保育園の訪問②
もうすぐ完成だな……。めいちゃんが城作りを始めてからかなり時間が経った。城はほとんど完成し、残りは多分、屋根だけだ。
教室の時計を見ると、もう五時半になっているのがわかる。めいちゃん以外の園児たちはもう帰ってしまったらしく、教室はとても静かだ。
「最後は屋根だよね?」
「ん」
「はい、どうぞ」
そう言ってめいちゃんに三角のブロックを手渡す。めいちゃんは俺からブロックを受け取ると、真剣な表情でそのブロックを組み込み、見事に城を完成させた。
「なみき、おしろできた」
めいちゃんは俺の顔を見ながら「見て見て」と言わんばかりに、完成した城を指差す。そんなめいちゃんの仕草はとても可愛らしい。
「うん、やったね」
「ん」
こくりと頷くめいちゃんにさっと掌を向けると、めいちゃんは小さい手で軽くハイタッチをして可愛らしく微笑んでくれた。お、俺の目の前に天使がいる……!
そんなことを思った俺は思わず彼女の頭に手を伸ばし、頭を撫でてしまう。すると、めいちゃんがどこか満足そうな表情をするのがわかった。
「ん!」
めいちゃんが嬉しそうにしているのを可愛らしく思っていると、不意に強い視線を向けられている気がした。辺りを見回すと、視線の主は無藤さんだとわかった。彼女は自分の頭を触りながら、どこか羨ましそうな表情で俺とめいちゃんを見つめていた。
無藤さんも頭撫でたいのかな……? やっぱり小さい子好きなんだろうなぁ。俺はそう思いつつ羨ましげな無藤さんの方を見て「うんうん」と頷く。
無藤さんに頷いていると、部長が大きな拍手をしながら城の方に近づいてくる。
「すごーい! めっちゃ城じゃん! めいちゃん、さすがだね!」
「……うるさい」
めいちゃんは元気な人が苦手なためか、耳を塞いで部長に顰めっ面を向けた。
なんかめいちゃん、顔顰めてて無藤さんみたいだな……! めいちゃんの顰めっ面を見て、無藤さんの顰めっ面が思い浮かんだ俺は思わず笑みをこぼす。
「なみき、おしろのまえ、きて」
一人微笑んでいると、めいちゃんがいきなり俺の手を引っ張ってくる。
「え? うん」
なんだろう……? 困惑しつつめいちゃんに言われた通り、城の前に立ってみる。すると、めいちゃんが再び口を開く。
「なみき。おうじやって」
「え? 王子?」
「めい、ひめやる」
「王子と姫……? ……えっと、もしかして何かのごっこ遊び?」
「……ん、ぷろぽーずごっこ」
「プロポーズごっこ!?」
めいちゃんからの返答が意外すぎて思わず彼女の言葉を繰り返してしまった。そんな俺を見てめいちゃんはこくりと頷く。
「ん。やろ」
めいちゃんが持ってきた本は全部お姫様の話だったし、その結末はどれもお姫様と王子様の結婚だったので、ちょっと再現してみたくなったのかもしれない。でも、ごっこでもプロポーズなんて恥ずかしすぎる。部長と無藤さんも見てるし。
「……なみき、やだ?」
しばらく黙っていると、めいちゃんが無垢な目でじっと見つめてくる。ゔっ、そんな目で見つめられたら、断れない……。
「……い、嫌じゃないよ」
めいちゃんにそう答えると、俺は彼女の前に跪き、右手を差し出す。 当然プロポーズの経験はないので、勝手なイメージでこの体勢をとってみた。
跪いているのはなんとも恥ずかしく、顔が熱くなってくるが、めいちゃんは俺の跪く姿を見て満足そうにしている。
「……ひ、姫」
恥ずかしさを感じつつ、めいちゃんの目を見てそう呼びかける。
「ん」
「……わ、私と結婚してください」
声を震わせながらそう言うと、めいちゃんは嬉しそうに微笑む。
「ん。よろこんで」
めいちゃんはそう言って俺の右の掌に小さな手を重ねてくる。めいちゃん、可愛いな。恥ずかしかったけど、やってよかったかも。
————ん?
めいちゃんを見て微笑んでいると、ふと無藤さんが普段とは違う様子をしているのが目に入った。彼女は手で両頬を押さえながら赤面しており、俺とめいちゃんに羨望の眼差しを向けてきているように見えた。無藤さん、今度は何を羨ましがってるんだろう……?
「……めいちゃーん、お母さん来てくれたわよ」
無藤さんを見て首を傾げていると、保育士の先生がめいちゃんにそう呼びかけるのが聞こえてきた。めいちゃんとはもうお別れしなければならないらしい。
「……ん」
めいちゃんがどこか寂しげな声で先生に返事をするので、俺もなんとなく寂しくなってくる。めいちゃんと遊ぶの、楽しかったな……。
「なみき、つぎいつくる?」
なんとなく下を向いていると、いきなりめいちゃんの姿が視界に入った。めいちゃんは俺の顔を見上げながら、可愛らしくこてんと首を傾げている。
「次は二ヶ月後かな」
「……ん」
「……めいちゃん、またね」
少しだけ悲しそうにしているめいちゃんにそう声をかけると、部長と無藤さんが近づいてきた。二人は優しい笑みを浮かべながらめいちゃんに手を振る。
「めいちゃん! バイバイ!」
「めいちゃん、今度は私とも遊んでね!」
「……うるさい」
めいちゃんは部長と無藤さんに顰めっ面を向けた。さっきと同じ、無藤さんを思わせる顰めっ面で、俺は思わず笑ってしまう。
めいちゃんはしょんぼりする部長と無藤さんから視線を外し、再び俺の方を向く。そして、勢いよくぎゅっと抱きついてくる。
「なみき、またあそぼ」
「うん」
俺がそう答えると、めいちゃんは嬉しそうに微笑んだ。そして、教室の出入口に駆けていった。……めいちゃん、最後まで可愛かったな。
◇
保育園での活動が終わると、俺は部長と無藤さんと一緒に駅に向かって歩き出した。
「みっきー、ほんとめいちゃんに愛されてるよね!」
歩き始めてしばらくすると、部長が明るい声でそう言ってきた。
「愛されてる? ……うーん。ただ元気な人が苦手なだけだと思うんですが」
「でもみっきー、帰り際に抱きつかれてたよね? 絶対愛されてるって!」
「うーん……」
めいちゃんに愛されてるとは到底思えない。俺なんてつまんない人間だし。
「……まあでも、もしそうなら嬉しいですね」
「うんうん! ま、うちはめいちゃんに嫌われてるみたいだけどね」
「ははは……」
部長の発言にめいちゃんの顰めっ面が思い浮かんで、思わず苦笑いをする。その直後、めいちゃんと無藤さんの顰めっ面が似ていると感じたのを思い出した。
「部長、めいちゃんって無藤さんに似てません?」
「めいちゃんとむとーちゃん? ……うーん」
部長は微妙な反応だ。部長は俺と違って仕事熱心だから、無藤さんに顰めっ面を向けられたことがないのかもしれない。
「あー、やっぱそうでもないですよね」
部長に共感を得られなさそうなので、そう言って発言を撤回するが、部長は勢いよく首を横に振ってくる。
「いや、似てる似てる! 二人ともみっきーと仲——」
「に、似てません! わ、私はめいちゃんと違って、並木先輩のことなんか、あ、愛してないですから!」
無藤さんは部長の話を遮り、うわずった声でそう言った。さっきの「めいちゃんに愛されている」という話に引っ張られて勘違いしたのかもしれないが、突拍子もない発言だ。
「むとーちゃん、『仲良し』って言おうと思ったんだけど……?」
「え? あ、そうだったんですか……」
部長が困惑した様子を見せると、無藤さんは恥ずかしそうに俯く。
「無藤さん、勘違いが過ぎてない?」
俺が無藤さんの顔を覗いてそんなツッコミを入れると、無藤さんはぷるぷると体を震わせる。暗くて顔は見づらいけど、絶対に赤面していると思う。
「……あ、あー! そ、そうだ、並木先輩! めいちゃんと遊んでいる時には自然な笑顔できてましたよ! 口角、両方とも上がってました!」
無藤さんは気まずくなったのか、突然、思いついたようにそう言ってきた。
「え、そうだった?」
「あ、確かに! そういえば、みっきーはちっちゃい子と遊んでる時にはいい笑顔してる気がするなー! 一年の時から!」
部長も無藤さんに同調する。
「へぇ、全然気づきませんでした」
笑顔の練習では全然上手くいかなかったのにな……。
「あっ! いいこと思いついた! 」
部長はいきなり両手を「パンッ」と叩くと、明るい声を出した。
「え? なんですか?」
「みっきー、無理に笑顔の練習しなくても、相手のことをちっちゃい子だと思えば上手く笑えるんじゃない?」
「……え? そんなのでいけます?」
「わかんないけど、試してみたら?」
部長がそう言うと、無藤さんは俺にぐいっと顔を近づけてくる。
「並木先輩、ぜひやってみましょう。次の部活の時にでも付き合いますよ」
自分が上手く笑えるようになるイメージはまったく湧かない。でも、部長と無藤さんにそう言われてしまうと頷くほかない。
「じゃあ、お願い」
「はい!」
無藤さんはなぜか明るい声で返事をした。その直後、「…………笑顔見れるかな……」という彼女の小さな呟きが聞こえてくる。
「無藤さん、笑顔見れるかなって言った?」
「い、言ってないです!」
無藤さんは胸の前で両手を振りながらうわずった声を出した。俺はそんな無藤さんを見ながら首を傾げる。
無藤さん、絶対に言ったよな……? でも、なんで俺の笑顔なんか……?
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