無藤さんの笑顔

 無藤さんの集めた大量の花と花びらを回収し終わると、各自で掃き掃除を始めた。


 しばらく掃除を続けていると、俺のもとにはそれなりに花と花びらが集まってくる。


「結構集まったんじゃないか……?」


 そう呟きながら額の汗を拭うと、一年生用の赤リボンを付けた女子二人が無藤さんの方へ躊躇いがちに近づいていくのが見えた。


「「あ、あの、無藤さんっ! お掃除、頑張ってくださいっ!」」


 女子二人が震えた声で無藤さんに話しかけると、無藤さんはクールな笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。


「はい、ありがとうございます」


 無藤さんがそう言うと、女子二人はぱっと表情を明るくし、彼女に勢いよく頭を下げた。そして、そそくさと彼女のそばを離れていった。


「笑顔もらっちゃったね!」


「ね、綺麗でほんと憧れる!」


 女子二人は俺の横を通り過ぎる際、互いに顔を見合わせながら嬉しそうにそう言った。まるで芸能人にファンサービスを貰ったみたいな反応だな……。


 無藤さんは芸能人ではないけれど、容姿がよくて目立つからか、一年生の間ではちょっとした有名人らしい。さっきのように彼女が一年生に声をかけられる場面を俺は部活中に何度も目撃しているのだ。


 こういうの見ると、無藤さんは雲の上の存在って感じがするんだよなぁ。そう思いながら無藤さんの方を見ていると、彼女は「ちゃんと手を動かせ」と言わんばかりに顰めっ面を向けてくる。


 さっきの笑顔とは対照的な無藤さんの表情に思わず笑みがこぼれてしまう。


 無藤さんは確かに雲の上の存在って感じだけど、顔を顰めることもあたふたすることもあるし、案外、普通の人と変わらないんだよな。


 ◇


 その後も掃除を続けていると、掃き集めた花と花びらで大きな山ができた。


 おー! こんなに集まった……! 俺にしては頑張ってない?


 心の中で自画自賛した後、塵取りを探そうと辺りに目をやると、日除け帽子を被ったお婆さんが校門に近づいてくるのが見えた。


 そのお婆さんは学校の近くを掃除している時によく声をかけてくる人だった。


「掃除、えらいわねぇ」


 お婆さんは俺の近くを通る際、案の定、声をかけてきた。


「……あ、ど、どうも」


 俺はそう返事をしてお婆さんに軽く頭を下げる。話しかけられるのがわかっていたのに、言葉に詰まってしまった。ほんと俺、陰キャ……じゃない、恥ずかしがり屋だな。


 お婆さんは俺に優しく微笑むと、そのまま校門を通り過ぎていこうとする。


——ビュオォッ


 しかし、その瞬間、突風が吹き、お婆さんの帽子が飛んでいってしまった。


「「あっ」」


 俺はお婆さんと同時にそう呟いた。その直後、無藤さんが帽子の方に颯爽と駆けていくのが見えた。しかし、彼女は濡れた地面に滑ってしまい、転びそうになる。


「あ、危ない!」


 俺はそう叫びながら無藤さんを支えようと慌てて駆け出す。しかし、その途中で彼女が軽々と体勢を整え、再び走り出すのが見えた。


 あぁ、よかっ——……


「たっ!」


 安堵した瞬間、地面に落ちている花に滑って転んでしまった。我ながらなんともダサいこけ方で恥ずかしい。


 しばらく痛みと恥ずかしさに耐えた後、ゆっくりとその場に座り込むと、無藤さんがお婆さんに駆け寄り、クールに微笑みながら帽子を手渡すのが見えた。


 無藤さん、カッコいいな……。お婆さん、恋に落ちたみたいな顔しちゃってるよ。


 無藤さんはぼーっとした様子のお婆さんに手を振ると、俺の方へ駆け寄ってきた。そして、かすかに笑みを浮かべ、手を差し伸べてくる。


「並木先輩、私を支えようとしてくれたんですよね。ありがとうございます」


 え……? 無藤さん、めっちゃ可愛い……。無藤さんが俺に向けてきた微笑みはお婆さんに向けていたクールな微笑みとは違った。それは、彼女がたまに見せる、どこかあどけなさを感じさせる微笑みだった。


 胸のときめきを感じつつ無藤さんの手を握り、引っ張り起こしてもらうと、思わず独り言がこぼれてしまう。


「無藤さんの笑顔、可愛すぎないか……?」


「……え? ……か、可愛いとか言うの、セクハラですからっ!」


 無藤さんは俺の独り言を聞くと、頬を赤くしてうわずった声を出した。そして、少し顔を顰めると、箒の柄の先端を俺の顔に向けてくる。


 そんな無藤さんは、ただ照れているのを隠すためだけに怒ったふりをしているように見え、なんとも可愛らしい。


 無藤さん、普段はクールビューティーって感じだけど、ほんとはすごく表情豊かなんだよな。……赤面したり、顰めっ面になったり、あどけない笑顔になったり。


 そんな風にころころ表情が変わるから、無藤さんとは一緒にいてほんとに飽きないな。


 そう思った瞬間、部活への忌避感が減った具体的な理由がわかった気がした。その理由は多分、ただ面倒くさかっただけの部活の時間が、無藤さんという一緒にいて飽きない人と過ごせる楽しい時間に変わったことなのかもしれない。


「……ねぇ、無藤さん」


 俺は急に無藤さんにある言葉を言いたくなり、彼女の名前を呼ぶ。


「なんですか……?」


 無藤さんは訝しげな表情をしながら俺の顔を見つめてくる。


「ボランティア部に入ってくれてありがとね」


 そんな言葉で感謝を伝えると、無藤さんは一瞬だけ体を強張らせ、頬をぽっと赤くする。


「い、いきなりなんなんですか!」


「いや、ちょっと言いたくなって」


 俺はそう言うと、恥ずかしそうにする無藤さんを見ながら笑みをこぼすのだった。

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