方がこのようなところに?』
ウィルター様は当然の疑問を俺にぶつける。
「あ、それはですね」
俺はこの蒼白く光る空間に来るまでの経緯を簡単に説明した。
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