第2話 無能の水魔法使いは歴代当主に修行をつけられ、最強(自称)へと成る②




 時は少し経ち、ここはダンジョンの最上層。


 「よし!全員ついてきているな!」


 多くの騎士に守られながら、魔法の才能を持つ貴族の子息子女たちや騎士候補の子供たちがダンジョン内を進む。

 そして集団に紛れて、俺は最後尾にいる。前を見ながらトコトコついていく。


 ここは「水之世」と呼ばれているダンジョンであり、名前で分かる通り出てくる魔物の周囲は水関連の奴だけ。ダンジョンというのは何層もの空間で成り立ち、魔物を生成する場所。つまり訓練にはもってこいの場所だ。


 このダンジョンは冒険者なら誰でも入ることは出来るが、定期的に魔法の才能を持った貴族たちや騎士候補生が貸し切って鍛錬と戦闘経験を養うために使用される。最上層は新米冒険者でも難なく倒せる魔物しかいないが、層が下へ行くごとに魔物のレベルが上がる。


 ここで鍛錬する者の中には勿論水魔法使いもいる。と言っても、実は「水之世」では水魔法の訓練に打って付けの場所なのだ。

 ダンジョン内が水に関係したものであるためか、不思議といつもより水魔法の効き目がよく、発動に使用する魔力が少なくなる。


 このダンジョンはかつての筆頭貴族であったアクアライド公爵が所有していたが、現在は所有権が無くなり、王家が管理している。貴族家は王家の許可の元、このダンジョンに入って訓練をする。


 たとえどれだけ落ちぶれてもアクアライド家は水の家系。「水之世」での訓練に参加権利がある。俺も何か学ぶものが無いかと、この訓練に参加した。

 だけど千年前は詠歌を極め、今は落ちるところまで落ちた落第貴族のアクアライド家がこの場にいるのは、他の貴族からはとても目立つ。


 「おい!お前…アクアライド家の奴だろ?あの落第貴族の?」

 「え?……は、はい。そうですが……」


 俺はいきなり体格の良い男の子に話しかけられて、ビックリしてしまう。

 歳の方も身長も俺より上。茶髪であり、腰に短い剣をさしている。


 着ている服や剣の鞘、柄などに青い線が引いてある。これは水剣技流の門下生である証拠だ。


 水剣技流、かつてはアクアライド家の固有剣術だった。

 一説ではレイン様は魔法だけで無く、剣の方も凄かったらしい。


 そんな水剣技流はアクアライド家の衰退と共に、何故かこちらも弱体化していく。そしてアクアライド家は水魔法と水剣技流の同時継承は困難と判断し、いつしか水剣技流はアクアライド家から離れていった。

 その水剣技流も今のアクアライド家ほどではないが、落ちぶれ剣術と後ろ指指され、冷たい目で見られている。


 「やっぱりな。あまりにも弱々しい見た目だからすぐに分かったぞ」


 彼は凄みを効かせた顔で近づく。


「なんで落第貴族のアクアライド家がここにいるんだ?!ここはな、訓練をするための場所、国を守る貴族や騎士を強くする所なんだ。お前のような能無しは今すぐ出て行け!!」


 ……怖い。

 彼の方が背が高いので、必然的に俺が彼を見上げる形になるので、余計怖い。恐ろしさで身体が硬直し、何も言い返すことが出来ない。


 しかしこの行動は俺が彼を無視したと思い込ませてしまい、彼は怒った顔をさらに歪ませ、俺の両肩を思いっきり掴む。


 「聞こえなかったのか?!俺は今すぐ出て行けと言ったんだ!!」

 「あ?!…そ、その?!ちょっと!」


 反論の声を上げるが、彼は止めようとしない。

 周りを見ても、騎士や他の貴族達も遠巻きに見ているだけで何もしようとしない。俺に向けてくる視線と言ったら侮蔑、無関心、憐れみ、嘲笑、呆れなどである。


 それぐらい今のアクアライド家の名声は地に落ちている。今、俺を閉め出そうとしている彼のように落ちこぼれは今すぐ出て行けが皆の総意であるのだ。


 ………いや、“ほぼ”皆と言うべきか。


 「止めてあげて!」

 「待って…ミーナ」


 ツインテールの小柄な女の子が茶髪の彼を止めに入り、その女の子をさらに小柄なショートカットの別の女の子が止めに入る。

 男の子は止めに入ったの子を睨み付ける。


 「おい!誰だか知らねぇが、止めんじゃねぇ!!俺は邪魔になる奴を追い出してるだけだ!」

 「暴力はだめだよ!それは人として、間違っているよ!」


 暫くの間、ツインテールの女の子…ミーナと茶髪の男の子との睨み合いは続く。ショートカットの女の子はミーナの服を握りしめてオロオロしている。

 やがて……、


 「チッ!」

 

 男の子は断念してくれたのか、俺を掴んでいる手を離す。

 さっきまで俺を追い出そうとしたのに、あっけないなと思うが、彼は単純に捌け口が欲しいだけであろう。落ちぶれ剣術と揶揄される水剣技流の前にさらに冷遇されたいるアクアライド家がいれば、否応にも強く当たりたくなりたいものである。


 いきなり両肩がフリーになった俺は尻餅をついてしまう。

 そこへ手を差し伸べるツインテールの女の子。

 

 「まったく……相変わらず、だらしないよね。ミナトは」

 「ありがとう……ミーナ」


 俺はミーナの手を取って、

 このツインテールの女の子の名前はミーナ。俺の幼馴染みである。

 勝ち気な彼女は正義感が強く、落ちこぼれの俺に対し、分け隔て無く接してくれる。

 俺の数少ない友達だ。


 この子も俺と同じ魔法使い。…………けど、魔法の才能は比べることもおこがましいレベルで欠け離れている。

 

 そして、


 「………」


 ミーナの後ろで表情を余り動かさないショートカットの子がクラリサだ。この子も俺の幼馴染。

 コミュ障なのか人見知りなのか、子ガモのようにいつもミーナの後ろをくっついている。

 今はどういうことなのか、俺を無言でジッと見ている。

 



 「休憩!」


 今回の貴族を守る騎士団を纏める団長が休憩の号令を掛ける。

 それを聞いて、貴族の子息子女や騎士候補生は一斉に座り込む。

 まだ成人していない子供にとって、今回の訓練は堪えるだろう。


 ここはダンジョン内の最上層と中層の真ん中ぐらいにあるセーフゾーン。

 ダンジョン内には魔物が来ないセーフゾーンと呼ばれるエリアが所々ある。騎士率いる貴族達はそこを休憩場所にした。


 騎士は食量の配給を始めた。子息子女は配給を受け取るために、列に並ぶ。


 俺はその光景を羨ましそうに見ている。なんで俺も並ばないかって?

 さっき配給に行ったら、


 『四級魔法すらも扱えない奴に食わせる飯はねぇよ!おら!列がつっかえてる。早くどけ』


 そう言われたら仕方が無い。


 ここに来るまでに俺が四級水魔法〈ウォーター〉を禄に扱えないことは知られている。

 魔物の前で俺の水球が無残に散ったからな。

 俺が唯一倒した魔物と言ったら、子供でも倒せる水スライムぐらいか。

 それでも魔法ではなく、拳を使って倒した。


 周囲からは笑いの渦。

 恥ずかしいことこの上ない。

 あの茶髪の男の子に至っては、またもや俺を追い出そうとしてぐらいだからな。


 てな訳で、俺は飯抜きだ。

 ……俺一応、貴族だけど。騎士が貴族に逆らって大丈夫なのかな?

 まぁ…今のアクアライド家にはそう言う対応をしても問題ないと思われているのだろう。


 ぐっううう……。

 それにしてもは腹減った。空腹を紛らわすためにお腹をさすっていたときだった。


 「ほら、食べろ」


 横にコトッと何かが置かれる。見ると、暖かそうなパンとスープがあった。

 そこには若そうな一人の騎士がいた。騎士さんは無言で頷く。

 

 俺はお礼も忘れて、パンとスープに食いついた。

 美味しい!

 腹が減っていたこともあり、無我夢中で飯を貪った。


 そんな俺を尻目に騎士さんは言う。

 

 「お前よ……悪いことは言わねぇから……魔法使いなんか止めた方が良いって。お前みたいな魔法の家系は魔法の技量で価値が決まる。これ以上魔法続けても良いことは一つもねぇぞ」


 俺は口の中で会釈している飯を一旦飲み込んで、頭を下げる。


 「ご飯を持ってきた事どうもありがとうございます。あと、忠告も感謝します。でも俺、どうしても魔法使いを止められないんです。………俺を期待してる人に堪えたくて」


 俺の脳裏にはマリ姉が浮かぶ。

 姉にだけは俺の魔法使いとして大成した姿を見せたい。


 俺の答えに、騎士さんはため息をつく。


 「そうかい……。まぁ、何をするにもお前の勝手だよ」


 騎士さんはどこかに行ってしまった。

 それから少し経って、俺のところにミーナとクラリサがやって来た。


 「ミナト、隣いい?」

 「あ、ミーナ。勿論良いよ」


 俺の了承を受け、ミーナが俺の隣へ座る。

 クラリサはミーナの隣で静かに座る。


 「ちゃんと配給貰えたんだね。私が並んでいる時にいきなり、食わせる飯は無いって怒鳴り声が聞こえたから心配しちゃった」

 「ああ、優しい騎士さんが運んでくれたんだよ」


 ミーナは安堵した雰囲気を出す。


 「そっか…ねぇ、話は変わるけどさ。ミナトは将来、魔法団に入るの?」

 「う、うん…俺の家、一応魔法の家系だから、その予定かな」


 この国では、魔法の家系である貴族家は基本的に国を守る魔法団に入るのが慣わしだ。俺もそこに入りたい。

 現状、月のように離れた目標だが、魔法団に入団した姿をマリ姉に見せたいんだ。


 十分ぐらいはミーナとたわいの無い会話をして、休憩が終わった。ちなみにクラリサは俺達が話している間もずっと無言で飯を食べていた。


 「休憩終わり!各自準備せよ!」


 再び団長の号令がかかり、皆は出発の準備をする。俺もミーナ達もそれに倣う。


 「それじゃ、ミナト。また頑張ろ!」

 「うん、そうだね」


 もうすでに貴族同士の集団が出来つつあるので、俺も最後尾に加わろうとした時だった。

 唐突にそれまで黙っていたクラリサが俺に近寄る。


 「……ねぇ」

 「え?」


 まさかクラリサに話しかけられるとは思っていなかったので、目を見開く。どうしたのかと考える間も無く、クラリサは俺に顔を寄せ、囁くように呟く。


 「ミーナには近づかないで」

 「?!」


 まさかクラリサにそんなことを言われるとは想像もしていなかったので驚愕し、しばしクラリサの顔を見る。

 クラリサは相変わらず能面を貼り付けたような表情をしている。クラリサは俺よりずっと背が低いから、俺を見上げており、それが逆に迫力がある。


 それはどう言う意味だ……と聞く前に"異変"が起きた。


 「ん?何だ?……地震か?!


 騎士団長が素早く異変を察知する。確かに揺れている。

 しかも振動は段々と大きくなっていき、遂には立っていられないほどに。


 「全員伏せろ!!」


 騎士団長が声を張り上げる。

 皆んなは漏れなく、指示に従い、地面に頭を伏せる。俺も頭を下げた………のだが、


 バキッ!!

 突如、俺がいる地面に亀裂が入る。

 亀裂は次第に広がっていき、とうとう俺を飲み込むほど大きくなる。


 「わっ?!!」

 「ミナト?!」


 俺はその亀裂に落ちてしまった。

 クラリサが落ちた俺に手を伸ばそうとするが、それは叶わず…俺はそのまま下へ落下していく。


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