危険度ランクの詐称
雪原を二日掛けて越えた後、十分な休息を入れた上で雪山へ入った。
幸いにも天候は晴れ。
視界も良好で気温はかなり高かった。
「に゛ゃあああああああ! 村が見えたああっ」
大声を出すなとあれほど言ったのに、大荷物を背負ったディトレインが飛び跳ねて雪の山道を越えていく。
依頼元の村は雪山の中腹にあり、目的の採集物もここからそう遠くない辺りに自生している筈だ。
「第一村人はっけーんっ。こんにちはっ、こんにちはーっ、ねえねえ村の人? ねえねえっ!」
「こら、そんなにがっつくんじゃない。困ってるだろ」
目を丸くしている中年の女へ、いつもの調子で絡み始めるディトレイン。隠していた尻尾が外へ出て来て、降り積もった雪を払いながら暴れている。
両手を取って踊り出さんばかりだが、まずは自己紹介だな。
「依頼を受けた冒険者だ。村長か、誰か話の出来る奴は居るか?」
畏まって話し込んでも仕方ない、村民っていうのは基本的に外を知らず、ずっと小さな村の中で生きている。精々、隣かそのまた隣の村へ行くくらい。
だから迂闊に丁寧な態度を取っても気味悪がられる。
第一俺らは、依頼を受けたとはいえ荒くれ者の冒険者だからな。
女は俺達を品定めするような視線を向けた後、村で一番大きな家へ案内してくれた。思っていたより大きくしっかりした造りなのが意外だった。
「これはこれは。遠路はるばる御足労いただき、ありがとうございます」
そして出てきた村長らしき老人の態度にも首を傾げそうになった。
いや、と。
「俺が代表だ。依頼内容の詳細確認と、宿の提供を頼みたい。なにせ、要求量が多いからな、数日は逗留することになる」
「はいはい。存じております。幸い空き家が一つありますので、そこを自由に使っていただければ。薪も用意してありますし、ただ、このような寒村ですので食料は、その……」
「分かっている。自分達の分は用意してある。冬越し中の村から食料を出せと要求するつもりはない」
出先で食べる分も考えればこれが妥当。
収穫期であれば敢えて村の世話になって金を落としていくし、二人の経験も兼ねて交流していくのもアリなんだがな。
男は笑顔のまま何度も頭を下げて見せた。
「おおっ、これはこれはどうもお気遣いを。いやはや、冒険者の方にお願いするのは滅多にないもので、中々派遣されてもこないので、頼むギルドを間違えたかと心配していたのですが。ははは、しっかりとした方が来て下さったのは村民一同心強く感じております」
「それじゃあ早速で悪いが空き家を使わせて貰おう。トゥエリ、ディトレインと一緒に行ってくれ。俺は依頼内容の確認をするから」
「はい、お荷物はこちらで運んでおきます」
すまない、そう言って手近な机へ腰掛けた。
やや遅れて男も向かいに腰掛け、探る様な視線を向けてくる。
何度見たって、俺のランク章がシルバーなのは変わらないぞ。
思っていたら酒を出された。
先ほどの中年女性だ。礼を言って、銅貨数枚を差し出すと嬉しそうに受け取って下がっていった。
「随分と栄えた村で驚いている。こんな場所では作物の育ちも悪そうだが」
「ははは、どうにか毎年、この時期の稼ぎでやっております。スノーリーフは北へ南へと高く売れますからな」
今回の依頼にあった採取物だ。
アーテルシアの口付けによって雪が降った時のみ芽を出すと言われる薬草で、様々な病に高い効果があるとされる。
北は人間同士の戦争、南は暑さからくる疫病の多さから重宝される。
しかもコレは魔力を多分に含んでいる為、錬金術師が素材として欲しがるんだ。乾燥させれば保存も効くし、効力も高まるとあってこの地方じゃ重要な採取物の一種だ。
昼間から暖炉にはたっぷりの薪が投じられていて、部屋の中は本当に温かい。蝋燭を差した燭台がやけに眩しいと思ったら、ガラス細工が光を反射しているんだ。
「しかし、いいのかい?」
「と、申しますと?」
「これだけ潤っているということは、余程大規模に群生しているんだろう。あんたも客人の相手に慣れている。きっと毎年、金をたんまり持って買い付けにやってくる商人が居るんだろうな」
俺は敢えて酒を一気に煽った。
キツい酒だ。身体を温める為、寒い地方ではこの手のものが多い。ここも高所にあるし、山からの風を思えば一年を通した気温は低い方だろう。
「俺達がその群生地の情報を売るかもしれない。額が額だ。そういう心配はしなかったのか」
指摘すると、男はあからさまに動揺した様子で恐縮して見せた。
「…………実を申しますと、私達も群生地が分からないのです」
「なんだと?」
薪が弾けて音を立てる。
過剰に温まった部屋の中で、男は視線を彷徨わせた後、ぐいと身を乗り出してきた。
「貴方は、とても経験豊富な冒険者様とお見受けします。そちらのギルドを選んだのも、堅実な仕事をされる所と聞いたからです。なので、どうか群生地に関する話は内密にしていただきたい」
「いや待て、そもそも場所が分からないんだろう?」
「はい」
それがどうしたと言わんばかりの顔だ。
「今回の依頼は、雪山へ入る危険性を加味した上で多少危険度ランクが高めに設定されている。だが、群生地の情報はそちらから提供される前提の話だ。この寒さの中、どこに生えているかも分からない採取物を探して彷徨うのは、下手をすると年単位の調査が必要になるんだぞ。事実お前達も分からないから依頼を出した、そうだろう?」
「は、はぁ…………」
どうにも胡散臭くなってきた。
不審点は最初からあったが、これは受けるかどうかも含めて考え直さなきゃならないかも知れないな。
「そもそもどうして群生地の場所が分からない? 毎年採取して金を得ていたんだろう? まずは採取をしていた者に会わせて欲しい」
「実はぁ、その、その者が病に伏せってしまい……既に」
頭を抱えたくなるのをどうにか堪え、しかし酒精を帯びた息を吐きだした。
「貴方、文字は」
「多少は」
商人を相手にしていたのだから当然だろう。
「なら、ギルドへの依頼に際しての注意は知っている筈だな。先ほど、他と比べてウチを選んだとも言っていたんだ」
ギルドを比べられる環境にあって、一方的に依頼書を投じてきたというのも妙だが、まずは置いておこう。
「そこらに生えてるものならともかく、専門的な知識が必要となるスノーリーフの群生場所を見付け出す、ってのはもっと難易度ランクを高く設定しなくちゃならない。少なくとも薬師やドルイドが居ないと話にならないぞ」
「そっ、そんなっ! 貴方がたの中に、その……」
「悪いが、俺達の中には居ない」
一応、不可能って訳じゃないんだが、そこはいい。
「問題は、ギルドに対してクエストの難易度を詐称してしまっていることだ。これはもう採取クエストではなく、専門職を要する調査クエスト。前金も必要になるし、報酬額は更に跳ね上がる」
「金は……」
「無いのか」
薪は随分と余っているみたいだが。
「あ、あるのです。あるのですが、すぐには取り出せない状況と申しますか……」
出ない事には前金は渡せない。
いや、今はそんなことはいい。
「悪いが、依頼を受ける事は出来なくなった」
「そんな!? ど、どうすればよろしいのでしょうかっ!? このままでは村の者が皆飢え死にしてしまいますっ!」
「俺が依頼を受けた場合、お前達の詐称が成立してしまうんだ。冒険者ギルドではその手の行為を許さない。最悪の場合、ギルドに対する宣戦布告と取られる場合もあるんだぞ」
青ざめた男が椅子の上に崩れ落ちる。
そこまで大事だとは思っていなかったんだろう。
しかし、難易度の詐称はギルドメンバーの生死に直結する問題だ。後々の状況変化で変動した場合はいい。それを見極めるのも力量の内と言えるからな。だが今回のように、予め分かっていた状態で低く設定した依頼書を送って来た場合、多額の違約金が発生する。
「どうにかなりませんか……金なら、後々でしっかりお支払い出来る筈ですので。スノーリーフさえ手に入れば、十分な額を」
「確かにな」
違約金程度呑み込んでもおつりがくるほどの取引額という訳か。
それを覚悟出来るのなら、まだ少し対処は出来る。
だがなぁ。
「にっははは! いいじゃんロンドさーん! 困ってるなら助けてあげるっ、それが冒険者ってもんでしょう!」
いつの間にやら。
荷物を降ろしたディトレインが戻ってきていた。
話を立ち聞きしていたらしい。
「いっつも言ってるじゃん! なんだっけ? ウチのギルドの成立と、冒険者って言葉の発祥! やってあげよーよー、私にゃら、そのスノーリーフ? とかいうのの匂いを覚えて探せるっしょーっ!」
「待て。話はそこじゃない。ギルドへの詐称をどうするかは俺達というよりこの村側の問題なんだ」
「でも困ってるんでしょ?」
「そうだがな……」
男がじっとディトレインを見ている。
切羽詰まった状況で、分かり易い希望を示されると人は飛びついてしまう生き物だ。
もっと、しっかり落ち着いた状態で判断して欲しかったが。
「私は、私達にはどうしてもスノーリーフが必要です。どうか、調査だけでもお願い出来ないでしょうか」
仕方ないか。
パーティメンバーがその気になってしまっている。
この村が困り果てているのは本当らしいし、このまま放置して帰ったら後味が悪いのも分かる。だから二人を引き離して話を進めたかったんだが。
「では、念書をして貰う」
「はっ、はい!」
「難易度の設定を誤っていたこと。その上でクエスト遂行を願い、違約金の支払いにも応じること。これ以外に我々ギルドへの隠し事が存在しない事。全てを宣誓し、またクエスト失敗時にも我々が違約金を支払う必要がないことを認めてくれるのなら、出来る範囲で調査をしてやろう」
余程困っていたのか、男は目を輝かせてこちらへ詰め寄って来た。
「あ、ああっ、ありがとうございます! ありがとうございます!! 冒険者様っ、貴方達は我々の救世主です!!」
固く分厚い手の平の感触に包まれながら、俺はそっと息を落とす。
同じく後ろから大喜びで抱き着いてくるディトレインにも困ったものだが、まあ、これ以上に何もないのなら雪山を彷徨うだけで済む。
二人もここまでの移動は問題無かった。
防寒の神聖術に加え、町均衡での採取の成果が出ているという所か。
どっしりと腰を据え、日中のみ、晴れている時に絞って調査をする。
それで十分に安全は確保出来るはずだ。
これ以上、何も無いのであれば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます