お見舞い②
——ガチャッ
(みっきー、むとーちゃんはまだ寝てる?)
しばらくして部長がレジ袋を持って無藤さんの部屋に戻ってきて、そんな質問をしてきた。
俺は何を買ったんだろうと思いつつ、こんもりとした布団を指差し、「もう起きてますけど、布団に隠れてます」と答える。
「え? 隠れてる?」
部長は不思議そうに無藤さんのベッドに近づいていくと、そっと布団を持ち上げる。
「むとーちゃん、差し入れ持ってきたよ。出ておいで」
部長が小さい子を相手にしているような感じで優しく呼びかけた直後、無藤さんが布団からがばっと顔を出し、勢いよく上半身を起こした。
「え? ぶ、部長! わざわざすいません」
「全然だいじょぶだよ!」
部長は明るくそう言った後、申し訳なさそうな表情をしながら再び話し始める。
「……それよりもごめんね。むとーちゃんが熱出しちゃったの、うちが働かせ過ぎちゃったからだよね……」
部長がそう言った瞬間、無藤さんはまさか謝られるなんて思っていなかったというような驚いた表情をする。
「あ、頭上げてください! 熱が出たのは私の体調管理が悪いせいですから!」
部長は「で、でも……!」と曇った表情をしながら首を横に振った。無藤さんはそんな部長にクールな微笑みを向ける。
「部長、謝らないでください。お見舞いに来てくださってありがとうございます」
無藤さんにお礼の言葉を言われた部長は「……むとーちゃん、ありがと!」と言っていつもの優しい笑顔を見せた。
俺は笑みを交わす部長と無藤さんを見ながら二人と同じように微笑みを浮かべる。無藤さんと部長は二人とも優しくて真面目なんだよな。
少しして部長はレジ袋からプリンの容器を取り出し、「じゃーん!」と言って無藤さんに近づける。
「むとーちゃん、プリン買ってきたんだけど、食べる? むとーちゃんママが言ってたんだけど、プリン好きなんだよね?」
「はい、いただきます! ありがとうございます」
無藤さんが嬉しそうな表情でお礼を言うと、部長は大きく頷き、「じゃ、食べさせてあげるね!」と満面の笑みを浮かべる。
「え? 自分で食べられますよ」
「いいからいいから! 熱が出てる時くらい甘えていいんだよ!」
「は、はい」
「うんうん!」
部長はおせっかいを発揮し、強引に無藤さんを頷かせると、嬉しそうに微笑んだ。
その後、部長はプリンの容器を開け、プラスチックのスプーンで一口掬った。そして、ベッドに座る無藤さんの口元にそれを近づける。
「はい、あ〜ん」
無藤さんは少し恥ずかしそうに口を開けると、ぱくっとプリンを口に入れる。無藤さん、小さい子みたいで可愛いな。
「おいし?」
「はい!」
「じゃ、もう一口——って、ちょっと待って! みっきー、今何時?」
部長はプリンをもう一口掬おうとした瞬間、突然手を止め、大きな声を出した。
「え?」
俺は戸惑いつつスマホを取り出し、ロック画面を見ながら「四時三十分」だと伝える。すると、部長は俺にプリンの容器とスプーンを差し出してくる。俺は反射的にそれを受け取る。
「もうすぐ塾の時間だから、みっきー、あとは頼んだ! むとーちゃん、お大事に!」
部長は早口で話すと、部屋から飛び出していった。部長、忘れてたけど、受験生なんだよな……。部屋で二人きりは気まずいし、俺も帰るか。
「無藤さん、俺も帰るね。はい」
「え?」
帰ることを告げ、プリンの容器とスプーンを無藤さんに差し出すと、彼女に驚いたような顔を向けられた。
「無藤さん、どうしたの?」
不思議に思ってそう尋ねると、無藤さんはなぜか俯く。そして、顔を赤くしながら消え入るような声で話し始める。
「……あの、ちょっと、自分では食べられなくて……」
「え? さっき、自分で食べられるって……」
俺が無藤さんの言葉に困惑しながらそう尋ねると、無藤さんは「ギクッ」という感じで体を強張らせる。
「……えと、さ、さっき部長から……熱が出てる時は甘えていいと聞きました……」
「あー、そういうこと? じゃあ、無藤さんのお母さんに頼んでから帰るね」
そう言いながら無藤さんの机にプリンの容器とスプーンを置く。そして、部屋の扉に手をかけながら無藤さんの方を見る。
「無藤さん、ゆっくり休んでね」
「ま、待ってください!」
部屋を出ようとした瞬間、無藤さんが必死さを感じさせる口調で待ったをかけてきた。
「どうしたの?」
「……ぷ、プリン食べさせてください! 並木先輩が!」
「え? なんで俺?」
俺は無藤さんが予想だにしなかった発言をしてきたのに戸惑いながらそう尋ねた。すると、彼女は顔を真っ赤にする。そして、「……えと、その……」と言いながら目を泳がせたかと思うと、突然はっとしたような表情をする。
「あっ! 部長は並木先輩に任せたと言ってましたから! 約束を破るのは部長に失礼です!」
無藤さんは俺の目をまっすぐ見ながら自信満々な表情でそう言い放った。
「えぇ……。言ってたは言ってたけど……。無藤さん、変なとこで真面目さ発揮しないでよ」
そんなツッコミを入れると、無藤さんは少し不服そうな表情をしながら可愛らしく頬を膨らませる。
「……並木先輩は私なんかには食べさせたくないんですか……?」
「……わ、わかったよ。食べさせてあげるから」
半ば投げやりにそう言うと、無藤さんは「はい!」と明るい返事をしてきた。
無藤さん、熱のせいでテンションがおかしくなってるのかもな……。そんなことを思いながらプリンの容器とスプーンを手に取って無藤さんのベッドまで近づいていく。
無藤さんは俺の目をじっと見ながらゆっくりと口を開ける。可愛いけど、そんなに凝視されると恥ずかしい……。
俺は顔を熱くしながらスプーンでプリンを掬い、無藤さんの小さな口にそれを運んだ。
無藤さんはプリンを飲み込むと、あどけない笑顔を向けてくる。
「……美味しいです!」
か、可愛いすぎる……! そう思いながらプリンをもう一口掬い、無藤さんの口に運ぶと、彼女は再び可愛らしく微笑む。
無藤さんが可愛くてもう一口、もう一口と食べさせてあげていると、いつの間にかプリンの容器は空になっていた。あー、終わっちゃった……。無藤さんの可愛さを堪能する時間はあっけなく終わってしまった。
「並木先輩、食べさせてくれてありがとうございました」
「うん。じゃあ、帰るね」
俺がそう告げると、無藤さんは俯いたまま躊躇いがちに口を開く。
「……あの、最後に……笑ってもらえませんか……?」
「え? なんで?」
「……えと、その、テスト期間が挟まって、次の部活まで二週間空いてしまうので……」
無藤さんは消え入るような声で意味のわからない答えを返してきた。
「……よくわからないけど、笑えばいいんだよね?」
「いいんですかっ!」
無藤さんはそう言って目を輝かせる。俺はそんな彼女の様子を疑問に思いつつ、彼女の目を見る。そして、「目の前にいるのは小さい子」と自己暗示をし、口角を上げる。
「無藤さん、またね」
笑みを浮かべながらそんな別れの挨拶をすると、無藤さんが顔をより赤くするのが見えた。
「……は、はい。また部活の時に!」
無藤さんはそう言って、再びあどけなく可愛らしい笑顔を向けてくる。俺はそんな彼女に頷いて部屋をあとにした。
「……無藤さん、可愛いかったなぁ」
無藤さんの部屋を出た後、階段を降りながらそんな呟きをこぼすと、階段下にいた無藤さんのお母さんと目が合った。すると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「ふふっ。ゆうちゃん、可愛いわよね〜」
「えっ? お、お邪魔しましたー!」
俺は無藤さんのお母さんに恥ずかしい独り言を聞かれていたことに一気に顔を熱くすると、無藤さんの家を逃げるように飛び出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます