リディアと酒場で。

 エール一つとっても味が違う。

 製法か、管理が、素材か、全部か。

 だが客が少ないってのは共通しているみたいだな。


 なんて、いつもの酒場で陶杯を傾けて、フォークで肉をつつく。


「そっか。昔の仲間が」


 隣で飲むリディアも今日は少し落ち着き気味だ。

 俺が湿気た話を持ち出したからか。っても、どうにも盛り上がり切れなかったのを指摘され、ゲロッちまったんだがな。


 因みに死因はクエスト中の出来事とだけ伝えてある。

 ザルカの休日中だって知ったら、コイツまで湿気た顔になるからな。


 笑っていて欲しい。

 この場限りだとしても。

 そんなことを思う様になったのはいつからだったか。


「今日の内に焼いた骨は埋めてやれた。今頃、土ん中で先輩共に囲まれて大宴会だろうよ」


 ギルドの共同墓地にはいつも誰かの持ってきた酒が置かれている。

 逝った連中は、そこで毎夜飲み明かしてるって、誰が言い出したんだろうな。


 悲しむよりも、苦しむよりも、飲んで笑って、泣いて飲んで、大笑いしているのが冒険者の流儀だ。


「……その子達はどうしたの? 神官の子と、もう一人居るのよね?」

「二人は俺の部屋で寝てる」

「え゛」


 いや待て待てそういう意味じゃない。


「人を誰彼構わず連れ込む変態野郎とか思うんじゃありません」

「じゃ、じゃあ何だっていうのよーっ」

「ニクスの火葬費用に宿代も注ぎ込んじまったんだよっ」


 ピタリと止まったリディアを今度は俺が睨んでやる。

 内容が内容だけにふざけるのは避けるが、俺ってそんなに信用ないのか。


「肉体が腐る前に火葬してやらないと、死の魔王に魂が汚染されるからな。必死だったんだろ。それで、ここ数日は町の外で野宿してたらしい」


 元々使ってた宿もニクスがパーティリーダーとして払いを出してた。

 その形見分けをギルドへ申請すれば良かったんだが、どっちもそういうのは知らなかったみたいだしな。

 まあ明日にでも出しに行けば、あいつがギルドに預けてる金の一部は受け取れる筈だ。残りは、遺言が無ければ家族へ送られる。


「どうするの」


 まるで答えを知っているみたいな聞き方をされるが、俺だって悩んでる部分はあるんだよ。


「あいつら次第だ。ここで冒険者を辞めるなら、故郷へ戻れるくらいの手筈は整えてやる。町に残って働くなら、良い働き先くらいは紹介してやれる」

「本当に面倒見が良いこと。で、続けるなら?」

「…………俺にアイツの後釜に座る資格はない」


 ため息をつかれた。

 けど当然の話だろう。


 事情はあった。原因そのものは相手が悪くとも、じゃあ怒り任せに罵倒していいかって話だ。俺はそれをやっちまった。

 パーティで最も重要なのは信頼関係だ。

 腕でも、経験でもない。

 少なくとも、シルバー以下ならそう答えられる。

 で、そいつをぶち壊したのが俺だ。


 正直リディアの頼みが無ければ、ザルカの休日でだってパーティリーダーなんぞやる気はなかった。


「まあ、幾らか知り合いを当たってみるよ」

「私は、ロンドくんが面倒を見るべきだと思うなー」


 ……なんでだよ。


「以前のいざこざがあっても、最後の最後で頼ったのは君なんでしょ。だったら、向こうだって何かしら反省して、受け入れる下地があるってことだよ。少なくともその子にとって、君が誰よりも信頼出来た」


 フォークで肉料理をつつく。

 さっきから一向に進まないまま、ずっとそうしてる。


「ゴールドを目指すんでしょー。上のパーティの大変さなんて、そんなもんじゃないんだからっ。それにさ、聞いてるだけだけど、その子下手な場所へ放り込んだら、きっと男共の食い物にされて、挙句捨てられちゃうかもよ」


 最後の一言で頭を抱えた。

 パーティリーダーにそういうことする奴抱えてるリディアが言うと、心底現実味を帯びてくる。


 トゥエリは真面目な神官だった。

 真面目過ぎて、一途だったから、ついニクスしか見えなくなった。

 そういう奴が想い人を失って、女を食い慣れた野郎の前に転がり込んでみろ。兎が自ら鍋に飛び込んでいくも同然の行為じゃないか。

 確かにマズい。

 俺が思っていたよりも数倍、トゥエリの危険度は高い。

 リディアに比べれば田舎娘っぽいけど、アイツも十分器量良しだからな。


「…………あくまで、向こうが納得するならの話だ」


「そうね。まあ、朗報を待ってるわ」


 なんて余裕を見せながらエールを煽っているリディアの手を俺は握った。それだけでビクリとして、顔が赤らむ。


「それでまあ、分かると思うが、俺は今夜寝る場所がない」

「そっ、そうみたいね、大変ね」

「敢えて言うのも何だが、今日は割とそのつもりで来たんだが」


 別に会う度ヤってる訳じゃないからな。

 飲んで笑って、それで別れることも結構ある。

 互いに冒険者として仕事があるんだから当然だ。

 特にリディアは予定があるなら数杯で引き上げることも少なくない。


「明日は休みだって聞いた」

「うん……」

「リディア」

「っ、あぁん、分かった。分かったから耳元で囁かないでよぉ……」


 最初の頃に比べれば化粧もこなれて来て、変装も自然な感じになって来た。でもまあ、全てを脱ぎ去ったこいつは本当に、魅力的だ。


「でももうちょっと飲ませて。私だって今日は聞いて欲しいことあったんだからー」

「あぁ、聞くぜ。湿気た話しちまったからな、派手にぐびって叫んでくれ」

「私だっていっつもそんなはしたない感じにはなりませんー。今日はしっとりとお上品に愚痴るんですぅ」


 なんて言ってたが。


「あンのクソ馬鹿があああああああああああああああああああああああああ!!」


 叫んで飲んで、真っ赤になって。


「よし! 今日はロンドくんが神官ちゃんに邪な感情を向けない様、限界まで搾り取ります! 駄目だからねっ、手ぇ出しちゃ、駄目だからねっ!」

「はははは! そんなこと言っていっつも最後には泣かされてるじゃねえかっ。まあいいぜ、精々頑張ってお前に夢中にさせてくれ。それなら明日は、賢者の心で会いに行けるってもんだな、ははっ!」

「ほかのおんなの、話をするなーっ! 私を見ろーっ!」


 私がするのー、とか言ってたリディアだが、結局途中からとろけた顔でしがみ付いて、ずっと甘えてきた。

 俺も俺で、やっぱりニクスの死は堪えてたんだろうな。

 ついいつもより気持ちが入って、ぶっ倒れるまで続けちまった。


 起きたら、怒られてキスされた。





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