ピンチ到来
「……うーん……ゔっ……ん?」
面倒くさい土曜授業が終わり、教室の机でうとうとしていると、頬をつつかれているような感覚がして目が覚めた。
辺りを見ると、クラスメイトたちがもう帰っているのと、俺のすぐ横にほんのりと頬を赤くした無藤さんがいるのがわかった。
無藤さんは俺と目が合うと、はっとしたような表情をする。そして、何かを誤魔化すように「コホンッ」と咳払いをすると、俺に顰めっ面を向けてくる。よくわかんないけど、無藤さん、怒ってない?
「並木先輩、なに呑気に寝てるんですか!」
「……えっと、授業がわからなすぎて寝ちゃって……」
「まったく……。そんなんじゃ余計わからなくなりますよ」
「もしかして心配してくれてる?」
何気なくそう尋ねると、無藤さんは俺からばっと顔を背ける。
「い、いえ。私には関係ないことですし、心配するわけがありません」
心配してくれているように思えたけど、勘違いだったみたいだ。……ん? ていうか、なんで無藤さんが教室にいるんだ?
「あの、無藤さん。なんで俺の教室に?」
湧いた疑問をそのまま無藤さんにぶつけてみると、彼女は両手を腰に当てながら顰めっ面を近づけてくる。
「連絡しても部室に来ないので呼びに来たんですよ。起きたなら、さっさと駅前行きますよ」
「部室? 駅前? ……どういうこと? 今日、土曜だから部活ないよね?」
無藤さんの言葉には困惑しかなく、首を傾げながらそう言うと、無藤さんは「はぁ」と大きなため息をつき、鋭く睨みつけてくる。
「……並木先輩、グループトーク見てないんですね」
「は、はい、すいません」
無藤さんの殺気にドキリとして、慌ててスマホを取り出す。メッセージアプリを開くと、確かに部長から「言い忘れてたけど、今週は土曜も部活だよ! 何やるかっていうと、駅前での募金活動! うちはちょっと用事があるから二人で頑張って!」と来ていた。
「え、募金活動? だるっ」
そんな本音を漏らした瞬間、俺の机から「バンッ」という大きな音が聞こえた。びっくりして顔を上げると、無藤さんが俺の机に手を置きながら眼光鋭く睨みつけてきているのがわかった。や、やばい……。
「……並木先輩。部室に募金箱とタスキがあるので、さっさと取りに行ってください」
無藤さんからはなんとなくゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてくる気がする。
「は、はい!」
無藤さん、ブチギレてる! 俺は椅子からばっと立ち上がり、逃げるように教室の出入口に走っていく。
————あ、お礼言ってない。
教室の外に出ようとした瞬間、無藤さんに呼びに来てくれたことへのお礼を言っていないことを思い出した。
「無藤さん、呼びに来てくれてありがとう」
振り返って無藤さんに感謝を伝える。すると、彼女は一瞬だけ体を強張らせ、頬をぽっと赤く染める。
「ぶ、部長が二人で頑張ってと言っていたので、仕方なく呼びに来ただけです! いいから早く行ってください!」
「は、はい! すいませんでした!」
俺は無藤さんの怒鳴り声に驚いて大声でそんな返事をすると、早足で教室を飛び出した。
部室に向かって走っていると、お礼を伝えた後に無藤さんが不審な様子を見せていたことが気になってくる。
そういえば、無藤さんって俺がお礼を言うと、よく体が固まって赤面するんだよなぁ。可愛いけど、なんでだろう……?
◇
俺は無藤さんと一緒に駅前に行くと、早速、通行人たちに募金を呼びかけていく。
「子どもたちのための募金にご協力ください」
「募金にご協力ください……」
無藤さんは大きな声で呼びかけるが、俺の声は自然と小さくなってしまう。俺は陰キャ……じゃない、内気だからこういう声かけ作業は苦手なのだ。
一年生の時も募金活動の経験はあるけど、なかなか大きな声は出せなくて部長任せだった。今回も大きな声は出せそうな気がしないので、無藤さん任せになりそうだ。
人任せはちょっと情けないけど、人には得意不得意があるし、仕方ないと思う。……まあ、俺には得意なことなんてないんだけど。
そんな悲しいことを考えつつ、なんとなく隣の無藤さんに目をやると、彼女がクールだがどこか優しさを感じさせる笑みを浮かべているのがわかった。
「ご支援いただいたお金は、子どもたちの未来のために使われます」
そう呼びかける無藤さんの声には透明感がある。そんな透き通った声と綺麗な容姿とが相まって彼女は圧倒的な存在感を放っていた。さすが無藤さんという感じだ。
しばらく募金を呼びかけていると、無藤さんの方に四十代くらいのおばさんが来た。
「少しだけですが……」
おばさんはやや申し訳なさそうな表情をしながら、無藤さんの募金箱に百円玉を入れた。
「いえ、ご協力ありがとうございます」
無藤さんが優しく微笑むと、おばさんは少し頬を赤くし、軽く頭を下げた。そして、そそくさとその場から離れていった。
あのおばさん、完全に無藤さんに落ちたぞ。無藤さんのクール美人っぷりは今日もすごいなぁ……。
◇
おばさんが来た後も、無藤さんの方にはちらほら人がやって来る。彼女はその一人一人に微笑みを向け、全員を虜にしていく。
一方、俺の方には誰も来ない。……まあ、来てくれなくても別にいいよ。楽だし、一年の時もそうだったし!
「……はぁ」
ちょっと強がってみたが、呼びかけても誰も来ないというのはやっぱり悲しく、ため息が出てしまう。
——ゴスッ
「いったっ!」
ため息をついた瞬間、無藤さんに勢いよく背中を殴られてしまった。なんでいきなり? じーんと痛む背中を押さえながら恐る恐る無藤さんの方を見ると、彼女の顰めっ面が見えた。
「ため息なんかついてたら募金したい気になりませんよ。背筋伸ばしてもっと声出してください。あと、もっと明るい笑顔でお願いします」
「あ、はい」
無藤さんに言われたことを実践するのにはまったく気乗りしないけど、やらないとボコボコにされそうなので、仕方ない。
嫌々ながら懸命に背筋を伸ばし、精一杯の笑みを浮かべる。そして、声も少しだけ大きくしてみる。
「こ、子どもたちのための募金にご協力ください」
そう呼びかけ、ちらっと無藤さんの顔色を窺うと、彼女はわずかに口角を上げ、「その調子です」とでも言いたげに優しく頷いてきた。……し、仕方ない。もうちょっと頑張ってみるか。
我ながらちょろすぎるとは思うが、無藤さんが笑いかけてくれたことにやる気が湧いてしまった。もしかして無藤さんは飴と鞭の使い分けが上手いのかな……?
◇
その後も懸命に募金を呼びかけ続けていくものの、相変わらず俺の募金箱には誰も募金してくれなかった。……俺なんかのとこにはやっぱ誰も来ないよな。
途方に暮れていると、ふと、金髪のお兄さんが近づいてくるのが見えた。彼は耳にたくさんのピアスを付けていて、見るからに怖そうな人だった。
金髪のお兄さんは無藤さんの前で立ち止まると、薄ら笑いを浮かべる。
「めっちゃ美人だな。募金してやるから俺とデートしてくれよ」
な、ナンパ……? 少し困惑して無藤さんの方を見ると、彼女が鋭い目付きで金髪のお兄さんを睨みつけているのがわかった。
「不愉快です。冷やかしなら今すぐ立ち去ってください」
無藤さんは毅然とした態度で対応する。さすがクールな無藤さんだ。
「……は? てめぇ、ふざけんなよ!」
無藤さんに感心していると、金髪のお兄さんは怒鳴り声を上げて彼女に詰め寄った。その瞬間、驚きと恐怖で俺は思わず竦んでしまう。
た、多分、無藤さんなら大丈夫だよな……。もし何かされそうになっても、合気道の達人みたいな感じで倒しちゃうんじゃない……?
金髪のお兄さんに恐怖心を抱きつつ、どこか楽観的な気持ちでいると、不意に無藤さんが青ざめた顔をしながら後ずさりをしているのが見えた。……え、嘘!?
無藤さんの弱々しい姿を見てかなり危険な状況なのではないかと思えてきた。恐怖心が一気に増し、自分の鼓動が速くなったのがわかる。
誰かに助けてもらえないかと慌てて辺りを見回すが、事態に気づいていそうな大人はいない。誰も気づいてない! どうしよう!? 俺は焦って頭を抱える。
…………って、あ……あれ? ……な、何やってんの、俺?
頭を抱えて立ち尽くしていたはずなのに、気づいたら金髪のお兄さんと無藤さんの間に割り込んでしまっていた。
想定外の状況に困惑するばかりだが、金髪のお兄さんにものすごい形相で睨みつけられているのに気づくと、恐怖の感情が一気に溢れ出してくる。でも、ただ突っ立っているわけにもいかない。
「……ど、どうかしました?」
俺は心臓がドクンドクンと強く鳴っているのを感じながら、必死に苦笑いを浮かべてそう言った。
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