第49話 南の島 ⑦ ヒロインside
誰もが寝静まるような夜更け。
遠くから波の音だけが小さく聴こていた。
そんな夜にまだ寝付いていない少女が一人。
「うぅ、逆瀬川くんと同じ屋根の下にいるなんて眠れないよ……」
月夜はベッドの上で悶々としていた。
「それも今日でお終いかあ、私ちゃんとアプローチできてたかな。みんながすごくて霞んでたら嫌だな……」
周りのレベルの高さに、自己肯定感の低い月夜は圧倒されていた。
そして、その危機感とバカンスという特別な気分により月夜は大胆な行動を取らせた。
「こんなチャンス滅多にないかもしれないから……よし、伍くんの部屋に行こう!」
ガバッと立ち上がり、寝室を出るために扉をあけた。
「「あ」」
月夜が出るちょうどそのとき向かいの部屋の扉が開く。
そこには寝巻き姿でどこかへ行こうとしている明日花がいた。
「つ、月夜どうしたの?」
「ね、眠れなくて外に行こうかと思って。明日花ちゃんこそ、どうしたの?」
「わ、私もそんなところよ」
「へ、へー。奇遇だね」
二人は廊下を少し歩いて二手に分かれたところへ差し掛かる。
「あら月夜。外へ行くにはここを真っ直ぐよ?」
「明日花ちゃんこそ。どうして左に行こうとしてるのかな?」
しばしのあいだ視線で牽制しあっている、後ろから声がかかる。
「明日花ちゃんに月夜ちゃん。どうしたの?」
「あ、茜……。私は眠れなくて夜風にあたりに行こうかと思って」
「わ、私も同じ理由だよ」
「そうなんだー。仲良しさんだね」
二人の様子をみてにこっと微笑む茜。
「茜こそどうしたのよ」
「私はお手洗いに行こうとしていたんだ。二人は外に行くならここを真っ直ぐだね、私はこっちだからじゃあね」
そういって左に曲がろうとした茜だったが、ガシッと両肩を掴まれれる。
「待って茜、お手洗いはこっちじゃないわ」
「そうだよ茜ちゃん。お手洗いは来た道の逆方向だよ?」
月夜と明日花が片手ずつで茜の左右の肩を掴んでいた。
「あはは、そうだっけ。別荘にまだ慣れてないのかなー」
茜は首だけを後ろに向けて笑う。
しかしその足を止めようとはしなかった。
「まさか……茜。伍の部屋に行こうとしてるんじゃないでしょうね?」
「そういう、明日花ちゃんこそ!」
「そーっと」
二人が言い争いをしようとしているところに月夜が漁夫の利を狙って進もうとするが、
「あ、月夜!」
「月夜ちゃん!」
呆気なくバレてしまう。
しかし、月夜は止まらない。その場からダッと走り出す。
「は、速い!」
「くっ、あの子。いつもおっとりしてるけど運動神経抜群だった!」
月夜は、周りの期待に応えるべく超高校級の学力と運動神経を持ち合わせている。
『氷の女王』の称号は伊達ではなかった。
伍の部屋はもう目前だったが、その扉の前に人影がみえる。
「うーむ、どうしたものか。ふう、恥ずかしいな。引かれたらどうしよう……むむむ」
ドアノブに手をかけてはやめて、扉の前をぐるぐると回っているのは鈴だった。
勢いよく走ってくる足音に気付いて足をとめる。
「つ、月夜ちゃん!? どうしてここに?」
「宝塚さんこそ……どうして逆瀬川くんの部屋の前に?」
「な、なに? そ、そうかここは伍くんの部屋だったか……。はっはっは。間違えてしまったか……」
「その言い訳には無理があるわよ」
「そうだよ鈴ちゃん」
月夜に追いついた明日花と茜が息を上げながら鈴へとツッコミを入れる。
「くっ、私はただ伍くんと添い寝をしようと思ってだな……」
「そんなのずるいわ! ここは料理対決の優勝者である私が……」
「あー、明日花ちゃんは二人っきりの時間を過ごしてたじゃん」
「そ、そうだよ、優勝者特典はそれで終わり!」
「じゃあみんな、ここは私に譲ってくれないだろうか?」
「いいえ、私よ」
「いいや、幼馴染であるあたしだね」
「私だもん」
それぞれが我先に伍の部屋へと入ろうと睨み合っていると扉が開く。
「みんなうるさい」
そういって顔を覗かせた人物は部屋の主ではなく、寝ぼけまなこの景凪だった。
「「「「なっ」」」」
「ふわああ、つむつむ寝てるんだからみんな静かにね。じゃ」
あくびをしたあと、ひとこと告げて去っていこうとする。
それは四本の手によって阻まれる。
「待ちなさい」
「どうして景凪ちゃんがここにいるんだ?」
「うーん、昔は一緒のベッドでねてたから今日は一緒にねたくなっちゃって。みんなも一緒にねる?」
「え、いいの!」
「うんうん! ねる!」
「どうぞー」
みんなは景凪に招かれる。
景凪が許可をしたからといって人の部屋に勝手に入っていいわけではないのだが……。
「つむつむ寝てるから静かにね」
伍はぐっすりと寝ていた。
海で遊んだり、明日花へデザートを作ったり屋台の準備をしたりと少し疲れていたというのもあるが、それは姉妹のサポートをしていた時に比べれば全然楽だった。
なぜこうもぐっすりと寝ているかというと、友達がいるという空間で安心しきっていたからである。
「ふわああ、伍の寝顔かわいいすぎる……」
「まるで天使みたいだな」
みんながうっとりと伍を見守るなか。
月夜は無言で写真を撮り続けていた。
「月夜ちゃん、あとでそれあたしに送って欲しい」
「うん、グループラインにあげとくね」
茜と月夜はぐっと親指を立てあう。
女子だけのグループラインがあり、そこでは日夜伍の写真や情報交換がされていた。
「みんな、いつもありがとうね……」
一瞬のことにみんなが固まるが、そのあとむにゃむにゃ言ったあとに規則正しい寝息が聞こえてくる。
「なんだ……寝言か」
「びっくりしちゃったな」
それから伍の隣に誰がねるかで一悶着あった。
伍の胸の上と左右の腕と脚に抱きつくという案が出て、誰がどこに抱きつくかはジャンケンで決まった。
◯ ●
「あれ、皆さん遅いですね」
次の日の朝。
景凪のマネージャーである
しかし時間になっても一向に姿をみせないので心配をしていた。
「ちょっと様子をみに行きますか」
◯ ●
「ん……、体が重い。旅行が楽しかったからかな?」
伍は起きようとするが体がいつもより重い。
そして目をこすろうとするが手が拘束されているように動かない。
「な、なんだどうなっているんだ!」
少しずつ覚醒した頭であたりを見回すと、胸の上には茜、右手に月夜、左手に明日花、左足に鈴、右足に景凪ががっちりとくっついて寝ていた。
「逆瀬川さん、大丈夫ですか?! 皆さんが見当たらなくて……って、え?」
「お、おはようございます?」
伍の声を聞いた垂水がドアをノックしたあとに伍の部屋へ飛び込んできた。
そこには伍とそれを取り囲むようにみんなで寝ている姿が。
「きゃー! ハレンチですー!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕もなにがなにやらで……」
それから垂水への誤解を解くのにを帰りのフライトの時間全てを要した。
はあ、最後まで普通じゃなーい!
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