あっけらかんと

 「やー、っはははは! なんかすっごい心配掛けちゃったみたいだねえ!」


 メイリーが襲撃を受けた翌々日、目を覚ました彼女はいつもの調子で笑い飛ばした。


「びっくりしたぁ、いや今回ばっかりはもう死ぬかと思ったよ! けどありがとうっ! ええと、リディアさんとトゥエリさんだっけ? 命の恩人だよ君達はっ!」


 俺の宿で付きっ切りの看病をしてくれた二人へ礼を言いつつも、どこか空々しいメイリー。二人はほっとした様子だが、俺はまだ納得しちゃいない。

 放っておくと勝手に部屋を出て行きかねないメイリーに、俺は扉の前を陣取ったまま尋ねた。


「病み上がりに聞くことじゃないがな、お前を襲ったのは誰だ。いや、どいつの差し金だ」


 聞くと、リディアがハッとしてメイリーを見た。

 既に彼女が三代目ローラであることは話してある。

 俺の昔馴染みで、再会して街中を歩いていたら襲撃された事も。


 先の発言を聞くにこれが初めてじゃなさそうだ。

 その上でこの振舞いは、あまりにも危機感が無さ過ぎる。


「もう無関係とは言わせないぞ。正直に話せ」


 言うと、メイリーは大いに視線を彷徨わせ、誤魔化しの笑みを浮かべたから、流石に苛立って棚を叩く。


「話せ」

「…………分かったよぉ。話しますよぉ」


 寝台に腰掛け、彼女は説明した。

 二代目が北方のある王族に見初められ、宮廷楽士として招き入れられ、そのまま愛人としての関係を持っていたと。王族が好んだ相手と結べないってのはよく聞く話だ。子を成すという義務さえ果たしたなら、後は好きな相手と過ごしていてもあまり文句は言われない。

 だから真実、心の底から二人は愛し合っていたと。


「ところがさ、あっちは戦争ばっかりじゃない? ずっと優勢だったんだけど、敵国がいきなり魔物を利用し始めて……あっという間に呑み込まれたの」


「魔物……? そんな国が出て来たのか」

「最悪」


 リディアの声が重く響いた。

 神官の仕えるルーナ神は魔物嫌いで有名だ。

 夜にかの女神が瞳を開いている時は、竜だって怯えて穴倉へ引っ込んでいるほど。


 神官も総じて、その手の魔物を利用するという考えを嫌う者が多い。死で清めた後の素材利用は良いらしいんだが。


「先代も、その相手の王族も一緒に死んじゃった。当時もう三代目として仕事を引き継いでた私も、相手から邪魔に思われたんだろうね…………ここまで逃げてきたんだけど、そっか、見付かっちゃったか」


 吟遊詩人の影響力は侮れない。

 ローラの名を聞けば、ここいらじゃ大金を積んででも詩を聞きたいって奴は大勢居るだろう。彼女の有名にあやかって詩を真似する者も大勢出てくるはずだ。

 そうして自国の悪名を広げられればその国だってどうなるか。

 さる国の大英雄が、吟遊詩人を軽んじたばっかりに悪評を広げられ、最期には味方からも見捨てられて非業の死を遂げた、なんて話もあるほどだ。


 なるほど、それで刺客を差し向けて暗殺しようとしたと。


「……だったら、相手はもう仕事を終えたと思うんじゃないですか?」


 トゥエリの言葉に俺は首を振った。

 必要以上の殺しをしないというのは、相手が殺戮者ではなく、その手の仕事に慣れた専門家であるという事だと思う。

 だから俺は見逃された。

 丸腰で襲われていたら、俺だってあの場で……。


「確実に死の確認はするだろう。それに、すまん……追跡された可能性が高い。お前ら二人ももう、相手の意識に入っちまってる」


 余裕が無かったとはいえ、考え無しだった。


「私は構わない。貴族に関わった時点で、そういうのは稀にだけど起きるから。ただ、トゥエリちゃんは……」

「私も平気です。むしろ、こんなのを知って逃げたりなんて出来ませんよ」


 善人過ぎるのは冒険者としちゃむしろ減点だろうが、メイリーを助けてくれたことといい、二人にはこれまで以上に頭が上がらないな。


「ところで一つ疑問なんだけど」


 場の雰囲気を平気で無視して、未だに青白い顔のメイリーが詠う様に面倒くさい問いを投げつけてきた。


「リディアさんとトゥエリちゃん、どっちがロンドの本命なの?」


    ※   ※   ※


 全ては状況が優先する。

 幸いにも第三者が来てくれたおかげで二人は静かになったし、メイリーにもキツく言い含めて黙らせた。


「無期限の護衛任務ねぇ。いいぜ、金は受け取ったし、しっかりやらせて貰う」

「場所はここでいいのか。もっと固く守れる所へ移るべきだろう」


 バルディとグロース。

 あの雪山で俺とトゥエリを護衛し、町への帰還を手助けしてくれたミスリル級の冒険者だ。

 俺が声を掛けられる中で最も腕が立ち、信用の出来る二人。

 依頼金の支払いが借金前提なのと、額の交渉を頼めるとなれば彼らしか居なかった。ちゃんとギルドを通した正式なクエストだから、どこにも瑕疵かしはない筈だ。


「その辺りの判断もそっちに任せる。で、この二人が話していた神官だ。トゥエリは知っているよな? もう一人が、リリィだ」


 リディアは変装している。

 俺は別に明かしてもいいんじゃないかと言ったんだが、二人が来ると聞いて大慌てで幻影を貼り付け姿を誤魔化した。


 今彼女の姿はずんぐりした中年女性に見えている。


「……よろしく、リリィさん」

「よろしく頼む」


 二人はやや怪訝そうにしていたが、他ギルドの知り合いだという俺の主張をとりあえず聞き入れてくれた。


「それでそちらが」


 長槍を手にしたバルディが興味深そうに奥を見る。

 寝台に腰掛けた、青白い顔のメイリー……いやローラが片手を挙げた。


「やあ。色男が増えたね」

「ひゅうっ、ローラ=ジョングルトゥス! アンタの名前は知ってるぜっ、先代は見事な歌声だった!」

 バルディが上機嫌に胸を叩く。

 一部の戦士が気合を入れる時にやる行為だ。

 対し、この手の冒険者相手はメイリーも慣れたものだ。

「お褒めに預かりどうもどうも。先代に負けず劣らずの腕前は保証するよ。今はどっかの頑固者にリュートを取り上げられてるんだけど、後で思う存分聞かせてあげる」

 放っておくとお前が暇つぶしに演奏始めようとするからだよ。

 回復したとはいえ体力は戻ってないんだから休んでろ。

「こいつぁありがたいねえ! おいグロースっ、上手くやりゃ俺達も詩になるかもなァ、はは!」

「それは活躍次第だね。期待してるよ、冒険者さん」


 楽しそうで何よりだが、話を進めよう。

 俺も長々とミスリル二人を雇っていられるほどの金は無い。今回はちょっとした隠し玉があって、それを質へ入れる形で無理を通してある。まあ、そいつは受付嬢から笑顔で支払いの時まで持ってろって突き返されたんだが。


 腰元の短剣に手をやりつつ、四人の冒険者に視線を巡らせる。


「早速だが、今後についての話をしたい。バルディ、グロース、二人にはメイ……ローラの護衛を頼む。トゥエリとリリィも同じだ。場所の移動についてはこの後で話すとして」


 本当はトゥエリとリディアにも依頼として金を出すと言ったんだが、本気で怒られちまった。

 分かっているんだが、互いに冒険者である以上、ケジメだと思うんだがな。


「まずは方針を定めたい」

「考えはあるって、顔に書いてるぜ」


 バルディの言に頷く。

 メイリーが目覚めるまでの間、ひたすら考えていた。


 暗殺者を差し向けられた場合、解決策は二つしかない。


 依頼人を始末するか、暗殺対象が死ぬか、だ。

 前者はそもそもの部分だ。請け負った奴が一人二人死んだところで、結局また金を積まれた奴がメイリーを狙う。だから元を断ってしまえばいい。

 後者は死の偽装だな。だが相手が執拗に調査を続けた場合は発覚するし、あの手の連中を騙して納得させるのは思っている以上に簡単じゃない。死んだふりして身を晒させたら、そのまま首なり心臓なりを刈り取って持って行くだろう。


 なら前者か。

 それも難しい。

 なにせ相手は国だ。

 ここの四人がどれだけ頑張ったって届くはずの無い敵。


「通常の手段でこれを払うのは難しい。だから、搦め手を使うことにした」


 ギルドの受付嬢に頼み込んだ。

 政治的な動きなら彼女らが専門だ。


「依頼を受けただろう裏のギルドを割り出し、交渉することでローラが死んだと報告してもらう。勿論その場合、ローラとして演奏をするのは今後一切諦めて貰う」


「いいよぉ。あいたっ!?」


 軽く言われてつい手が出た。

 俺の暴挙にトゥエリとリディアが揃って目を丸くしているが、なんだ別に俺は女に手を挙げないって訳じゃないんだぞ。


「なにすんだよお!」

「そもそも! 追われてる自覚がありながらどうして首飾りを出した!? 自分からローラがここに居ますと名乗りを挙げてどうする!? 馬鹿かお前は! あぁ馬鹿だったな!!」

「っ、だってお前が全然気付かなかったからさあ! 野郎ばっかでワイワイ楽しそうにしちゃってさっ! つい腹が立って絶対こっち向かせてやるって――――」


「はいご両人、落ち付いて」


 割って入って来たバルディに引き離され、大きくため息がつく。

 妙に間が合って、それがまた苛立ちを募らせた。


「今は時間を浪費すべきじゃない。分かるな」


 寡黙なグロースにまで言われちゃ冷静になるしかない。

 まだ俺を煽ろうとしてくるメイリーから離れて、改めて四人の前に立つ。と、なんだよリディアとトゥエリ、なんで俺を睨んでくる。


「別に何でもありません」

「そうね」


「姉さん達も冷静になー」


 取って付けた様なバルディの忠告にまた息を落としつつ、話を続けた。


「この件の本題はもうギルド間の交渉次第とも言える。ただ、向こうにとっても信用問題だ、決裂する可能性は十分にある」


 そこはもうギルド側を信用するしかない。

 で、俺達は交渉中もしらん顔で襲撃してくるだろう暗殺者の対処だ。


「個人的な勘含みだが、少なくとも一人、ギルド間の交渉が上手くいっても暗殺を続けてくる奴が居る」


 今回は虚偽の依頼でも何でもなく、単に仕事上でかち合っているだけだから、雪山での事みたいな報復はない。ただ、敢えてウチと揉めたいかと言われたら、おそらく殆どのギルドは首を振るだろう。

 後からこちらが割り込んだという点も含めて、担当する受付嬢にはまた面倒な交渉になると文句を言われたが。


「俺もそっちには詳しくないんだが、殺しを仕事にする奴は大体二種類に分けられるそうだ。一つは、仕事を仕事として割り切り、淡々と殺しを実行する奴。もう一つは、自分の趣味嗜好、美学に基づいて行動する奴。今ローラを追っているのは間違いなく後者だ」


 前者ならギルド間の話が付いた時点で下がってくれるが、後者には一度定めた目標へ過剰なまでに執着する事が多い。


「ローラが矢で射られた場所はな、俺が立っていた通路側を覗けば完全な袋小路になっている。そんな場所で暗殺を実行するのは失敗の危険もあるし、死の確認も取り辛く、姿を見られる可能性だってある」


 月明かりが綺麗だった。

 振り返ったメイリーを見て、俺もつい見惚れていた。


 奴もそうだったんだろう。


「俺と別れた後、一人になってから狙った方が確実だった。事実俺は奴の存在にすら気付いてなかったんだからな。非効率で無駄な危険を負ってでも、あの場で自分の仕事を完成させたくなった。そうして、ただ消えれば良かったのに、態々背後から俺に挑発をかまして、どうだ素晴らしいだろうと主張してきやがった」


 若い暗殺者だ。それか、余程童心を忘れられない馬鹿なのか。

 どちらにせよギルドから言われて手を引く相手には思えないし、今後の流れも多少は読める。


「リリィ、トゥエリ、バルディ、グロース。言った通り、お前達はローラの護衛を頼む。新しい拠点を定め、移動すると同時に俺は離脱し、暗殺者を追う」


盗賊シーフの仕事だぜ、戦士の旦那にやれんのかい」


「成算はある。勝つ為の隠し玉もな」


 交渉も、暗殺者の処理も、そう時間は必要無いだろう。

 早ければ明日、もしくは明後日。


 待っていろ。


 必ずツケは支払わせる。





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