水人 ~傲岸不遜な水魔法使いは今日も王や神をぶっ飛ばす~
保志真佐
プロローグ
第1話 無能の水魔法使いは歴代当主に修行をつけられ、最強(自称)へと成る①
今から千年前、西方諸国に一人の水魔法使いがいた。
名をレイン・アクアライド。
千年前から現在に至るまで、彼を書き記した文献は、その多くが失われた。しかし数少ない文献や口伝では、このように語り継がれている。
人とは思えないような規格外の魔力と魔法。誰も彼には敵わない。彼から繰り出される大いなる水の魔法は幾千幾万の敵を蹴散らし、海を操り、空を割り、世界に平穏をもたらた。
その神の如き所業から多くの者が口を揃えて彼をこう呼ぶ………"水神レイン"と。
この如何にも伝承らしい誇張表現のどこまでが正しいのか、真偽の方は定かではない。ただ、もしこの伝承が一語一句事実だとするなら、レイン・アクアライドは間違いなく西方諸国最強の魔法使いである。
また伝承には続きがある。
彼は世界に平穏をもたらした後は故郷のエスパル王国に根を下ろし、王国筆頭貴族となって、死に際まで国に貢献したという。
これは事実である。
確かにエスパル王国の歴史書には、アクアライド公爵の初代当主はレイン・アクアライドと示されている。
当時のアクアライド家は水魔法の名門として、武力として国を支え、国中の貴族の手本となる存在であった。
そう、"当時"である。
え?千年経った今のアクアライド家はどうなっているかって?
それは……………、
「何故だ!?何故こんな事も出来ん!!この無能!!」
ある屋敷の大きな庭で年配の男がヒステリックな声を上げる。
髪の毛はボサボサで無精髭を生やし、頬は痩せこけ、おまけに目は落ちくぼんでいる。何も知らない人が見たら、ただの貧しいおっさんだろう。
これがかつては最強の水魔法使いの子孫と言われても、国民は誰も信じないだろう。
………そして、そんな父親から叱責されている俺はもっと信じられないだろう。
「しゅ、しゅみましぇん!!」
誤るのに必至になりすぎて、言葉がたどたどになっている俺は鼻水垂らして見るも無惨な醜態をさらしている。
クスクス。フフフ。
どこからか笑い声が聞こえてくる。
ふとっ周りを見ると、遠巻きに使用人は口に手を当て、笑いを堪えている。騎士に至っては、もはや笑っているのは隠す素振りすらない。
魔法がからっきしダメな俺は、使用人からは笑い物の対象にされ、騎士からは舐められ、父からは無能の烙印を押されている。
「……う…ひっく……」
そんな俺も自分自身が嫌になって仕方がない。今できる事と言えば何とか涙が出るのを堪えるだけ。
それでも口から図らずとも情けない声が漏れてしまう。
「くそっ!!何でこう、お前は無能なんだ!無詠唱化どころか満足に魔法を発動する事すらも出来ない!本当に俺の息子か?!」
「も、もしゅわけ…まりましぇん……」
「この無能!!謝ってばかりいないで手を動かせ!!この!この!この!」
バシッ!ドカッ!
怒号と共に父親の引っ叩きやパンチが飛んでくる。滅茶苦茶痛い。
だけど、俺に苦情を申し立てる権利は無い。言われた通り手を動かすだけ。
俺は目の前に両手を持っていき、唱える。
「み、水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉」
バシャッ!
俺の両手に出てきたのは、歪な形状の水の玉。しかもすぐに形が崩れて地面に落ちるオマケ付き。
「何故だ?!どうして詠唱魔法も完璧に出来ない?!それぐらい無詠唱でやってみろ!!」
四級水魔法〈ウォーター〉。
本当なら規則正しい真球の水の玉が出てくる。
だが、結果はこの有様。
キャハハッ!!
今度は使用人まで笑うのを隠す事なく、俺を侮蔑の視線で見ながら嘲笑う。
「お前は千年前、最強の水魔法使いと言われた水神レインの末裔のアクアライド家の者だぞ!恥ずかしくは無いのか?!」
それを言ったら、あんたもその末裔だろ。
……ってか、いつまでも過去の栄光にすがってんじゃね!
常々そう思う。
父親からは罵倒の嵐、周りからは嘲笑。
もう俺の精神は崩壊寸前である。
説明が遅くなった。
俺の名前はミナト・アクアライド。一応、アクアライド家の跡取り息子だ。
この初級の魔法すら満足に出来ない落ちこぼれの無能こそが俺である。
そんで今俺を罵倒している男が俺の父親、ペドロ・アクアライドだ。
アクアライド”男爵”現当主である。
かつて水魔法に置いて並ぶものなしであった筆頭貴族のアクアライド家。
………しかし、今はご覧の通り。
アクアライド家は衰退に衰退を重ね、現在は公爵から男爵までに成り果てている。
他の貴族達からは、落第貴族と罵られ、侮蔑の対象だった。
「暫くここから出るな、恥晒しめ!!俺は出かける!!」
庭の訓練は一応は終わり、俺は父親によって自室に投げ出される。父親は項垂れる俺を横目に何処かに行ってしまった。
ふん……どうせ近くの娼館にでも行くのだろう。
父親が娼館を何回も出入りしている噂は使用人の間で流行っているからな。
ハッキリ言ってクズである。
しかし俺は魔法に関しては、俺はそのクズ以下。またしても涙が出そうである。
「大丈夫ですか、ミナト様」
「マリ姉……」
そんな俺に声をかけるのは専属使用人のマリ・タイゾン。
準男爵であるタイゾン家の次女である。
十歳である俺より三つ歳上のマリは、俺にとって姉のような人。幼い頃から俺の面倒を見て、俺の愚痴を聞き、俺をよく励ましてくれた。
この世で唯一信頼のおける家族のような存在。
「また訓練で上手くいかなかったのですか?」
「うん……」
マリ姉の質問に俺は力無く答える。
そんな俺にマリ姉は
「元気出して下さい!私はいずれミナト様が大成なさることを信じていますよ!」
「ありがとう……」
マリ姉の言葉に今まで塞き止めてきた涙が目から次々に零れていく。マリ姉はそんな俺を優しく抱きしめる。
「分かっていますよ。ミナト様は凄く頑張っていることを」
彼女はいつも俺を励ましてくれる。彼女がいたおかげで、今日まで頑張れてこられた。
せめてマリ姉の期待は裏切りたくない。そんな一心で魔法を頑張っている。
マリ姉は少しの間、俺を抱きしめた後は頭を撫でながら屈託のない笑みを浮かべる。
「そうだ!今日はミナト様の大好きなアオナジュースを作りました。訓練終わりに一杯どうですか?」
「え!本当?うん、飲む!」
マリ姉の提案に俺は一も二もなく肯定の意を示す。
アオナジュースは俺の大好物だ。小さい頃からマリ姉の作るこのジュースは、ほどよい爽やかさと甘みがあって、いつ飲んでも幸せな気分になる。
その夜、俺は自室で魔法の練習をしていた。少しでもマリ姉に期待に応えるために。
「水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉」
バシャッ!
しかし結果は見て通り。
魔法の中でも、最も簡単な四級魔法すら出来ない状況。四級魔法は最小魔法とも呼ばれ、それぞれの魔法の基板となる魔法。
魔法に才能があれば、誰でも使用可能な初級の魔法である。そこら辺の子供でも出来る奴がいるほど。つまり水魔法の家系において、これが出来ないって事は生きる資格が無いって事と同じだ。
「くそっ!!何で俺は?!」
人知れず、誰もいない自室の中で自身の才能のなさを呪う。
結局その日は何度同じ魔法を試しても完璧に発動することは無かった。
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