傷ありの竜
「本日より我々はっ、六十年前にギルドマスターの取り逃がした魔竜討伐を目指して活動を始める!! 皆の者覚悟しろっ!!」
竜殺し誕生祝いから数日、ゼルディスはそう宣言した。
どうやら爽やか戦士くんの大功績に焦り、いや、触発されたらしい。
前日からギルドメンバーは全員会館へ集まる様にと小煩く言って回っていたが、はてさて。
「きゃーーーっ、凄いですゼルディス様! そこらの竜殺しなんて所詮はにわかですぅっ、本物の魔竜を討った冒険者だけが竜殺しを名乗るべきなんですよねっ!!」
例の神官が静まり返った席を無視して興奮した声をあげた。
しばらく顔を見ていなかったが、また少し雰囲気が変わったな。服装が派手になり、化粧の色が濃くなっている。杖すら持ち歩いていないのはどうなんだ。
いい加減自分の周囲からの扱いが分かってきていそうなものだが、今更経験も浅いままミスリルに達してしまった事を後悔してもどうにもならない。特権的な立場や日々の褒章が与えられる代わりに、一部緊急性のあるクエストでは拒否権が無くなるから、冒険者を辞めないのであれば、もうゼルディスと心中する以外の道が無い訳だ。
とはいえリディアへの心配を別にすれば、野郎の発言そのものは好ましくもある。
負けん気が強いのは良い事だ。
対抗意識でも何でもいい。
大きな目標を明確に掲げて、その為に行動を起こすのはメリハリが出る。
問題はその魔竜がここ六十年、どこからも目撃情報が出ていないことか。
「どうした。誰か他に意見はないのか」
「大将の言う魔竜ってのは、あの魔竜でいいんですよねえ?」
ややも冗談めかしてバルディが問う。
ランクや立場の差などまるで感じていなさそうな、悠然たる態度だ。
「そうだ。我らがギルドの名の由来ともなっている『スカー』。かつての決戦でギルドマスターと共に戦った魔術師の付けた傷は、今も奴の右目に刻まれている筈だ。いずれ再びやってくるだろうその魔竜を決して忘れぬ為、元あった名前を変更してまで残した警告を、このギルド最強パーティたる我らが受け継がずしてどうするというのか」
「問題なのは『スカー』が何処に居るかって話ですよ、大将」
「そんなの、魔境に決まってるじゃないか」
確かにそうだ。
だが、一言に魔境と言っても広さは途方もない。
人間の生活圏なんて、世界から見ればほんの一握り、いや一摘みにも満たないって言われてるくらいだからな。
今回爽やか戦士くんが入り込んだ場所だって、ここから半年程度の距離で、その先にはまだまだ途方もない世界が広がっていたと彼は話していた。
六十年も前に雲隠れした竜を見付けようってのは、流石に無茶が過ぎる気もするな。
「なるほど道理だァ」
バルディが適当に返し、更に言う。
「まあつまり、最終的には魔竜討伐を目指すってことだな。だったらまず、戦力の増強を考えないとだ。俺もグロースも、そろそろオリハルコン製の装備が完成する。とはいえ竜殺しと来たらアダマンタイトが欲しくなるよなあ」
「その為に、近い内に迷宮を完全攻略しようと思う。いい加減あの邪魔な巣を排除してしまいたかったからな」
「きゃーーっ、遂に迷宮を攻略ですねっ! ゼルディス様の名が歴史に刻まれる時ですぅ!」
「とにかくっ、我らは魔竜討伐を掲げて行動を開始する! 以上、解散!!」
おそらくだが、ゼルディスは爽やか戦士くんに対抗したかっただけで、そう深くは考えていなかったんだろう。
けどこれで色んなものが動くかもしれない。
考え無しな所もあるし、問題行動も多いだろうが、奴がアダマンタイト級の冒険者であるのは確かな話だ。その影響力は計り知れない。
腕を磨きたい俺にとって、変化があるってのも良い事だ。
反応はそれぞれだったが、朝っぱらから集められた他のギルドメンバー達も奢りの一杯を飲み乾してからは普段通りの行動を始めた。
ある者は依頼板を眺めに行き、ある者は酒の追加を注文し、ある者は装備を手に出ていく。
と、外へ向かう一団の中にリディアを見付け、視線が合った。
「おいリディア、行くぞ。景気付けだっ」
その肩にゼルディスが手をやろうとするが、
「大将ォ、今日はあそこ行こうぜっ!! 一番高いトコっ! 奢りなんだろ?」
バルディが後ろから腕を回して絡みに行って、
「銘酒『竜殺し』をまた飲めるとは、ありがたい」
グロースが脇を固めて連行していく。
「あ、あぁ……別にいいが、おいっ、リディ――――」
「きゃわあっ、ゼルディス様ぁっ! 行きましょうっ!!」
結局彼女も付いて行ってはしまったが、最後に少し、口元を隠して笑っていた。
パーティとの付き合いは大切だ。別にここで顔を合わせたからって何をするでもなし。素直に見送って、ふと例の女神官が一人入り口脇へ寄って疲れた顔をしているのに気付いた。
まあなんだ、ゼルディスの賑やかし役も大変なんだろう。
いい加減止めて、地道に腕を磨いて行けばいいものを。
思っていた所へまた別の一団が現れる。
女リーダーを先頭とした、トゥエリが世話になっているパーティだ。
「あれ……? 今日何かあったんですか?」
「気にするな。馬鹿がいつも通り騒いでただけだろ」
質問するトゥエリにパーティリーダーが肩を竦めて流した。
相変わらずギルド内の動きに同調しない奴だ。
クエストを受けに来たんだろうリーダーと共に歩き始めて、けれどトゥエリが脚を止める。
「エレーナ?」
「っっ!?」
身を隠す様にしていた例の女神官をはっきりと目に留め、声を掛けていた。
「やっぱり。エレーナだよね? 雰囲気が変わってたからすぐ気付かなかった。ギルドに属したって話は聞いたけど、同じ所だったんだ。よろしくね」
「ひっ、人違いですぅ……!!」
後々聞いた話だが、同郷だったらしい。
村ではとても地味であまり他人と関わらない子だったそうだが、どうやら冒険者となって変わったようだ。
「え? でも」
「きゃっ、きゃああっゼルディス様ぁっ」
下手くそな誤魔化しを置いて女神官エレーナは去っていった。
トゥエリは首を傾げ、けれどリーダーに肩を叩かれて中へ入ってくる。途中、俺を見付けてぱあっと明るく笑ったが、軽く手を振るだけで寄っては来なかった。
これからパーティでクエストだろう。
こんな所で俺と話している場合じゃない。
「よし」
俺も俺で受けたクエストがある。
例の暗殺者との戦いから、改めて思う所も出来た。
装備の手入れは十分、体調も整って、酒も少し入って目も覚めた。
「さあ、いくかっ」
冒険者ギルドを出る。
また少し身軽になった俺は、けれど前には無かった重しのような感情を得て、確かな足取りで進んでいく。
今日はいい天気だ。
周囲からは景気の良い声が聞こえてくる。
見慣れない風貌の若いパーティとすれ違い、彼らの賑やかさから勝手に力を貰っていく。
クルアンの町は今日も多くの冒険者が行き交い、クエストを受け、酒を飲み、笑い、生きている。
明日も、そのまた明日も。
いずれ終わってしまうその時まで、たった一つの命を張って、生きていく。
それが冒険者だ。
スカー編、完。
おかげさまで多くの方に読んで貰えています。
ここまでお付き合い下さりありがとうございました。
お話としてはここまでで一章分(一巻分)のつもりで作っています。
この先どこまでやれるか、ペースを維持出来るかの不安はありますが、なんとかやっていこうと思っています。
また、近況ノートに各編の幕間を掲載しています。
お知らせ含めて読んで頂ければ幸いです。
次はエレーナ編。
どうぞお付き合いください。
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