儲け話

 翌朝、俺はギルド会館へやってきていた。

 例の魔術師、フィリアからの呼び出しを受けたからだ。

 他にも数名の冒険者がそれらしく集まってきていて、彼女の登場を待っている。


「……………………、っ」


 そんな中、珍しい顔を見付けた。

 いや、珍しくもないんだが、一人で居るのをあまり見たことが無かったからな。


「きゃっ。ぅぅ……どうして私がこんな」


 リディアの所に居る、もう一人の女神官だ。

 名前はたしかエレーナといったか。

 いつものゼルディスと居る時とは違って、身を縮めて周囲を警戒し、席へ着くでもなく壁に身を寄せている。

 無いとは思っていたが、別段一人でクエストを受けに来た訳じゃないらしい。


「あぁごめんなさい、お待たせしてしまって。さあ皆集まって頂戴。ほら、エレーナもそんな所に立ってないで、こっちへおいで」


 フィリアがやってきて、いつもゼルディス達が使っている奥の大机へ俺達を促す。

 今更だが、殆どがシルバーの冒険者だ。


 彼女、フィリアの付けているランク章はオリハルコン。

 もう一人ミスリルが居るものの、そっちは精々カッパー未満だとリディアから聞いている。カッパーて一番低いランクなんだが、未熟者以前とは相当な低評価だな。


「っ、わ、分かってるわよっ。偉そうにしないでっ」

「呼んだだけよ、エレーナ。お話、ちゃんと聞いてくれる?」


 まるで年の離れた姉みたいな態度で接するフィリアが少々意外だった。

 なにせ彼女について、俺も噂程度には聞いたことがあるからな……。


    ※   ※   ※


 「駄目。絶対に止めといた方がいいから」


 フィリア登場に際してすぐさま自身へ幻影を張り、身を隠していたリディアが後になって言ってきた。

 まだまだ夜も浅い時間だったが、酒場は賑わい、街中は少々騒がしい。

 酔っ払いの集団が通り過ぎていくのを待って、彼女は言葉を重ねた。


「フィリアさんは、パーティの財務を担当しているの。魔術師としても優秀なのは確かだけど、いつもどこからお金を引っ張ってくるのか、本当に得体が知れないのよ」

「聞いてみればいいじゃないか」

「~~っ、私に言われても……」


 ははは、飲んだくれてるお前を見慣れてるとはいえ、元々結構気弱なのは知ってるよ。強かったら、ゼルディスをぶん殴って馬鹿を止めさせているだろうからな。強気で居られるのは小さな小さな内輪の中でだけ。後はヒーラーやってる時か?


「まあ俺もフィリア=ノートレスの噂は知ってるよ。怪しい儲け話を持ってきては、仲間をハメて金を巻き上げているとか」


 ギルドは互助組織だ。

 仲間を売る奴は許せない。

 ただ、それならどうして彼女が放置されているのかは気になっていた。


 オリハルコン級の魔術師ってのはそう居るもんじゃないから、優遇されている結果なのかとも思ったが。


「今回の迷宮探索だって、裏方を取り纏めてるのは彼女なの。私やトゥエリみたいな神官が冷遇されている裏で、あの人がどれだけ儲けを得ているか分かったものじゃないわよ」


 言わないが、流石にそこは己の才覚を懸けて互いに判断し、出た結果だ。

 どんな状況にだって勝つ奴と負ける奴が出る。意図的に勝ち筋を作り出して、その為に周囲を動かすのは悪い事じゃない。

 神官への極端な冷遇はどうかと思うから、言わないけどな。


「その辺りも含めて実際に話を聞いて判断してみるよ。もし本当にギルドメンバーを売り払うような奴なら、相応の代償は支払って貰う」


「関わらない方がいいと思うけどなぁ……」


 最後までリディアは心配そうだったが、あの話自体は悪くないと思うんだよな。


    ※   ※   ※


 だから俺はここへ来た。

 フィリアは大机へ寄って来た冒険者一人ひとりとしっかり握手を交わし、それぞれに声を掛けていく。

 これも意外な行動だ。

 信用を得る為とはいえ、オリハルコン級の冒険者がここまでシルバー級へ気を遣うなんて。


「改めて、皆集まってくれてありがとうございます。一応名乗っておきますね、フィリア=ノートレスと申します。ランクはオリハルコン、ですけど、今日はあまり気にせず接して下さると助かります。何分、パーティリーダーなんて経験がありませんし、私の見本はほら、アレですので」


 冗談で締めたフィリアの挨拶に、その場の全員がクスリと笑う。良くも悪くもゼルディスは目立つからな。一人理解出来ているのかいないのか、居心地が悪そうにしているのも居るが。


 雰囲気は悪くない。

 警戒は続けるが、自然と彼女の言葉を聞く気になっている。

 これが最上位パーティの裏方を纏め上げる冒険者の力なのかと感心しつつ、予め彼女が注文していたらしい飲み物が受付嬢から配られる。

 酒か、と思ったが。

 中身を覗いた途端、揃って全員がうっと顔を歪めた。


「はぁい! まずは景気付け、と言いたい所ですが、皆さん何人かからお酒の匂いがしますので、全員で酔い覚ましを飲んでもらいましょうか。うふふ、後になって酔っていたからあの話は無効だ、なんて言われても困ってしまいますから」


 俺は飲んでないが、証拠として飲まざるを得ないんだろう。

 この、刺激強めな野菜類に大蒜とか蜂蜜を混ぜた大魔王の便所みたいな臭いがする酔い覚まし、何故か一部の冒険者から絶大な支持を集めているんだよな……。俺も若い頃、妙に勧められて何度か飲まされたが、いい思い出が全くない。


「うわっ、ナニコレっ、くさっ、色えぐっ、くさあっ!? なんでこんなの飲まなきゃいけないのっ、お酒飲んだ人だけ飲めばいいじゃないっ!」


 へっぽこ女神官エレーナが全員の心境を代表して叫ぶが、何故かフィリアは満足げに微笑んでいる。


「迷宮へ入るなら身体を健康に保つのは当然でしょう? いつもはゼルディスが嫌がるから止めてるけど、私は後で飲んでいるわよ。二日目の酒精も綺麗さっぱり浄化してくれる優れものなの」


 どうやら支持者の一人だったらしいフィリアがぐびり。

 あっさり飲み切って臭い息を吐く。


「さあどうぞ。飲めないならここでお帰りなさい。迷宮へ挑もうっていう勇敢な冒険者が、まさかこの程度でケツ巻くって逃げ出すとは思っていないけど、どうかしらねぇ……シルバー以下だった頃の記憶は薄いから、もう忘れちゃったわぁ」


 挑発に応じ、二人が飲んだ。

 そして潰れた。

 止めてくれ、今行こうと思ったのに心が挫けそうになるだろうが。


 最悪なのがこの飲み物、色々手が掛かっていたり高級品の蜂蜜まで使っているから、下手な銘酒より高いんだ。


「さあどうぞ♡ あぁエレーナ、貴女は強制ヨ。ゼルディスからもよろしく、って言われてるから、逃げ場は無いわ。第一酒臭い。昨日飲まずに来てって言ったのにぃ」


 飲んでないと嘘吐いた女の悲鳴を背後に、覚悟を決めて一気飲みした。

 多分、酒宴の神ラーグロークもこんなもの飲んでる場にはやってこないだろう。


 そうして陶杯を机に打ち付け、臭い息を吐く。


「あら素敵。ふふふ、やっぱり私の眼は確かだった様ね」

「なん、の……話、だ…………ぅっ」


 駄目だ吐きそう。

 どうして胃の中へ流し込んだものが口の中にまで匂いを放ってくるのか。だが耐えろ、俺はタンクだ、こんなの将軍級のコボルドを相手にした時に比べれば……駄目だ、アレの方が楽だったかも知れん……っ、うっ。


 俺が耐えているのを見たシルバー数名が同じく続き、どうにか意識を保った。


 話を始める前に殆どの人間がげっそりとして倒れそうになっているんだが、実はこれで判断力を鈍らせて妙な契約を結ばせる準備だったりしないか。


「ひっ!? む、無理よっ、なんで私がこんなの飲まなきゃいけないのよっ、絶対にゼルディス様に言い付けるからっ」

「そのゼルディスからよろしくって言われてるのよお」

「や、やめっ、きゃあああああ――――――――」


 しばらくして。


「それじゃあ詳しい話を始めましょうか。うふふ、皆さんとても良い飲みっぷりでしたよ」


 何故か妙に恍惚とした表情のフィリアが二杯目を飲みつつ、ようやく話を始めてくれた。

 因みに、俺達の机には他の誰も近寄らなくなっていた。

 当然だろ、臭いんだから。


    ※   ※   ※


 「迷宮低層に生息する希少な魔物を探し出し、指示された部位を回収して持ち帰る。言ってしまえばそれだけよ」


 オリハルコン級の冒険者から齎された儲け話、それは昔からあるちょっとした裏技だった。


「今なら設営された安全地帯も機能しているから、普段は立地の面倒さから無視されがちな場所へも足を向け易いの。貴方達は壁役。全員経験豊富なタンクを選出しているわ。一人だけだけど神官はこちらで用意した」


 その最後の一人が全く信用ならないことを俺は知っている訳だが、ギルドでの振舞いはともかくとしてミスリルランクの神官という肩書に数名は頷いた。


 にしても全員がタンクか。

 あまり見ない編成だ。いや、盗賊も居るか?


「敵の殲滅は私が一人で行うから、皆は私が襲われないように守ってくれればいい。絶対とは言えないけど、殆どの状況で接敵する以前に処理できるつもりよ。それでも奇襲や失敗はあるものだから、護衛を頼みたいのよ。一応言っておくと、中層付近を捜索して回る以上、難易度は相応に高いわ」


「それこそ、ぅっ……く、自分のパーティから高ランクの護衛を連れて行けばいいんじゃないのか」


 くそ、途中で吐き気がして言葉が詰まった。

 妙に嬉しそうなフィリアは置いておくとして、やっている事が妙ではある。


「そっちはまだ迷宮の安全地帯敷設に使われてるから。私は今回、元々後方支援として働いているから自由が利くの」

「後方支援に集中しなくていいのか」


 問えば、彼女は試すみたいにクスリと笑ってみせた。

 俺も周囲の冒険者の反応を見る。


 まあ、ここに居るのは熟練ばかりだ、先の見えないひよっことは違うか。


「皆気付いているみたいだけど、そうね、今回の迷宮探索はもうじき破綻するわ。だから、それまでに得られる儲けを得ておきたいの。冬の採取クエストと同じね。低層の希少な魔物なんて率先して狩る冒険者は少数よ。だからむしろ、中層や深層でありふれた素材よりも高値が付く。今回の裏方仕事でそれを上手く捌ける所と接触できたから、その恩恵かしらね」


「ちょっ、ちょっとお!? どういうことよソレ!! うっ……」


 そういえば先の見えていないひよっこが一人居たな。

 女神官、エレーナは慌てた様子でフィリアへ食って掛かったが、胃の中のアレが昇って来たのか口に手をやって背を向けた。吐くなよ……。


「言った通りよ。貴女もそろそろ状況を自分で見極めなさいな。己の才覚で勝負できない内は、冒険者としては三流以下よ。これはランクの問題ではないわ」


 なるほど道理だ。


 エレーナの実力を隠して、というか敢えて説明していないことや、パーティメンバーにも黙って状況を利用し、別口で金を得ようとしている点なんかは正直好きになれないが、覚悟の上では流石オリハルコンといった所か。


 そしてここまで無駄にタンクが多い事も理解出来た。

 雪山で見たフィリアの戦い、アレが迷宮でも同じように継続可能なら、本当に俺達がやることは獲物の解体だけになるだろう。

 その上でのコレは、やっぱりエレーナを守らせる為なんだ。


 さてこれ以上があるのか無いのか、なんとも言い難い所ではあるが。


 フィリアの持ってきた儲け話に、ほぼ全員が同意し、クエストを正式に受注した。





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