七夕祭り①

 今日は七月七日。


 放課後の今、俺は部長と無藤さんと一緒に学校の近所にある商店街に向かって歩いていた。今日の活動は、商店街で開催される七夕祭りの手伝いなのだ。


「みっきー、むとーちゃん、七夕祭り楽しみだね!」


「私も楽しみです!」


「え? 俺たちは祭りの手伝いをするだけですよね?」


「そーだけど、お手伝いでもなんでもお祭りって楽しいじゃん!」


「うーん。俺は祭り自体好きじゃないんでその感覚はわからないですけど……」


「そなの? ま、せっかくお手伝いさせてもらえるんだから一緒に楽しも!」


「はい……」


 そんな会話をしながらしばらく歩いていると、商店街に辿り着いた。商店街にはたくさんの屋台が並べられていて、祭りの準備も終盤という感じだ。


「おっ! ボランティア部の子たちかい?」


 商店街の様子を見ていると、明るい表情をしたお爺さんが大股で近づいてきた。彼は「仲山商店街」という文字が入った法被を着ていた。ここの商店街の人みたいだけど、なんか見たことあるような……?


「はい! 北川高校のボランティア部です!」


 部長が元気な声でそう答えると、お爺さんは嬉しそうににかっと笑う。


「おっ、いい返事だ! 去年も自己紹介したけど、改めて! ここの商店街の集まりで会長をやってる花田だ。よろしく」


「「「よろしくお願いします」」」


 俺たち三人がそう言いながら頭を下げると、花田さんは両手を腰に当てて嬉しそうに大きく頷く。


「おうっ! じゃあ、まずは入口の準備よろしくな!」


 花田さんはそう言って軽く手を上げると、商店街の通りをせかせかと歩いていった。


「……入口の準備ってなんだ……?」


 花田さんの歩いていった方向を見ながらそんな疑問を呟くと、無藤さんが「はぁ」と大きなため息をつき、いつもの顰めっ面を向けてくる。や、やばい……!


「また何をやるか把握してないんですか? 並木先輩は去年もやったはずですよ?」


「す、すいま——」


「コホンッ」


 謝ろうとすると、無藤さんがいきなり咳払いをして俺の言葉を遮ってきた。彼女は顰めっ面をやめると、俺の顔を見つめてくる。


「まあ、仕方ないので教えてあげます」


「え? なんかいつもより優しくない?」


 無藤さんがいつもなら言わないような言葉をかけてきたのに驚き、そんな言葉が出た。


「お見舞いの時に色々迷惑をかけたので」


「あー、そういうこと? 無藤さん、律儀だね」


 無藤さんの真面目さに思わず笑みを浮かべると、彼女がほんのりと頬を赤くするのが見えた。


「……そ、そんなことより、準備の内容を言いますから聞いてください!」


「う、うん」


「集会所から笹、長机、椅子を商店街の入口に運びます。笹は通りの両側に三個ずつ、長机と椅子はその近くに置きます。以上です」


 無藤さんは淡々とした口調で簡潔に準備の内容を教えてくれた。


「無藤さん、教えてくれてありがとう」


 微笑みながら感謝を伝えると、無藤さんは再び頬を赤く染め、「……笑顔が二回も……」という呟きをこぼした。


 無藤さん、俺の笑顔への執着がすごいんだよなぁ。お見舞いの時も笑ってくれって頼んできたし。


 ◇


 部長と無藤さんと一緒に集会所に行くと、ガラス扉の前に大きな笹が植わった鉢が二個あるのがわかった。また、扉から中を覗くと、小ぶりの笹が植わった鉢が四個見えた。


「みっきー、うちらは大っきな笹から運んじゃおっか?」


「はい。かなり大きいので、二人で一個って感じですよね?」


「うん! じゃ、一緒に運——」


「部長!」


 部長が話している最中に無藤さんが勢いよく右手を挙げた。部長は少し驚いた様子で無藤さんのことを見つめる。


「むとーちゃん、なあに?」


「部長の代わりに、私が並木先輩と大きな笹を運んでもいいですか?」


 無藤さんはなぜか部長に対してそんな提案した。すると、部長ははっとしたような表情をし、明るい笑顔を浮かべる。


「あっ! そーゆーこと? むとーちゃん、かっわいっ!」


「え? 部長、そういうことってどういうことですか?」


 部長の発言の意味がわからなくてそう尋ねると、部長は俺の顔を見て優しい笑顔を浮かべる。


「むとーちゃんはみっきーとしたいってことだよ!」


「え? よくわかんないです……。無藤さん、なんで俺と運びたいの?」


 相変わらず部長の言いたいことがわからなくて、無藤さんにそんな質問をぶつける。すると、無藤さんは頬を赤く染め、恥ずかしそうに俯く。


「えと、その……な、なんでもいいじゃないですか! いいから早く運びましょう!」


 無藤さんはうわずった声で誤魔化すようにそう言い放つと、大きな笹の鉢に近づいていき、両手でその縁を掴んだ。


 俺は無藤さんに疑問を感じたまま鉢に近づいていき、彼女と同じように縁を掴む。


「……じゃあ、持ち上げますよ。せーの!」


 無藤さんのそんなかけ声に合わせて鉢を持ち上げると、二人で歩調を合わせて慎重に歩き始める。


 歩き始めてしばらくすると、無藤さんが笹の陰からひょこっと顔を覗かせて嬉しそうに微笑んだ。ん? どうしたんだろう?


 無藤さんの行動を疑問に思いつつそのまま運び続けていると、無藤さんは再び笹の陰から顔を覗かせて嬉しそうに微笑んだ。俺は気になって彼女の顔をちらっと覗く。


「無藤さん、なんで俺を見て笑うの?」


「え? いや、な、並木先輩と一緒に運んでるなぁと思って!」


 無藤さんがそんな当たり前すぎることを言ってくるので、自然と「え? そりゃそうでしょ」というツッコミが出てしまう。


「ま、まあ、そうなんですけど!」


 無藤さんは頬を赤くしながら震えた声でそう言った。無藤さん、なんなんだろう?


 その後も無藤さんは笹の陰から何度もひょこっと顔を覗かせる。繰り返し顔を覗かせる彼女の姿はとても可愛らしく、思わず笑みと独り言がこぼれてしまう。


「無藤さん、可愛い……」


 無藤さんは俺がそう呟くと、「え!?」という驚いたような声を出した。その瞬間、鉢が彼女の方に傾き始める。


「無藤さん!」


 体が前にもっていかれそうになって、慌てて無藤さんにそう呼びかけると、彼女は「あっ!」と言って鉢を支え直してくれた。


 鉢が再び元の水平状態に戻ると、無藤さんは再びちらっと顔を覗かせ、少しだけ顔を顰める。


「……まったく。並木先輩は……」


 無藤さんは叱りつけるような口調でそう言うが、その頬はほんのりと赤く、照れているように見えてとても可愛かった。


 ◇


「終わったね!」


 しばらくして入口の準備が終わると、部長が俺と無藤さんの方を見ながら嬉しそうにそう言った。


「はい、終わりましたね」


 無藤さんがそう言って部長に頷いたタイミングで、花田さんが何かを抱えて駆け寄ってくるのが見えた。


「短冊とペン、あと抽選券持ってきたぞ!」


 花田さんは俺たちが運んだ机の上に短冊の山とペン四本、抽選券の束を勢いよくどかっと置いた。


「ありがとうございます! 抽選券はお祭りに来てくれた人に先着で、短冊は書きたい人に渡す感じでしたよね?」


「おうっ! 部長さん、ばっちりじゃねぇか!」


「どーもっ!」


 部長は花田さんにぺこりと頭を下げる。花田さんはそんな彼女に頷きかけると、何かを思いついたように手を叩く。


「あっ、そうだ! 君ら、先に短冊書いて飾っちゃったらどうだい?」


「え!? 花田さん、それめっちゃいーですね! みっきー、むとーちゃん、短冊書こ!」


 部長の提案に無藤さんは少し嬉しそうに「はい!」と答え、俺は面倒くささを感じつつとりあえず「わかりました」と答えた。


 俺は部長、無藤さんと長机の前に並んで立ち、短冊とペンを取る。しかし、ペンを握ってもなかなか願い事が思いつかない。昔から夢とか願い事とか、そういうの書くの苦手なんだよなぁ。


 何を書こうかと悩みながらなんとなく無藤さんの方を見ると、彼女が書き上げた短冊を見ながら満足そうな表情をしているのがわかった。無藤さん、なんか嬉しそうだな……。


 ——あっ、そうだ。


 俺は無藤さんの満足そうな表情を見てある願い事を思いつき、その内容を短冊に書き始める。……無藤さんの願い事が叶いますようにっと。


「二人とも書けた?」


「「はい」」


「じゃ、飾ろっか!」

 

 俺たちは大きな笹に近づいていき、それぞれ笹の枝に短冊を結び始める。しかし、その瞬間、強い風が吹き、無藤さんの短冊が飛んでいってしまった。


「わ、私のがっ!」


 無藤さんが慌てた様子でそう叫んだ直後、彼女の短冊が花田さんの足元にひらりと落ちた。花田さんはそれを拾い上げ、首を傾げる。


「これ誰のだい? 『好きな人の笑顔がたくさん見れますように』ってやつ」


 花田さんがそう言うと、無藤さんは顔を真っ赤にしながら躊躇いがちに手を挙げる。


「わ、私のです……」


「嬢ちゃんのか! いい願い事だ!」


 花田さんは無藤さんに短冊を渡しながら明るく笑う。


「ありがとうございます」


 無藤さんは顔を赤くしながらも花田さんにクールに笑いかける。そして、勢いよく俺の顔を見てくる。


「な、並木先輩、違いますからね!」


「え? う、うん」


 無藤さんが何を否定しているのかはわからないが、俺はとりあえずそう言って、笹の枝に短冊を結ぶ作業に戻る。


 ……それにしても無藤さん、好きな人いるのか……。短冊を結びながらそんなことを考えると、なんとなく胸がズキっとするような気がした。そんな感覚に思わず手を止めるが、俺はすぐに気のせいだろうと思って、短冊を笹の枝にきゅっと結びつけた。

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