お祭り騒ぎ

 腹が膨れて眠気も取れたら、人はかなりの余裕を得られる。

 へっぽこ神官の張り直した結界とはいえ、魔物の前では狂戦士もかくやという殺戮ぶりを見せるルーナ神の祭壇付近は比較的安全な場所だ。

 無論エレーナの言うほど完璧なものじゃない。

 彼女の判断基準はリディアだからな、アイツなら確かに深層の魔物すら近寄れない無敵の結界くらいは張っちまいそうだ。


 とはいえこの近辺で一番安全と言える場所だから、このままここで救助を待つ手もある。フィリアが俺達の捜索を打ち切っていなければ、遠からず発見して貰える可能性も高い。

 この先がどうなっているか分からない以上、まして中層への通路が近くにあるかもしれないことを考慮すれば、下手に動き回ると何に出くわすかも分からないからな。


「あの、さ」


 昨夜たっぷり魔力を補給したエレーナは、その苦労ぶりを雄弁に俺へ語り、今朝も食料を巻き上げていった。

 また含む程度の水を飲み、一心地付いて休んでいたかと思ったら、待機しているのも飽きたのか声を掛けてきた。


「崖から落ちる前に話してたこと、覚えてる?」


 膝を抱えて、お尻を支点に足を浮かしたり、踏んでみたり。

 落ち付かない様子で探る様な視線で俺を見る。


「リディア=クレイスティアには敵わない、って話だろ」

「うん…………うん」


 分からないでもない話だった。

 俺もゼルディスや、それでなくともバルディやグロースみたいに戦えと言われたら首を振る。


「あいつさ、凄いなんてもんじゃないのよ。もう何考えてるか分かんないの。私、神殿で神官の修行を受けた時さ、加護バフは戦闘前にだけ掛けなさいって教わったの。なんでか分かる?」

「動きの途中で急に強化されると、下手すりゃ身体を自損するからな」


 そう。

 普通はそうだ。

 戦闘中に行う場合も、戦線を離れて止まった状態でが基本だ。


 なのにリディアは戦闘を継続させたままそれをやれる。


「こう……、動きを溜めて、バッって動き出す瞬間あるじゃない? そういう動き出しに合わせて加護を掛けるのよアイツ。すぐには掛からないのよ? 何秒か……それを揃えるのも大変なんだけど、えいってやってから掛かるまで間が空くの。それをいっつも涼しい顔して十人以上のパーティ全員にやってるんだから…………もう化け物よ。あんなの全員の動きを把握してなきゃ出来ないし、把握出来てもやれないわよ」


 加えて回復の腕も超一流。

 矢傷を胸に受け、毒が体内に流れた状態のメイリーを、あんなに時間の経過した状態から完全に治癒させた。

 当時は必死で考えもしなかったが、あれは殆ど死者蘇生に近い。

 首を斬られた仲間をその場で回復して、後遺症も無しに命を繋げたこともあるんだったな。


 確かにあらゆる面でリディアの実力は他の神官を圧倒している。


「……私だって最初はもっとやれるつもりだったわよ。変わるんだって頑張って、ギルドに所属して、カッパーのランク章握り締めて、大喜びで修業した神殿まで行って自慢してた。だけど……初めて所属したパーティに私の居場所なんて無かったわよ」


 あぁ、そうか。

 彼女は冒険者として一切の下積みを経験することなく、最上位の世界へ飛び込んでしまった。

 リディアだけじゃない。

 アダマンタイト、オリハルコン、ミスリルなんていう、極一部の実力者に囲まれてそこと同じものを求められたなら、誰だって訳が分からなくなる。


 普通なら外パーティを作って経験を積ませるが、ゼルディスのワンマンで動いているせいでそれも無かった。


「ゼルディス様に声を掛けられた時、心底舞い上がったわ。やっぱり私には才能があったんだ、今から夢の様な世界へ乗り込んでいけるんだって。だけどあの人は若い神官が好きなだけだったみたい。もう戻れない。飽きたら捨てられる。行き場なんてどこにも……故郷にだってないもん。後はヤケクソのお追従よ」

「パーティを抜けて、ランクを返上して、一からやり直してみたらどうだ」

「今更っ…………どうにもなんないわよ。誰も私と組もうなんて人、居ないじゃない。他のギルドも考えたけど、余所で私のこと噂されてるの聞いて逃げ帰って来たわよ」


 思っていた以上に思い詰めていたんだな。

 だったら、と思ったが、リディアの顔がチラ付いて言えなかった。


 お前が言ったその冷たい顔も、必死に仲間を守ろうと戦っている結果のものだ。

 ここまで聞いて批難しようとは思わない。

 ただ、今のままを選択するのなら、やっぱり彼女はいずれ居場所を失うだけ。

 多分俺が居場所を提供してやった所で意味はないんだ。

 精々また諦めるまでの時間稼ぎ。


 彼女が、エレーナ自身が冒険者たるものを取り戻さないと。


「案外、面倒見が良いのかもな」

「なんのことよ」


 今回集まっているのはシルバー以下とはいえ、熟練のタンク達だ。

 他職の技能を持っている奴も多く、ギルドでも目立たない連中だが総合的な能力は高い。

 そういう連中は決まって口が固く噂話にもあまり食い付かないと俺は見ている。


「いい機会じゃないか。ここまでの道中で、お前の力量は全員にバレてる。神官として以前に、立ち振る舞いが素人そのままだからな」

「っ、なによお」

「今なら失敗しても構わないから、存分にやれって言ったんだ」


 さて、と装備を確認して立ち上がる。

 ここで籠城すべきかどうか悩んだが、流石リザードマンは知恵がある。


「敵襲だ。俺が前衛、お前は後衛。支援を頼むぞ、神官」


「え…………? あっ、ああっ! どうして!?」


 結界には消音の効果もあるから、まだ完全には気付かれていないが、この横穴の入り口側から影が伸びている。

 地底湖の水は青白く発光し続けているからな。


「俺も限界だったからつい忘れてたんだが、この手の祭壇はよく中層以降の知恵のある魔物に釣り餌として利用される。冒険者が集まって身を休める場所だからな。普段は近寄りもしないが、定期的に見回って、痕跡を見付けたら襲撃するってのは、それこそお前も見た事あるんじゃないのか」


 加えてここはリザードマンの村からもそれなりの距離にある。

 奴らにとっちゃ冒険者も村を襲撃する厄介な敵だから、巡回路にでも入っていた可能性があるな。


「加護を頼む。最初だけでいい。ここを出たら上へ向かい、フィリアとの合流を目指す。いいなっ」

「で、でもおっ」

「ここにはお前しか神官はいない! 俺が背中を預けられるのはお前しかいないんだ! 覚悟を決めろっ! 冒険者だろう!?」


 結界が中和されていく。

 そう長くは持たないだろう。

 消えれば奴らが殺到してきて俺達は殺される。


 敵の数を探りながら腰元のパイクを抜こうとしたが、木の盾へ手を伸ばした。

 迷宮内じゃ使い道はないと思ったが、念の為に持ってきておいて良かった。


 ディトレインの形見、爆裂のこん棒を手に壁際へ寄っていく。


「なんで笑ってるのよ……」


 同じく近くに寄って来たエレーナの頭を、加減無しで撫でまわしてやる。

 文句を言ってきたが構うもんか。


「どうせ死ぬなら格好付けて死にたいだろ。正気のまま命なんざ懸けられないさ。そういうのを十年以上もやってるとな、こういう危機に胸が躍るんだよっ」


 ははっ、半分以上は強がりだが、怯える神官に同じ顔見せても泣かれるだけだ。


 入口から慎重に接近してくるリザードマンの足音を聞きながら、俺はエレーナと向かい合い、その眼がしっかり俺を捉えるのを待った。


「死んでも恨むなよ」

「っ、アンタこそっ、私が失敗しても怒るんじゃないわよっ!」


「ははっ。良い顔だァ、惚れちまいそうだぜ……!!」


 加護を貰う。

 身体が熱を持った。

 握り締めたこん棒を、こいつを持っていたあの元気一杯の獣族の娘がそうしていたように、大胆かつ力一杯、そして俺なりの繊細さで。


「行くぞっ! びびって遅れるんじゃねえぞ!!」

「そっちこそヘマしてあっという間に死ぬんじゃないわよ!!」


 驚くリザードマンの集団へ向けて叩きつけ、纏めて吹き飛ばした。


 笑え。哂え。いつか夢見た冒険者のように。


「はっはははははははははは、はァ……!! 退け退けクソトカゲ共ッ! 冒険者様のお通りだあ!!」


「バーカバーカッ! 吹っ飛んで消えちゃえバァアアアアッカ!!」


 冗談みたいに大声を張り上げて、俺達は坂道を駆け上がっていった。

 仲間を殺されたリザードマンが激昂して雄叫びをあげる。


 絶望的な撤退戦の始まりだ!!





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