プール掃除①

 今日はボランティア部の活動日。


 放課後の今、俺は部長と無藤さんと一緒に学校の屋上にあるプールにいた。今日の活動はプール掃除なのだ。


 といっても、プールはすでに体育委員の生徒たちによってあらかた綺麗にされていて、あとは微妙に残った汚れを取るだけだった。


「……うーん。なかなか取れないな……」


 俺はプールの隅に残った汚れを取るのに苦戦していた。体育委員が取りきれなかった汚れってことだもんな……。頑固すぎる。


「おーい、みっきー!」


 頑固な汚れと格闘していると、不意に後ろから部長の声がした。


「なんです——」


「うりゃっ!」


「うわっ!」


 振り返った瞬間、顔面に勢いよく水が飛んできた。俺が驚いて叫び声を上げると、部長は「あははっ!」という楽しそうな笑い声をこぼす。そんな彼女の片手には青色のホースが握られていた。


「部長、何するんですか!」


「えへへっ! ごめんね!」


 部長は頭を掻きながら悪戯っぽくそう言ってくる。そんな彼女はいつもよりテンションが高いような気がする。


「まったく。びっくりしましたよ」


 俺が少しだけ腹を立てながらそう言うと、部長は可愛らしく小首を傾げ、にこっとする。


「でも、気持ちいいでしょ?」


「……まあ、確かにそうですね。今日暑いですし」


 六月中旬の蒸し暑さの中、冷たい水が肌にかかるのは部長が言う通り、とても気持ちがよかった。


「だよね! うち、汗だくだもん!」


 部長はそう言って体操着の襟を指でつまみ、ぱたぱたと前後に動かす。彼女のそんな仕草は色っぽくて顔が少しだけ熱くなってしまう。部長、ちょっと刺激が……。


「あっ、そだ! はい、みっきー!」


 部長は上半身に風を通した後、突然、はっとしたような表情をし、俺にホースを手渡してきた。


「うちに水かけて!」


「え……?」


 女子に水をかけるのはダメじゃない……? そう思ってホースを持ったままその場に立ち尽くしていると、部長が「みっきー、早く早く!」と急かしてくる。


 俺は部長に言われ、仕方なくホースの先を彼女の顔面に近づける。


「……じゃあ、かけますよ」


「うん!」


 俺は部長が頷くのを見て、ホースの先を軽く指で押さえる。その瞬間、一気に水圧が強くなり、彼女の顔面に向かって水が一直線に伸びていった。


「……あはっ! 気持ちいいな!」


 部長は顔に水がかかると、楽しそうに笑っい、濡れた髪をさっと掻き上げる。彼女のそんな仕草は色っぽく、俺の顔は再び熱くなってしまう。


 ————ん?


 部長に色っぽさを感じていると、突然、無藤さんが顔を顰めながら俺の方に近づいてくるのが見えた。無藤さん、なんか怒ってる?


「並木先輩、部長になんてことをしてるんですか!」


「い、いや、俺は部長に頼ま——」


「問答無用です!」


 無藤さんは俺の言葉を遮ってそう言い放つと、俺から勢いよくホースを奪い取る。そして、すぐさま俺の上半身に水を噴射してくる。


「うわっ!」


「あははっ!」


 部長は俺と無藤さんの方を見ながら、おかしくてたまらないといった様子で手を叩いている。


「むとーちゃん、みっきーにはうちから水をかけるように頼んだんだよ!」


「え? あっ、そうだったんですか……」


 無藤さんは一気に申し訳なさそうな表情になり、俺に頭を下げてくる。


「並木先輩、ごめんなさい。私に水をかけ返してくれて結構です!」


 無藤さんはそう言い放つと、俺にホースを勢いよく差し出してくる。


「無藤さん、別に大丈夫なんだけど……」


 俺が困惑気味にそう言うと、無藤さんはきっぱりと首を横に振る。


「いえ、水をかけ返してもらわないと私の気が収まりません」


「……無藤さん、相変わらず真面目だね」


 俺は無藤さんの真面目さに苦笑いをすると、彼女からホースを受け取る。


「……じゃあ、いくよ」


「はい」


 無藤さんが頷くのを見た後、俺は彼女の顔面を狙って水を噴射する。しかし、狙いが外れてしまい、水は彼女の胸あたりに命中してしまった。


「あっ! ごめん! 無藤さん!」


「大丈夫ですよ。私がかけてくださいって言っ——」


「うあっ!」


 無藤さんが話している途中で、俺はあることに気づき、思わず叫んでしまった。無藤さんの体操着が濡れてしまったせいで、彼女の着けている薄水色のブラジャーが透けてしまっていたのだ。


「え? 並木先輩、どうし————きゃっ!」


 無藤さんは俺が視線を向けている先を見やると、悲鳴を上げ、両手で胸を隠した。そして、頬をほんのりと赤くしながら俺を恨めしそうにキッと睨みつけてくる。


「並木先輩の変態っ!」


「すいませんでしたっ!」


 無藤さんの鋭い一言に一気に罪悪感が増した俺は、急いで彼女に土下座をする。


「あははっ! むとーちゃん、下着見えちゃったくらいで大げさすぎっ!」


「大げさにもなりますよ。今日のは見せる用のちゃんとしたものじゃ——あっ! い、今の忘れてください!」


 無藤さんは途中まで淡々と話していたが、途中で口を滑らせたことに気づいたようで、甲高い声を出した。


「むとーちゃん、見せる用のものって? 誰に?」


「えっと、あの……その……」


 無藤さん、今絶対、顔赤くしてるんだろうな……。俺は土下座をしながら赤面した無藤さんの顔を想像し、思わず笑みを浮かべる。


「ぶ、部長、そんなことより早く作業に戻りましょう!」


「うん! そだね!」


「並木先輩は土下座なんかしてないで早く立ってください!」


 無藤さんは怒鳴り声を上げながら俺の尻を軽く蹴ってくる。


「は、はい!」


 突然の怒鳴り声と蹴りに驚いた俺は急いで立ち上がり、無藤さんに背を向けてデッキブラシを動かし始める。


 その数秒後、無藤さんが後ろから小さい声で呼びかけてくる。


「あ、あの、並木先輩……。さ、さっきの、どう思いました……?」


「え? さっきの?」


「ちゃんと可愛いやつでした?」


「え? なんのこと?」


 俺は無藤さんが何を言っているのかがまったくわからなくて、そう聞き返す。


「えと、私の……ぶ、ぶ、ぶ……な、なんでもないです!」


 無藤さんは俺の質問に答えようとするが、なぜか途中でそれをやめてしまった。そして、「ピチャピチャ」という足音を立てながら遠くへ行ってしまった。無藤さんは何を言おうとしてたんだろう……?

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