結局今日も。
冒険者にも種類がある。
迷宮探索に精を出す奴、傭兵業を請け負う奴、町の細々した依頼を受けて外にすら出ない奴、色々だ。
他には誰も足を踏み入れたことの無い秘境探索をする、ってのも居るが、実はコイツが一番稀だな。
冒険者なんて名前が付いちゃいるが、その本質は派遣・請負業。
「ふわ…………ぁ、はぁ……」
見えた朝日に大欠伸をしながらも、意識は周囲へ張り巡らせる。
背後には商会管理の巨大な倉庫。
本来なら下っ端を使って警備させる所だが、大きな商売なんかが絡むと人手が足りなくなって冒険者ギルドに依頼が入る。
一夜通して立ちっ放しになるから、特に若い連中はあまりやりたがらない。
けど何度も受けていると管理側を任されたり、報酬に色を付けてくれたりと旨味もあるクエストだ。
ただ、
「今日も、何事もなく、平和、で、した……っと」
報告書を作り、提出して、ギルド向けの書類にサインを貰う。
文字が書けるとこの辺りは非常に楽だ。
このあまりにも冒険者らしくない仕事内容を、敢えて派遣されてまでやる必要があるのかとか、そんな事ばかり考える夜ではあったんだけどな。
※ ※ ※
リディアとは定期的にあの酒場で会うようになった。
パーティメンバーには上手く誤魔化して、途中で借りっぱなしにしてる宿で変装して来ているらしい。
有名ってのは厄介だ。
表向きは一人で洗礼の儀とかいう、神官のやる精神修行へ集中する為って話になってるらしいが、そこまでしないと気楽に飲みにも来れないとはねえ。
「はぁい、報酬です。確認して下さいね」
「おう」
その場で袋を開けて銅貨を受け取る。
依頼書に書かれていたより結構多い。
商会側か、ギルド側かは知らないが、色を付けてくれたらしい。
「いつもありがとな」
内数枚を受付嬢へ渡す。彼女は笑顔のまま受け取って、敢えては何も言わなかった。
まあ心付けって奴だ。
冒険者ギルドってのも長い事留まってると、色々と見えてくるもんがある。
割の良い仕事、怪しい仕事、そういうのを受付嬢はしっかり見てる。嫌われると平気でキツめな依頼を押し付けられるし、今みたいに上手くやってるとおいしい仕事は残しておいてくれる。
実力で黙らせることが出来れば関係無いんだろうけど、俺は万年シルバーだからな。
特に今は、パーティを追放されて割の良い討伐系は受けられない。
不寝番のクエストは不人気だが、そこそこ歳の行った冒険者なら骨休めついでにこなす事も多い。
ここ数日でそこそこ稼げたし、今日はもう休みにしてもいいかもな。
「帰ったぞっ」
俺が依頼板を見やすい席に腰掛け、さっきの受付嬢からお返しのエールを戴いていたら、鋭い声がギルド内へ響き渡った。
早朝だけに人は少ないが、俺みたいな夜勤上がりの連中数名が鬱陶しそうに入り口を見る。
あぁ……。
「これはこれはゼルディス様っ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
年嵩の受付嬢が素早く寄っていく。
「まずは酒の用意を」
「はい。承知致しました」
彼女へ素っ気無く返した男がそのまま奥の、日当たりの良い席へ仲間を連れて歩いていく。連中の特等席だ。そして、ずっと後ろの方にリディアの姿があった。
以前ならそれだけでちょいと胸が弾んだもんだ。
虚ろにも思える静謐さと、神聖さ。そういうもんを今の彼女は纏ってる。
だけど、どうにも尻の据わりが悪かった。
そういうんじゃないだろ、お前は。なんて、俺の勝手な言い分だろうけどよ。
「よしっ、酒は全員に回ったな。まずは皆ご苦労だった。とりあえず全員生還出来たことを祝おう。乾杯っ!」
ゼルディスの号に従い、全員が陶杯を掲げる。
従ってリディアも口を付けちゃいるが、本当に舐める程度だ。
「それで、だ。リディア、深層での君の仕事ぶりについて、改めて言わせて貰いたいことがある。以前ならあんな失敗をしなかった君だ、何かあるなら教えて貰いたいんだが?」
あぁこれは。
最悪だ。
テメエのツケをリディアに払わせて、負担が馬鹿みたいデカくなってるってのに、責任丸ごと押し付けてやがる。しかも無自覚に。
「リディア先輩っ、私、まだまだ全然出来てませんけどっ、一生懸命頑張ってるんですっ! もうちょっと、しっかりと教えてくれませんか?」
加えてアレが例の新人か。
駄目だ見ちゃいらんない。
なんて思ってたら、視線を背ける寸前にリディアがこっちを見た。ばっちり目が合う。
「リディア。どうなんだ?」
ゼルディスの声掛けがあって、向こうは反応らしい反応を見せなかったが、俺は寝惚けた頭が一気にすっきりした。
ここでアイツに殴り掛かって彼女の悔しさを晴らせれば恰好良いさ。
けど俺は万年シルバーで、相手は最上位のアダマンタイト級の冒険者様。勝てる訳がない。返ってどういう関係だとか面倒な話が出るだけ。
「おーい姉ちゃん! このエール水で薄めてるんじゃねえだろうなあ! 拙くて仕方ねえぜ!」
殊更大声で言って席を立つ。
普段そんなことを言わないからだろう、さっきの受付嬢が目を丸くしているが、今は気遣ってる場合じゃない。
詫びのつもりで銅貨を数枚机に置き、また大声で言う。
「飲み直してくらあ! いつもん所でな!!」
俺に出来るのはコレくらいだ。
※ ※ ※
で。
「あンのクソ馬鹿があああああああああああああああああああああああ!!」
「あっははははははははははははははははははははははははははははは!!」
いつもの酒場で不満を爆発させるリディアが居た。
因みに今は昼過ぎだ。あのネチネチ野郎、こんな時間までリディアや他のメンバーを吊し上げていたらしい。しかも終わったら終わったで、テメエは役立たずの神官としっぽりしけ込んでやがると来た。
クソだクソ。
「おおっ、良い飲みっぷりだ! 飲め飲め! 俺の奢りだ!」
「いただきます!!」
ぐびぐびぐびぐび!!
うんうん、本当に景気が良い飲みっぷりで、見てるだけで気持ち良くなる。
冒険者ってのは本来こういうもんだ。
あんな湿度高めな空間、余所でやれってんだよ。
「で、何があったんだ? あぁ、話したくないならそれでいいぜ?」
「ううん、聞いてっ。もう聞いて?」
「おうおうっ」
マスターが寝る前に作っていったキャベツの酢漬けと白身魚の衣揚げを和えたものをいただきつつ、エールを舐める。
「それがさあっ、そもそも今回の迷宮探索ってずぅぅっと前から準備してきたのー」
「おう、しばらく来なかったと思ってたら、深層にまで行ってたんだな」
「まあその依頼内容はいいんだけど、リーダーとあの子、潜る当日に朝帰りなんてしてきたのっ! 舐め過ぎじゃない!?」
「あー…………そりゃ最悪だ」
迷宮はどんな高位の冒険者だって失敗一つで死に至る。
逃げ場が少なく、基本的に魔物連中の巣だから、準備は万全にして挑むのが当然だ。
「しっかもあの子っ、禄に祈りもしてこなかったから、最初っから殆ど魔力切れだったの! 役立たずが本当に何一つ役に立たない状態でやってきて何教えろっていうのよお!? もうホント無理! というかリーダーの責任じゃない!?」
「普通なら合流時点で追い返すよな。居るだけ邪魔というか、負担増えるだけだろ。まあ最悪荷物持ちとか……?」
「する訳ないでしょおあの女王様がっ!!」
挙句デート気分で迷宮降りて行って、リーダーのゼルディスが活躍する様を見てキャーキャー叫んだり、そこに乗せられた馬鹿が余計に馬鹿をやったりと、まさしく地獄絵図。
どうして他のメンバーは何も言わないの?
貴族暮らしがそんなに心地良い? まあ……分からんでもないが。
「同じくらい馬鹿な連中も多いのよ、ウチ。類友類友っ」
たっぷり恨みの籠ったお言葉に俺は恭しくエールを差し出した。しゅわしゅわのそれに口を付けて、神官様は実にご機嫌だった。
「昔はねえ、あれで結構真面目だったんだけど。顔はいいし? 腕もまあ、確かに悪くないけどさあ。いつからか成功して当たり前、勝利は俺の為にあるーとか言い出しちゃって、もうウザ過ぎ。最悪なのアイツ」
「あーまさかとは思うけど、昔はそういう関係だったとか?」
「はあ? そんなの無い無い。あぁ、そういうの気になる?」
「ちょっとだけ……」
腕を引かれ、頬にキスされた。
「そりゃあ出会いはあったけど、こういう長く続いた関係って初めて」
ついでに耳を齧ってくる。おやめなさい、ここは神聖なお酒場ですことよ。
「あはははは! 神聖な酒場ってなにそれっ、神様でも祀ってるの?」
「第一お前、迷宮朝帰りで疲れてるだろ。程々にして休めよ」
「えーっ、もうちょっと飲んでたいー」
「まあ俺はいいけどさ」
腕を抱かれたままエールを飲む。
ちょいと胸焼け気味な腹に酢漬けの野菜が心地良い。
「かじかじ。かじかじ」
「俺の耳をツマミにするのは止めなさい」
「じゃあこっちにするー」
「股間を擦るのは止めなさい」
「おっきくしてる癖にーっ」
仕方ないだろう!?
「きゃはははは! だって戦士くんと飲んでると楽しいだもんっ。それで近くで匂い嗅いでたらさあ、そりゃあムラムラしてくるよね?」
「えっ、俺臭う? あぁ……不寝番上がりだからなぁ、身体くらい拭いてくりゃ良かったか」
「良いって。私だって似たようなもんなんだし。それで? 嫌なの?」
なにをだ。
「いっただっきまーす」
待て待てここじゃ拙い、マスターも寝たが流石に店の中ってのは。
「かぷり」
「あン」
滅茶苦茶搾り取られた。
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