ヘルワームの卵

 目が覚めた時、まだ俺は迷宮の中に居た。

 ただ、安全地帯には戻ってきているらしい。


 煮炊きの音がして、腹が鳴る。

 食えるのは大事なことだ。

 どんだけ頑丈な奴でも食えなくなったら衰えて、倒れちまう。


 死に掛けようが、疲れ果てようが。

 それが仲間の死の直後であっても、食事を摂れば修復されていく。


 身も、心も。


 けどまあ、今回ばっかりは死人無しだ。

 タンクとして、こんなに嬉しい事はあんまりない。

 どんな低難易度のクエストだろうと死の危険は常にある。だから、無事戻って来れたと思えることは、何度経験しても色褪せない安堵をくれる。


「ぐ、…………がっ、がが……」


 隣で大口開けて寝ているエレーナの、意外に細い腹が剥き出しになっていた。

 軽く裾を整えてやって毛布を掛け直す。だってのにすぐ蹴飛ばすから、俺の毛布を掛けてやった。今度は抱え込んで齧り始める。やめろ、涎が付くだろうが。


 眠っていた天幕の外で人の声がする。

 内容が頭に入ってこない。

 あれからどれだけ経過した?


「っ、んん~~! これ、は」


 身体の調子を確かめようとして、思っていた以上に辛くて呻きが出る。

 流れが淀み切っていた。筋肉が硬い。ぼろぼろだった身体を無理矢理回復で繋げていたからか。

 エレーナの奴、気合は良いが、加護も何も雑だったからな。

 だが助けられた。


 ふと視線をやると、俺の気配で目が覚めていたのか、ぱっちりと開いた目でこちらを見上げていた。


「おう。どうにか生きて帰って来たぞ」

「…………あー」


 頭が呆けているらしい。


「あ、痛っ!? なにこれ…………身体が上手く動かないんだけどぉ」

「加護付けた状態で長時間動き続けたからな、よくある奴だ。少しほぐしてやれば歩くくらいは出来るようになる。ほら、手伝ってやるよ」


 素直に手を取って起き上がって来た彼女を、関節部を基点に色々曲げて、筋を伸ばしていく。


「痛いっ、だっ、駄目駄目それは無理、絶対無理だからっ、そんなの無理ぃ!」

「運動不足だな。体力はあるみたいだが、筋肉への負荷はまた別だ。それじゃあ殴り神官は務まらないぞ」

「それ、はっ、べつに、っっ、ぁぁぁああ今喋ってるのにいいい!」

「よし馴染んで来たな。こっからは本格的にいくぞ」

「えっ。待って、今の本番じゃないかったの? 今のより凄いの来るの? だ、駄目駄目そんなの耐えられないからぁっ、無理だからぁっ、や、止め――――」


 ぎゃあああああああああ、と悲鳴をあげるエレーナの淀んだ流れを整えてやる。

 すっかり涙目になった彼女から、返礼にと実に雑な補助を貰いつつ俺も流れを整え、ようやく天幕を出た。


 外気は少し冷たく、中よりは乾いている。


「起きてすぐだなんて、お盛んねぇ」


 すぐ表で鍋を囲っていたフィリア達と遭遇し、腹の音で返事をした。


「ふふふ。でもまだ駄目よ。まあ食べてもいいんだけど、すぐ無駄に成っちゃうから」


 何の話だ?

 二人揃って首を傾げていたら、パン粥を一気にかき込んだフィリアが杖を手に立ち上がる。


「さあお二人共。治療のお時間ですよ」


 にっこり笑って、何故か少しだけ頬を染めていた。


    ※   ※   ※


 安全地帯からも少し離れた、広間とも呼べそうな洞窟の一角で、俺達はフィリアの説明を聞く。

 周囲の出入り口、及びスライム浸透の危険がある天井部は彼女の魔術で徹底的に塞がれているので、よっぽどの相手でもなければ侵入してくる者は居ないだろう。


「簡単に言うと、二人にはヘルワームの卵が寄生してる可能性があるのよ」


 言われてすぐには理解できなかった。

 水は飲んでない筈だが。


「でも、崖から落ちた時に一度水没したでしょう? その時に口とか色んな穴から侵入された可能性があるのよ。事実、二人の装備からも幾らか残骸が見付かってるわ」


「そ。ならさっさとやってよ。私もキモい生き物に寄生されてるのは嫌だし」


 エレーナは平然としている。

 フィリアの力量を彼女なりに信用しているのもあるんだろうが、食事をお預けされてさっきから少々不機嫌だ。


「あら、いいの? まだ治療法も説明していないのに」

「リザードマンに追いかけ回されるよりはマシでしょ。はやくやってよ。お腹空いてるの」


「えいっ☆」


 んぎゃあ、とフィリアの放った雷撃を受けたエレーナが潰された蛙みたいな声をあげて崩れ落ちた。


「具体的に言うとコレが治療法なんだけどぉ、大丈夫かしら?」

「らんれいきらりこーげきひてくんほほおっ!」

「あらあら口を閉じておいてくれないと、舌が麻痺してしまうわ。えいっ」


 悲鳴をあげるエレーナの横で俺は仁王立ちしていた。

 不動のロンドさんだ。

 なんていったって、この治療法は怖すぎた。

 なんでビリビリさせるんだ。薬飲んだり、回復とか浄化とかいろいろあるだろ?


「あらご存じないの? ヘルワームの卵は煮沸で死なないのよ」

「それは知ってるが、この電気責めの意味について聞きたいな」

「熱には強いけど、電気には弱いのよ。だから体中くまなくビリビリさせて、卵の中身を殺してあげるの」

「なるほど。理解した。無理だ。ほら、神官が居るんだし、他に方法だってある筈だろう?」


 ヘルワームの危険は随分と昔から言われているものだが、最近では新米冒険者を脅かす文言程度にしかなっていない。

 水筒を持ち込むのが当たり前になったのもあるが、乾いた場所ですこし放置するだけでヘルワームも卵も死ぬし、水にさえ気を付ければいいだけだ。ただ今回は運悪く水没してしまったというだけで。


「卵は生命よ。浄化や回復じゃ意味が無いわ。それにこれは昔からある方法なのよ。ご存じなかったかしら?」

「ご存じないですね」

「とまあ、体験はここまで。じゃあお二人共、服を脱いでくださいね」


 床の上でビクビクと身体を痙攣させているエレーナを見て、俺は唾を呑み込んだ。なんかちょっと艶めかしいのが更に悪い予感を呼び起こす。


「…………脱ぐ理由について聞きたい」

「服を焦がしてしまう危険があるのよ。なによりコレね……結構昔に開発された方法なんだけどぉ、一部の人からは癖になるからって娼館の看板技能になっていたことがあるの。神殿が極めて人を堕落させる行為だって禁止させちゃったんだけど、治療行為なら問題無いのよ?」

「つまり……?」

「いろんなものが、いろんなところから出ちゃうの。気持ち良過ぎてね。汚れちゃうと大変でしょう? 私はそれも好きだけど」


 俺は再度エレーナを見た。

 そしてフィリアを見た。


「俺は、無事だ。多分。問題無い」

「駄目よ。水没してからもう丸二日、そろそろ孵化が始まるわ。そうなったらあっという間に胃袋を食い破られてしまうでしょう? 急がないと駄目なの」


 指先と指先の間をびりびりさせて迫ってくるフィリアの頬は、何故か異様なほどに紅潮している。あと目がヤバい。

 治療行為そのものというより、彼女の方が恐ろしかった。


「もう一つ聞きたいんだが」

「私も始める前に聞いておきたいわ。前と後ろ、どっちがお好き? ふふふっ、癖になり過ぎて、女の子みたいになっちゃう男の人も居るの。大丈夫、私は慣れているから、どちらでもたっぷり気持ち良くさせてあげるわ」


 欲しかった答えは得られたが付加情報が多過ぎてむしろ怖さが増した。

 俺はようやく正気に戻り始めていたエレーナを助け起こして懇願する。


「エレーナ。おい相棒っ、今こそ覚醒の時だ! なんかこう、神官の凄い力で俺を治療するんだ! あの女はヤバい! 女の子にされちゃう!!」

「へ、へへへへ……アンタだけ無事に済ませるもんですか。死なば諸共よ。イケるとこまでイってみようって言ったでしょぉぉぉ……!!」


「あらエレーナもまだまだ治療途中よ。ほら、早く脱ぎなさい?」


 結果だけ言うと、女の子にはならなかったが、二回出た。

 そんでまあ、エレーナはエレーナで噴水みたいになってやがった。


 自我も朧になった俺達が裸で痙攣している様を見ながら奴が自分をまさぐっているのを見た時、きっとこの女には一生勝てないんだろうなとか、そんな極めて無駄なことを思った。





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