万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。
あわき尊継
リディア編
飲んで飲んだくれて勢い余って。
「ふざけんじゃねえっ!」
「そうだそうだー!」
「俺達もしっかり仕事してるんだぞー!!」
「そうだそうだー!!」
「ちっくしょおっ、やってられるかー! 飲むぞお! マスター酒ェ!!」
「ぐびぐびぐびぐび!!」
「おお姉さん良い飲みっぷりだ! 良し! 今日は俺が奢ってやるから好きなだけ飲めえ!!」
「おっしゃあ飲むぞお!!」
パーティから追放された。
どっちかと言えば俺が悪かった。
けど俺にも言い分はあって、簡単に納得なんて出来なかった。
結果、普段立ち寄らないような、街中の奥まった場所で見付けた小さな酒場で飲んだくれた。いつの間にか隣でくだを巻いてた派手めな格好をしたお姉さんと愚痴が繋がり、会話が始まり、飲んで叫んでを繰り返した。
マスターは何も言わず陶杯を磨いていた。
そして翌朝。
なんか俺の部屋にとんでもない美人が居た。
というか裸だった。
完全に事後だった。
しかもその美人さんは、確かに俺が昨日一緒に飲んで、そのまま勢いで連れ込んだ派手めなお姉さんの筈なんだが。
「えっと……なんか物凄い見覚えが」
そう、例えば俺が十五年も通ってる冒険者ギルドで、この都市でも一番幅を利かせてるパーティにこんな顔があった。似ている、というか、どう見ても本人だ。
派手に結い上げていた髪が降ろされ、大胆な服を脱ぎ捨て、次いでたっぷり汗を掻いたからと途中で下手くそな化粧を洗い落としていたのもあって、完全なる素の顔がそこにはあった。
「あの……もしかして、リディア=クレイスティア、さんですか」
「………………どういう状況ですかコレ」
事後です。
なんて言える筈もない。が、瞬時に顔を真っ赤にしたリディアがシーツを掻き抱いて肌を隠した。傷一つない、とても艶やかでまったりとした、とても、とても良い感触だったのを思い出す。
最高だった。
特に、尻がな。
「あぁぁぁぁぁ……………………ははははは、もしかして、あれ? うーん。もしかしてバレてます?」
状況は理解したらしい。
俺も徐々に思い出してきた。
主に夜の凄まじい絡み合いについてなんだがな。
あぁ、凄かった。
「……失敗した。農場で働いてるって言ってたから、バレないかなって……」
「それは、まあ、嘘というか、嘘じゃないというか、酒の勢いだからスマン」
「いえ、こちらの問題なので、大丈夫。大丈夫、です。そっか、あのまま勢いで……貴方と」
ちらり、切れ長の目がこちらを見る。
当然だが俺も裸だ。シーツを取られているので隠すものなど何もない。
「わ、わぁ…………」
めっちゃ見られてるが、まあ恥ずかしがるものでもない。
昨日散々舐め回されたしな。
「あっはははははは…………ははぁ……、はぁ………………あの、私結構色々話しましたよね。パーティの事とか、その、いろんなことを……」
「まあ、そうだな。上位パーティって思ってたほど華やかじゃなくて、ドン引きするくらいエグいんだなって感じだが。あぁ、俺も一応冒険者なんだが……万年シルバーでな」
「あっ、そうなん、ですね。はは……は、はは……ああああああああああやらかしたぁぁぁっ」
お上品に返した後で頭を抱え、それでも収まらなかったらしい色々なものが彼女を寝台の上で身悶えさせた。
おかげではみ出した色々なものが拝めた訳だが、昨夜この肢体を思う存分味わったのだと思うと実に喜ばしい気分だ。
そうしてしばらく悩んでいたらしいリディアがどうにか取り繕ってこちらへ向き直る。全裸でな。
「あのぉ……この事は黙ってて貰えないでしょうか。なんでもしますので……」
なんでも、なんて言われて腰元がむず痒くもなってくるのだが、俺も俺で思う所はある。
だってまあ、昨日散々愚痴を聞かされて、彼女の味わってるキツさとか、それでも頑張ってる所とか、知った訳だからな。それで俺も色々話を聞いて貰ったりした訳だろう? 今更脅してどうこうって気分にはならなかった。
なにしろ最初、彼女は酒に溺れ切れず、泣いてたんだしな。
そこへつけ込んだみたいになってる事実はあるけど、昨日にはあったどうしようもない後悔が薄れているのは、間違いなくリディアのおかげだ。
「よし、リディア、さん? 今日は休みだって言ってたよな」
「え? はい……」
笑って言った。
「それじゃあっ、飲み直すか!」
※ ※ ※
ダン、と陶杯がカウンターに叩き付けられ、小さな酒場全体が揺れた。
「ホントやってらんないんらよお! わらしらっていつも頑張ってるのにっ、なんでグチグチ言われなきゃらんらいんだよお!!」
よし、完成した。
リディアさんは飲むと性格が変わる。
というか、普段ギルドで見かけていた彼女は堅物って印象で、大抵はリーダーの数歩後ろで俯いていて、喋るのだって見たことがない。
酒は抑圧から己を解放してくれる。圧が強ければ強いほど、反動はデカい。
「ねえ聞いてるーっ? ねえねえっ!」
「おう聞いてるぞ。もっと言ってやれっ、なんだっけ? そのクソみてえなパーティリーダーな!」
「そうだクソだーっ! きゃははははは!」
因みに今は早朝、酒場なんて閉まっていて当然だが、閉店準備中の所へ飛び込んで来た俺達を見て、マスターは何も言わずに店を開けてくれた。彼は今、熱い珈琲を飲んで、本を読んでいる。
「はぁぁぁぁぁぁ……っ」
リディアは酒臭いため息を盛大に吐き出し、出た分を取り戻すみたいにまた酒を飲んで、赤ら顔でこちらを見る。
「戦士くんさあ、
戦士くんってのは俺の事だ。
名前は名乗ったが、酒で溶けた脳には刻まれていないのか、俺の職業名で彼女は呼んでくる。
「うん? パーティで一番大事だろ。神官が機能してないパーティなんて即壊滅するぞ」
「だよねえ!!」
「リディアさんは……まあ神官だよな」
「今その名前呼ばないでっ」
「はい」
普段の恰好見てれば分かる。今でこそ商売女みたいな恰好で変装しているが、いつもの彼女は神官服を折り目正しく着込んでいて、隙を見せない完璧聖女って感じだ。冒険者仲間で彼女に憧れてない奴は居ないくらい、神聖さがある。
それがまあ、飲んだくれて愚痴を吐いてるんだから、世の中分からないもんだ。
「リーダーはさあっ、めっちゃくちゃ細かいの!
なるほど普段の冷たい印象は、神官としての務めを果たす為のものだったのか。
冷静さ、大切だよなあ。
感情的なヒーラーに背中は任せたくない。俺ってタンクだし。
「というか、そんなに居て神官お前だけじゃないだろ? もう一人居なかったっけ? 普通そこまで大規模なら予備含めて三人くらいは確保してるもんだろ」
「そうそれよっ!」
おっと。
「わらしが一生懸命育ててきた子がさあっ! リーダーにヤリ捨てられたの! あいつ平気で二股三股とかするからねっ! ヤリチンなの!! もうショック受けちゃってパーティ離脱したしさあっ、ようやく形になってきたってのにふざんじゃないってのよお!」
「おう……それでヒーラー一枚はキツ過ぎだろ」
「そんなもんじゃないのよっ」
「なんだと? 吐け吐けっ」
ぐびっといって!
「えへへ、吐いちゃおうっかなあ」
「おうおう派手にいけえっ」
「はぁーい!」
ばんざーい、と両手を挙げたリディアがとってもいい笑顔で言った。
「ウチの馬鹿リーダーっ、ド新人の神官連れてきて私に育成放り投げてきたのお! しかも既にお手付き済でーす!! きゃはははははは!!」
「うわぁ…………」
最悪だ。
自分でヒーラー駄目にしておいて、懲りてない所か負担を全部リディアに押し付けやがった!
え? 嘘だろ? そんなんやったらパーティなんて崩壊するぞ? 大丈夫なの?
「ウチって複数の貴族から支援受けててさぁ、クエストなんてやらなくてもお貴族様並みに贅沢出来るのぉ。拠点なんて豪邸よ豪邸っ、悪趣味過ぎて使いたくないけどさあ? 他行くって言ったら滅茶苦茶不機嫌になるのアイツ。ホント馬鹿みたいっ」
「あぁそれで他の連中も従ってるのかぁ……そりゃ手放せないよなあ、貴族並みかぁ」
俺みたいな万年シルバー冒険者からすれば夢みたいな生活だ。
こちとら薬草一つ買うにも街中駆け回ってるし、防具なんて何年も直し直し使ってるくらいだからなあ。
「もうその子も最悪なのっ。まともにヒーラー仕事も出来ない癖に、もうパーティの女王様気分よっ! ヒーラー舐めんな! 命預かってるのよこっちはさあ!」
あぁ分かる。女王様気分は別としても、若手冒険者ってのはどうも、遊び気分が抜け切れてない所あるんだよなあ。
「ねえ戦士くん……」
「うん?」
「三十二ってもうおばさんなのかなぁ……」
「うん? 俺と同い年じゃねえか。そんな歳でもないだろ」
世間様の感想は無視する。というか、この状況で肯定する馬鹿は居ないだろ。だってのにリディアは目を丸くして俺の顔を覗き込んできた。
「うっそ老けてるっ、戦士くん老けすぎ!」
「貫禄があるって言えよ!? まるごとブーメランだからなお前!?」
「わーたーしーはーっ、老けてませーん! いっつも回復魔法でしっかりケアしてるもん!」
「うわずっる!? 傷一つ無いのはそういう理由か!?」
「えっへへぇ。これでもお肌には気を使ってるの。冒険者って生傷絶えないけどさ、私くらいの腕になると、腕が飛ぼうが首が飛ぼうが傷跡一つ残らず癒してみせるわっ!」
いや首は無理だろ、死んでるぞ。
「そう思う? そう思っちゃうでしょ?」
「え? 本当なの? 死者蘇生の魔法って、本当にあるの?」
「無い無い。少なくとも私は見た事ないよ。でもさ、仲間が首斬られた時、咄嗟に全力で回復掛けたの。斬られたその場で繋げてやったら、奇跡的に上手くいったことあるよっ。完璧っ、後遺症もなし!」
「マジかよ、お前の回復半端ないな……っ」
「えへへーっ」
いい笑顔で褒めて褒めてとせがむので、心の底から褒めちぎった。
ぐびりと一杯空にしたので、マスターに断って樽からエールを戴いて行く。にっこにこのリディアが両手を伸ばして陶杯を受け取り、頬擦りした。
「ありがとー」
「おう。しっかし、上位パーティの神官ってのは本当に凄いんだな。十二人相手に加護と回復回したり、首斬られた仲間を生存させたり……はぁぁ万年シルバーには遠い世界だわ」
「キャリーしてあげよっか?」
「ははっ、身に合わないランクは命取りになるだけだ。俺は俺で、俺に合ったクエストをやっていくよ」
「そっかぁ。戦士くん居たらちょっとは気が楽になると思ったんだけどなあ」
「ここまでの話聞いてお前んトコ行きたいって思う熟練冒険者なんざ居ないって」
「確かに!!」
力強い返事を受けてつい笑う。
いかんいかん、真面目な話をしたせいか、酔いが抜けて来てるな。
「ほら、もっと飲め飲め。今日は思いっきり吐き出していけ」
「私ばっか悪いよー。戦士くんも聞いてほしいことまだある? ほら、パーティ追放されたんでしょ? 聞くよ? 聞くよ?」
「下手な気ぃ回してんじゃねえよ。今日はお前の番だ。俺の話は今度で…………あいや」
ついまた今度みてえに言っちまった。
本来なら俺みたいな底辺冒険者が声掛けられる相手じゃないんだ、リディアは。
「ふふっ」
微笑んだ彼女が手にした陶杯をこっちの陶杯へ寄せてくる。
二つの器が小気味良く音を鳴らした。
「それじゃあまた今度、ここで会ったら話を聞かせて? 色々聞いて貰って、もう自分でもびっくりするくらい気持ちが軽くなったし。ね?」
その、朝陽に溶けるみたいな微笑みがあんまりにも綺麗で、酒に紅潮した頬とか、こちらへ傾いてきた身体が無防備に触れてきた事とか、汗と酒の香りに、つい酔った下半身が反応した。
昨夜の記憶が蘇ったんだ。
「あ…………」
そんで、気付かれた。
流石にちょいと恥ずかしい。
「あー……………………ふふっ」
「うおっ!?」
腕を抱かれ、耳元へ顔を寄せてくる。
熱い吐息が首筋を撫でた。腕を包み込んでくる柔らかな感触が堪らない。
「ねえ、飲み直した後は、ヤリ直したりとかは……しないの?」
「…………する」
二人一斉に杯を干し、カウンターに叩きつけ、
「マスターありがとう! 金ここに置いてくから!」
「まったねーっ、ありがとーっ」
珈琲片手に手を振る老齢のマスターに見送られ、俺達は全力で早朝の街を駆け抜けていった。
ヤる為にな。
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