俺の話も聞いてくれ。

 今日も今日とて酒場で飲む。

 冒険者の血と肉は酒で出来ていると言っても過言じゃない。

 飲まれて働けなくなるのは論外だが、明日にはちゃんと冒険者の顔になってるからよ、許してくれって。


「戦士くんってさ、パーティ追放されたんだよね」


 マスターの出してくれた肉料理を一緒につつきながら、リディアが聞いて来た。


「うん? おう」

「見てるとそんなことなりそうに無いのに、どうして?」


 そういやまた今度って言ったきり、俺の事はあんまり話してなかったな。

 ぐいっとエールに俺の喉を通行していただき、少しだけ焼けた胃袋を感じながら酒臭い息で語り始める。


「まあなんだ。あんまり悪く言っても一方的になるけどよ。簡単に言うと、神官とパーティリーダーがいつの間にか出来てて……それで回復回しの優先順位がブレた、って所か。で、ついカッとなってな」

「あぁぁぁぁ…………それは一番やっちゃ駄目な奴だぁ……」


 リディアががっくりと項垂れた。

 そんな我が事みたいな反応しなくていいんだぜ、終わった話だ。

「具体的にどうだったの……?」

 俺も今の言葉で収めようとしたんだが、思えば誰かに話すのなんざ初めてだったし、こいつ相手だとついつい口が回っちまう。

 今だけってことで、愚痴でも聞いて貰おうか。


 肉料理の皿の端、ソースに沈んだ玉ねぎを匙で掬って口へ運ぶ。

 酒を飲んで、つい笑った。


「その日はちょいと無理して中層近くまで行ってたんだが、流石に無茶だったみたいでな、火力不足だったかなぁ……まあどうにか全員生き残れたんだが、俺はタンクだったし、殆ど瀕死状態でな」

「うんうん?」

「そこまで行く間も結構贔屓はあったんだが、その戦闘中は特に酷かった。俺の事は殆ど放置で、アタッカーとして駆け回るリーダーへの加護やらにひたすら集中してたか。まあ、今思うと悪気は無かったんだろうけどよ」


 遠く、表の通り辺りから酔っ払いの叫びが聞こえた。

 地下にあるこの店じゃ珍しいことだ。

 音はあんまり漏れないし、入ってくることも少ない。おかげでリディアがどれだけ叫んだって聞かれやしないけどな。

 それでここが酒場だってことにすら気付かれてないんだから、いいのかいマスター?


「そうして終わってみれば、半死半生の俺を放置して、手傷を負ったリーダーから回復を始めた。まあ、いいさ。戦闘は終わってたし、流石に諦めて戻るつもりだったからな」

「私としてはそれにも文句を言いたいんですけどー」

「んでだ。やけに念入りに回復してると思ったら、片手間でいちゃつき始めてよ。流石にこっちを頼むって声掛けて、ようやく痛みが和らぐかと思ったら…………まあ、魔力切れだ」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 聞いてたリディアが再び頭を抱えた。

 優先順位を好悪で贔屓した結果、パーティのタンクが瀕死状態で神官が魔力切れ。しかもその時居たのは俺達にとって無理のある場所で、ただ戻るのだって危険がある。


「視界も朧気だった中をどうにか迷宮の外まで退避して、まあ、そこまでは我慢したんだが、リーダーがやたらと庇うような事言い始めたからよ、つい二人揃ってお説教だ」


 はぁ、とため息が重なった。


「……今の何処に戦士くんが追放される要素あるの?」

「そりゃあ、リーダーと神官がデキてたんだからよ。まあ、俺達みたいな底辺冒険者じゃ、タンクより神官の方が希少だ。それにまあ、俺も流石に腹が立ってキツい言い方をしちまって、神官の子がすっかり怯えちまってよ……」


 ありゃ本当にやらかした。

 けど身体がもう限界だったし、冷静さを保つにも限度がある。

 しかも連中は揃って全快して元気一杯だったんだからよ。


神官ヒーラーってのは何処も欲しがってる人気職だ。新人だろうと予備として抱え込んで育成するのは珍しい話じゃないだろ」

「……そうね」

「お前のトコはクソだぞ? サブ居て十分に回せる環境用意して、無理のない所で訓練を重ねるのが普通だ。だから」

「あー、私のは今日はいいよお」

「うん? そうだな」


 神官ってのはランクアップが早い。

 カッパー、アイアン、シルバー、この辺の底辺冒険者のパーティに留まっているのは、初期から同じ所に参加している奴か、初心者支援を生業としている傭兵とかか。

 大抵は一年か二年でゴールドになり、そっからは所属したパーティに合わせて幻想級なんて呼ばれるリディア達上位パーティへ迎え入れられていく。


 その結果がクソみてえな環境ってのは、最近知った話だけどよ。


「リーダーともサシで話をした結果、希少なヒーラーを失う訳にはいかないってことで俺が身を引くことになった。まあ、表向き格好付けて納得したフリしてたが、やっぱ不満はあったんだよなあ」

「ははは、飲むがいいっ」

「飲むのもいいが、こう、もっとすっきりしたいがな」

「ん、んんっ!」


 リディアが分かり易く赤面した。

 今日は話を聞いているからか、あんまり酒を飲んでないからな。


 ぐびっと一杯。


 カウンターに置いたままの手を指先でトントンと叩いてやれば、くるりと手首を返して握って来た。


「えっち」

「どっちがだよ。こないだなんて延々と俺の膝の上で跳ねてたろ、お前」

「あーそういうこと言うんだー。いっつも私のお尻、ずうっと揉んでくるのに。尻好きっ」

「魅力的でな。後ろからされるのが堪らないのはお前も一緒だろ」


 どんどんと赤くなっていくのは酒のせいか否か。


「お前が魅力的なんだよ、リディア」

「口説くの禁止ですぅー」


 ははっ。

 まあそうだな。

 気楽な関係がちょうどいい。


「安心しろ。俺はパーティ内に恋愛は持ち込まない。本気になったら、今日みたいなこと頼めなくなるからな」

「身体だけが目当てなんだ」

「最高に楽しませてやるって言ってるんだよ」


 握った手を引いて、もう片方の手を彼女の腰元に回すと、抵抗せずにしな垂れかかってくるリディアが居て、赤い顔のまま顔を寄せてきた。


 食まれた唇に湿りを残しつつ、つい笑う。


「爛れて来たな、俺達も」

「悪くないかなぁとは思ってる」

「そいつぁ良かった」

「でも、とりあえず料理は食べちゃおう? 勿体ないよ」


 食べて飲んで、その間も手は握ったまま。

 我慢我慢が気持ちを昂らせる。

 一度意識した興奮は簡単には冷めてくれない。


 最後の方なんてリディアの奴、俺のをしゃぶってるのか肉を食ってるのか分からないような顔をしてやがった。

 あぁ、俺も似たようなもんだな。


「よしっ、ヤるか!」

「おう!」


 ついでに酒を瓶ごと数本買って、二人して酒場を飛び出す。

 走ってるだけなのに、なんでか無性に楽しくて笑っちまった。





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