ぶっ飛ばせ!!

 弓持ちが二匹、大斧が一匹、槍が五匹と杖持ってるのが一匹。

 その内の槍三匹が盾持ちか。

 初手で数匹を吹き飛ばしたが結構な数が残ってる。ここまで数を揃えて巡回していたってことは、何らかの痕跡を発見されて、最初から冒険者が居るって身構えてた可能性があるな。


 状況はどうだ。

 敵の援軍はあるか。

 坂道を駆け上がっていく先に伏兵は?

 リザードマン以外の、別の魔物が引き寄せられちゃいないか?


 魔物の蔓延る迷宮にとって、闘争の気配は食事時だ。

 デカいの、小さいの、皆仲良く肉を食い放題になる。

 しかも今、俺達は大騒ぎしながらリザードマンの追撃を躱しているんだからな。


「そォらよお!!」


 側面の壁をぶっ叩いて敵の足止めとする。

 初手で派手に始めたせいもあってか、ついつい馬鹿みたいに叫びたくなる。これも興奮状態の影響か。思いつつも止めなかった。


「吹っ飛べバーカ!! バーカ!! あっはははははは!」


 少し前を走るエレーナが、叫ぶことでどうにか恐怖を堪えている。

 俺だけ冷静ぶって黙り込んだら、どこかでふっと興奮が冷めて動けなくなるだろう。

 ならここは振り切るしかない。


「あーっ、ちくしょうテメエ! ドルイドかよ!?」

「えっ!? なにそれーっ」


 杖持ちのリザードマンが植物の根を生やして、俺の吹っ飛ばした岩を押し留める。足場を崩せば逃げられるかと思ったのに、これじゃあどうやったって追撃は続く。


「魔法や魔術とは別方向に伸びた、っ、自然の力を操る感じの術だよ! っと!?」


 放たれた矢を木の盾で受ける。

 短弓だ、威力は乏しいが矢先には独特の臭いが付いている。


 糞だ。


 あぁ世界共通で糞は手軽に手に入る毒だけどよォ。


「おいアイツら糞飛ばして来てるぜっ! 村やら鉄器やら作っちゃって文明持ってます感出してるけど、やってるこたァ獣だなあオイ!!」


 一つ、二つとまた受けて、現実的な危機に冷や汗が出る。

 傷を貰うと破傷風になる。洗う為の水はもう殆どない。ヘルワームのおかげで水たっぷりな地底湖に居たのに補充も出来なかったからな。


「うわあクッサ! きったなーっ! 死んじゃえバーカ!!」


 敵を見る。

 観察する。

 周囲への警戒も怠るな。


 ここまでの逃走で、今の攻撃の傾向で、見えてくるものは確かにある。


 一匹、大柄なリザードマンが大斧を背負って速度を上げてきた。あれは盾でも受けられない。

 敢えて前へ踏み出すように見せかけ、見せかけ、下がるっ。


 鼻先を巨大な質量を通り抜けて落ちていった。

 派手に床を打ち付けた大斧が岩をまき散らす。ぞわりと肌が粟立った。今のは上出来すぎる。当たってたら防具なんて関係無しに潰されてたろ。


 予め持ち替えておいたパイクを手に斧を踏みつけて武器を奪おうとしたが、それより早く振り上げられて空振りする。

 危ない。

 ちょっとだけ胸当てを掠った。それだけで鉄の板が傷を得ていることに冷や汗を掻きながら背を向けて走り出す。


 大斧のリザードマン、膂力は凄いみたいだが力任せだ。

 振り被った勢いに負けてひっくり返りやがった。数を減らしておきたかったが、すぐ後ろに槍持ちが迫って来ていてそれは出来ない。


 加えてドルイドがそこらじゅうから木の根を生やして俺を追い掛けてきた。

 走る。走る。伸びてくる根を払う余裕なんてない。だがこれは、かなり、キツい、な――――


「三! 二!」


 先行していて振り返ったエレーナが声を張る。

 意図は分かった。アイツの具合も一度は貰って確認してる。かなり曖昧だが、やるしかない。


「一……今!!」


 加護バフが来る。

 動きのまま、急激に身体が熱を持って加速した。

 相変わらずムラッ気の強い加護で、こっちが工夫しなきゃすっ転びそうになるが、とにかく捕まるのは避けられたっ。


「いい案だ! 命拾いしたっ!」

「は……ははっ、今思いついたの!」

「でかしたっ、えらいぞおオイ」

「きゃあ頭触んないでよ!?」


 はははと笑って更に逃げる。

 どうにか凌げてる。

 今通っている坂道は崖面に出来た通路で、幅が狭い。数が揃っていても一斉には仕掛けられず、数の有利を生かせてない。

 しかも連中、纏まりを欠いてやがる。


 こいつは適当な発想だったが、的外れって訳でもなさそうだ。


 あのリザードマンは皆、若い。

 若造と言ってもいい。


 武器は立派だが、立派過ぎて身体に合ってない。合っているのは精々槍持ちくらいだ。多分、あの槍は村で作ってる汎用品なんだろうな、全部作りが同じだから。弓や盾も同様。

 だから槍持ちはあの中でも弱い部類だ。

 で、大斧持ちは身体のデカさもあって仲間内でも強いんだと思う。

 けど武器自体の重さに振り回されるなんざ素人のやることだ。

 力自慢の駆け出し冒険者が格好良いからって理由で大剣持つのと同じで、まるで小回りが利いていない。

 それでも相手を圧倒出来る身体能力があるから通用してきたんだろうが、俺の誘いへ簡単に乗って攻撃を外し、挙句ひっくり返って味方の追撃を邪魔した。


 鱗も綺麗なもんだった。

 連中にとっては鎧も同然の硬質な鱗。

 自然再生するにしても、歴戦のリザードマンってのはあちこち傷が残ってるもんだ。


 初陣か?


 なんて予想は流石に都合が良過ぎるか。

 けど妙に纏まりが無く、個々が逸ってる印象もある。


 それに俺達へ呼応してか連中もよく吠える。何言ってるのかは分からないが、良い感じの得物を見付けて盛り上がってるのかも知れねえなあ。


 だったら、と思って追いついてきた槍持ちの一匹を指差す。

 手首を返してこっちへ来いよと指先で示してやった。


 ふっと動きが止まった。

 そうして応じるみたいに出てきやがる。


 こりゃ本当に若造共か。


 坂道を駆け上がり、勢いを増して、槍を両手で構えて真っ直ぐに来る。

 そりゃお前、分かり易過ぎだろ。


 加護を貰って盾で受けた。すでに矢が四本も突き刺さってる木の盾。当然貫かれるが、そのまま受けたりはしない。外へ外へと力を逃がし、懐を開かせ、突進してきたリザードマンの首元へパイクを突き刺す。

 決まった。

 鱗は硬質だが、脇や内股、首元は比較的柔らかくて刃が通る。

 よし、これなら。


 下がる足より速く腹に衝撃が来た。


「…………っ、が!?」


 パイクが抜ける。だが槍と盾が繋がったままだ。指が硬直して手放せない。拙い。ふら付きながら姿勢を戻そうとするが、槍を引かれて更にもう一発貰う。


 くそったれが……っ。

 確実に急所を突いたのに、もう死ぬしかないって野郎に敵のドルイドが治癒を掛けて延命してやがった。


 首元からだらだらと血を流すリザードマンが得意げに嗤っていた。

 嗤って、更に俺を蹴る。

 転倒したら踏みつけてきた。

 身体の上に血が降ってくる。

 冷たい、リザードマンの血だ。


 魚臭い息が掛かり、手が伸びてくる。

 そこへ、


「ざっけんなクソトカゲェ……!!」


 加護全開で飛び込んで来たエレーナが、杖でリザードマンを殴り付け、ぶっ飛ばした。

 大人の男二人分はある体重だぞ。

 それを。


「か、はっ、ごほっ、ごほっ」

「無理しないっ! いま回復するから!」


 あばら骨の折れている感触があった。

 それ以外にも血がのぼって来てるから、内側がやられたかも知れん。元々無理矢理繋げた程度の状態だっただけに、傷の広がり具合も激しいか。


 だが、命拾いした。


「アンタら! 一対一の勝負に割り込むなんて恥知らずね! 卑怯者! 弱虫! 負けたらすぐ手の平返しする最っ低のクズよ!」


 エレーナの罵倒の中身までは分からなかっただろうが、連中激しく尻尾を叩き付けて何度も叫び返してくる。

 まあこの場合、最初に加護貰った俺も似たようなもんなんだがな。

 細かい所はどうでもいい。

 時間が稼げた。


 息が通るようになって、膝を付いて立ち上がりながら、彼女へ問うた。


「やるじゃねえか。殴り神官ってのは、随分前に一人居たそうだが」

「え、なにそれ知らない」

「最前線で、自分に加護掛けて大暴れする馬鹿な神官のことだよ」


 加護を貰いに下がることもなく、傷を貰ってもその場で回復し、聖なる呪文とやらで敵を絡め取りながらぼっこぼこにする。

 それが殴り神官だ。

 確か、もう引退してるソイツの最終ランクはオリハルコンだった。


「馬鹿って……、助けてあげたじゃん!」

「あぁ。気持ちの良い殴りっぷりだった。これで何度目だろうなぁ、命を救われたのは」


 素直に褒めてやると、状況が状況だってのに心底嬉しそうに笑ってエレーナは答えてくる。


「えへへ。きっとコレ、すっごくいい杖だからだよっ。効率めっちゃいいの。走りながらでも適当にルーナ様ありがとーってやっとけば魔力回復するしさっ。付けてる防具とかお守りタリスマンも凄いんだよ」


 流石アダマンタイトやらオリハルコンにキャリーされて来た事はある。

 少しは可能性が見えてきたか?


 いや、今の決死の攻撃から見ても、連中の戦意はかなり高い。

 油断するな。


 まあでも、言っておこう。


「頼もしいぜ、相棒」

「へへんっ、安心して背中任せなさいよねっ、相棒っ!」


 手を打ち鳴らし、また駆け出す。

 まだこっちに抗議してきていたリザードマンが呆気に取られ、少し遅れて追ってくる。ただ内輪で揉めているみたいで矢も飛んでこない。


 胸を張ってぶつかり合うアレは、リザードマン同士の喧嘩か何かか。


 半端に知恵を持っているだけに、揉めたり怒ったり、人間とそう変わらない反応をしてくれるのがリザードマンの弱点と言えるかも知れないな。


 あくまで、若造の集団であればの話だが。


    ※   ※   ※


 逃げて、反撃して、逃げて、食らい付かれて、叩き返してまた逃げる。

 連中も消耗しているだろうに、前のめりになり過ぎて損得なんざ忘れてやがる。

 エレーナも奮戦した。

 敵も学んでくる。

 その上で、やっぱり逃げ切るのはキツかった。


 数がそぎ落とされれば、リザードマンの纏まりの無さは身軽さに変わる。

 挙句傷を負って下がった奴が何度も叫んでやがったから、下手すりゃ仲間が駆け付けて呑み込まれる。


「今だ!! 思いっきりやってやれ!!」

「っしゃあああああああああああ、だりゃあああ!!」


 大斧持ちが分かりやすく跳び上がって襲い掛かって来たから、エレーナに任せて迎撃させた。

 力任せの加護と、特級の杖がくれる爆発力とで、大柄なリザードマンが冗談みたいに吹っ飛んでいく。


「いよっしゃああ!」


 もう彼女は興奮のタガが外れていた。

 そうでなければ今すぐにでも倒れてしまいそうだ。それでもギリギリ保っていてくれているのは、しっかりと俺を見て従おうとしてくれているのは、きっと。


 槍持ちの突きを捌き、片手で突き出したこん棒で腹を突く。

 起きた爆発に怯んで下がっていくが、流石に即死とはいかなかった。


「よし下がるぞ!」

「はぁい!!」


 走るエレーナの背中を擦る。

 限界か。

 思っていた以上に体力のあったエレーナだが、この緊張感であの興奮、もうとっくに倒れていてもおかしくないのにまだ走ってくれる。


 躓きかけた。

 腕を引く。

 笑い合う暇すら無く、矢が飛んでくる。

 右腕で受けた。危ない。エレーナに当たる所だったろうがっ。


「は、はははははっ! おじさんさあっ、なんかっ、楽しくなってきた!」

「ああっ、これが冒険って奴だな!」

「これかあ! 全っ然知らなかった! 私っ、今っ、っ、冒険者してるぞお!!」


 足元に蔓。

 ドルイドだ。


「跳べ!」

「え?」


 俺は抜けた。

 だがエレーナは反応が遅れた。


 絡め取られる。


 更に二体、距離を詰めてきた。


「きゃっ、あ!?」

「一体任せる! 耐えて見せろ!!」

「っ、おう!!」


 既に盾は無い。パイクも矛先がへし折れた。こん棒も爆発力は大きく減衰してきてる。しかも身体はぼろぼろだ。


 それでも引き返して前へ出る。

 右か、左か。

 盾持ち……いや。


 ここまで一番ヘマを繰り返していた小柄な奴、弱い方へと俺は肉薄した。もう一体が広がって回り込んでくる。そいつは、いい。任せる。盾持ちのソイツは何度か交戦したが、慎重で仲間想いなのか、俺を殺すより味方を生かす動きを重視してきた。なら、すぐにエレーナがやられる心配は薄い。


 俺が真正面から駆け寄ってくるのを見て、そのリザードマンは僅かに腰が浮く。

 間抜けな奴だ。

 足の前指と後指で地面を掴む様にして立つリザードマンは、地面に乗っているしかない人間と比べて遥かに重心が低い。どっしり構えるのが強みな癖に、腰が抜けて浮ついてりゃ世話ないぜ。


 こん棒を前へ差し出した。

 打ち払ってくる。

 そいつをひょいと避けて懐へ。

 身を引いて来た。やっぱり逃げ腰だ。だから更に前へ踏み込み、意識を引かせる。当たれば爆発のこん棒はすっかり頭に刻まれているだろ。怖いだろ。もっと意識して逃げてみせろっ。

 及び腰の足元を打ち付け、起こした小さな爆発に怯んだリザードマンが転倒する。俺はすぐさま身を返して引き返した。後ろから振り回された尻尾を跳んで躱す。


「よく耐えたァ!」


 盾持ちを挟み込む。

 視線がこちらへ向いた。


「っっ、だあああああああああ!!」


 叫ぶ。

 意識を、縫い留めた。


 その背後でエレーナが杖を大きく振りかぶって、隙だらけの脇腹を力一杯叩き付けた。吹っ飛ぶリザードマンを見て彼女は大笑いだ。


「あっはははは! ざまあみろォ!! っは、っは、っ、っ、ああもうっ!」


 貰った傷を回復させているが、流石に効き目が薄くなってきている。

 魔力切れか。

 回復しながら前線にも立って戦い、力任せの加護を繰り返した。

 補給できると言っても限度があるだろう。


「よしっ、あとは後衛に戻って支援に集中してくれ」


 彼女の足首へ絡みついた蔓をダマスカス鋼の短剣で切り裂いた。


「え? っ、まだいけるって!」

「俺の回復分を残しといてくれ。それに敵の数も減って来た」


 とはいえ、流石に頑丈だ。

 俺のしょぼくなった爆発や、エレーナの殴りでも、十分に仕留め切れていない。硬い鱗と、ドルイドを処理できないのが厄介だな。あっちも魔力は乏しくなっている筈だが、自然との親和性が高いドルイドは補充が聞き易いとも言われる。

 飛び込んで大立ち回り、は流石に無茶が過ぎる。


「逃げ切れるかな」


 希望が見えてきたからか、興奮が薄れて冷静さを取り戻しつつあるエレーナが聞いて来た。その眼が、安心を欲しがっている。


 でも駄目だ、今はまだ集中を切らせるな。

 興奮していろ。

 馬鹿で、考え無しで、調子っ外れでいなければ折れる。


 嗤って。


「行けるとこまで行こうじゃねえかっ。テメエを試すにこれ以上のもんはねえぞ!」


 呆けた顔に一瞬だけ浮かび上がった、弱気の色。

 そいつを蹴っ飛ばすみたいにエレーナも笑った。


「そうだねっ! はははっ、行けるとこまで! 行ってやるんだあ!!」


 ふら付いた彼女の腕を掴み、引っ張り上げる。

 さっきのチビが寄ってきていた。

 単独では仕掛けてはこない。

 吹っ飛ばした盾持ちはしばらくすればドルイドからの回復も終わる。

 矢は、来ない。

 矢弾が切れたか?

 くそっ、気付いてなかった。


 坂道は終わってる。迷宮低層は道が複雑だ。上手くやれば連中だって撒ける筈。だが問題はドルイドか。やっぱり、アイツが居る限り俺達の居場所は探られる。もう限界だ。エレーナはまともに走れてない。もう回復も加護も無理だ。このままじゃ二人して共倒れ。


 なら。


 やっぱりよ。


「駄目ェ!!」


 腕を掴まれた。

 引き返そうとしたその身が前へ、先へ引っ張られる。


「一緒に行こうよ! 行けるとこまでっ、最後まで一緒に来てよ! 私の初めての冒険にさっ、アンタが必要なんだって!!」


 頭の中に色んなことが浮かんでは消えた。

 だがもう、知った事か。


「……当然だろ。っ、行くぞ!」

「おう!!」


 駆け出した先、通路の向こう、そこから、不意に光が来た。


「はぁい。よく頑張りました」


 曲がりくねった道を、壁面から一定の距離を保ちながら光球が飛んでくる。


「伏せろ!!」

「っ、っっ!!」


 転ぶように身を伏せ、エレーナの身に覆い被さる。

 俺達の頭上を抜けていった光球はその背後、リザードマンの群れへ飛び込んで、強烈な光をまき散らしながら雷撃を見舞った。


 通路の向こうから現れた女が額から汗を流しながらも余裕顔で俺達を見る。


「生きていてくれて良かったわぁ。それに……ふふ、二人揃ってとっても素敵な顔つきになっているのね」


 フィリア=ノートレスが杖を振り、更なる攻撃が加えられる。

 流石に頑丈か。

 耐久力なんかの防御面じゃ、リザードマンはコボルドなんかの低層の魔物よりずっと厄介だ。


 俺はすっかり気が抜けて目を回し始めたエレーナを抱え上げつつ、フィリアの前まで行って警戒を続行した。

 彼女の後ろからタンク連中がやってきて、その先を継いでくれる。前ばかりじゃなく、しっかり後方を見てる奴も居るのはありがたいね。


 ただ。


 奥の通路から一匹のリザードマンが現れた。


 そいつはフィリアの放った魔術を、手にしていた木の枝で振り払って掻き消した。ここまで無敵だった彼女の力、それが防がれたことで全員の緊張が増す。


 鱗に少し、青み掛かった色合いのリザードマンだった。

 小柄で、身体中に傷跡がある。左手の指が一つ欠落していた。尾も半ばで切れている。他にも、歴戦と呼ぶべきなのか、老兵と呼ぶべきなのかも分からない様な風貌で、じっくりと俺達を観察してくる。


 フィリアもすぐには攻撃を放たなかった。

 動けば奴はこちらへ攻めかかってくる。それを、オリハルコン級の魔術師が躊躇する程度には厄介なんだと実感せずには居られなかった。


 結局俺達から視線を外したソイツは、倒れていた仲間のリザードマンを肩に担ぎ、あるいは引き摺って、現れた方へと消えていった。


 十分過ぎる間を置いて、皆が大きく息を吐く中、俺はまだ目に焼き付いたリザードマンを観察していた。


 今のは確実にネームドと呼ばれるような個体だ。

 だが覚えはない。

 青みのある鱗のリザードマンなんて聞いたことが無い。


 ただ。

 まあ。


「…………倒れていいか」


 抱えたままのエレーナがとっくに気絶してるのを感じつつ、仲間に問うた。

 数名が吹き出し、フィリアも最初は目を丸くしたが。


「えぇ。もう十分働いてくれたから、後はこっちの仕事よ」


 そのお言葉に甘えて、ようやく俺は意識を手放した。

 はぁ、今回も死ぬかと思ったよ。





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