休みの終わりに。

 大あくびを噛み殺し、暗闇を見詰めながら夜明けを待つ。もうじき日の出の頃合いだ。

 夜の倉庫番はこの時間が最も厄介だと俺は思う。暗から明への移り変わりで、どうしたって視界が悪くなる。

 特に今は、ザルカの休日が終わったばかりで色々と街中がザワ付いてる。


 大抵の冒険者も休暇とか言い出して働かなくなるしな。


「あぁ……ったく、血が足りねえ」


 おかげで依頼書が溜まってやがったから、まあ休養がてら受けてみたんだが、人手が足りな過ぎてまさか休憩一つ取れないとは思っていなかった。本来の倉庫番はへろへろになりながら俺へ後を託して中で倒れてるから文句も言い辛い。

 全く、ザルカ神には困ったもんだな。


 すぐ目の前の通りを太った商人と老いた娼婦がいちゃつきながら歩いていく。

 全く羨ましくない。

 ないが、無性に腹立たしいのはなんでだろうな。


 と、夜目に慣らした瞳が忍び寄る影を捉えた。


「えい」


 横合いから叩き付けられた、というか、ゆるーく振り下ろされた杖を片手で受け止める。下手人を見て笑みが出た。


「よし、倉庫への押し入り強盗だな。奥の部屋で取り調べするから付いてこい」

「うわぁ、それでえっちなことされちゃうんだー」


 けらけら笑って言うんじゃありません。


「なんの様だ、リディア。ええと、リディア、さん?」


 今は神官服を着ているから、表向きの行動でいいんだろうか。

 ちょいと不寝番中で思考が眠い。

 朝日を拝めば少しは目覚めるんだがな。


「どちらでも構いませんよ、戦士さん」


 そうか。


「急な招集に応じてくれた上、部外パーティの一つを纏めてくれた代表者さんで、重傷を負わせてしまった方への謝罪と経過を診に来てるだけですので」

「はは、そりゃあ結構なことだな」


 第一傷はリディアが丹念に回復してくれた。

 俺の意識は吹っ飛んでいたが、身体はすっかり元通りだ。

 今はまあ、抜けた血とか、睡眠不足とかがだな。


「我儘を聞いてくれてありがとうございました」

「うん? いいや、俺も儲けさせて貰ったからな。気にするなよ」

「……それと、やっぱりごめんなさい。結局将軍討伐の手柄、ウチのリーダーが持って行っちゃった」


 それについても納得してる。

 俺は単にボコられて死にかけてただけで、トドメ刺したのはゼルディスだし、場を繋いでくれたのもリディアん所のパーティメンバーだった。


「俺が何かしなくてもお前らが何とかしたのは確実だろうからな。あの時前へ出たのは、その過程で見捨てられるだろうゴールド連中を守る為だ」


 人死にが耐えられないと泣いちまう神官も居ることだからな。

 一緒に戦って、笑って、喧嘩した連中を見捨てるのも気分が悪い。


 だから俺は、あの時守ろうとしたものを、ちゃんと守り抜けたって訳だ。

 望みは十分に叶ってる。

 なら今更手柄の一つで不満を漏らしたりするもんか。


「過ぎた名誉は身を亡ぼす。シルバーにはシルバー相応の評価で十分だ。ギルドからは結構多めに報酬を貰えたから、不満は無い」


 だってのにリディアは不満そうに息を落とした。

 日の出の中で見る美人の憂い顔ってのも悪くないな。


「私はそうは思ってないよ」

「そりゃ過大評価だ。冒険者としての腕は二流、というか三流か。あっちの方は自信もあるんだがな」


 言うと憂い顔が赤くなった。

 身を以って味わってるからな、お前は。


「そういうことじゃありません。もう」

「それで、どうする?」


 問いかけには沈黙が降りた。

 この状況を作った、そもそもの出来事。


 俺達の関係を解消するか、どうかという話。


「ゼルディスはともかく、今回はパーティ連中にも顔は見られてるだろうしな。今の所は何も言われてないが、怪しまれてる可能性は高い。遠からずバレるぞ」


「別に……」


「お前はアダマンタイト級の冒険者だ。こんな所で引っ掛かっているべきじゃない。それとも、冒険者を引退でもするか? まあ、いい歳だし止めはしないけどな」


 ただまあ、俺も今回の事で思い知った。

 幼い頃の憧れには勝てん。


 万年シルバーだろうが、やっぱり目指したい気持ちは残ってた。それで倉庫番なんぞやってるのは笑い話だけどな。


「ううん。続ける。今回さ、ゴールドの人達を見てて昔を思い出したの。アイツだって、あんな風にしてた時期もあったなあって。だからまあ、不満は消えないけど、嫌いだけど、もう少しだけ頑張ってみる気になれた」

「そうか。それじゃあ」

「だから、精神安定剤は逃がしません」

「うん?」


 陽が差した。

 リディアは朝陽に笑顔を溶かしながら、俺の耳元へ顔を寄せてくる。


「いいじゃん。バレたらバレたで、爛れた関係でしたーって大笑いしてやれば。本当のことだし、なんだかちょっと吹っ切れた気もするの。戦いの最中に笑ったのなんて本当に久しぶりだったから…………まあ、リディア=クレイスティアとしての振舞いは今更変え難いんだけどね」


 頬に口付けされ、眠気よりも別の欲求が膨れ上がってくる。

 耳元の囁きはなあ、うん。

 なにより今の表情はぐっとくる。


「私、貴方ことは結構好きよ。いっぱい助けて貰った。感謝してる。だからさ、今更無かった事にする、なんて言わないでよ」


 別に無かった事にするつもりは無かったんだが……あくまで飲みの勢いから始まった関係を清算するって話で、あぁクソ。

 怖気付いてたのは俺の方か。


 気圧されてた。

 リディアの持つ評判に。

 アダマンタイト級の冒険者っていう看板に。


 びびったツケを彼女に支払わせようとしていたんだ、俺は。


「よし、決めた。俺は来期、ゴールドになる。そんでその先、ミスリルやらオリハルコンやらだって目指してやる。アダマンタイトは……いや他のもそうだけどよ」


 なんて俺が決意を固めていたら、今度はリディアが微妙な顔をしてきた。


「そういうことじゃないんだけどなぁ」


 困ったような、喜ぶみたいな、くにゃくにゃな笑顔。


「まあでも、前向きになってくれたならそれでいいか。うん、そう思うことにします。うんっ」

「どういう意味だ……?」

「べっつにーっ」


 大きく伸びをしながらリディアが背を向ける。

 一歩、二歩と離れていくのを見て、つい言葉を投げた。


「あー……俺はそろそろ挙がりなんだが、腹が減っててな」

「…………うん」

「一人ってのも味気無いし、一緒に食ってくれる奴がいると、まあ、楽しいだろ?」

「そうだね」

「だから」

「うん」


 振り返ったその、期待するみたいな目に向けて、


「お前と一杯飲みたい。ちょっと、そこらで待っててくれないか」


 はーい、と返事をされて、本当に手近な木箱へ腰掛けちまった。

 いやいいのか、一緒に戦った仲間を慰労してるだけだからな。くそう、イマイチ頭が回らない。血も足りてねえ。こんな状態の時に来なけりゃ、もうちっと説得とかだって出来ただろうに。

 まあでもいいか。

 なんだか妙にホッとしている。

 別に性欲だけじゃなくてな。

 また一緒に酒が飲める、それだけで嬉しくなる相手ってのも居るもんだ。


「リディア」

「うーん?」


 朝陽を眺め、息を落とし。


「俺もまあ、お前の事は結構好きだ」

「そう……」


 顔が熱くなっていく。

 顔を背けたリディアの耳が赤くなっているのが見える。


 けど、ここが限界だ。


 とりあえず、ここまでだろ。

 今は仕事中だからな。


 それから交代が来るまでの間、俺達は同じ景色を眺めたまま、無言で隣り合っていた。



















リディア編、完。

次はトゥエリ編。曇ります。

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