まどろみの昼

 いつもの酒場でリディアと会って、そのまま宿へ向かって、あれこれヤって、一緒に寝た。

 意識はぼんやり。

 ちょっと久しぶりだったから、あと飲みながらヤってたから、ついつい遅くまで続けてた。


「しばらく戻ってこないんだよね」


 俺の胸板を撫でながらリディアが聞いてくる。

 当然だが、どっちも裸だ。

 昨日の汗もそのままに寝たから、布団から肌が出ると結構寒さを感じる。だから余計にくっついて、互いの体温を分け合うんだが。


「あぁ、昨日話した通りにな…………お前の方は大丈夫そうか」

「この雪だもん、ウチは完全に長期休暇。そっかぁ、暇してたんだけどなぁ」

「悪いな」

「いいよ、大事なパーティだもん。でも、トゥエリさん、か。元気になってきてるみたいで良かった」


 元々組む様に言ってきたのはリディアだ。神官同士、彼女の状態には思う所もあったんだろう。


「最近じゃあ結構笑顔も見れる様になってきた。仲間の負傷にはまだ動揺がぶり返すみたいだけど、しっかり集中して仕事をしてくれる」

「そっか…………強いなぁ、トゥエリさんは」


 リディアがしがみ付いてくる。

 仲間の死に怯え続けて、心を凍らせることでどうにか神官を続けている彼女にとって、戦いはもうそういうものであり続けるんだろう。


 それを勇気と呼びたいけれど、怯える女と抱き合って言う事じゃない。


 俺から口付けて、頭を抱く。


「その内、アイツらとちゃんと会ってみないか?」

「え?」

「前に言ったろ。お前の味方を増やすんだ。飲んだくれて、泣いて叫んで、怯えながらも必死に戦ってるお前をもっと色んな奴に見せていく。お前がもっと、我慢してないお前を曝け出せる場所が広がっていけばいいなと、俺は思うよ」


 リディアが腕の中で首元に顔を擦り付けてくる。

 鎖骨を噛まれ、舐めら吸われ。


「ありがと」


 だけど、と。


「でも今は聞きたくない。甘えさせろー」


 ふざけた口調で言ってくるから、存分に甘えて貰った。

 そんなことを繰り返した朝…………………………だった筈なんだが。


「悪いっ、昼過ぎに遠征の買い出しっ! 約束してるんだった!」

「はぁ……ロンドくんが女を梯子してる。とっかえひっかえだ」

「そういうことじゃないだろお!?」


 大急ぎで身体を拭き上げ、部屋に置いてある清潔な服に着替えた。毎度宿を取り直すのが面倒だからって、リディアが長期で借り上げちまったおかげだ。


「はい。女の子と会うなら、コレくらいは持っててもいいんじゃない?」


 さて行くか、って所で上着だけを引っ掛けたリディアが何かを首に掛けてきた。


「匂い袋。服の下に入れといて。ちょっとしたお洒落だから」

「そんな洒落たもん、俺には合わんだろ」

「いいから」


 口付けを残して寝台へ去っていく。

 これから二度寝か。

 羨ましいが、それどころじゃない。


「ありがとな」

「…………はぁーい」


 礼を言って、部屋を出た。


    ※   ※   ※


 時間は結構過ぎちまっていた。

 天気は良いが気温は低い。待ち合わせの広場には人通りも少なく、牛車が一台通り過ぎていくところだった。


 その向こう側からトゥエリの姿を発見する。


「悪い、遅くなったっ」


 駆け寄ると、少し鼻の頭を赤くした彼女が表情を緩めた。


「いいえ。お忙しい中、無理を言って同行させて頂くだけですから」


 そのお忙しさの中身を知ったら絶対怒られる気がするので黙っておこう。

 と、トゥエリの恰好を見て少し驚いた。


 神官の服を着ていない。

 大きな上着はいつも羽織っているものだから咄嗟に気付かなかった。

 今はその中が、町娘らしい緩めの服装になっている。腰元に下がっている根付けは、たまに見かける流行りのものだ。

 案外そういうのも好きなんだな。


「よし、まずは腹ごしらえにしよう。あぁ、食べてきたか?」

「いいえ」

「なら奢らせてくれ。遅れた詫びだ」

「いえっ、私の方こそ学ばせていただくんですから、私が出しますよ」

「そういう生意気な事はシルバーになってから言うんだな、アイアンさん」


 むぅ、とちょっとだけ膨れるトゥエリ。

 こういう冗談も言えるようにはなってきた。

 まだまだ駆け出しの冒険者。知らない事はあって当然。そいつを教えて、上へ昇っていくのを助けるのが、俺達熟練冒険者だ。


「ほら、冷えたろ。早く行こう」

「あっ、はい。っっ」

「っ、おぉ寒いな今の」


 寒風に揃って首を縮め、笑い合って、遅ればせながらの食事へ向かった。

 やや混んだ店内の隅で強めの酒を舐めて身体を温める。


「雪山に行くなら、酒はある程度飲めるようになった方がいい。火をすぐに起こせないこともあるしな」

「はいっ」


 気合いとは裏腹に、口元へ近付けた時に香っただろう酒精でうっと動きが止まる。

 俺がにやにやしながら眺めていたら、ちょっと睨み返して口を付ける。


「っっ、けほっ、けほっ!」

「はは! 慣れだ慣れ。その内こいつが喉を通るのが堪らなくなってくる」

「……っ、私は、難しいと思うんですが」


 言ってる間に注文した料理が並んでくる。

 鳥の煮込みにパンにチーズにベーコン。それと酢漬けのキャベツが山盛りだ。一つ摘まんで食べてみたが、香辛料でも効かせてあるのかほんのり辛く、悪くない味わいだった。


「酢漬けが好きなのか」


 一番手が伸びているから聞いてみたら、口に含みかけていた分を急いで呑み込み、応じてくる。

 間が悪かったな。


「故郷ではよく食べていました。あまりお肉は取れませんでしたし、麦の栽培にも向いていない土地でしたから」

「なるほどなあ」

「ロンドさんはどの辺りなんですか?」


 逆に聞かれ、ちょっと考える。


「俺はこの地方の出身だよ。だからまあ、やたらとキャベツを食わされて、小さな頃は大嫌いだった」

「ふふっ。でも克服したんですね」

「冒険者になってからかな。もう限界ってくらいに腹が減ってた時に、実家で食べてたキャベツが目の前にあって、そのまま齧り付いたらとんでもなく美味く感じてさ。あぁ、新鮮なキャベツだと、ちょっと塩振ってやるだけで結構美味いんだ」


 この辺りは岩塩も取れるし、内陸部の割に塩が安い。

 食い過ぎると腹を下すが、たまに欲しくなる味だ。春頃の奴は葉が柔らかくて甘いから、実にそれ向きだな。


「ニクスもお野菜は嫌いだって言ってました」


 おそらく、埋葬が終わって以来、初めて彼女の口から聞いた名前だった。

 かつて俺が組んでいたパーティのリーダー。最後には互いに背を向けちまったが、同じギルドメンバーであることは止めなかった。

 もしも、を考えればキリがないから、それ以上は言わない。

 俺達は冒険者だ。

 命をチップに己の才覚を信じて戦う、明日をも知れぬ大馬鹿者共。


 湿気た感傷で泣き崩れていたら、死んだ仲間に顔向けできない。


「アイツ、肉ばっかり食ってたよな。味の濃いヤツばっかりで、酒も弱い癖にがぶがぶ飲んで潰れてた。酔い潰れたのを何度介抱してやったか分からないよ」

「私がお野菜も食べなよって言っても嫌がるんですよね」

「あぁそうだったそうだった。その癖して月に一度は薬草屋の出してる丸薬飲んで、これで一ヵ月分は食べたとか言い張ってた」

「あれ一度私も食べさせられましたけど、物凄く苦くて吐きそうになりました。絶対普通にお野菜食べた方がいいですよね」

「冒険者の悪癖だな。お前はあんな風になるんじゃないぞ」

「はいっ。ふふふ」


 そう長い期間じゃなかったが、三人で組んでやってた時期もある。

 共有出来てた時間は、確かにあった。


 そこから踏み出していかなくちゃならない。


「……ニクスに」

「ニクスに」


 乾杯して、捧げ飲む。


「っ、けほっ、っっ~~!」

「ははははは!!」


 ちょっとずつ、慣れていけばいいんだ。


    ※   ※   ※


 だが。


 だが、理不尽はいつだって唐突に降りかかってくる。


 出来るだけ安全に。

 十分に経験を積んで。

 地に足を付けた、冒険を――――なんて。


 俺の考えや備えなんざ、所詮はシルバー程度のものだってことを思い知らされる。許容量を超えた事態には何の意味も無かった。


 先に言っておこう。


 ディトレインが死んだ。

 そして、今度こそトゥエリの心が、壊れちまった。





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