エレーナ編
それはいつもの景色から
「神官を軽んじるなーっ」
「そうだそうだーっ」
「何もしてないように見えてっ、いっつも緊張して周囲を警戒してるんだぞーっ」
「そうだそうだーっ」
「お前なら出来るだろうとか適当に褒めるなーっ、出来たとしても大変なんだから不必要な危険を冒すなーっ、ちょっと戦闘時間が延びるだけでしょーっ、地道にしっかり敵を倒せーっ!」
「なんか良い感じに決まったからってトドメ確認もせずに離れるから予想外の被害がでるんですーっ!」
「そうだそうだっ、いいよトゥエリちゃん! もっと言ってやろう!!」
「はいっ、リディアさん!!」
しばらく前にゼルディスが魔竜討伐を宣言し、装備増強の為に迷宮を完全攻略すると言い始めた。
まあ、そう簡単にはいかない。
迷宮は低層と呼ばれる領域が三階層、中層と呼ばれる領域が二階層、そして深層と呼ばれる領域が一階層存在することが確認されている。
全域踏破を成し遂げたパーティは未だ存在せず、果たして今到達している深層が迷宮主の居場所であるのかも分かっていない。
「
「三日も拘束されてっ、その間の食料も皆自分持ちだったのにーっ!」
「許すまじ神官軽視!! もういっそ迷宮全部崩落させてやろうかーっ」
「えっ、それは流石に被害が凄い事に」
「ごめん言い過ぎたけど冷静にならないでよおっ」
故にゼルディスは、というか、ゼルディスのパーティメンバーが現実的な提案を行った。
低層から中層、そして深層に掛けての補給線を構築していこう、と。
中層までは元々、冒険者達の自発的行動によって補給場所が幾つか出来ている。貧相ながら魔物を寄せ付けない為の防護柵や、多少は安心出来る寝床、そして迷宮内でも育つ迷宮キノコを始めとした食料に水などの集積所だな。
俺が瀕死になった時もそこを経由できれば良かったんだが、運悪く魔物に阻まれて遠回りに次ぐ遠回り。
まあそこは終わった話だ。
反省はしても抱えて沈んでいっちゃいけない。
今問題となっているのは、その経路を確かなものとするべく、普段じゃ片手間で素通りしていく高ランクの冒険者までもが駆り出されていることだ。
一応、正式に発注されたクエストではある。
俺みたいな万年シルバーならともかく、ゴールド以上の冒険者からすれば欠伸の出る様な危険度で、報酬額が結構なものとなっている。
だから当初は受注者が他冒険者ギルドにまで及んで人が集まってきていたのだが、どうにも支援してくれている貴族連中も湯水の如く金を使える訳ではないらしい。
「もうやってらんない! 飲むわっ!」
「はいっ!
ぐびぐびぐびぐび、と。
二人の神官がヤケ酒を煽る。
ここはいつもの酒場、地下にあるのであんまり声は外に漏れない。けれど彼女らがガンガン陶杯を机へ叩き付ける度に、上階が揺れたりするくらいにはボロい一軒家だったりもする。
リディアもトゥエリも金にがめつい訳じゃないだろう。
特にリディアはアダマンタイト級冒険者で、そのランクを維持しているだけでギルドから報奨金が支払われる。ギルドも高ランク冒険者を手放したくはないから、結構な額だと前に聞いた。
ただ、最初は景気の良かったクエスト報酬も時期を追うごとにしょぼくなり、先のような、目に見えない労働に対してはあからさまな冷遇を行う様になったんだ。
「まあなんだ……迷宮攻略はまた次回、ってことになりそうだな、コリャ」
余裕顔で高い酒を煽ると、リディアが振り返って噛み付いて来た。
「ロンドくんは儲けたよね今回っ! 奢れーっ!」
「あっ、えっと、っ、お、奢って、くだ……さいぃっ」
無理してリディアに乗っからなくたっていいんだぞ、トゥエリ。
まあ別に一度や二度の奢りじゃ堪えないくらいには儲けたからな、この愚痴へ付き合うと決めた時点で出してやるつもりではあった。
俺も神官への扱いの悪さには不快感がある。
「好きだけ飲め。迷宮内の荷運びなんて、危険度高過ぎで報酬額も馬鹿上がりするのに、今回なんざ高ランク冒険者の護衛が無料で付いてくるからな」
いい稼ぎだった。
しばらくは遊んで暮らせる。
雑魚相手とはいえ連中の動きを学べたし、道中雑談程度に話も聞けた。俺としては今回のクエストは美味い所だらけ。
そんな感じで、ゼルディスの発した迷宮攻略はあちこちに被害と旨味をまき散らしながら終わりの時を待っていた。
※ ※ ※
酔い潰れたトゥエリを背負って店を出る。
後ろから変装したリディアが上がってきて、酒臭い息でため息をつく。
飲んだ後で一番酔いを実感するのは、こういう外の空気に触れた時だ。ふら付いた所に手を貸してやる。
「いい……トゥエリちゃんしっかり背負ってあげて」
「おう」
前なら飲んだ翌日が空いているなら、そのまま宿か俺の部屋に行ってヤっていた。だが今はトゥエリが一緒にいる。流石に彼女を置いたまま出る事は出来ないし、部屋に連れ込んだ横で始めるのも非常識だ。
良いか悪いかは別として、択が増えたってのは悪い気がしない。
リディアの周囲が賑やかになってきてるって事だからな。
「多分だけど、ウチのパーティはしばらくしたら北へ遠征すると思う」
「北? 傭兵でも始めるのか」
「ううん。魔物の討伐依頼が増えてるの。今回、深層までの安全な道を確保した上で、入手できた素材なんかを後援者へ流す予定だったのが、丸ごと吹っ飛んだでしょうから」
深層の魔物には魔力を帯びたのが殆どだと聞く。
骨や皮だけでなく、肉や目玉、爪や筋、あらゆる部分が価値を持つ。単純に武具なんかの素材にもなるし、錬金術師なら俺には想像も付かない様なモノを生み出すだろう。
当然それらは非常に高価で取引され、冒険者の大きな収入源にもなっている。
ゼルディスの頭の中じゃあ、深層に町でも作ってそこで新鮮な素材を次々と製品に仕上げ、地上へ売り払う、とでもなっていたんだろうが、生憎と迷宮は深かった。
二ヵ月以上も掛けて、形になったのは低層三階までだからな。
そしてリディアの話を聞くに、それが維持されることはない。
「自称最強パーティ様と、その後援者様にも補給が必要ってことか」
「けどアイツ、素材回収にはこれっぽっちも役に立たないのよね……」
遠い目をするリディアに俺もつい笑う。
「確かにあの野郎っ、毎度キラキラした光線出して魔物を塵にしてるからな。それでも幾らか魔力は残留するだろうけど、何に対してもそうだから希少価値があるようには見えない」
「笑いごとじゃないわよぉ、深層で高く売れる魔物を退治しても、半分以上はああなっちゃってるの。他の武器使えって言ってる人も居るけど、手放したがらないのよねぇ、あのキラキラ剣」
強力な武器は使い手を魅了する。
ディトレインの武器を形見分けで受け取った俺が言えたことじゃないが、魔法を帯びた武器はやっぱり多用するべきじゃないな。
「昔から熟練した冒険者ほど、魔法武器を嫌う傾向がある。道具に頼り過ぎると、己の力量を見誤るからな。奴の実力を語れるほど見た覚えは無いが、そこを指摘してやらんと何処かで判断を誤るぞ」
「…………それとなくグロースとかは言ってるんだけど」
駄目そうか。
「まあ、殲滅するだけなら大いに役立つだろ。北へ行ったら適当に褒めて、空でも飛ばしておけ」
言うと小さな笑いが漏れて、でも、と。
「もしかしたら長くなるかもしれない」
「そうか」
俺の肩にリディアの肩が当たる。
別段色気を出した訳じゃないだろう。
気持ちの上で多少は頼られてる自覚がある。それを改めて実感するだけだ。
「はぁ……もうっ」
「ははは。何ならトゥエリを届けた後でまた会うか?」
「いいよ。可愛い寝顔を見てたらその気も無くなる」
「本当か……?」
「…………ちょっとだけ嘘」
けど会わない、だそうだ。
それならそれでいい。
相変わらず騒がしい酒だったが、賑やかになって楽しかった。
「あぁ、そうだ――――」
「あらぁ……?」
リディアの声に、別の女の声が重なる。
「あらあらあら。貴方確か、雪山でお会いした戦士さんじゃありませんか?」
甘くふくよかな声。
けれど妙に澄んだ響きを感じる、その主は。
「やっぱりそう。覚えているわ。雪山だけでなく、ザルカの休日でも見掛けて気になっていたのよ。あの時の貴方の、ボロボロになってでも仲間を守ろうとする姿……本当に、えぇ、素敵だったから」
「ええと、アンタは」
「あぁごめんなさい、急に声を掛けてしまって」
そうして彼女は俺へ向かい立つ。
大きな三角帽子と、身の丈以上の樫の杖。
「ゼルディスの事はご存じよね? 私はそこのパーティで魔術師をやっております、フィリア=ノートレスと申します。どうぞお見知りおき下さい」
さらりと伸びてきた指先が俺の胸元を撫でる。
まるで愛撫のような触れ方に、そして彼女の持つ異様な色香についゾクリと来た。
「ちょうど貴方のような冒険者を探していたんですよ、ロンド様」
魔術師の瞳が、じっとこちらの瞳の奥を覗き込んで来ていた。
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