寝ぐせのすすめ
さかや かける
寝ぐせのすすめ
「社長、今日はいつにも増して寝ぐせヤバイですよ」
「はは、そうか?今日はイケてる髪型になったと思ったんだがな」
うちの社長は毎日スーツに寝ぐせをアクセントにして出社する。訳を聞いても
「だって、忙しいんだもの」とのことだ。「寝ることは毎日行うわけだし、寝
ぐせを直してもまた崩れるじゃないか」何度聞いてもいいわけばかり。確かに
わが社はお客さんに会うことなどほとんどない。キーボードに穴が開き、パソ
コンの画面は視線の鋭さに割れる、ほどではないがそれに近いデスクワークを
極めている。
僕が入社の面接を受けたときはすでに寝ぐせ社長だった。「選ぶ会社を間違
えた」と不安になり、内定を断ろうとしたが、そこしか内定をもらえなかった
ので泣く泣く入社した。
いざ入社してみると業績も伸び続け、給料もしっかり休みもしっかり、最先
端のホワイト企業だった。寝ぐせ社長も物腰の柔らかい人で、皆を気にかけ、
皆から慕われる存在だ。
入社してから勝手に社長の寝ぐせ記録をつけている。マシな髪型ベストファ
イブとヤバイ髪型ワーストファイブを写真とともに掲載し、いつしか社内新聞
並みに有名記事になるほどだった。
そもそもいつから社長は寝ぐせ出社なのか先輩や役員に聞いても「わからな
い」の一点張り。本人もなぜか「わからない」の一点張り。寝ぐせで出社でき
る神経の持ち主なのだ、きっと本人は意識などしていないのだろう。わからな
くて当然だ。皆の考えでは、会社設立時にはすでに寝ぐせ社長なのだろうとさ
れている。
会社の方針は、仕事さえできれば何でもオッケーというもので、だいたい九
時ごろに出社する。社長が何時に出社するかは謎で、たまには早めにつくこと
もあるが、いつも社長はすでに仕事に取り掛かっている状態だった。各自のデ
スクに大型のパソコンモニターが設置されているが、社長だけモニターの上か
ら髪の毛が生えているのでよくわかる。
社員は少ない会社だ。そのため社長が全員の顔と名前を把握しているので、
仕事に関する指示や指導は社長自らが行う。
いつものように真剣な眼差しを向けながらこちらへ向かってくる。
「ちょっといいかな」
「はい、何でしょうか」
「ここではアレだから、場所をかえようか」
「はあ、わかりました」
社員が少なければ会社も小さい。人の目から逃げられるわけがないのだが、
ほんの少し離れた場所で話を再開した。
「で、先ほどの続きなんだがね、何というか、気になる人ができてしまってね、
その、若い子はどんなところで服を買うんだね」
衝撃的な話だ。社長に恋人?考えたこともない。この身なりで出歩ける神経
を持つ人に気になる人ができたと。
「社長。まずは寝ぐせをなおしましょう」
「わ、わかっているよ。努力しているつもりだ」
「つもりでも、かわっていなければやってないも同然です」
「わかったよ、明日からちゃんとするよ」
翌日、社長がハンサムになった。女性社員から「けっこうイケオジじゃな
い」と黄色い声が上がるほどだ。スーツに寝ぐせに眼鏡の三点セットだった社
長が、スーツにグリースにコンタクトレンズのセットにかわった。
「社長!かっこいいじゃないですか。何で今までかくしてきたんですか。
もったいないですよ」
「そ、そうかね、ありがとう。ここまで皆の反応がいいとは思わなかったよ」
「あとは服装ですね。これで例の女性も口説けますね」
しかし寝ぐせがなおる以外にも変化があった。いつもなら最初に出社してい
た社長がなかなか来なくなった。髪の毛のセットに時間がかかっているらしい。
不慣れな作業で何十分も必要とのことだ。
数週間もするともっと大きな変化が起きた。今まで伸び続けていた業績が停
滞し、徐々に下がり始めたのだ。皆一生懸命に働いているが、この傾向を食い
止めることができない。業務の内容や、社員の人数など何一つかわってはいな
いので、唯一の変化である社長に白羽の矢が立った。
「社長。最近出社が遅れているようですが、どうなさったのですか」
「そうだね、最近は髪の毛のセットに悩んだり、ネクタイやもろもろ考える機
会が増えてしまったもんでね」
「でしたら早起きしてみたらどうでしょうか」
「やってみたよ。ただ、困ったことに時間があればあるだけ準備が長引く性分
みたいなんだ」
まさかわが社の社長が典型的な遅刻魔の言い訳を口にするとは。もしかして
仕事はできるが、とことん不器用なのではないか。アメリカの有名技術者も服
装はワンパターンで悩む機会を作らなかったという。
「社長。明日からもう一度寝ぐせで来てください」
しばらくして業績はみるみる回復した。
寝ぐせのすすめ さかや かける @Sakayakakeru
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