清算

 村へ戻って来た所で悲鳴を聞いた。

 もう始まっているらしい。


 うんざりする声を聞きながら、トゥエリの手を引いて俺達の使っていた家へ向かう。また悲鳴があがった。きっと連中にとって今が一番の悲劇なんだろう。もう関心は無かったが。

 ディトレインが死んだ。

 トゥエリの心が壊れた。

 うんざりだ。


「せめて余所でやってくれよ……」


 虚偽の依頼でメンバーに損害を与えた村へ、ギルドからの報復が始まっていた。


    ※   ※   ※


 「ごめんなさい。今回の件は、完全に私達の落ち度です」


 あまりにも煩いから文句を言いに来たら、ギルドに詰めている筈の受付嬢までこんな所に来ていた。

 背後で作業を進めているのは、裏の連中だろう。

 流石に表立って活躍しているリディア達のパーティに、こんな汚れ仕事をやらせたりはしない。

 俺も奴らの素性までは知らないが、長い事ギルドに属していると時折姿を見る。


「古い書式で、けど印や依頼主などの身元確認書は揃っていたから、そのまま他の採取クエストと同じ様に処理されてしまっていたの。後になって例年の依頼に無い場所からのものだったことが分かって調査をしたら、ここから北の地域に強力な魔物の討伐依頼が多数出ていたんだけど……」


 既に俺達は出発してしまっていた、か。

 言うほどギルドに落ち度はなさそうだ。

 モノが揃っていて、当たり前に仕事をして、依頼書を貼り付けた。何も悪くない。むしろ、例年との違いから状況を察してここまで援軍を送ってくれたなんて、助けられた身からすると感謝してもし足りないくらいだ。


「経費は全てこちら持ちになります。戻るまでの護衛も、戻ってパーティを立て直すまでの生活費も、出来る限り出す様に準備を進めています。こんな程度で、償えるとは思わないけど」

「あまり思い詰めるな。お前は昔から冒険者に肩入れし過ぎる」

「今の貴方に言われると、本気で自分を殺したくなるわ」


 依頼を通したのだって別の奴だろう。

 最近、ギルドに新人が増えてきて、受付嬢にも新しい顔をみるようになった。


 だからってそいつを責める気にもならない。


 結局偽りがあると知りながら依頼を受けたのは俺だし、敵の誘惑に乗って判断を遅くしたのも俺だ。

 パーティを背負うのがリーダーなら、やっぱり一番に責めを受けるべきは俺だろう。


「この村はどうなる」

「どうなるも何も、最初からこの村の人間なんて居なかったわ」


 どういう意味だ。


「麓の寂れた村、そこの連中がここを襲ったの。まあそれを手引きした奴が居て、そいつだけは本来の村民って言えるんでしょうけどね」

「……それで群生地も知らなかったのか」

「いざ村を奪って、男も村長の地位を手に入れたけど、そこにアラーニェの出現が重なった。時間的にはアラーニェの方が早かったみたいね。命からがら逃げてきたここの本来の村長達を連中が更に追い立て、後は拷問」


 そこで素直に話していることを信じれば良かったものを、教えたくなくて嘘を吐いていると考えたんだろう。

 後の無かった連中は無茶をする。

 どれだけ非道な拷問にかけたのか、そこらの家々を漁ってみれば分かりそうだが。


「毎年じゃないけど、山に発生した魔物の討伐依頼で村長の筆跡はこちらも把握しているから、無理矢理書かせたんでしょうね。だけど、金庫を開ける事が出来ず、とにかく冒険者さえ呼べばどうにか出来ると思ったのか、依頼内容を偽った」


 下らない顛末だ。

 彼らも貧しくて苦しかったんだろうが、人を襲って奪ったのであれば盗賊と変わらない。挙句虚偽で誤魔化し、利益を得ようとしていたなんて。


「貴方は気にするでしょうから言っておくけど、最初からここにも、下の村にも、若い女や子どもは一人も居なかったわ」

「売ったか」

「だったらマシだった」


 なら、生贄にしたか。

 次々と肉を寄越すものだから、アラーニェも大喜びで卵を産んで定住した訳だ。人間の匂いと見て即座に襲い掛かって来たのも、楽な餌としか認識していなかったからだろう。


 最悪だな。


 そんな連中と飲み食いしていたことにさえ吐き気がしてくる。

 あの時奴らの頭にあったのが、本当に事態の解決だったのかも疑わしくなってきた。

 三人分、犠牲になる順番を遅らせられるなら、そりゃあ喜んで酒も食料も差し出すさ。奪った分と、減った分で、十分に間に合ってただろうからな。生き残りたいだけの奴の思考に、後だの先だのってはない。

 我が子すら投げ渡し、食わせて悲劇を気取る。


「何の救いにもならないかもだけど、徹底的に償いはさせる。これはギルドに対する敵対行為よ。見せしめの為にも、誰一人逃がさない」


 だとしてももう、ディトレインは戻ってこない。

 そんな言葉を彼女に吐いても仕方ないと分かりつつ、考えずには居られなかった。


 ニクスから受け継いだ、大切な二人の仲間。

 守り切れる力が俺には無かった。


「っ、ぁ……っっ、冒険者様ァ……!!」


 遠巻きに眺めていた一団から、見覚えのある男が飛び出そうとして、ギルドの者に取り押さえられていた。

 村長を装っていたあの男だ。

 この期に及んで助かろうとだなんて思っているらしい。


「ごめん。やっぱり余所へ移すわ」

「いや」


 なんとなく足が向いた。

 雪を踏んで歩み寄り、組み伏せられた男の前でしゃがみ込む。


「どうした。大変そうだな」


 我ながら実に乾いた声だ。


「この者達が急に村を襲ってきたのです!! どうか! どぉか助けて下さい!!」

「そうか。だがお前らも襲ったんだろう? この村の、本来の住民を。だったら仕方ないだろ」

 すげなく言うと、男が青褪めた。

「違います! 仕方なかったのです! そうでなければ我々は殺されていた!」


「聞く必要はないわ。生き残りたくて嘘を吐いてる」


 あぁ、知ってるよ。


 仮に元居た連中がどんなクズであれ、襲い掛かって奪い取ったのはコイツらだ。村の次代を担う子どもらまで差し出して、ただただ生きていたかっただけの者達。


 憐れに思う事すら無い。

 そいつを受ける取るにはお前達は他者に血を強要し過ぎた。


 だが一度希望を見い出した奴ってのは見苦しいまでに足掻こうとする。

 俺にその気が無いと知るや、周囲を見回し始めた。


「ほ、ほかの方はいらっしゃらないので? はっ、ははは、話せば分かり合えますよっ。スノーリーフの儲けの三割でどうですか? そ、それか五割で! ははははっ! そうだ! あの獣族の娘であれば我々の苦しみも理解してくれる筈! 我々が日々、どれだけここの村民たちに苦渋を舐めさせられてきたかっ! それが分かればきっと――――」

「彼女は死んだよ」

 お前の身体に陽が当たっていることさえ腹立たしい。

 だから殊更に近寄って首を掴む。

 決して力は入れないよう、慎重に。

 重い影を男へ落とす。

「困ってるお前達を助けようとして、騙されてると知ってもまだ助けようだなんて言い出して、そうして戦って死んだよ。なあ、一つ疑問なんだが、どうしてまだお前は生きてるんだ。お前達は、どうして自分に生きる価値があるって思えるんだ。あぁいい、黙っていろ。この手の奴らの思考はうんざりするほど知っている。自分が可哀想。周りが悪い。そうしてただただ自分の為だけに涙を流す。実に臭い。鼻が曲がりそうだよ」


 こんな連中にディトレインへ詫びろなんて言っても意味は無い。

 精々自分の心を慰めるのに利用させるだけだ。

 それこそ不快の極みという奴だろう。


「っ、こんなことをしてただで済むと思うなよ!!」


 なのに男の足掻きは終わらない。

 いっそ芸に達していると言ってもいいだろう。


「毎年領主にはたんまりと金を贈っているんだ! 各地の商会にも繋がりはある! お前達はそれを敵に回すんだ! 俺はそいつら相手の折衝をしてきたんだっ、貴族相手にも顔が効く! ただじゃ済まさんぞ!!」


「あっはははははははははははははははは!!!」


 女の哄笑が響き渡った。

 受付嬢だ。

 俺なんかより遥かに酷薄で、男に価値を見い出していない目で、既に死ぬしかなくなった家畜以下の存在を見下している。


「領主様は喜んで貴方達の処分に同意すると言ってくれてるわ」

「なっ、っ!?」

「毎年毎年、貴族や豪商の間を上手く綱渡りしていたそうね。代官まで取り込んで、税を誤魔化し、私服を肥やしていた。その口で領主様の名を出すなんて、よほど度胸があるのね。素敵よ」


 言葉とは裏腹に、つま先で男の顔を蹴り飛ばす。


「ウチとここの利益を山分けするって言ったら、領主様はとても喜ばれたわ。是非よろしくやってくれ、だってさ」


 そうして伏せた頭の上に靴を置き、力を掛けて沈めていく。


「拷問官に、生き汚いアナタには特別長生きできる様にってお願いしておくわ。嬉しいでしょう? 感謝しなさい。ふふっ、まあでも、大抵は半日も持たずに生きていることを後悔するんだけど」


「あっ、ご、が、っっ、あが、ぁぁ……!!」


「一日でも、一時でも、ほんの僅かな瞬きの間でも、アナタ達が長生き出来るよう、慎重に慎重に苦しませてあげるわ。殺してくれと懇願しても絶対に耳を貸さず、何度も何度も回復させては痛めつけて、人間であることも忘れて豚のように這い蹲って糞と尿に塗れてそれでも生かしておいてあげる。これがギルドに虚偽の依頼を送り付けた者の末路だってことを、もう二度とそんなことを考える者が出ない様、万が一にでもそんなことを起こしてしまわない様に利用者全てが慎重に依頼書を作ってくれるまで、ちゃんと生かしておいてあげるわ」


 そこまで言われてようやく男は理解したらしい。

 もう自分達が、終わるしかない生き物だってことを。

 終わって、それが延々と続くんだってことを。


 絶望すら生温い、あんなにも欲しがった生き続けることを、心の底から後悔するまで。

 いや、それでも終わらないんだったな。


 引き摺られていく男はもう何も言わなかった。

 恐怖で言葉を失ったのかもしれないな。どうでもいいが。


「ごめんなさい。処理場は下へ移すわ。ゆっくり休んで。必要なものがあったらいつでも言ってくれていいから」

「あぁ。しばらくは頼らせて貰う」

「……えぇ。ふふ、酷い顔してるわ。戻る前に顔くらいは洗っておきなさい」


 そうか。

 自分では落ち着いているつもりでも、やっぱり余裕は持ててないんだな。


「悪い。長居し過ぎた。後は任せる。お前なら、信用できる」

「うん……ありがとう。任せて」


 また後でな。

 言って、俺はトゥエリの居る家に引き返していった。


    ※   ※   ※


 冷える場所に建てられた家だからか、外からの採光というのは考えられていない。

 灯りも僅かな室内。寝所で一人立ち尽くすトゥエリを見付けた時には少しぞっとした。


「ぁーーーーーーーーー。ぁー…………?」


 目にまるで生気が無い。

 言葉を話すこともなくなり、今みたいに寝言の様な呟きを漏らすだけ。


 かと思えば、急に錯乱して泣き叫び、自傷行為に走ろうとする。

 色々あったとはいえ、少々席を外し過ぎたか。


「ただいま、トゥエリ。また寝台を抜け出してるな。寒いから、布団を被っていろ」


 手を出すと素直に掴んで付いてくる。

 腕にまた傷が増えていた。回復してやりたいが、神官が居ない。


「ぁー」

「あぁ。今は休め。ゆっくり休んでいい。お前は頑張った」


 寝台に身を横たえたトゥエリに布団を掛けてやり、大きな瞳がじっとこちらを見てくるのに苦笑する。


「目を瞑らないと眠れないぞ」

「ぁー」

「眠くないか」

「ぁ」

「そうか。いや、腹が減ってるか? 寒いならもっと薪をくべて、あぁ薪なら山ほどあるからな。なにせ連中、数を誤魔化すのに家を幾つか解体してやがって」


 何言ってるんだ俺は。


 下らない。そんなこと、今のトゥエリには関係無い。

 腕を掴まれていることに気付いてその手にこちらのを重ねると、感情の乏しかったトゥエリがふんわりと笑った。

 まるで幼子みたいな反応。

 彼女は、ディトレインの事を忘れる代わりに、自分自身の今までも一緒に忘れてしまおうとしているんだろうか。


 じゃあ、ニクスのことは?

 お前と一緒に居た男の事も忘れちまうのか。


「ぁー……ぁ」

「あぁ、すまない。こんなの俺の感傷だ。辛いなら、そうしているといい。大丈夫だ。俺は居なくならない。一緒に居るぞ」


 だが、いつまで?


 分からない。

 トゥエリのコレが元に戻れるものなのか。

 それとも一生このままなのか。


 いや、それでも、もし戻れないのだとしたら、せめて俺が一緒に。


「ぁーー」

「うん? 待て待て、引っ張るんじゃない。俺はそこには入れな……っと」


 結構強い力で引っ張られ、寝台で横になるトゥエリを押し倒すみたいな姿勢で手を付いた。


 目が合う。

 生気を失った目。

 けれど、じっと俺を見詰めてくる目。


 彼女が腕を伸ばしてくるのを拒否出来ず、抱き着かれるままになる。

 その背に手をやり、本当に幼子をあやすみたいに擦ってやる。


「あぁ、大丈夫。大丈夫だ」


 なあニクス。

 どうしたらいいんだろうな。









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