保育園の訪問①
学校を出発して十五分ほど歩くと、訪問先の保育園に着いた。
出迎えてくれた保育士の先生に挨拶をすると、俺と部長と無藤さんは三歳以上クラスの教室に案内された。
この保育園は小規模なため、縦割り保育というものを採用しているらしく、二歳以下クラスと三歳以上クラスの二クラスしかないのが特徴だ。
俺たちは教室に入ると、園児たちの前に出た。今年度初の訪問なので、まずは挨拶をすることになっているのだ。
最初に部長が一歩前に出た。
「会ったことある子もいるけど、はじめましての子もいるね! うちは板橋和沙! みんなには『ぶちょー』って呼んでもらってるよ! ちょっとの時間だけどよろしくねー!」
部長が優しく微笑みながら両手を振ると、園児たちは大きな拍手をした。さすが部長。明るくて人を惹きつけるなぁ。
次に無藤さんが一歩前に出た。
「私の名前は無藤優李だよ! みんなとははじめましてだけど、ぜひ『ゆうちゃん』って呼んでほしいな! 早くみんなとお友達になりた〜い!」
無藤さんは胸の前で両の拳を握り、身を乗り出しながら最後の一言を言った。園児たちからは大きな拍手が起こる。
さすがの挨拶という感じだけど、無藤さんのテンションの高さが気になる。多分、幼児向けモードなんだろうけど、あざとくてめちゃくちゃ可愛い。もしかして、子ども好きなのかな……?
「…………あ」
無藤さんの普段とは違う姿に驚いてしまって自分の挨拶の番が来ているのを忘れていた。俺は慌てて前に出る。
「俺は並木信慈です。よろしくお願いします」
それだけ言って頭を下げると、園児たちからの拍手はまばらだった。でも、挨拶が短すぎるのとテンションが低すぎるせいだとわかっているので、それほど悲しくはない……気がする。ま、まあ、一年の時からこんな感じだし!
————ん?
無理やり納得した直後、鋭い視線を向けられているのを感じた。恐る恐るその方向を見ると、先ほどの可愛いらしい姿からは一変した無藤さんの姿があった。彼女は腕を組み、顔を顰めながら俺を睨みつけていた。あ、あとで絶対、もっとちゃんと挨拶しろって怒られる……!
無藤さんに恐怖していると、保育士の先生が園児たちに笑いかけるのが見えた。
「じゃあみんな、お姉ちゃんお兄ちゃんたちと遊びましょう!」
「「「はーい!」」」
——ドタドタドタッ
園児たちは元気な返事をした後、部長と無藤さんの周りに駆け寄った。部長と無藤さんはそんな園児たちの姿を見て優しい笑みを浮かべている。もちろん俺の周りには誰も来ない。うん、俺と違って、二人はさすがの人気だな。……ま、まあ、別に羨ましくないけど!
……でも、二人ともなんであんなに上手く笑えるんだろう? 俺は何回やっても片方の口角しか上がらなかったのに。
————ん?
心の中でごちゃごちゃ言っていると、急に制服の袖を引っ張られるような感覚がした。驚いて下を見ると、女の子がいるのが目に入った。
その女の子は俺が一年生の時に何度か一緒に遊んだ「めいちゃん」という子だった。めいちゃんはボブヘアとくりっとした垂れ目が特徴の無口な子だ。
「なみき、こっち」
「う、うん」
めいちゃんは俺を本棚の近くまで引っ張っていくと、小さな人差し指で床を指差す。
「ここすわる」
「うん」
めいちゃんに言われた通り床に座ると、彼女は本棚から『白雪姫』の絵本を持ってきて俺に差し出してくる。
「これよむ」
「俺が読めばいいの?」
「ん」
めいちゃんはこくりと頷くと、俺に絵本を渡し、膝の上に座ってくる。そんなめいちゃんの行動はとても可愛いらしく、思わず笑みがこぼれてしまう。小さい妹がいたらこんな感じなのかな……?
めいちゃんの可愛らしさに微笑んでいると、ふと無藤さんが俺とめいちゃんの様子を遠くから羨ましそうに見つめてきているのが見えた。無藤さん、なんで羨ましそうなんだ……? 子ども好きそうだし、小さい子に膝に乗ってもらいたいとかかな……?
「なみき、はやく」
無藤さんの様子を不思議に思っていると、めいちゃんは俺の脚を軽く叩き、読み聞かせを催促してくる。
「あー、ごめんごめん。……えーと、『白雪姫』。むかしむかしあるところに……」
俺はめいちゃんに謝ると、『白雪姫』の読み聞かせを始めた。
◇
読み聞かせを始めて二、三分ほど経つと、早くも物語の終盤に差し掛かった。
「……白雪姫は毒りんごを食べると、たちまち倒れてしまうのでした」
そう読み上げると、少し気になることがあって次のページを捲ろうとした手が止まる。なぜかめいちゃんは読み始めてから一切動かないのだ。
俺が抑揚つけて読まないからつまらないのかな……? まあ、集中してるだけなのかもしれないけど。
めいちゃんの様子が気になりつつも、そのまま絵本を読み進めていくと、とうとう最後のページになった。
「……白雪姫は王子様と結婚し、幸せに暮らすのでした。……おしまい」
絵本を読み終えると、めいちゃんは俺の膝からすたっと降りる。
「めいちゃん、面白かった? 俺、棒読みだった気がするけど」
俺がそう尋ねると、めいちゃんはくるっと振り返り、俺の目をじっと見つめてくる。
「ん。おもしろい。よみかたもいい」
「え? 俺の読み方いいの?」
「ん。いい。ほかのひとうるさい」
忘れてたけど、めいちゃんは元気な人が苦手なんだった。だから、俺みたいな陰……おとなしいやつのとこに来てくれるんだよな。
めいちゃんは今度は本棚から『プリンセス』の絵本を持ってくる。またお姫様の話か。めいちゃんはお姫様に憧れてるのかな?
「つぎ、これよむ」
「うん、いいよ」
◇
その後、めいちゃんに五冊ほど絵本を読み聞かせすると、長時間の朗読に疲れが出てくる。
「……めいちゃん、別の遊びしたくない?」
別の遊びになったら疲れが紛れるだろうと思い、本棚に行こうとするめいちゃんにそう尋ねてみる。めいちゃんは振り返って俺の目を見つめてくる。
「ん。ブロック」
「よし、やろっか」
「ん。こっち」
めいちゃんはそう言って俺の手を引っ張ってくる。
「じゃあ、次のジェスチャーやるね!」
めいちゃんに手を引かれながら歩いていると、無藤さんの楽しそうな声が聞こえてきた。声がした方に目をやると、数人の園児たちに囲まれている無藤さんの姿が目に入った。
無藤さんは園児たちに笑顔を向けると、頭の上で両手をぴんと伸ばし、ぴょんぴょんと跳ね始めた。うさぎのジェスチャーをしているみたいだ。
うさぎになりきっている無藤さんは言うまでもなくとても可愛らしい。普段は絶対に見られない姿だから可愛さが倍増しているような気がする。
無藤さんを見ながら微笑んでいると、不意に彼女が俺に気づき、頬を赤くしながら鋭く睨みつけてきた。
無藤さんが怒りながら照れている姿は可愛いらしいが、全力のジェスチャーを見られるのは嫌に違いないと思い、俺は仕方なく彼女から視線を外した。
◇
少ししてブロックの入った大きな箱の前に辿り着いた。
無藤さんのうさぎジェスチャーに癒されたのか、読み聞かせの疲れが回復しているのがわかる。
「めいちゃん、何作る?」
「ん。おしろ」
「じゃあ一緒に作ろうか」
「ん」
ブロックの入った箱を傾け、中身を半分ほど出してあげると、めいちゃんは近くの床にちょこんと座り、真剣な表情でブロックを組み合わせ始める。可愛らしい職人さんという感じだ。
真剣に城作りをするめいちゃんの様子をしばらく眺めていると、彼女は突然、俺の方を見て少し頬を膨らませる。え、なに? めっちゃ可愛いんだけど。
「なみきもやる。いっしょにつくる、いった」
「あー、ごめんごめん」
めいちゃん、俺と作りたかったのか。なんか嬉しいなぁ。俺はそんなことを思いつつ、めいちゃんの隣に座り、作業を始めるのだった。
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