決戦

 町を守る市壁の前面に複数のパーティが展開し、草原に姿を現した魔物を迎撃している。

 既に二刻ほど、やる事の無いまま待機を続けてきた俺は、火力が目に見えて落ちてきたことを察して立ち上がった。


 フルフェイス、フルプレートとはいかないが、顔を半ばまで隠す兜に、腕と足、それと胸部はしっかり鉄製の板で守りを固めてある。ここまで防備を固めることは俺でも滅多にやらない。

 確かに防御は大切だし、俺はタンクだ。

 けど仲間を守る上で、最悪の場合は神官の盾になることだってあるだけに、重くて動けませんでしたでは話にならない。

 ただ今回は奇襲の可能性が低い平野での戦闘だ。

 目的も担当した場所を堅持する事。

 ならば機動力よりも身の固さが重要だろう。


「…………アンタ、よく寝てられたな」


 今回限定でパーティを組んだゴールドランクの若い男が言ってくる。


「あぁ、こういうのも技術の内だ。迷宮の奥へ進みたいなら、呻き声に囲まれてても平気で寝れないと続かないぞ」


 言いつつ俺も中層半ばまでしか行った事がないんだがな。

 一応外へ出るまでしっかり動ける状態は保持出来る自信がある。瀕死の件はまあ、そういうこともあるって話で。


「よし。しばらくは俺達の出番だな。多分、少ししたら迎撃の火力が戻る筈だ。それまで耐えているだけでいい。許された範囲で幾らでも下がるからな、号令は良く聞いておけ。敵を倒すより場を守ることが優先だ」

「……ギルドがアンタをパーティーリーダーに指名した理由が分かるよ」


    ※   ※   ※


 そもそもの原因はゼルディスが他の冒険者ギルドと縄張り争いなんぞ始めたのが原因だそうだ。

 ……褒めてやったばっかりだが、改めてアイツは馬鹿だと思う。


「なんとか取り成そうとしたんだけど、向こうも意固地になっちゃってて、そこにアレがまた挑発なんてするから余計に拗れちゃって……」


 この町には冒険者ギルドが三つある。

 それぞれ色があったりもするんだが、まあ表立って対立している訳でも無いから、今回みたいな事があればちゃんと協力して事に当たる。

 だってのに馬鹿が馬鹿をやって、一番キツい迷宮側の正面を自分達だけで守り切ると他を追い出しやがったんだ。


「やけに調子良かったから、今日だけ見れば結構な活躍ぶりなんだけど……おかげで伸びてた鼻がとうとう空を割るまでになっちゃったの」

「リディアの騎士をやれて嬉しかったんじゃないのか」

「止めてよ気持ち悪い」


 随分な嫌われぶりだ。

 あの対峙だけで野郎がリディアをどう見てるかは察しが付く。普段の行動はともかく守ろうとしたのは確かだしな。不憫な奴め。


「いつもなら上位パーティだけで回せたんだけど、流石に無理が出るからって、ギルドに相談した結果、ゴールド以上に絞って私達の援護をして貰おうって話が出たの」

「俺、シルバーなんだけど」

「三回くらいゴールド昇格した経験があるでしょ……すぐ転落してたみたいだけど。あぁ受付の人に名簿作って貰って、そこの推薦枠に名前があったから、多分平気よ」


 そりゃ買われたもんだ。

 長年やってきた分、見てくれてる人も居るってことなのかねえ。


「ちなみにランクダウンってどうやったらなるの」

「えっ、経験がないんですか」

「敬語は止めて」

「……期間内のクエスト達成で得られる評価点が一定以下になると来年から一段下のランクに強制降格だ。クエスト失敗でも減点が付く。まあ、ギルドに不利益を齎すってことだからな」


 依頼主は、依頼が達成されるからギルドに話を持ってくる。

 毎度失敗しました、なんて言ってくるギルドには頼まなくなるし、それは余所に仕事を持っていかれることと同義だからな。

 高額のクエストには失敗時に違約金が絡んでることもザラにあるから、ギルド側だって誰彼構わず任せたりは出来ない。


 そういった判断の指標がギルドランクなんだ。


「まあそりゃあ受けてもいいけどよ……俺、ゼルディスに目ぇ付けられてるんだが」

「それなら平気。アイツ、男の顔って基本的に覚えないから」


 あんまりにも平然と言われるので納得よりも困惑が先立った。

 俺の顔を見たリディアが苦笑しながら言う。


「アイツ、自分の決めた事には急用があってもクエスト離脱を認めないんだけどさ。一人図太い奴が居て、ゴールドランクで身なりが似てるのを替え玉として同行させたのことがあるの。あんまりにも堂々としてるから皆して笑っちゃって、しかもアイツ本当に気付かないの、もうおかしくてっ。そのゴールドさん調子に乗ってすっごく絡みに行くし、後で本人戻って来た時も普通に会話引き継ぐんだもん」


 それは興味がないを通り越して人として何か致命的な欠陥が生じてないか。


「とにかく、アイツはきっと、ロンドくんの顔も覚えてないよ。覚えて無いから後になって調べようとしたの。多分、同じギルドの人間だってことにすら気付いてない。だからさ……あぁ、万が一の事があったら、それで君に危害を加えようとするなら、それこそ本気で私が守ってあげる」


 笑って。


「本当に、今度傷付けたら絶対に許さないから」


    ※   ※   ※


 このクエストを受けるに当たって、報酬以上に俺達には旨味がある。


「行きますっ!」


 リディア=クレイスティアの直接支援が約束されている。

 身体の周りに漂い始める光の粒子、そいつが腕や脚の防具の表面で弾けたかと思えば、重さが掻き消えた。どころか、素人の俺でもはっきりと分かる程に性質が強化されている。

 コォン、と叩いた鉄板の音が既に普通じゃない。

 多重の障壁、強化の加護、軽い様でいてしっかりと身体を締めてくる感覚もある。

 一体どれだけ複雑なことをやっているのか見当も付かないが、そんじょそこらの攻撃じゃ傷一つ付かないだろうことは分かった。


 更に、身体強化だ。

 身体に熱が奔る。

 ほんの少し、まるで冬の夜に火酒を口を付けた時の様。

 過剰な、慣れない強化は毒になる。そいつは予め言っておいた。それでも凄い。感覚が若い頃の絶好調時みたいに研ぎ澄まされて、知覚規模が拡張されていく。


 優れた神官は戦士を育てると言うが、まさしくリディアは最高の類だろう。

 だが、


「調子に乗るなよ馬鹿共! 俺達の役目は姫の護衛だ! 飛び出して敵に首を献上するようなクズは俺が後ろから貫いてやる! 分かったな!!」


 応、と緊張を帯びた返答が戻ってくる。

 それでいい。

 最初に言った通り、あくまで俺達の役目は場を保持する事。

 最悪余裕の出来たミスリルやらオリハルコンやらが片手間で掃除してくれるだろう。その、下がる間を外さない様にだけ気を付ければいい。


「来たぞ! 一、二、三! 三は少し下がれっ! 四と五は左右へ広がって待機! 出番はまだまだあるんだ、体力をしっかり温存しておけ!!」


 広がった味方が抜けてきた脚の早い連中を迎撃する。

 拙いか、と思ったが、流石に熟練のゴールド達は腕がいい。リディアの支援もある上に少し足を止めれば後衛から狩人ハンター部隊の掩護を貰える。


 そんな調子で二度三度と突出した敵を受け止めてきた俺達だが、トロール三匹が迎撃を抜けてきた。

 さっきから前線で戦う味方の配置に偏りがある。

 なんだと思って見れば、空飛ぶ馬鹿が大物に釣られて突出していた。


 くそったれ!


「タンクは前へ出ろ! アタッカーは全員下がれ! 後退! 後退だ! 時間を稼ぐぞ! 狩人!!」


 矢が放たれる。

 が、意味はないか。

 いや、一人上手く目を射貫いてる奴がいる。


「目を狙え! そこの馬鹿! 下がれって言ってるだろうが!」


 後衛への指示出しと、前線への参加、加えて夢中になってる馬鹿を叩いて後ろへ送る。


 振り返った所に風を感じた。

 トロールだ。木を適当に引っこ抜いて枝を落としただけ、みたいなこん棒を軽々と振り回してきやがった。

 咄嗟に前へ出て、避け切れない分は盾で受ける。

 障壁がしっかり仕事をしてくれた。

 ただ、敵の懐へ入っちまった。


 コボルドと違い、トロールは痛みに鈍い。

 傷を与えて体勢を崩すのが難しいから、俺のパイクじゃ決め手に欠ける。別に倒そうってつもりはないんだが、逃げるにも三倍以上も体格差があるから一歩が馬鹿みたいに長い。


 トロールは足元へ逃げ込んだ俺へ馬鹿の一つ覚えみたいにこん棒を叩きつけてきた。


 一つ、二つ、三つ、リディアのくれた障壁が砕け散っていく。

 固く弾く系は周囲に衝撃を放つから、今みたいな連携不良なパーティには向かない。砕けて衝撃を通さない、そういうのを頼んだのは確かだが、数が目減りしていく感覚は本当に心臓に悪かった。


 横から掴み掛って来たのをパイクで牽制し、こん棒を持つ右手の側へ逃げる。

 ちらりを後ろを見て、更に側面へ。


「っっ、だあああああ!!」


 さっき下がれと言った戦士の若造が槍を手にトロールへ突っ込んだ。

 よし、これなら入る。


「ごめんなさいっ、指示を無視しました!」

「いや助かった! 下がるぞ!」

「はい!!」


 あきらかな重傷にも平然と応じて槍を掴もうとするが、一度叱られた分、若造戦士の下がる足の方が速かった。

 俺達が踵を返したことで追いかけようと踏み出したトロールが転倒する。

 その傷じゃあ、回復力のある奴でもすぐには動けんだろ。


 他の二体はしっかりタンク達が抱えている。


「目を狙え! 目だ!」


 後ろの狩人へ馬鹿の一つ覚えみたいに指示を出しつつ、更にワーグの集団が抜けてきたのを見て俺は叫ぶ。


「後退!! 罠の地点まで下がるぞ! 全力撤退!! 急げェ!!」


 一斉射の後にタンクが距離を取り、更に時間稼ぎととっておきの土産を放り込む。

 豚の玉袋に催涙性の茸やら腐った肉やらを詰め込んだ、悪臭垂れ流す魔物避けだ。使うと弾けた場所から十日は匂いが消えないから、パーティで使うと大顰蹙な逸品だがなっ、ははは!


 トロールはともかくワーグには効果が抜群らしく、駆け抜けてきた一団が脚を止めた。その数匹を狩人が射貫いたことで回り込み始めたが、時間は十分以上に稼ぎ出している。


「よし! 迎撃準備! 迎撃準備ー!」


 と、俺達が万全の体勢で身構えていた所へ、空から虹が降ってきて敵が蒸発した。


「この程度の雑魚に手間を掛け過ぎだ。無能共が」


 誰様のおかげで俺らが駆り出されてるんでしょうねえ……っ! なんて文句を言い放つより早く野郎は飛び去って行った。その眼が明らかにリディアを見ていたのは俺でも分かる。

 まあ、助けられたのは事実だからいいとしよう。

 お前のせいで抜けてきた奴だから、差し引きで減点増しだがな!


「よーし前進だ! 最初の地点へ戻るぞ! おいお前ら嫌そうな顔するんじゃありません」

「いやだってここからでも臭いますし……」

「さいてーっ」

「もうここからじゃ駄目ですか」


「前進! 指示に従わなかった奴はギルドとの間に違約金が発生します!」


 ぎゃあぎゃあ文句を言う連中の尻を叩きながら、俺は再び前線を引き直していった。ちょっと振り返って確認してみれば、リディアが杖を眼前に構えるふりして笑ってた。


「痛てっ。おいなんだお前らっ、痛いっておい!?」


 なんでか数名が俺の脇腹に肘を入れていって、そこを擦りながら指示出しの位置へ付く。


「っよーし! 気合入れろ馬鹿共! こんなの迷宮帰りの時に比べりゃマシな部類だろうが!」


 うっさいバーカ、加齢臭ー、グランドシルバー、数々の謂われない誹謗中傷に中年心を傷付けられながら、俺はそれぞれの性質を把握していく。

 飛び出す奴、分かっていてもすぐ前のめりになる奴、慎重な奴、慎重過ぎる奴、それらの切っ掛けになる状態とか、色々も。


 幾つものパーティを経験してきた。

 自慢にもならない話だが、即席で組むのにも慣れてるし、ザルカの休日自体参加したのはこれが初めてでもなかった。

 だから全体の流れは分かる。

 複数あるパーティの一つとはいえ、リーダーに選出されちまったのは厄介だが、やれるだけのことはやらないとよ。


 あとお前ら、これ終わったら覚えてろよ。

 他はともかくグランドシルバーってなんだオイ。


 が、今はまだまだ魔物の侵攻が続いている。


「火力が戻ったな。よし、さっきの地点まで戻って待機だ待機!」


 やっぱり、魔力切れ対策で人を入れ替えつつ戦ってる所があるらしい。

 これでまたしばらくは安定するだろう。


 なんて思った所に遠吠えが来た。


「なんだ、あれ……」


 前線を突破してくる一匹のコボルド。

 体格は、この前戦った奴とそう変わらない。

 だが装備が明らかに別物だ。低層に居る劣等コボルドは身に付けてて革程度だが、あの輝きは。


「出たな将軍ジェネラル級! 貰ったぁぁぁぁああアアアア!!」


 空から襲い掛かるゼルディス。

 奴の放った虹の光波がコボルドを襲い、けれど掻き消える。


「なにっ!?」


 驚愕して次の手も忘れたゼルディスの前面に無数の障壁が展開される。加えて地上から伸びた光の鎖、リディアの放っただろう拘束の神聖呪文も、掻き消えた。


 馬鹿げた跳躍力でゼルディスへ飛び付いたコボルドが大太刀を振り抜く。

 斬られはしなかった。

 だが、その身体が冗談みたいな速度で吹っ飛ばされいく。


「っ、撤退! 撤退!」


 悪いが野郎の安否を気にしてる状態じゃない。

 リディアが無数に回復を重ね掛けしているのは見えたが、問題は次だ。


 あの野郎の次に、俺達が一番コボルドに近い。


「リディア! 俺に集中しろ!! 強化だけでいい!」


 咄嗟に叫び、前へ出る。


「っ、ぁ、っっ……はい!!」


 光が身体を包む。

 その瞬間、時間が静止したのが分かった。

 一体どんな加護バフを盛ればここまでになるのか、まるで見当が付かない。俺の積み重ねた十五年は、所詮シルバー級の経験だ。

 だがまあ、相手はコボルド。

 散々戦ってきた相手。

 問題は膂力と素早さか。


「っっっ、だあああああああ!!」


 強化された分、叫ぶ声もデカくなった。

 おかげで着地したコボルドが俺を見定める。


 雑魚か、と吐き捨てたのが分かった。

 見分けは付かんとよく言われるが、見慣れてくると表情にも違いがあると分かってくる。そして奴は、先の攻撃とはまるで低次元の舐めた踏み込みで俺へ迫り、咄嗟に構えた木の盾を大太刀で貫いてくる。

 軽くやって尚、衝撃はすさまじかった。

 木製の盾なんぞ軽く貫通し、その後ろにあった肩口を鉄ごと切り裂いてくる。

 かろうじて即死は避けたが猛烈に腕の熱が消えていった。なんらかの、魔法を帯びた武器らしい。


 が、


 手首を捻る。

 身を引こうとしたコボルドの顔が困惑に歪んだ。

 引き抜けないからだ。


 っは! オリハルコンの防具なんぞに身を包んでる奴には分からないだろうな!

 木の盾ってのは最初から敵に破壊させ、武器を食い込ませる為のものなんだよ!


 困惑と、僅かな焦燥。

 所詮は木だ。切り裂いてしまえばいい。その業物なら、奴の膂力なら訳なかっただろうよ。けど思考、意識ってのは移り変わるのに時間が掛かる。

 要するに叫びシャウトと同じだ。

 加えて目の前に居るのは雑魚。緩んだ思考で、めんどうくせえな、なんて思って暇が出来る。


 だが俺はタンク。アタッカーじゃない。それに幾らリディアの支援を貰ったからって、将軍級相手に大立ち回り出来るとは思っちゃいないからな。


「……っはは、時間、は、稼いだぜ」


 斬られた箇所から猛烈に熱が抜けていく。

 流石に拙い。もうちょっとなんだ。

 思っていたらそれより更にすさまじい熱が後ろから叩き付けられた。


 あぁ、ありがてぇ。


 味方が殺到する。

 ゴールド連中じゃない。

 ミスリルや、オリハルコンや、アダマンタイト級の冒険者達。


 ザルカの休日は将軍を討ち取ることで終わると言われてる。なら、優先して当然だろうよ。


「おい」


 大太刀を手放せば、あの俊足で幾らでも逃げられただろう。

 けど奴は俺を見ちまった。

 たった一つの呼び掛け、それだけで。

 自分の武器を絡め取った、クソ雑魚相手に間を許した。


「あばよ」


 防ぎに入った腕ごと槍に胴体を貫かれ、巨剣に大太刀を持った腕を落とされ、それでようやく上体が離れたかと思えば足元には光の鎖。しっかり防具を避けて絡みついてやがる。


「っ、っっ!! ~~っ!」


 獣の叫びが聞こえたのは僅か。

 遠く吹き飛ばされた森の向こうから虹の極光が飛来し、正確にオリハルコンの防具を避けたソレは、コボルドの頭部を吹き飛ばした。


「周辺警戒!!」


 最後に叫んで、その瞬間に俺の意識は落ちた。

 いや本当、キツかったなぁ。





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