「はなさないで」と彼女は言った

高久高久

手に入れたモノ

 ――人の物を欲しがる癖が、俺にはあった。

 自分でも悪癖だと思うが、直る気も直す気も俺には無い。

 今の所、自分でも理解しているその癖に俺は正直に生きて来て、それなりに揉め事トラブルは――まぁ無くは無かったが、大失敗を犯すようなことはしてこなかった。運と要領が良かったのだと自分でも思っている。

 何時か罰が当たる。そうは思うが、癖なのだから仕方がない。当たる時まで楽しむと開き直って生きている。

 そんな俺の悪い癖が出てしまった。相手彼氏が居る女を欲しくなってしまったのだ。

 良い女だった。少しばかり気の弱い所があるが、その辺りも所である。男の方も知っており、アイツには少々勿体無いと思っていた。

 手を出せる好機チャンスが無いかと思っていた所、彼氏抜きで飲む機会があった。

 知り合いから酔いが回りやすくなる、という代物を融通してもらい、その女の酒に入れることに成功。すっかり酔った女を送るという名目で――そのまま美味しく頂いてしまったのだ。

 酔いが醒めた女は涙目で俺に縋る様に言った――どうかはなさないでください、と。

 俺としても、話す気はない――今のところはだが。頃合いを見て、男の方に言ってやるつもりだった。お前の女、俺の物だからな、と。まぁ、適当に飽きたら捨てるんだが。飽きっぽいのも俺の悪癖である。


 ――女は甲斐甲斐しいというか、よく俺の世話をしに家に訪れる様になった。彼氏とは別れていない筈だが、疑われないのかと心配になったが「それは……大丈夫です」と言うので信じる事に。

 飽きたら捨てるつもりであったが、捨てるには惜しいと思い始めていた頃の話。

 ある日の事、何時もの様に俺の家で家事やらなにやらをしに来た女が、スマホを操作していた。その姿に興味を抱き、後ろからそっと何をしているか覗いてみた。


 それは動画――俺が、女の酒に何かを入れている様子を映したものであった。


「ああ、これですか? 私たちが結ばれたきっかけですから。大事に保存してありますよ」


 俺に気付いた女が言った。嬉しそうに笑っていたが、俺にはその笑みが恐ろしく見えた。

 俺がやったことを知っている。知っている上で、こうしている。魅力的に見えていたこの女が、一気に恐怖になった。


「私、ずっと貴方の事が好きでした。ええ、ずっと前から」

「ずっと、って……いや、そもそもお前にはアイツが――」

「付き合ってませんよ? 彼、別に彼女さんいますし。まぁそう見えるように仕組んだわけですが」


 可笑しそうに女は笑う。動けない俺を見て、愛おしげな顔をしてから女は俺に抱きついた。そして耳元で言うのであった。


「折角手に入れたんです。手離す気は更々ありませんが――どうか、貴方も離さないでくださいね?」

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「はなさないで」と彼女は言った 高久高久 @takaku13

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