たまには仕事風景とか、
唐突だが、俺はリディアと二人で討伐依頼を受けて迷宮低層の片隅へ来ていた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!? まずいっ、三体以上はまずいって!? 俺は持てて二体までなんだってー!」
「あっははははははははははははは!! そのくらい片手間で捌けるでしょーっ、うわざっこ! あははははは!」
中古の神官服を身に纏い、髪型を変えたリディアが腹を抱えて笑っている。
タンクとしちゃ情けない限りだが、彼女は背後へ回ってきたコボルドを片手間で叩き飛ばし、神聖呪文の鎖で次々と敵を縛り上げて処理していく。その処理速度が半端じゃない。コボルド集団へ派手に攻撃を叩き込んだ時には何考えてるんだと叫びそうになったもんだが、最初から見ている景色が違ったらしい。この程度、リディアからすれば足元の蟻を潰すのと変わりない。
俺達からすれば一回りも大きな身体付きのコボルドが、束になって掛かってあのあしらわれぶりとはな。
「ほーらほーら、そのくらい立ち回りでどうにかなるって! そこっ、そこで切り返して反撃だよおーっ!」
口調は遊んでいるようで、しっかりと周囲は把握しているらしく、別の経路からあふれ出そうとしたコボルド集団を障壁で閉じ込め、押し潰す。
掌握している範囲が馬鹿みたいに広い。
しかも無駄がない。
俺が何だかんだと逃げ続けていられるのも、リディアが適宜支援してくれているからだ。
「ちっくしょおっ……! さすがは最高ランク様だ、なあ!!」
振り返って手にしていたパイクを振る。
それと同時にリディアの放った拘束神聖呪文が後続のコボルドを押し潰し、縛り上げる。
よし!
短く振った刃先が無防備に伸びていたコボルドの指先を切り裂いて、怯んだ所で更に逃げる。が、その逃げた先には予め仕込んでおいた罠がある。
ここまで引っ張りまわしたんだ、足元への注意なんてとっくに失せてるだろうよ!
残った二匹の内の一匹が簡易罠に掛かり、脚に射出された木の枝が突き刺さる。
転倒したその隙にもう一匹へ切りかかり、気の逸れていたコボルドはあっさり首元に俺のパイクを受け入れた。
「っし! 残り一匹!」
状況報告としての声出しをしつつ、リディアの状況を確認…………あぁ、まあ、あっちは問題ないな。殲滅済みで応援中だ。ちっくしょうっ。
威嚇しながら武器を振り回してくるコボルドの手を、足で蹴る。
刃先がレガースに触れたが及び腰の攻撃なんかで裂かれるもんじゃない。飛んでいった武器を横目に腰元の短剣を抜く。仕留めた。
「上だよっ!」
と、気が緩む直前にリディアからの檄が飛び、俺は大きく後ろへ跳んだ。
着地した所へ俺の放り捨てた盾が飛んでくる。
リディアだ。
遅れて天井部から飛び降りてきた大型のコボルドが、包丁みたいな大剣を手に俺を威嚇してきた。
一歩詰められただけで覆い被さられるような圧迫感。
そう小柄でもない俺を軽々と見降ろしてくる獣顔の魔物が舌なめずりしてきやがった。
普段なら命懸け、さてどう生き残るかなんて考えちまうような奴を相手に、けれどアダマンタイト様は笑いながら声を掛けてくる。
「さあ、残るは一匹だけ。タンクとはいえ、熟練冒険者なんでしょ、格好良い所見せてよね」
すっかり調子に乗ってやがるが、実力は十分以上に見せ付けられた。
俺とは見ている世界が違う。
けど負けてられるかってんだ。
まずは息を整え、間合いを十分に取る。
踏み込もうとした敵へパイクの矛先を突きつけて硬直を買った。
コボルドは、少なくとも俺みたいな冒険者には十分な脅威だ。
まず人間より一回りはデカいからな。手足も長く、間合いが広いから、慣れていない初心者冒険者なんかは一瞬で首を飛ばされる。
伸びてくる攻撃と、長い腕だからこその破壊力。うっかりすると俺の身体ごと吹き飛ばされるほどだ。
その大型ともなれば尋常な攻め手は一蹴される。
だから、
「っっっ、だあああああああああああ!!」
まずは牽制。
馬鹿みたいと若手からは言われるが、
気圧されれば動きは鈍くなり、警戒されれば数十秒を稼ぎ出すことも出来る。
注目を集めるってだけでも意味はあるしな。
本来は一番厄介そうな奴を受け持ったり、神官への壁になるのが役割で、そいつを倒すのだって他を処理し終わったアタッカーと合同になることも多いのがタンクだ。
けどまあ、散々煽られてそのままってのもな。
踏み込んだ。
相手の反応が遅れる。
叫びの効果だ。
そうして深く踏み込んだことで一手目の成功を確信する。
コボルドは手足が長い。間合いが長い。それはつまり、内への反応が遅れがちという意味でもある。威力の高い攻撃を、相手の武器の先端付近で受けるのは下策だ。もっと根元、手首辺りが一番良い。潜り込んだ俺は大型コボルドの懐で傘を差すみたいに盾を構え、手首を受け止めた。
そしてパイクをわき腹へ。
あっさり入る。
だが調子に乗って仕留めにいったりはしない。
下手に深入りさせると筋肉や骨に引っ掛かって取れなくなるからだ。
すぐに引き抜いて、同時に視界を巡らせる。
武器を持ったコボルドの右手は盾で抑えてある。
問題は逆の腕だ。
既に持ち替えてパイクで狙いを定めてあるが、この時点でコボルドの空いた逆の腕が身体の線より前にあったら下がる。掴まれるからな。もしくは肩が前へ出ていたりするのも危ない。食いつかれる。
意外と難しい手首の返しが上手くいって、俺はパイクの先端部でコボルドの向かって右の脚、大腿部の裏を目掛けて切り裂いた。
素早く下がる。
ここまで事が成功していれば、盾で抑えた武器なんて問題にならない。
一応、足掻きで武器を手放して掴みかかってくることもあるが、その時は盾だけくれやって逃げればいい。
問題無し。
距離を取り、更に周囲を警戒しつつ距離を取り、俺はコボルドが後ろ向きに転倒していくのを確認した。
太腿の内側から後ろに向けての切り傷だ、出血量が半端じゃない。
立ち上がることも出来ず暴れるコボルドの動きがゆっくりゆっくり鈍っていって、じっとそれを見詰める俺へ何かを訴えるみたいに口を開いたが、最後まで何も言わずに死んでいった。
「よし!」
警戒!
背後良し。
左右良し、上良し、下良し。
そうして大きく迂回しながらコボルドの首元へ歩いていって、喉笛を貫いた。
トドメ、良し。
「おー」
そんな俺の慎重すぎるとも言える行為を、リディアは両手を叩いて称賛してくれた。
「さすが熟練冒険者。仕事人って感じ」
「お前ンとこの連中に比べれば、遅過ぎるくらいだろうけどな。因みにリーダーサマならどうやる?」
興味があって聞いてみたんだが、明らかに嫌そうな顔をされた。
ボロを着ているからか、酒は入っていないだろうに話す口調は酒場と同じだ。
「そーねー……。アイツなら、片手間でひょいって剣振ったら数十匹が消し飛ぶかなー……」
「マジかよ……」
まあ、それが万年シルバーと、アダマンタイトの違いって奴か。
※ ※ ※
さて。
当然ながらリディアを引っ張り出して討伐系クエストを受けたのには理由がある。
本来なら頼むのも失礼ってもんだろうが、ちぃと切羽詰った事情もあってよ。
「いつもありがとうございます。本当に、村々の者達は皆、貴方に感謝してますよ」
代表の老爺が両手を掴み、遠慮なしに振り回してくる。
この爺さん、俺が頑丈だからってとにかく力任せなんだよな。まあ爺が男を景気良くぶっ叩きたがるのは農村じゃよくあることだ。
「そちらのお嬢さんも。ありがとう。ありがとう」
「い、いえ……どういたしまして」
フードで顔を隠したリディアにもしっかり礼を言い、俺の差し出した達成報酬の依頼書に署名をしてくれる。
因みに村の連中は文字なんぞ知らん。まあ形を真似て書くことは出来るから、俺が教えて書いてもらってるんだな。
この手の方法は変更してくれと言ってあるんだが、ギルドも組織、底辺冒険者の訴え一つじゃ簡単には動いてくれない。
「それで、この後ですが」
「あぁ、すまん。行き掛けに話した通り、戻る予定があってな」
俺はともかく、リディアはまずい。
クエスト自体俺が受けて、新人を狩り出したことになっているが、こんなチンケなクエストの達成者にリディアの名前が出てきたらギルドの方で騒ぎになる。この辺りの誤魔化しはまあ、普段の行いのおかげかな。ごにょごにょ頼んだら受付嬢がしたり顔でやっときますと言ってくれた。
村での報告を終えて、土産に野菜やらをたんまりと持たされた帰り道。
「ありがとな。助かったわ」
「いつもこんなことやってるんだ」
「いつもじゃねえよ。たまにな。こうして食料も貰えるしよ」
背負った食料は町へ戻ったら知り合いの酒場に持っていく。
案外いい値で買ってくれるんだよな、税金掛からないし。
「…………このクエストって、いつも依頼板の端っこに積み重なってるものだよね」
「まあ、そうだな」
人気の無いクエストだ。
討伐系は危険がある分、報酬額はそこそこ良い。
ただ、この手の迷宮低層での雑魚狩りはなんというか、安い。
「気が付いたら無くなってたし、そういうものかと思ってただけなんだけど、戦士くんが処理してくれてたんだ」
「俺だけじゃねえぞ。ギルドに長い事居る、俺みたいな底辺連中はよくこの手の依頼を引き受ける」
報酬額の低さの理由は、迷宮近隣の村々が合同で金を出し合っているからだ。
さる審判の神様のおかげで迷宮からは魔物が出てこれない、なんて迷信もあるが、普通に溢れて出てくることがある。
そうなった時に被害を被るのは彼らだ。
だから定期的に低層へ出てきた魔物を狩る必要がある。
が、安い報酬だから駆け出しや俺らみたいな連中しかやらない。
結果として依頼書ばかりが積み重なって、受付嬢達を悩ませることになる訳だ。
「まあ今回は立て続けに依頼が入ってたのと、生き残ってる昔馴染みが揃って立て込んでたからな。駄目元で頼んでみて良かったよ。シルバー以下はソロじゃ討伐受注は禁止だしな」
「本来は、私達みたいなパーティこそ積極的に受けるべき依頼じゃない。ギルドは互助組織なんだから、ぶら下がってなんか居られない」
「おいおい、ぶら下がってるのは俺らの方だぞ。お前ら上位パーティが派手に稼いでくれてるおかげで、あんな大通りにギルド構えて下っ端雇っていられるんだ。まあ今回は偶々だ。いつもはここまで溜まらないし、どうにかなってきてるんだからよ。あぁ、朝から酒場で飲んでた暇人連れてきて正解だったなぁ」
冗談で締めるとリディアがくすりと笑ってくれた。
ボロは纏っちゃいるが、薄暗くなり始めた草原で見る彼女の横顔は、とても綺麗だ。
やり方が違い過ぎて上手く噛み合わなかったが、結果だけ見れば息抜きにもなったかな?
「ふふっ、休日は潰れちゃったけどね」
「おう、戻る頃には夜だ。飲み直すには丁度いいだろ。奢るぜ」
「いやったーっ!」
まあ俺は飲んで叫んでるコイツが結構好きだ。
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