ザルカの休日と、リディアの休息。そして、


 ザルカの休日がやって来た。

 この地域に古くから伝わる話で、魔物が迷宮に閉じ込められているのは審判神ザルカに裁かれた結果なんだとか。

 まあ普段からコボルドとかゴブリンは迷宮から溢れて出て来てるんだが、昔の奴らはそう解釈していたって話だ。


 で、そのザルカ神が急にサボり始めるのがザルカの休日だ。曰く、多忙極まる仕事に怒って天上の楽園へ遊びにいっているんだと。


 おかげで都市周辺にある迷宮から一斉に魔物が溢れ出し、大暴れを始める。大抵は収穫期を終えた後に起こるから、農村の連中も都市へ避難し、早めの冬篭りをする訳だ。


 そんなザルカの休日だが、俺達冒険者にとっては稼ぎ時だ。

 一日防衛なんてやれば酒を浴びるほど飲んでもおつりがくる。

 それだけ過酷ではあるんだが、なにせ普段はお高く留まってる上位パーティ様もザルカの休日には強制的に参加させられるから、立ち回り次第で順当な稼ぎを得られる訳だ。

 リディアを始め、上位パーティのメンバーはどいつもこいつも化け物だ。

 いつも通りなら、一月ほど続いた後で軍団のボスが出て来て、討伐された頃には臍を曲げてたザルカ神も戻ってくる。

 儲け時だと人が集まってくることもあって、いっそお祭りに近い出来事でもある。


「おー、やってるやってる」


 身に付ける武器も最低限に、防具も外した格好の俺は、篭を背負って城壁の上を走っていた。

 荷運びだ。

 生憎と防衛系もパーティ参加が条件だから、俺は呑気に後方で輸送に専念させて貰っている。これだって、倉庫番に比べればかなり稼げる仕事だ。


 派手に叩き込まれる魔法呪文の数々。

 雷に氷に炎に、なんか植物が生えてきてるのもあるな。

 空飛んでる奴まで居るし、本当にこの世は摩訶不思議だ。


 敵は軍団規模、とはいえ、あそこまで火力過剰ならそうそう防衛線を抜いてはこれない。こぼれた魔物も狩人や戦士職が適宜刈り取ってるし、このザルカの休日も無事に終わってくれるだろう。


「うん?」


 遠巻きに見慣れた顔を見付けて足を止める。

 俺が前居たパーティだ。一人加わって、三人で果敢に敵へ挑みかかってる。


 おう、頑張れ。

 ちゃんと生き残れよ。


 多分、リディアとの関係が無けりゃあ今でも腹が立ったんだろう。

 けど話を聞いてくれる奴が居て、一緒に泣いて、一緒に笑ってくれるってだけで、こうも簡単に納得出来る。

 我ながら単純だ。

 けどいいことさ。

 袂を分かったとはいえ、かつての戦友を悪し様に見るよりは、ずっとな。


「おうっ、足止めてんなーっ」

「あっ、すいませーん!」


 俺は俺で稼がないとな。

 今更畑仕事になんざ戻りたくはない。


 一往復し、二往復し、ちょいと崩れてきたらしい正門側へ移動させられ、補給の物資を届けた後の事だ。


 門の影で座り込んでいるリディアを見付けた。


 杖を抱き、俯いて瞑想する彼女の首筋を汗が流れ落ちていく。

 顔色が悪い。かなり疲れてるのか?


 なんて考えて、今までの自分が甘かったことを知る。


 あぁ、そりゃあそうか。

 俺達下っ端なんざ、いっそ居ても居なくても同じだ。

 けど上位パーティともなれば、行動の成否がそのまま人死にに繋がる。いつも上手くいってるんだから、というのは、あまりにも外様な意見だった。

 リディアは必死だ。

 あいつの事だから、パーティ外にまで仕事を広げてるに違いない。

 ザルカの休日で都市の城壁が抜かれたことはないが、壁の外に展開する冒険者から死人の出なかったことはない。神官として、その事実は確かに重い。

 アレを一ヵ月……確かに、簡単じゃあないよな。


「リディアさん」


 俺が声を掛けると、彼女はゆっくりと目を開けてこちらを見た。

 強張っていた表情が途端に緩む。けど、酒場でやるような会話は出来ない。リディアには、今まで培ってきた評判があるんだからな。

 ゴミみてえな底辺冒険者との関係なんざ、一時のものであるべきだ。


「お疲れ様です。氷室から持ってきたばっかりの水と、簡単な食事です。良かったら食べて下さい」

「ぁ…………はい、ありがとうございます」


 頑張れ。

 なんて思って見ていたら、他所から声が掛かった。


「おいっ、こっちにも頼む!」

「はぁーい! 今行きますーっ!」


 あんまり会話も出来なかったが、彼女は強い、どうにかなるだろう。

 それからの俺は、今までよりもずっと真剣に荷運びの仕事をこなしていった。


    ※   ※   ※


 夜、魔物の侵攻も落ち着いたとあって俺はいつもの酒場で食事を摂っていた。

 相変わらず他の客は見ないが、店の経営は大丈夫なんだろうか。まあ最近は一人で十人分くらい飲む女が通ってるから、そこそこ儲けてるとは思うんだが。


 そんな寂れた酒場へ入ってくる、一人の女。

 まあ、リディアだ。

 というか、神官服のままだった。


 俺が目を丸くしていると、どこか虚ろだったリディアがこちらを見付け、一目散に駆け寄ってきて。


「ぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ……!!」


 抱き着かれた。

「ははっ、子どもみてえ」

「もおおおおっ。つーかーれーたーっ!」

「あっははははは! それで下手くそな変装も放り捨てて直接来たのか? 仲間にバレるぞ」

「うっさい! 幻影置いてきたから平気よ多分!!」

 ぐりぐりと顔を押し付けられるから、こっちも頭を撫でてあやしてやる。


「あぁもう無理。もうしんどい。死ぬ。というか殺す。あいつホントにありえないんだって……もう、さ………………見捨てちゃ駄目かな?」

「お前がいいなら許すけど?」

「駄目って言ってよぉぉぉっ!」

「はははは!」


 なんだよ、スカしたゼルディスの野郎が吠え面掻くトコ見られるかと思ったのによお。

 お前は見捨てないよな、リディア。


「もっと撫でて。優しくしてっ。甘えさせろお!」


 カタリ、と表の扉が閉じた。マスターが出ていったんだ。買い出しとか、かな? たまに俺ら置いて平気で店を開けるけど、今回は気ぃ使わせちまったな。

 というか正体気付いてたか、まあ当然か。


「おーよしよし。すっげえ頑張ってたの見てたからな、俺も雑用頑張ったぜ。比べ物にならないけどよ」

「そういうの別に気にしない。どっちも大事だよ」

「そうだな。でも、お前が一番キツそうだ」

「そうだよ、キツいよ、しんどいよ。んむっ」


 キスされた。

 舌を捻じ込まれ、激しく口の中を舐め回される。


 ただ舌と舌を絡ませる音だけが酒場に響き、その間も俺はリディアの頭を撫で、無理矢理膝上に跨ってきたから腰元を支えた。ザルカの休日が始まってからまだ数日だが、その間は全く会えて無かったから、そいつを取り戻すみたいに口付け合い、気付けば半時以上もそうしていた。

 ようやく落ち着いて、腕の中で丸くなったリディアを抱きつつ、涙が落ちるみたいな呟きを聞く。


「辛い。もう、ずっと前から辛かったけど、本当に駄目になってきた。駆け出しの頃はさ、誰かが死んでもすぐ割り切れた。実力を磨いて、もう犠牲を出さない様にって頑張れた。だけどなんでだろ、最近はもう無理。耐えらえない。どれだけ完璧に仕事をしても、時折どうしても零れ落ちる人が出てくる。助けたかった。こっちを見て、助けてって叫んでた。もう、もう……頭からずっと離れないの」

「抜けるか? クソパーティなんざ抜けて、良い所へ移ればいい。お前なら欲しがる奴は幾らでも居る」

「無理。出来ない。私が抜けたら、パーティは全滅する。馬鹿だけど、大嫌いだけど、死なせたくなんてないの。皆守り切る。それが神官の仕事だからさ。認められるとか、認められないとか、好きとか嫌いとか関係無い。ヒーラーとして戦場に立ったなら、全ての命を守り切る。そう思ってずっとやってきたの」


 その覚悟に俺は、つい幼い頃の夢を見た。

 勇敢に戦う冒険者達。弟を、両親を、俺を、救ってくれた。

 そんな風になりたくて故郷を飛び出したってのに、いつからかギルドと自分の生活を守ることにばかり気が向いていたのかな。


「お前は、凄い奴だな」


 掴んだ服が握られる。

 縋る様な手に情けなさが沸いて出た。


「それでも俺の知るお前は、結構泣き虫で、怖がりで、勇気を振り絞って戦ってる頑張り屋な神官だ。いや、そんなの関係無しに、こうして何度も話聞いてて、助けになれたらって思ってた。まあ、万年シルバーの雑魚には向かん話だがな」

「そんなことない」

「そっか」


 俺が思っていたより、ずっとリディアは限界だったのかもしれない。

 そりゃあ、物言わぬ堅物がヘタクソな化粧と似合わない派手めの服着て飛び出すくらいだからな。既に限界なんざ超えていて、頭の中がぶっ壊れそうになっていたのか。


 くそったれめ。

 もっと早く気付けってんだ馬鹿野郎。


 カウンターの陶杯を掴む。


「飲むか?」

 ふりふり。首を振った。

「んじゃあ、宿に行くか?」

 ふりふり。そっちも無しか。

「……ごめん。明日もあるから、体力は温存しないと。祈りもして、魔力も十分に取り戻しておかないといけない」


 あぁ、だろうからよ。


「無茶するなよって言ってもするだろうからよ、敢えて言うぞ」


 こっちの背中に回された腕に力が篭る。

 指の間を抜けていく彼女の髪が、普段より荒れていた。

 抱き締める。


「ホントのホントに限界だってなったら、俺がそう思ったら、お前が違うって言い張ってもここから連れて逃げてやる。だからその時まで、お前はお前のやりたい様に踏ん張ってみせろ。大丈夫だ、俺がちゃんと見てる」


 恋人でもない、相棒でもない、ましてパーティメンバーでもない、ただの飲み仲間で、ヤリ仲間みてえな関係だけど。

 放っておけないなと、改めて思った。

 許されるのなら。


 いや。


「ありがと」


 最後に触れるだけのキスを置いて、リディアは戦いの場へ戻っていった。

 万年シルバー、底辺冒険者……自称するようになってどれだけ経っちまったのか、今更になって自分の力不足が悔しくなった。


 なんて思っても急に力が覚醒するでもなく、俺はザルカの休日を延々と荷運びや雑用をして過ごした。疲れて苛立った上位の冒険者に殴られることもあったが、怒る気にもなれず酒を差し入れた。

 結構、大変なんだな、上に立つってのはよ。

 話してみればソイツも結構くたびれてたみたいでな、飲んで笑って、泣いて飲んで、吐いて倒れて、そうしてまた武器を手に立ち上がっていった。


 あぁ、と思い出す。


 そういう冒険者の姿に憧れて、俺もこの道を選んだんだ。

 けどよ……、


    ※   ※   ※


 数日後、俺達の関係がバレた。





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