荒療治
冬が終わって、雪解けが始まってもトゥエリは元に戻らなかった。
徐々に、回復して来ては居る。
最初は言葉を話せなかったが、最近は単語一つくらいならたまに話してくれる。それも、他の奴には良く分からない潰れた言葉らしいんだが、よくよく聞いてやれば分かるんだ。
「なあ旦那、あんまり入れ込み過ぎるなよ。アンタまでフェアグローフェに引っ張られちまうぜ」
「分かってる。本当に良くなって来てるんだよ」
「だったらもうちょいと、しっかり眠ってくれよ。そんな調子で旦那までぶっ倒れたんじゃ、姉さんに顔向け出来ないぜ」
護衛に残ってくれた二人の内、特にバルディはよく話を聞いてくれる。
いつも酒を片手にしているような奴だが、酔ってどうにかなっている様子を見たことが無い。
因みに今は、もう一人の戦士グロースがトゥエリの様子を見てくれている。
寡黙な男だ。
あれで結婚して娘もいるらしい。
トゥエリを心から心配してくれて、日々の料理なんかも彼がやってくれていた。
身の回りの事は受付嬢に頼んでいる。
それでも、彼女がここに居る本題はギルドからの報復だ。
手が足りない時は俺がやっている。流石にコイツは、二人にも任せられない。
心が戻った後でなら幾らでもトゥエリに叱られよう。
「なあ、コイツはあくまで、酔った上での話なんだが……まあ、気に食わなけちゃ殴ってくれてもいい」
「何の話だ」
「あの子を呼び戻したいのなら、荒療治が必要なんじゃねえかって話だ」
「何の話だ」
「分からない訳じゃないだろ。旦那だって長い事冒険者をやってるならよ、この手の心がぶっ壊れちまった相手が戻ってくる、一番手っ取り早い方法がある」
「その先は言うな」
俺も分かってるんだ。
だが、アイツはニクスと出来てた。
袂を分かったが、俺にとっちゃ弟分みたいなもんだった。
その相手を…………なんざ、許されていいことじゃない。
「けどよぉ」
言うなって言ったろうが。
「聞いててキツいぜ……毎夜毎夜、悲鳴で飛び起きる女の泣き声なんざよ」
「だからといって正当化出来ることじゃないだろ」
「正当化なんざする必要はないさ。堕ちればいい。あの子が大切ならよ。最低のクズ野郎になってでも、自分を取り戻させて、その上で、決めればいい」
あぁクソ。
分かってるんだよ、そういうのも。
それでもな。
「もう少しだけ、待ってくれ」
「ギルドも無限に優しくなんざなれない。あの受付の姉さんも相当無茶やって俺らを送り込んでくれたが、湯水のように金を使える訳じゃないだろ。結果的にも行動は早い方が後の余裕も増える。急ぐんだな」
忠告には、感謝するよ。
※ ※ ※
結局俺はクズだ。
弟に責任を押し付けて故郷を飛び出した。
でっかくなって、その金で両親の頬でぶっ叩いて、それで自分が正当化出来ると思ってきた。
なのに現実は万年シルバー。
熟練者ぶって、今日まで真面目に働いてきた労働者を尻目に安酒かっ喰らって笑い飛ばしているだけの小さい男だ。
他にどうすればいい。
何か、奇跡のような方法があるんだろうか。
あぁ、今この瞬間に、魔境の果てに住まうという魔王がやって来て、俺に死者蘇生の秘儀をくれてやると言って来たら、迷わずディトレインを生き返らせるだろう。
結果他がどうなろうが知った事じゃない。
自分に見える、小さな世界を守るので精一杯。
いや、そこすら守り切れず、何度も何度も取りこぼしてきた。
今度こそ上手くやれる。今度こそ、って。
思ってたのによ。
「ロ、ンド、さ……ん」
「あぁ。俺だ。今日は少し落ち着いてるか? 大丈夫だ。ちゃんと傍に居る」
でもまだ、もう一人残ってる。
トゥエリ。
お前が残ってくれている。
俺はお前を助けたいよ。
魔王に魂を売ってでも、その心を取り戻せるのなら。
だけど、こんなチンケな男には魔王すら靡いちゃくれない。
取引を持ち掛けられるのは、世界に愛された登場人物だけだ。
だから。
「なあ、トゥエリ」
「ん……んー?」
「俺は、お前を抱こうと思う」
最低のクズ野郎に相応しい、下種な方法に縋りつくしかなかった。
実際、効果のある方法だ。
なにせ俺が経験者だからな。
今よりずっと若い頃、駆け出しの時にクソみてえな失敗をした。三人死んだ。そいつが忘れられずに塞ぎ込んで、立ち上がれなくなっていた俺を、当時パーティの先輩だった女の一人が慰めてくれた。
人肌の感触も、体温も、その内側も。
何もかも、涙が出るほど心地良かった。
ぶっ壊れ掛けてた心が、この上ない衝撃的な快楽で一度塗り潰され、それでようやく、薄ぼんやりと立ち上がれる様に回復した。
男女の違いはある。
けど快楽の具合は慣れれば女の方が勝るという。
一度や二度じゃ駄目かも知れないが、繰り返す内に、もしかしたら。
ははっ、本当に……クズ野郎だな。
そんなクソ真面目ぶっておきながら、少なからず興奮してる自分が居るんだ。
毎夜毎夜、泣き叫ぶトゥエリを抱き締めてきた。無邪気に甘えられ、大丈夫だ安心しろと言ってきた。その一方で、その肌の感触を俺の意識は覚えていった。
心配するフリして股間を膨らませてやがるなんざ、最低のクズだろう?
それでも俺は、お前にもう一度、自分を取り戻してほしいとも思うんだ。
「トゥエリ」
手を引くと、彼女は嬉しそうに飛び込んで来てくれた。
クスリも使う。
バルディが村長の家で見付けたっていう、極上品の媚薬だ。
そんなもんがある理由については考えたくなかった。ただあるなら、使うだけだ。
「あぁ。戻ったら、ニクスの墓参りに行こう。ディトレインも、そこへ送ってやらなきゃな」
俺は、トゥエリを抱いた。
※ ※ ※
嬌声が耳に張り付いていた。
ロンドさん、ロンドさん、何度も名を呼ばれ、縋りつかれた手が俺の身体へ巻き付いた。
どこから意識がはっきりし始めたのか、境目は分からない。
俺もクスリの影響を少なからず受けてたからな。
何度も、何度も。
いつからか、求めるように声をあげていたトゥエリを貪り、溺れていった。
荒療治が必要だったのは俺も同じだったらしい。
彼女の肌が、ぬくもりが、求められていることが、生きていてくれていることが、堪らなく嬉しくなった。
トゥエリは処女だった。
ニクスの馬鹿野郎、冒険者が悠長に恋愛なんぞやってるんじゃねえ……。
いつ死ぬかなんて分からないんだ、俺達は。
今日まで男を知らなかった少女を、女に変えていく。
真面目で、懸命で、傷付いた彼女に快楽を教えていくのは堪らなく興奮した。
弟分と……だったかも知れない相手に手を出して、最低の気分だった筈なのに、やっぱり人肌ってのは耐え難い安らぎを与えてくれる。
そんな風に一夜を過ごし、朝も通り過ぎた昼頃になって、俺はようやく目を覚ました。
「…………おはよう、ございます。ロンドさん」
薄ぼんやりとした、朝靄のような声を溢しながらトゥエリが俺を見る。
一緒に被っていた布団で身体の前を隠し、ゆっくりと手が伸びてきた。
肩に触れ、肩口を撫でつつ首元へ達し、頬を包む。
表情が見えない。
背後に灯かりがあるからだ。
結局俺は上手くやれたのか、それともまだ、壊れたままなのか。
「ふふ」
伸びてきていた髭を、指先で引っ掛かれる。
なんともこそばゆい感覚だ。
「っくち」
思っていたら、背中が冷えたらしいトゥエリがくしゃみをする。
「まだ寒いだろ、寝てろ」
「……ぁー。はい」
完全に意識が戻ったとは言えないのか、やはりどこかぼんやりとしたままの返事を置いて、トゥエリは布団を被り直して身を寄せてきた。
抱き寄せるべきか悩んでいたら、なんともやわらかな感触が身体の上へ登ってきて、脚がアレに触れた。
「ぁー…………?」
握られる。
待て、今は拙い。寝起きだ。
「ふふふふっ」
「大人しく寝てるんだ。それはもういい」
「やあ」
押し退けようとしたら、怒って更にしがみ付いてくる。
参った。
どうすればいいかさっぱり分からん。
しかも身体はすっかり臨戦態勢だ。
「したいのか?」
問うと、トゥエリの頬が染まった。
戻ったり、戻ってなさそうだったり、どうにも判断が付かないが。
「……うん」
「分かった。けどまずは何か羽織れ。風邪引くぞ」
「うん」
跨る彼女を刺し貫き、それから力一杯抱き合って、そして。
繰り返し。
何度も抱き抱かれ。
戻っては離れる彼女の意識をゆっくりと繋ぎ留めていく。
フェアグローフェなんかに負けるな。お前はニクスの死も乗り越えようと頑張ってた。強い女だ。俺なんぞとは比べ物にならないくらい、凄い奴だ。こんな所で折れちまう女じゃない。だから戻ってこい。
一緒にディトレインを墓に埋めてやるんだ。
アイツは騒がしい奴だったからな。
きっと、墓の中で寝てるニクスも蹴り起こして、歴代ギルドのメンバーも巻き込んで、前代未聞の大騒ぎを始めやがるぜ。
寝ている場合じゃない。
負けている場合じゃない。
俺達は冒険者だ。
明日をも知れぬ身で、馬鹿でクズな所もあるけどよ、何かを夢見て一歩を踏み出してきた、そういう奴らなんだ。
戻ってこい、トゥエリ。
頼む。
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