トゥエリ編

冒険者ギルドの入り口の奴

 一月も放置されてた猫探しクエストを終えて冒険者ギルドへ戻ってきたら、見慣れない男が若いのを集めて何やら話し込んでいた。


「――――でよお、何はともあれ防具が大事って話よ。武器なんぞ最悪こん棒でもいい。そいつを忘れる奴は長生き出来ないのがこの業界だ」


 良く分かってるじゃないか。

 ちらりと下げてるランク章を見るが、ゴールド様か。

 まだまだ二十前後って面でもあるし、早くに出世した奴が若いのにご高説を垂れたがるのはよくあることだ。

 ただ、続いた言葉が悪かった。


「でよお、ここだけの話、質の良い防具を安値で手に入れられるウマい話があるんだよ」


「おい」


 俺の声掛けにソイツと、聞いていた五人くらいの若手が振り返る。

 目敏く俺のシルバー章を確認したのが分かった。


「許可を得た店を通さない武具の売買はこの町じゃ禁じられてる。その店の名前は?」


 あからさまに動揺した様子で男が反論してきた。


「い、言える訳ないだろっ、ここだけの話なんだよっ」

「別に横から掠め取ろうって話じゃない。まあ、それでも不審がるなら情報料くらい渡してもいいぞ」


 本当にそんなウマい話なら、俺だって防具の新調くらい考えてもいいしな。


「うるせえっ、テメエみたいなのはお呼びじゃねえんだ。とっとと失せな!」

「店の名は」


 銀貨を十枚積んでやった。

 明らかに野郎の目が金に引き寄せられる。


 ゴールドならこれくらい稼ぐのは訳ないだろうに、反応も妙だな。


「どうした。それともやっぱり、非合法な取り引きの中継にこいつら若手を使おうって腹か? 荷物をどこからどこへ、運ぶだけで特別な割引が受けられますってか?」


 数名がハッとして俺を見る。

 まだ少し男を気にしていたが、いけと示したら離れていった。


「っっ~~! のやろっ! 邪魔すんじゃねえ!!」


 机を叩いて激昂するが、殴り掛かっては来ない。

 最後に残っていた一人もその様子を見て離れていく。


 そうして男は項垂れた。


「………………くそっ、ちくしょう……っっ」

「お前、先週くらいから見る様になった顔だな。それでゴールドってことは、どっちかのギルドから弾かれてきたんだろ」

「あン? うるせえクソ親父、消えろ消えろー」


 机に突っ伏して悪態を付くが、明らかに覇気がない。

 最初から胡散臭さが漂っていたのは、やつれていたからか。


「ギルドってのは互助組織だ。身内を騙して売る奴は排斥されて当然。面倒見るならともかく、ここでも似たようなことをしていると、俺なんぞよりよっぽど怖い連中が摘まみ出しに来るぞ」

「はいはい。ご高説どうも。シルバー様の分際で偉そうに」

「生憎お前よりは稼げてるんでな」


 だから、と俺は積んだままにしていた銀貨を弾く。


「あまり食ってないな。宿はどうしてる。ここか?」

「…………こっちのギルドはゴールド以上で宿貸してくれるって聞いてな」

「なら後は食え」


 突っ伏したままだった男が顔を上げる。

 初めて俺をまともに見たな。さっきはランク章しか見ていなかった。


「言っただろ、ギルドってのは互助組織だ。身内が腹減らせてるんなら、ゴールドだろうがミスリルだろうが、奢ってやるもんだろ」


 ぼんやりとした瞳に浮かぶものを見る。

 餓えて辛くて、何でもいいから生き残ろうとしていた者の目だ。だけど今は、ちょっとだけお日さんを見る余裕が出来たか。


「奪う前に、頼ってみろ。身内を売る奴には誰も手なんぞ差し伸べないが、助けてくれと言ってきた奴を放置出来るのは、あんまり居ない」


 話してる間に馴染みの受付嬢が寄ってきて、クエストの達成証を取り上げて報酬を握らせてくる。酒はいい、と告げると、肩を竦めて去っていった。


 それ、とその報酬分も一緒にくれてやる。

 まあ所詮は猫探しの代金だ。

 一ヵ月も気を揉んでた金持ちだったから、別途で報酬は貰ってる。案外ウマいのも紛れ込んでたりするのが、街中雑用クエストってもんだからな。


「いいのか……」

「それよか、俺にも聞かせてくれよ。ゴールドの体験談って奴。最近、改めて昇格を目指したくなったんでな」

「あ、あぁ……っ、それならっ、仕方ねえなっ。はは!」


 とりあえず、と本当に限界だったらしい野郎に肩を貸し、冒険者ギルドを出ていく。こりゃ肉酒たんまりってより、粥が主体になりそうだな。がっつかねえよう見張ってないと危なそうだ。


「っ、すみません!」


 扉を出た所でまた若いのとすれ違った。

 反対側で肩を貸してた俺は咄嗟に相手を認識するのが遅れて、入っていく背中を見送るだけになったが。


「…………なんだ、知り合いか?」

「昔パーティを組んでた奴だ。まあ気にするな、まずは腹ごしらえだ」

「おう」


 受付の方へと駆けていく神官の背を少しだけ眺めて、俺達は店へ向かった。


「しっかり立ちな」

「はは、すまねえ」


    ※   ※   ※


 食って、食って、泣いて、食って、ぶっ倒れた。

 野郎が並べた椅子の上でイビキを掻いているのを眺めながら、俺は俺で酒を舐める。元冒険者で、結構初期の頃にパーティを組んでたここの店主は閑古鳥の大合唱に耐え切れず奥へと引っ込んでいった。

 味はいいんだが、どうして人気が出ないんだろうな。

 近くに有名処があるせいか。

 それとも店に居るのがムサいおっさんだけだからか。

 客層が悪いからだろ、とは店主の言だが、来る度にたんまり飲んでやっている優良客に言うことじゃないだろう?


 酒の質も良い。

 リディアとよくやってる酒場はここより数段上等だが、安酒なりの美味い品ってのを店主は分かってる。つまり安くてそこそこ美味い酒が飲める優良店ってことだな。

 あとは客さえ来ればいいんだが、困ったもんだ。


 なんて考えてたら表のスイングドアが音を立てた。

 入って来たのはしばらく前に見送った神官服の少女で。


「……………………」

「……………………」


 つい見合う。

 なんつっても、気まずさがあったからな。


 なにせ彼女は、俺が前に所属していたパーティの神官で、キツく叱りつけちまった相手だからだ。

 結果として俺はパーティを追放された。

 リーダーのニクスとはそれなりに付き合いがあっただけに穏当なものだったが、抜けて以来こいつらと会話したことは一度もない。

 多分、俺の出入りする時間を知ってたニクスが意図的に避けてたんだろう。


「あの……」


 掠れた声がようやく絞り出され、けれど続かなかった。

 その間に俺は彼女、トゥエリの姿を見た。

 薄汚れている。生真面目で、パーティ内でも料理なんかをやってくれていた彼女は、綺麗好きっていう印象があったんだが。


 そこまで考えて腑に落ちた。

 今の状況、それに、ここしばらくニクスの話をどこからも聞いていないこと、トゥエリの表情……。


「……ニクスが死んだか」

「っ、………………はい」


 目に溜まっていた涙が流れ落ちた。

 そいつを慰める筈だった奴が死んだんだ、なら俺のやることは彼女に寄り添うことじゃない。


「いつだ。火葬は終わってるのか。埋葬は」

「ザルカの、休日の、時に……」


 最後辺りで姿を見なかったのはそういうことか。

 全く気付けなかった。


「わ、私も、ディトレインも……全然、気付いてなくて、何か物音がするなって、思ってたら、っ、物陰で、潜り込んでたワーグに――――」

「分かった。その話は今はいい。まずはその次だ。もう結構日が経ってる。火葬は終わってるのか」

「はい……ですけど、埋葬費用が足りなくて」

「分かった。俺が工面する」


 俺が立ち上がるのと同時、トゥエリの身体が傾いだ。

 慌てて手を伸ばそうとしたが、それより早く本人が踏ん張って事無きを得る。


 かなり憔悴しているな……無理もないか。


 馬鹿野郎、と死んだニクスを罵倒する。

 生き残れって教えてきた筈だ。それが女残して死ぬなんざ……馬鹿野郎が。


「まずはギルドへ行こう。共同墓地の申請を出して、アイツの家族へ連絡をしてやらないと。文字は書けたか?」


 首を振られる。


「そうか。なら俺が代筆する……と、歩けるか?」

「はい。すみません、何から何まで」

「いい。助け合うのがギルドだ」


 店主に眠る野郎を任せて店を出る。


 行きとは打って変わって、ギルドへの道は足取りが重くなった。

 途中ふら付くトゥエリを支えるべきか見守るべきか、そんなことばっかり考えていたせいかも知れない。


 結局、指一本触れる事は出来なかった。




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