採取クエスト

 冬が訪れた。

 この地方ではある日急激に気温が下がることから、いにしえの女王の名を冠してアーテルシアの口付けと呼ばれている。

 なんでも昔、神々へ反旗を翻した実在の人物で、魔物や神々から無辜の民を守るべく、今でも雪を降らせて町を覆い隠そうとしているのだとか。

 結果的に凍死する奴も出るんだが、相手は女王だ、文句を言っても逆に怒りだすってのは俺でも分かる。


 幸いにもここいらじゃ冬は短い。

 一月ほどで雪も気温も収まってくれるから、大抵の冒険者は予め冬ごもりをして後は飲んで暮らす。


 のだが、少々俺の見込みが甘かった。


「冬ごもりって何にゃ?」


 初めて見たらしい雪に大興奮して、さっきまでギルドの前を駆け回っていたディトレインが、頭に雪を乗せたまま笑顔で首を傾げた。

 何の悩みも無さそうな、晴れやかな笑顔でエールをぐびり。


「す、すみませんっ、すっかり準備の事を忘れていて……」


 隣でトゥエリが真っ青な顔をしている。

 越冬の厳しさは南方出身者以外は身に染みている筈だ。街中に居るとはいえ、準備は怠れない。

 とはいえ、気が回らなかったのは俺の方だ。

 精神的に参っていたトゥエリにそんな余裕が無いのは予想出来た筈。

 変な慣れがあったせいだろう。


「いや、そうだよな。俺が気を回すべきだった。まあ、無いものは仕方ない。別に手を考えよう」


 因みに二人はまだ俺の部屋を使っている。

 最初は知り合いの居る女だけの寄宿舎を紹介しようと思ったんだが、運悪く部屋が埋まっていて先延ばしにしていた。

 まだ夜中に悲鳴をあげて飛び起きることもあるトゥエリだ、俺の部屋なら防音がしっかりしてるから多少騒がしくなっても平気だし、何かあった時に駆け付けやすい。


 俺は、まあ、適当に知り合いの部屋を転々としている。

 たまにリディアと宿を取って過ごすこともあるが、毎日って訳じゃない。


「ふぅむ…………いっそ、いい経験かもな」


 言うと、ディトレインのピンと張った猫耳がせわしなく揺れ始めた。

 アレは蝶々を見付けた時と同じ反応だな。


「なんかするの? なになにぃ?」


 ホント、根っからの冒険者だよ。

 新しい事が楽しくて仕方ないって感じだ。


「冬は殆どの冒険者が休業状態になる時期だ。けど、そんな時期だからこそ美味しいクエストがある――――採取クエストだ」

「おおっ」

「採取。本当に初期の頃、数回やっただけですが」


 そんなもんだろう。

 平時の採取はそれこそ討伐とかの遠征時についででやるのが基本だ。

 何なら保存の効くものであれば、パーティで溜め込んで適宜放出していくって方法もある。

 手軽に出来るから、報酬額も低い。

 小遣い稼ぎって感じだな。


「この寒さの中でしか採取出来ないブツは結構あってな。慣れていないと遭難や凍死の危険がある分、報酬額が平時の十倍二十倍になることも少なくない」

「おおっ、十倍っ」

「そんなに……知りませんでした」


 それだけに過酷だ。

 寒いし、数日掛かるのなら相応の装備を揃えなきゃいけないから、結局利益を得るまでに時間が掛かる。

 また、その手の美味しいクエストは経験者が占有したさにこっそり回してる事も多かったりするから、知識なしで引き受けると延々ブツを探し回って何も得られないどころか、最悪の場合は遭難する。


 ギルドは互助組織だが、己の力量を見極められない馬鹿を無料で助けてくれるほど甘くはない。遭難時の救助は有料だ。 


 とまあ、色々と並べたが、実は概ね問題は解決してある。

 なにせ俺は万年シルバー。

 人様が休んでいるからといって自分も休めるほど優雅な生活はしていない。

 つまり毎年、冬の採取クエストはいくらか受けているんだよ。装備も揃ってる。


「敢えては覚えなくても構わないと思うが、知っておくといざって時に役立つ。とりあえず危険の無い、日帰りで出来る奴を見繕ってやってみよう。採取場所も教えてやるよ」


「……いいんでしょうか」


「気にすんな。お前らならすぐ上に行ける。その間の繋ぎ程度と思えば、別に俺は困らないしな」


 片や神官に、片やバリバリ有能な戦士。

 問題は残っちゃいるが、最近の様子を見るに落ち着いてきた印象もある。ディトレインはまあ、もうちょっと世の汚さを知って、警戒心を身に付けて欲しいとは思うんだが。


「ねえねえっ、これ今張り出された奴ーっ。これやろうっ?」


 なんて思ってる傍から適当に依頼書を持ってきた。

 人の少ないギルドで飲んでいるから、受付嬢らに会話は丸聞こえだ。

 だが、


「おい、俺の話を聞いてたか。日帰りだ日帰り。これ、依頼元の村まで三日は掛かるぞ」

「えーっ。でも報酬はすっごいよ」


 見てみたが、確かに美味しい。

 しかも採取物は比較的雪山で得やすいものだ。

 こんな程度、村民の慣れた奴が居ればすぐ集まるだろうに。


 何か困りごとか?

 アーテルシアの口付けは急に気候を変化させるから、年寄りは体調を崩しやすい。毎年平気だった奴でも、歳取ると急にガタが来るらしいからな。

 それで採取出来なくなって、仕方なく依頼を飛ばしてくるってのもある話だ。


「まーでも、とりあえずは別の日帰りを試してみよう。こっちは雪山に入らなきゃならないからな、危険度も高めに設定されてるだろ?」

「本当ですね……採取でここまで高いなんて。アイアン相当の討伐と同じです」


 冬の山はそれだけ危険だってことだ。

 獣や魔物以前に、寒さだけで死んじまうこともある。


「ある程度装備は揃ってるが、お前ら自身の身に付けるものは別だ。雪道を歩けば汗も掻く。下着なんかもそれ用で多めに用意しないと、足先から凍り付いて斬り落とすことになるからな。まずはそれを用意する為にも、近郊の採取クエストを複数受けて、慣れるべきだ」


「はいっ」

「はぁーいっ」


 二人の返事を受けて、俺達はしばらく冬の採取クエストに明け暮れた。

 トゥエリの為にも、部屋で塞ぎ込んでいるより、外へ出た方がいいだろうしな。


    ※   ※   ※


 幾つか秘密の採取場所を伝授したり、敢えて現地で一夜を過ごしてみたりと、思っていたよりずっと忙しい冬となった。

 だが悪くない。

 二人共素直だし、吸収も早い。

 俺もじっと過ごしているより動いていた方が好きだからな。


「にゃふふっ、そろそろコレっ、コレ行こーよーっ」


 ディトレインは妙にあの依頼書を気に入っていた。

 初めて自分で選び取って来たものだからか、度々残っているのを見付けては持ち出してくる。

 寒がりな癖に、採取クエストでは俺の指導も熱心に聞いてくるし、ここまでで大きな失敗も無くよく耐えている。よっぽどやってみたいんだろう。


「雪山はあまり気が進まないんだがな」

「でもコレっ、なんかいい匂いするのーっ」

「匂い?」


 言われ、改めて依頼書を見る。

 書式が違っていた。

 ギルドへの発注は大抵、人をやって言伝るか、付き合いの長い所となれば遠隔で簡易の会話が出来る魔法の道具を使う。大抵の村民は読み書きが出来ないから、自然と受付嬢らが代筆することになって、その書き方は概ね統一されている。

 文字の読めない冒険者でも、配置が分かっていれば対応ランクと報酬額、それと危険度くらいは読み取れるからな。後は受付へ持って行って詳細を聞けばいい。


 こういう、書式が違う依頼書っていうのは、現地の人間が自分で書いて寄越した場合だ。微妙な言い回しだとかで勘違いが生じるから、敢えて書き直したりはしない。インクも高いしな。

 詳しいことは現地で。

 そういう意味を含んだ依頼書だ。


「コレ絶対良い奴だよっ。私の勘がそう言ってる! 受けようよーっ」

「んー、出来れば遠征は一度冬を通してやり切ってからにしたいんだが」


「ふふ……ディトがこんなに言ってるんですから、いいんじゃないですか」


 二人して発言者のトゥエリを見る。

 自然な顔で笑い、依頼書を覗き込んで来た。


「私も防寒の神聖術を覚えましたし、幸いにも違約金が無しに設定されています。無理そうなら諦めて、戻って来る、というのはどうでしょうか」


 確かにこのクエストには違約金が設定されていない。

 高めな難易度もあってか、現地へ赴いてからの判断が必要だと向こうも考えているんだろう。


 往復六日か。

 今の懐具合なら、その程度の無駄足はどうにかなるが。


「まあ、やってみるか」


 最悪三人で旅行したとでも思えばいい。

 道中は村々が点在しているし、北へ向かう大街道も使える。道としては結構整っている場所の筈だ。

 途中までなら俺も通ったことのある道だから、よっぽどでなければ遭難なんてことにはならないだろう。


「よし。移動は結構大変だろうから、今日明日は休みとする。食料なんかの物資は俺が明日にでも」

「あの」

 トゥエリだ。

「うん?」

「買い出し、私もお邪魔させて頂いてよろしいですか……?」

「あぁ、それは構わないけど。ディトレインはどうする?」


 猫は早速景気付けを注文していて、エールを持ってきた受付嬢に喉元を撫でられてご満悦だった。


「にゃ?」

「うん、いいよ、そのまま自由にしてな」

「そうですね。ディトはそのままで」


「ははは」

「ふふっ」


 とりあえず、今日はゆっくり過ごすとしよう。

 今夜辺り、あそこへ飲みに行くのもいいかもな。





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