体育祭準備

 水曜日の放課後、俺は部長と無藤さんとグラウンド脇の体育倉庫に向かっていた。


「はぁ……」


 運動部の人たちと共同作業とか嫌なんだけど……。陽キャが多そうだし、俺の場違い感すごいんだろうな。


 今日の活動は明日に控えた体育祭の準備で、ボランティア部はテント設置の手伝いをすることになっている。


 重い気分でしばらく歩いていると、遠目に体育倉庫が見えた。倉庫の前には運動部の生徒たちが多く集まっていて、がやがやしていた。それがわかると、余計に気が重くなってくる。……この騒がしい感じ、好きじゃないんだよ。帰りたくなってきた……。


「「「和沙かずさ〜!」」」


 気が滅入っていると、部長の下の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。声がした方に目をやると、女子数人が手を振っているのが見えた。


「おー! みんな!」


 部長は明るい声でそう言うと、その女子たちの方へ駆けていった。そして、笑顔を浮かべながら彼女たちと楽しそうに会話を始めた。


 部長ってほんと明るいし、友達多いんだよなぁ。部活での移動中もよく声をかけられてるし。ぼっち……じゃない、一匹狼の俺とは違うなぁ。


 そんなことを思った直後、周りの生徒たちに視線を向けられているような気がした。多分、俺の近くにいる無藤さんを見ているのだろう。辺りからは彼女を褒める声が聞こえてくる。


「見てあの子! 綺麗すぎない? 青ジャージだから一年生だね」


「素敵な黒髪だな〜。クールビューティーって感じで羨ましい!」


「あっ、五組の無藤さんだ。ほんと美人だよなぁ。そういや、こないだの中間テストでは学年一位だって」


 俺は男子のそんな言葉を聞いて驚き、思わず無藤さんの方を見る。無藤さん、頭いいんだろうなとは思ってたけど、そこまでとは。なんでもできる人ってほんとにいるんだ……。そんなことを思いながら無藤さんのことを見ていると、不意に彼女と目が合った。


「並木先輩、なんですか?」


「いや、無藤さん、勉強もできるんだなと思って。中間テスト、学年一位だったんでしょ?」


「あぁ、そうみたいですね」


 無藤さんは他人事のような言い方だ。無藤さんにとっては、テストで学年一位を取ることなんてたいしたことではないみたいだ。


 最近、あたふたする姿ばかり見てたから忘れてたけど、やっぱり無藤さんは俺とはあまりにも違いすぎる……。


 ◇


 しばらくすると、体育の先生がやって来て体育倉庫の鍵を開けた。扉が開けられると、生徒たちが次々に中に入っていく。俺はある程度人がはけてからゆっくりと中に入っていった。


 倉庫の隅にはテント用のパイプが一束だけ残されていた。これ、持ってけばいいんだよな……? そう思い、パイプの束を持ち上げようとした瞬間、突然、運動部の男子が苛立った様子でずかずかと近づいてきた。


「それ、使うんで!」


「え? あの、俺、ボランティア部の……」


 わけを話そうとするが、運動部の男子は聞く耳を持たず、パイプの束を奪うように持っていってしまった。なんなんだ……? 俺の暗くてのろのろした感じにイラついたのかな……?


 運動部の男子の態度は気になるが、俺はとりあえずテントの設置場所である朝礼台付近まで行くことにした。


 朝礼台付近に移動し、周囲に目をやると、どこも人手は足りていそうなのがわかる。うーん、今更手伝いに来ましたって割り込むのもな……。まあ、俺は準備の様子でも見とくか……。


 ————あっ、先生がいる。


 手伝いを放棄しようとした瞬間、近くに体育の先生がいるのが見えた。他にやることないか聞いてみようかな……。柄にもなくそんなことを思った俺は、ゆっくりと先生に近づいていく。


「あ、あの……なにか手伝うこと……」


 体育の先生に後ろからそっと声をかけてみるが、先生は俺に目もくれず、そのまま歩いていってしまった。


 あれ? 聞こえなかったのかな? ……俺、こういう時って上手く声が出ないんだよなぁ。柄にもないことしなきゃよかった……。


「——くださーい」


 なんとなく落ち込み、その場に立ち尽くしていると、急に誰かの声が聞こえた気がした。ん? なんだろう?


「そこの人、どいてくださーい!」


 今度ははっきりと声が聞こえた。驚いて声がした方に目をやると、運動部の女子がラインマーカーで白線を引きながら近づいてくるのが見えた。彼女は少し苛立ったような表情をしている。


「あ、すいません!」


 謝りながら慌てて後ろに下がると、思わず「はぁ……」というため息がこぼれる。


 邪魔になってたのに全然気づかなかった……。倉庫でもイラつかれたし、先生にも上手く声かけられなかったし、なんだかなぁ……。いつもこんな感じだけど、悲しくなってくる。


「もうちょっとこっちに運ぼうか!」


 なんとなく気落ちし、俯いていると、いきなり部長の声が聞こえてきた。目線を上げ、声がした方に目をやると、彼女が完成したテントの近くで他の生徒たちに指示を出しているのがわかった。


「じゃあ、持ち上げるよ! せ〜のっ!」


 部長、リーダーシップとっててすごい。知らない人たちの中で、こんなに堂々とできるの、さすがだな。


 そう思いつつ、何気なく隣のテントに目をやると、今度は無藤さんの姿が目に入る。無藤さんはパイプを組み合わせるのに苦戦している女子の肩を軽く叩き、クールに微笑むと、彼女の代わりにパイプをさっと組み合わせた。無藤さんもさすがだ。さりげなく手伝ってあげてて優しい。


「はぁ……」


 俺の口からは再びため息がこぼれる。俺と違って上手く周りに溶け込んでいる部長と無藤さんの姿を見て、自分が情けなく思えてきたのだ。


 準備の前から思ってたけど、二人はやっぱり俺とは違う。部長は明るくて自分に自信があるし、無藤さんはなんでもできて優しいし……。


 俺はそんなことを思いながらとぼとぼとグラウンドの隅に歩いていき、一人段差に腰掛ける。みんながせっせと働く中、俺だけ何もしていないというのがなんとなく寂しい。準備をしなくて済んで楽なはずなのに。


 どんよりとした気持ちでしばらくグラウンドの様子を眺めていると、突然、隣に無藤さんが座ってきた。


「あれ……? もう終わったの?」


「ボランティア部の仕事は終わりましたよ」


「あー、そうなんだ」


 俺がそう言うと、無藤さんは気遣わしげな表情で俺の顔を覗いてくる。


「並木先輩、もしかして落ち込んでます? どうかしたんですか?」


「……いや、大したことじゃないんだけど……。部長と無藤さんはすごいのに、俺はダメダメだなと思って」


 俺が苦笑いを浮かべながらそう言うと、無藤さんは俺の目をまっすぐに見て優しく微笑む。


「……並木先輩は確かにダメダメですが、私はいいところも知っていますよ」


 無藤さんからの意外な言葉に「え?」という声がこぼれた。無藤さんは優しい笑みを浮かべたまま穏やかな口調で話し始める。


「並木先輩はいざという時に頼りになります。募金活動の時には冷やかしを追い払ってくれましたし、私が捻挫した時には保健室まで背負ってくれました」


「うーん。募金活動のはたまたまだよ。それに、怪我した人を放っておかないのは当たり前のことでしょ」


「ですが、私はとても救われましたよ。それに……」


 無藤さんは話している途中で口を閉じると、ポケットからスマホを取り出し、俺に勢いよく画面を見せてくる。


「ほら、見てください。並木先輩は笑顔が素敵なんです。これも並木先輩のいいとこ——」


「え? ちょ、ちょっと待って!」


「え? 急になんですか?」


 無藤さんの話を遮ったのはどうしても気になることがあったからだ。彼女が見せてきたのはスマホのロック画面なのだが、その壁紙は部長が以前グループトークに送ってきた俺の笑顔の写真だったのだ。


「なんで俺の写真を壁紙にしてるの?」


 俺がそう尋ねた瞬間、無藤さんははっとしたような表情をし、ばっとスマホを隠した。そして、みるみるうちに顔を真っ赤にする。


「……い、いや、これはその……せ、設定を間違えただけです!」


 無藤さんはうわずった大きな声でそう言うと、勢いよく立ち上がり、猛スピードでどこかへ走っていってしまった。設定を間違えたならすぐに変えるはずじゃ……?


 首を傾げていると、ふと、さっき無藤さんが言っていた「並木先輩は笑顔が素敵なんです」という言葉が頭に浮かんでくる。設定間違えたとかはよくわかんないけど、無藤さん、笑顔が素敵なんて、嬉しいこと言ってくれたなぁ。


 ……ん? そういえば、無藤さんのタイプって確か、笑顔が素敵な人じゃなかった……? そう思った瞬間、俺はある可能性を考え始めてしまう。


 も……もしかして無藤さん、俺のことが……————なんて、そんなわけないか!


 俺はありえないことを考えそうになった自分がおかしくて思わず笑みを浮かべる。その直後、いつの間にか落ち込んでいた気持ちがどこかへ行ってしまっていることに気づいた。


 無藤さんが慰めてくれたおかげか、なんか悲しくなくなったな……。ほんと、無藤さんは優しいなぁ。

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