第48話 南の島 ⑥ お祭り



 

 立ち並ぶ屋台。

 その周りには『祭』と描かれた提灯が浮かぶ。

 橙色の灯りが非日常を彩り、気分を高揚させる。



「さあさあ、よってらっしゃい! 美味しい焼きそばはいかがかな! りんご飴に綿菓子もあるよ! どうだいそこのお嬢ちゃんたち!」



「伍、なにしてんのよ」



「ど、どうだいそこのお嬢ちゃん! 食べ物以外にも射的やヨーヨー釣りもあるよ! やってくかい?」


  

「あっくん続けるんだ……」


 

「くく、伍くん。頑張っていてかわいいな」



「つむつむその喋り方似合わないかも」



「……うん」




「みんなしてひどいや!!」




 縁日のおじさんになりきってみたけど、この役は僕には合わないみたいだった。



「あれだ! ヒゲがないからかな? それとも肌を焼くべきだったかな?」



「ヒゲなんかダメ! かわいいのが伍なのに、そんなの私が許さない!」



「肌を焼くのも駄目だぞ! 伍くんの白くてすべすべな肌が痛んでしまうからな!」



 役作りのための思いつきは明日花さんと宝塚さんに真っ向から否定された。


 

「そんなにダメかな……役作りは難しいなあ」



 まあ、役にはそもそも合う合わないがあるもんね。

 僕が屋台のおじさん役なんてキャストミスもいいとこだった。



「それにしてもすごいねー、これ全部あっくんが用意したの?」



 あっちゃんがあたりを見渡しながら僕にいう。



「そうだよ! みんなが浴衣の準備をしている間にね」



「浴衣だからそんなに待たせてないはずなのだが、ここまで準備を?」



「伍はなんでもできるのね……」



「なんでもなんてそんなことないよ! 昔、お手伝いさせてもらってたから出来るだけだよ」



 小さい頃から自分でお金を稼ぐ必要のあった僕だったが、アルバイトはできないので屋台のおじさんに頼み込んでお手伝いをさせてもらっていた。


 変な子どもが来たなって思われてたみたいだけど事情を話すと反応が変わり、人手もあればあるほどいいと最後にはOKをもらえたのだ。


 それから毎年参加させてもらっていたので設営から一通りのことはできるようになった。


 ここ数年は参加できていないけど、おじさんたち元気かな?



「あっくんは他にどんな経験をしてきてるんだろう……」


「つむつむのナゾは多い、景凪も知らないことばかり……」


 

「いや、僕なんて普通だよ」



 僕のことよりも、


「みんな浴衣似合ってて綺麗だね! 髪型もアレンジしててかわいいよ」


 祭りをするということは事前に伝えていたので、みんなそれぞれに似合う浴衣を着ていた。

 髪もアップにしたりかんざしを挿したりとさまざまだ。

 

 ちなみに僕は動きやすいように甚兵衛を着ている。

 


「そうかしら?」

「えへ、また褒められちゃった」

「スカートみたいで恥ずかしいが、よしとしよう」

「景凪が一番でしょー」

「……嬉しい」


 今回は昨日みんなに料理をしてもらった分のお返しということで僕が祭りをしたいと提案したのだった。


 それに明日花さんや宝塚さんに景凪は芸能人だから街のお祭りに参加なんて難しいだろうし、みんなお祭りを楽しみたかったんだ。



「逆瀬川くんこれ食べてもいい?」



 いつのまにか姫路さんは両手にりんご飴と綿菓子を持って僕に尋ねてきた。



「いいよ! みんなもここに用意してあるものは全部自由に食べたり遊んだりしていいからね!」



 僕がそういうとみんなは自由に食べ物を手に取って食べていた。


 姫路さんはさっきの二つのほかにミルクせんべいやカステラと甘いものばっかりだった。

 一方で、明日花さんはイカ焼きや牛タン串など高タンパク低脂質のものを選んでいた。さすが抜かりない。



「つむつむーこれってなにやるの?」


「それは射的だね。その銃にコルクを詰めて欲しいものを狙って撃つんだ。見事撃ち落としたらそれが景品としてもらえるよ」



「なるほど、欲しいもの……ごくり」



「け、景凪? ど、どうして僕に銃口を向けてるのかな?」



「撃ちオトシたら、もらえる」



「ちょっと、危ないから! 僕は景品じゃないよー!」



 一旦ストップして景凪には人に銃口を向けたら危ないこと、僕は景品じゃないことを説明した。

 しょんぼりと肩を落としていたが、景品のぬいぐるみが僕の手作りだと言ったら景凪はなぞのやる気を見せていた。



「大切にする」



 撃ち落としたぬいぐるみを頬にすりすりとして喜ぶ景凪。

 身長高くてミステリアスな雰囲気なのに、子どもっぽいところがあってかわいい。



「それってうなぎさん?」



 横に目をやるとちちゃきゃわのお面を頭につけた姫路さんがいた。



「そうだよ。姫路さんは知ってるよね」


 うなぎさんは、僕が星月かぐやちゃんにだけ送っていたミニキャラ漫画に登場するキャラだ。



「うなぎさんぬいぐるみかわいいなあ。このちちゃきゃわちゃんのお面もかわいくて思わずつけちゃった」


 お面よりも、一見ツンとして冷たくみえる姫路さんがキャラのお面をつけてるのがかわいい。

 みんなしかいないから恥ずかしがらずにできるんだろうね。


 

「この子たちSNSで発信したら流行りそうだよね」



「そうかな……? 姫路さんがそういうなら考えてみるよ!」



「絶対伸びると思う! そうだ、私もぬいぐるみ欲しいから射的してくるね!」



「うん、いってらっしゃい」


 

 姫路さんを見送ると肩をとんとん叩かれる。



「あっくんみてみてー、べろがオレンジ色になっちゃったー」



 振り返るとかき氷を持ったあっちゃんが舌をんべーっと出していた。

 女の子の舌を間近でみることがないから、なんか変な気分になる。



「こら、茜。はしたないわよ」


「えー、明日花ちゃんは堅苦しいなあ。お祭りでかき氷を食べたあとのべろをみせるのは普通だよ。ねー」


「え、そうなの?」


「ああ、そうだぞ。ほら伍くん私のもみてくれ」



 宝塚さんが艶めかしく舌をだす、青くなっているから恐らくブルーハワイを食べたんだろう。

 って女子高生の舌をみて僕はなに冷静に考えているんだ! 



「普通なのね……。じゃあわたひのもみへ」



 舌足らずな言葉とともに明日花さんが舌をのぞかせる。

 ほんのり黄色くなっているからレモン味。



 女の子が舌を出している状況を前にして冷静でいるためには、何味を食べたかに意識を向けるしかなかった。


 

「お祭りで子どもが見せ合ってるは普通だけど、高校生になってみせるのは珍しいかも……?」


 僕は思っていた疑問を口にする。



「え?」


「まあ高校生ではあんまりみせないかもね」


「まあそうだな」



 あっちゃんと宝塚さんがうんうんと頷く。

 どうやら二人はわかっていてやっていたらしい。



「え? え?」


 明日花さんは普通じゃないと知らずにやっていたことに気づき、みるみる内に顔が赤くなる。

 


「あんたたち騙したわねー!」



 わーきゃーと逃げている二人も追いかけている明日花さんもみんな楽しそうだった。





 そろそろいい時間になってきたので僕はある提案をした。

 お祭りといえば最後はもちろん花火だ!



「綺麗だね」


「うん、綺麗だ」


 姫路さんと僕は二人でしゃがんで線香花火をしていた。

 ぱちぱちと弾けて光のつぶを飛ばしている様子を、ぼんやりと眺めていた。


 景凪がねずみ花火をして明日花さんを追いかけ回していたり、あっちゃんが両手に花火を持ってぐるぐるしていたりするのを宝塚さんは見守っている。



「逆瀬川くんありがとね、私、友達と旅行とかお祭り初めてだから楽しかったよ」


 

「僕も初めてだったけど友達と遊ぶのってこんなにも楽しいんだね。こちらこそありがとね姫路さん」



「こんなにも楽しいのに、これからはみんなでの旅行は難しくなるのかな?」



「そうだと思う。ここはプライベートアイランドだから大丈夫だけど本来なら人目を気にしなきゃいけないし。それにみんなお仕事があって休みが合わなくなるから難しくなんじゃないかな……」


 残念だけど、こうして集まれたのは奇跡なのかもしれないと思う。


 

「そっか……」

 


 勢いよく弾けていた光の玉が、徐々に弱くなり、やがて最後にはポトンと落ちた。


 急に寂しさと物悲しさが一気に押し寄せる。

 もうこの楽しい時間も終わりなのだと。


 感傷に浸ろうとしていたそのとき。



「伍、月夜どいてどいて!」


「え」



 ねずみはなびに追いかけれ逃げてきた明日花さんがこちらに向かってきた。

 しゃがんでいた僕らは避けることができずにぶつかってしまう。


「いたた、景凪あんたねえ!」


「明日花の反応が楽しくて、つい」


「ついじゃないよ。景凪謝ろうね」


「ごめんなさい」


「もう、伍のいうことはすぐに聞くんだから!」


「ふ、ふふふ」


 

 そのやり取りをみた姫路さんがおかしそうに笑う。



「どうしたのよ月夜」

 

「ううん、やっぱりみんなといると楽しいなって」


「どうしたのよ。そりゃあ楽しいに決まってるでしょ?」


「うん、そうだね。楽しいね」



 目の端に溜まった涙を拭いなら姫路さんは答える。

 僕は立ちあがってみんなに声をかける。

 


「みんなで写真撮ろうよ!」


「む、それはいいな」

「そういえばみんなで写真撮ってなかったね」

「いいよー」

「うん!」

「えっと、今ので髪型崩れてないかしら……」


「明日花さんはいつもかわいいから大丈夫だよ。ほら、みんな集まってー!」

 


 それから僕らは六人で屋台の近くで集合写真を撮った。

 集合写真といっても自撮りだ。僕の背が低いからあっちゃん以外のみんなにはしゃがんでもらったのが申し訳なかった……。


 

 だけど、それを含めてその写真は生涯に残る思い出の一枚となった。

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