七夕祭り②

 短冊を飾り終えると、七夕祭りが始まる十分前の時刻になった。


 そのタイミングで花田さんが俺と部長と無藤さんの方を見て、明るく笑いかけてくる。


「始まるな! 俺は手伝い行ってくるから、あとはよろしく!」


「「「はい」」」


 俺たちが声を揃えて返事をすると、花田さんは大きく頷き、俺たちに背中を向けた。しかし、すぐに「あっ!」と言って振り返る。


「君ら、福引券一枚ずつ貰っちゃっていいからな?」


「え!? いーんですか!?」


「ああ、もちろんっ! 祭りが終わるちょっと前に当選番号が発表されるから楽しみにしとけよ! じゃあな!」


 花田さんは軽く手を上げると、商店街の中にせかせかと歩いていった。


 福引か。どうせ当たらないんだろうな……。そんなことを思っていると、部長が俺と無藤さんの方を見て楽しそうに微笑んでくる。


「うちは通りの右を担当するから、みっきーとむとーちゃんは通りの左をよろしく!」


「「わかりました」」


 俺と無藤さんが返事をすると、部長は通りの反対側に走っていった。俺と無藤さんは笹の近くに置いた長机の後ろに回り、椅子に腰掛ける。


 無藤さんと受付の段取りについて話した後、しばらくして商店街のアナウンスが聞こえてくる。


「仲山商店街『七夕祭り』の開始時刻になりましたことをお知らせいたします」


「並木先輩、始まりましたね」


「うん、そうだね」


 無藤さんと顔を見合わせてそんなやりとりをしていると、すぐに最初のお客さんがやって来た。最初のお客さんは二十代後半くらいの男女カップルだった。彼らは手を繋いでいてとても仲睦まじげだ。


 無藤さんはクールな笑顔を浮かべながらカップルに頭を下げる。


「こんばんは」


「「こんばんは」」


「どうぞ、抽選会用の抽選券です。当選番号は七時四十五から発表されるので、お忘れなく」


「ありがとう」


「ありがとね」


 カップルは無藤さんから抽選券を受け取ると、軽く頭を下げ、その場を去ろうとする。その瞬間、無藤さんが俺にアイコンタクトをしてくる。……あっ、短冊書くか聞くんだった。


「あのー、よかったら短冊書きませんか?」


 離れていこうとするカップルに恐る恐るそう声をかけると、彼らは俺の顔を見て「ぜひ書かせてもらいます」と言ってくれた。


 カップルは互いに「この人とずっと一緒にいられますように」という願い事を書くと、笹の枝にそっと結びつけ、再び手を繋いで商店街の中にゆっくりと歩き始めた。優しそうな人たちだったな。お幸せに。


 そんなことを思っていると、無藤さんの「……素敵だな……」という呟きが聞こえてきた。無藤さんの顔をちらっと覗くと、彼女がカップルの背中を羨ましそうに見ているのがわかった。好きな人と手を繋いでる想像でもしてるのかな……?


 そう思いながら何気なく足の位置を変えると、その足が机の脚に軽くぶつかってしまい、ペンが転がり始める。


「あっ」


 反射的に手を伸ばし、ペンを掴むと、無藤さんもペンを掴もうとしたのか、俺の手の甲に彼女の指先が当たった。すると、彼女はなぜか手を引っ込めず、俺の手をぎゅっと握ってきた。


「む、無藤さん?」


 無藤さんの柔らかな掌に自分の手の甲が包まれている感覚にドキッとして彼女の顔を見ると、彼女がはっとした表情をするのがわかった。


「……あっ! ご、ごめんなさい! さっきのカップルを見てつられてしまいました!」


 無藤さんは顔を赤くしながらうわずった声でそう言うと、俺からぱっと手を離し、恥ずかしそうに俯いた。可愛いけど、なんなんだろう……?


 ◇


「ママ、お祭り楽しみー!」


「そうね!」


 商店街の入口で受付作業を始め、一時間ほど経った頃、小柄なお母さんと五歳くらいの男の子がやって来た。俺と無藤さんは声を揃えて挨拶をする。


「「こんばんは」」


 無藤さんが抽選券を渡し、俺が短冊の案内をした後、お母さんは男の子の顔を覗く。


「ようくん、短冊書く?」


「うん!」


 男の子はお母さんに手伝ってもらいながら短冊を書き上げると、彼女と一緒に大きな笹の方に歩いていく。しかし、お母さんが笹の枝に短冊をつけようとすると、男の子は首を横に振る。


「もっともっと上につけた〜い!」


「ここでいいじゃない」


「やだやだ!」


 無藤さんは男の子がそう言った瞬間、さっと立ち上がって彼の方に歩いていく。そして、彼の前にしゃがみ込み、「どこにつけたいのかな?」と優しく尋ねる。


「てっぺん」


 男の子が大きな笹の上の方を指差してそう言うと、無藤さんは俺の方を見て手招きをしてくる。なんで俺を呼ぶんだろうと思いながら無藤さんのそばまで歩いていくと、彼女が真剣な表情で見つめてくる。


「並木先輩。私たち、肩車をしましょう」


「え!? 肩車? ……そんなことしなくても、机か椅子に乗れば届くんじゃ……?」


「いえ、商店街の物なので、壊したらいけませんから。さあ、肩車を」


 無藤さんはどこか鬼気迫るような表情をしている。なんかすごい必死じゃない……? そう思って首を傾げていると、男の子のお母さんが話し始めた。


「危ないですから大丈夫ですよ。ようくん、てっぺんじゃなくていいわよね」


「えー」


 男の子は不満そうな表情をしている。無藤さんはそんな彼の顔を見て優しく微笑む。


「お姉さんたちがてっぺんにつけてあげるから任せて!」


「うん!」


 男の子は嬉しそうに頷くと、無藤さんに短冊を渡した。お母さんは心配そうな表情をしながらも「じゃ、じゃあ、お願いします」と言って無藤さんに頭を下げる。肩車やる流れになっちゃったな。……恥ずかしいけど、仕方ないか。


「無藤さん、俺が下だよね?」


「はい、お願いします」


 無藤さんのそんな返事を聞き、笹の方を向いてしゃがみ込むと、すぐに無藤さんが俺の肩に脚をかけてくる。


 その瞬間、首周りが彼女の柔らかな太ももに優しく挟まれる感覚がし、俺の顔はぼっと熱くなる。そんな状態で恐る恐る彼女の太ももに手を置くと、掌全体に柔らかい感触がしてさらに顔が熱くなる。やばい、恥ずかしすぎるって!


「……じゃ、じゃあ、持ち上げるよ」


 震えた声でそう呼びかけると、無藤さんは俺の頭を手で押さえながら「は、はい」とうわずった声で返事をする。無藤さんも俺と同様、恥ずかしがっているらしい。


「よいしょ」


 足腰に力を入れてゆっくりと立ち上がり、倒れないように力強く踏ん張っていると、無藤さんが俺の頭から手を離すのと同時に太ももにぎゅっと力を込めるのがわかった。その瞬間、肌と肌が密着している感覚がより一層増し、体中が熱くなる。そして、鼓動が急激に速くなる。や、やばすぎる!


「……つけられました!」


 肩車をして数十秒ほど経つと、頭の上からそんな無藤さんの声がした。


「じゃあ、しゃがむね」


 恥ずかしい時間がやっと終わることに安堵しながら無藤さんにそう伝え、ゆっくりとしゃがむと、無藤さんはすぐに俺から脚を退ける。しかし、首周りには彼女の太ももの感触が残っていて鼓動は激しくなったままだった。


「見て! てっぺんにつけたよ!」


 無藤さんが男の子の前にしゃがみ込み、優しく声をかけると、男の子は嬉しそうに頷き、にこっと微笑んだ。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「本当にありがとうございました!」


 男の子とお母さんは無藤さんにお礼の言葉を言うと、ゆっくりと商店街に入っていった。首周りに残る感触に顔を熱くしつつ、そんな二人の背中をぼーっと眺めていると、無藤さん気遣わしげに顔を覗いてくる。


「並木先輩、どうしてぼーっとしてるんですか? さっきも首周りが熱かったですし、熱があるんじゃないですか?」


「ね、熱はない……です」


「でも、すごく熱かったですよ? 本当に大丈夫ですか?」


「……えっと、だ、大丈夫。……む、無藤さんの……太ももの感触のせいだから……」


 ぼそっとそう言った瞬間、無藤さんが一気に顔を真っ赤にするのが見えた。やばい、要らんこと言った!


「か、感触って! な、何言ってるんですか! セクハラですよ!」


 無藤さんは顔を赤くしたまま大きな声でそう言うと、俺に顰めっ面を向けてくる。


「ご、ごめん!」


 急いで謝るが、無藤さんは俺から勢いよく顔を背けてしまった。しかし、その数秒後、彼女は小さな呟きをこぼす。


「……まあ、ご協力には感謝します。ありがとうございました」


 俺は無藤さんを見て思わず笑みを浮かべる。無藤さん、怒ってるけどちゃんとお礼言ってくれるの可愛いな。


 ◇


「商店街にお越しの皆様にご連絡いたします。七時四十五分になりましたので、抽選会を始めます」


 長い間受付作業を続けていると、そんな放送が入り、無藤さんが俺の顔を覗いてくる。


「並木先輩、抽選会始まりますね」


「うん、そうだね。……俺は苗字の語呂で七十三番の抽選券にしたんだけど、無藤さんは何番にしたの?」


「私は抽選券はもらいませんでした。私よりお祭りに来てくれた人に渡したほうがいいと思って」


「へぇ、さすが無藤さん、優しいね」


 俺が無藤さんの優しさに感心しながらそう言うと、無藤さんは一瞬だけ体を強張らせ、俺にぐいっと顔を近づけてくる。


「そんなことはどうでもいいですから、ちゃんと放送に耳を傾けてください」


 無藤さんの表情は辺りが暗くなってしまったため、あまりよく見えないが、顰めっ面をしている気がする。


「は、はい」


 無藤さんに怯みながらそう返事をした後、当たるわけがないと思いながら放送を聴いていると、「続いてはB賞、人気テーマパーク、ドリームパークのペアチケットです」という音声が聞こえてきた。


「B賞の当選番号は……七十三番です。当選された方、おめでとうございます」


「え? 嘘、当たった……」


 驚いてそんな呟きをこぼすと、無藤さんが俺の顔を見て可愛らしく小さな拍手をする。


「並木先輩、おめでとうございます」


「う、うん」


 でも、ドリームパークのペアチケットなんていらないんだけど……。行く人いないし、そもそも人混み嫌いだし。よし、無藤さんにあげよう。


「ペアチケット、無藤さんにあげるね」


 そう言いながら無藤さんに抽選券を差し出すと、彼女はきっぱりと首を横に振る。


「いえ、並木先輩が当たったんですから、並木先輩が貰ってください」


「いや、俺、行く人いないし。……そうだ、無藤さんって、好きな人いるんだよね? その人誘えばいいじゃん」


 どうせ貰ってはくれないんだろうなと思いながらそんな提案をしてみると、無藤さんは意外にも「じゃあ、貰います」とあっさり頷いてくれた。


「楽しんできてね。はい、抽選券」


「ありがとうございます。頑張ってその人を誘うことにします」


 無藤さんはそう言いながら抽選券を受け取った後、俺の顔を見て「……並木先輩、待っててくださいね」と可愛らしい声色で言ってくる。


「え? なにを?」


 無藤さんの声にドキッとしつつ、何を待っていればいいのかわからなくてそう尋ねると、彼女が急にあたふたし始めるのがわかった。


「え? いや、その…………わ、私が抽選券を引き換えに行ってくるのを待っててくださいってことです!」


 無藤さんはうわずった大きな声でそう言うと、椅子から勢いよく立ち上がり、商店街の中に走っていった。絶対違う意味で言ってたと思うんだけどなぁ……。

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