猫耳娘 爆誕!
トゥエリとはパーティを組むことになった。
俺からでも、トゥエリからでもなく、もう一人のパーティメンバーからの提案だ。
「出過ぎるなディトレイン! アタッカーだからって自由に動いていいって訳じゃないぞっ」
「に゛ゃああっ、ごめんなさーい!」
ゴブリン数匹に釣られて突出した猫娘を叱咤し、俺は俺で大型ゴブリンからの攻撃を盾で捌く。
ブン、と近くを通り過ぎていく音だけで玉が縮みそうな恐怖だ。
だが器用じゃない。こいつは不器用なゴブリンだ。おかげで一発もいいのを貰う事なくあしらっていける。
周辺をしっかり確認しつつ、また少し下がる。
ここは廃墟化した農村で、畑の跡地が主だから視界は広いが、点在している木々が少し邪魔だ。
「トゥエリっ、ぼさっとするな! タンクが下がったらお前も周辺確認しながら下がるんだよ!」
「っ、はい!!」
「よしっ、ディトレインに支援を集中しろ!」
「はい!!」
大型ゴブリンを挟撃する動きを見せたディトレインに、今度はゴブリン共が釣られて寄って来た。しかも、それぞれ別の経路を辿っているおかげで各個撃破が可能だ。
ディトレインは獣族特有の凄まじい跳躍力でその一匹へ飛び付き、こん棒で叩き飛ばす。直撃に際して起爆してるのは魔法を帯びた武器だからだ。更に一匹。間合いの取り合いだとか、相手の体勢を崩すなんてまるで考えていない、能力任せの突進が悉く相手へ突き刺さる。
しかし残った一匹が木の上へ登り、こちらへ石弓を向けてきた。
「っ、!」
咄嗟に庇い立つ。
胸元へ貰ったが大丈夫。浅い。けど。
「ああっ、っ、あああ!!」
「俺は平気だっ。ディトレインを!」
言うが遅かった。
味方の負傷に錯乱したトゥエリが力任せに回復を掛けてくる。
過剰なまでの治癒に血の巡りが淀む。平気だったはずの傷から血が吹き出し、刺さったままの矢をそのまま呑み込んで元へ戻ろうとしてくる。
「冷静になれっ、トゥエリ!!」
「っっ!」
盾を構える。が、大型ゴブリンの攻撃をいなす姿勢を取れずに直撃した。吹っ飛ばされつつもどうにか姿勢を保つが、その後ろで悲鳴があがった。駄目か。
「ディトレイン! 使え!」
「あいさァ!!」
俺の呼び掛けに応じ、予め渡してあった
爆発、爆発、大爆発。とにかく派手にぶっとばし、瞬く間にゴブリン集団は殲滅出来た。
「すみません! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
トゥエリが慌てた様子で寄ってきて回復を掛けてくれる。
痛みが和らいでる間に矢を無理矢理引き抜いて、折れた腕を伸ばして差し出す。すぐ、それは回復させてくれた。
「周辺警戒、っ、ディトレイン」
「まっかせてっ」
まだ気を抜けないが、依頼書通りなら今ので全部の筈だ。
伏兵、あるいは後から合流したゴブリンが居ない事を願う限りだが。
「…………まだ冷静になれないか」
「……ごめんなさい」
トゥエリはフェアグローフェに取り憑かれていた。
昔から人に悪い夢を見せると言われている夢魔だ。
冒険者にとっては、仲間を失った者や、壮絶な体験をした者に取り付いて、何度も何度もその場面を想起させてくる最悪の存在。
覇気を取り戻すことが出来れば追い払えるが、そうでなければ二度と戦場には立てなくなるし、生涯を苦しみ続けることになると言われている。
彼女は非戦闘時にワーグの奇襲を受け、食われているニクスを見た。
それをすぐさま排除したっていうディトレインの話だと、しばらくニクスが死んでいることを受け入れられず、ボロボロになりながら回復させ続けていたんだとか。
火葬して、骨になって、ようやく受け入れた。
けれど、弱った心に取り憑いたフェアグローフェは、寄生虫みたいにその心身を食んでいく。
特に神官は多いと聞くが、こりゃ思っていた以上に重傷だ。
「よし。もう十分だ。後はディトレインを見てやってくれ」
「え……いえ、まだ完治は」
「ちゃんと動ける。今はそれで十分だ。配分の重要さは分かってるだろ」
「っ、……はい」
あまり食べていないんだろう、元々細身だったのが、骨が浮いてきちまってる。冒険者がそれじゃ駄目だ。体力が落ちて、どんどん戦えなくなっていく。
どんな言葉を掛ければいい。
仲間を失った神官を、どう支えてやればいい。
答えは出ず、俺達は町へと戻っていった。
※ ※ ※
「にゃははは! ありがとねーロンドさん!」
ディトレインの明るさは俺達パーティにとって大きな支えだった。俺もいつも通り振舞っちゃいるが、トゥエリに気を取られて黙り込んじまう事も多い。
前にトゥエリと会った食事処で飲み食いし、酒を煽る。
「おーっ、食え食え! 育ち盛りが遠慮すんな!」
「いっただっきまーす!」
口にたっぷり白髭を残したまま肉へ齧りつき、またエールを飲んで、肉を食う。
獣族ってのは豪快でいい。
生き方も爽快、それだけに考え無しで騙されることも多いんだが、仲間で居る分には心強い。
おそらく、ディトレインはすぐにゴールド以上へ行ける逸材だ。
今は駆け出しでクラスもカッパーと一番低いが、既に戦闘力は俺よりずっと上を行っている。
ニクスもよくこんな子を引っ張り込んでいたもんだ。
「しっかし、魔法の武器持参で乗り込んでくるたぁ驚いたぜ。あんなの何処で手に入れたんだ?」
「にはは! 故郷でも大冒険をしたのさーっ! だけど私にはあの森は狭くてねえっ、都会って所へ飛び出すことにしたんだよーっ、にゃはははは! アタシはもっとでっかくなるぞおっ」
「ははっ、なら今の内に恩を売っとかないとなあっ! ディトレインさん、肩でもお揉みしましょうか?」
「にゃーっ、くすぐったーい! にゃはははは!」
二人で騒ぎつつ、じっと陶杯を見詰めるトゥエリを見た。
どうにも酒は進まないらしい。酒精が苦手なんだと。
リディアみたいにぐびっと行ってくれれば、それで解決することもあるんだがな。
ただ、野菜の酢和えが結構減っていることに気付いて店主を呼ぶ。
なんでもいい。もっともっと食って、沢山泣いてもいいから、また食って、ちゃんと生きろ。
※ ※ ※
「ところでロンドさん」
店を出た後、先行くトゥエリから少し離れてディトレインが耳打ちしてきた。
「うん……?」
「ロンドさんのお部屋の、寝台の下にこんなものが落ちてたんだけどお」
出されたブツに俺は硬直した。
なんつっても、それは、リディアのパンツだったからだ。
「あぁやっぱりそういうことなんだー。にゃふふふふふっ、これ、たまぁにロンドさんがたっぷり付けてくる匂いとおんなじだから、そういうことかなぁって」
あいつ……いつのだ、つーか穿き忘れて帰るんじゃありませんっ。
なんで気付かないんだよっ。
「まあお宿を借りてる身で言う事じゃないのでー」
「何が望みだ」
「にゃふふっ。パーティ脅したりはしにゃいよーっ。けどトゥエリはすっごく気にするからさ、今の所は気付かれてないだろうけど、せめて匂いは落としてきて欲しいなあって」
「よし分かった。だが敢えて手を出せ。俺からのお小遣いだ」
黙って教えてくれたんだからな。
それに忠告もくれた。
感謝しよう。
すごく。
「やったーっ! ねえ見て見てトゥエリ! ロンドさんからお小遣い貰っちゃったーっ、いいでしょー!」
「あっ、おいそういうのは言って回るんじゃ」
「ふふっ」
と、俺ら二人でトゥエリを見て。
「良かったね、ディト。だけどロンドさん、あんまりこの子を甘やかしちゃ駄目ですよ。ギルドの色んな人からお小遣いを貰っちゃってるんですから」
笑ったな。
なんて見合って、俺達も笑う。
まだまだ、立ち直ったとは言えないけれど、この騒がしい猫娘が居ればそう遠くはないだろうと、そう思えた。
「よーしっ、もう一軒行くぞー」
「ぁ……ごめんなさい。私はもう、この辺りで。明日に向けて祈りを捧げておきたいんです。神殿が閉まってしまいますから……」
調子に乗って言い出した所で、トゥエリが申し訳なさそうに言い出した。
神官なんかの術士系は特に日々の魔力補給が大変だと聞く。リディアもそういう所はしっかりしてたし、下手に口出しすべき事じゃないな。
「分かった。無理言って悪かったな」
「いえ……ごめんなさい」
「謝らなくていい。神官として、しっかりと準備してくれているんだからな」
「…………はいっ」
杖を大事そうに抱えて駆けていくトゥエリを見送り、残された俺達はちょっと悩む。
「にゃあ」
「はいはい。飲みに連れてってやるから、服の裾を掴むんじゃありません」
ディトレインは結構な酒飲みだった。
いや、冒険者斯く在るべしと振舞うのが楽しいみたいで、別段強くは無い。しかも許容量を超えると途端に眠りへ落ちるから、最初は酒宴の神ラーグロークに連れ去られたのかと思った。
過剰に一気飲みを繰り返していると、時折良い飲みっぷりだなと感心したラーグロークが魂ごと連れ去って、世界の終わりまで宴に参加させられ帰って来れなくなるんだと。
「んご……、ん、んんっ、ごめんもうむりそうにゃ」
「待て待て待てっ俺の背中で吐くんじゃない!?」
背負って帰ってた途中、派手に吐かれてとんでもないことになり。
部屋で身体を洗って着替えていたら、戻って来たトゥエリに見られて誤解された上で大変なことになり。
「にゃっははははははははは!!」
ディトレインはずっと大笑いしていた。
お前、冒険者向いてるよ。
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