第47話 南の島 ⑤ 明日花とデート




 強い日差しが海面にきらきらと不規則に反射する。

 波が心地の良い音とともに足元を濡らす。

 


「伍とこうして二人っきりっていうのは初めてよね」


 

「そうだね。学校や仕事のサポートで一緒になることはあっても誰かしらいるもんね」

 


 僕は明日花さんと二人っきりで波打ち際を歩いている。

 明日花さんは昨日とは違う水着にオーバーサイズの白シャツを羽織り、ボタンは留めずに裾と裾を結んでいた。


 前が開かれたシャツの間からの大胆な谷間、裾から伸びている綺麗な足がみえてドキドキする。


 僕はハーフパンツにシャツを羽織る夏のリゾートスタイル。

 明日花さんとほぼ同じ格好なのにこうも違うとは。

 さすがトップアイドルだ。

 

 なぜ二人でいるのかというと、昨日の料理対決の優勝者はである明日花さんは景品として僕と二人っきりの時間を過ごせることになってるからだ。

 僕との時間が景品でいいのだろうかと、いまも心配だ。

 

 とはいえ、二人で過ごすのはお昼すぎまでで夕方からはみんなと遊ぶことになっている。


「みんなといるのも好きなんだけど、伍と一度こうして二人で過ごしたかったの」


「ほんとに? 明日花さんにそう言われるなんて思いもしなかったよ」


「だって……。月夜は放課後にコスメをみて回ったっていってたし、鈴だって遊園地デートしてたでしょ、茜はバイト先で一緒だし、景凪とは一時期住んでたっていうじゃない? なのに私だけ……」

 

 明日花さんは口を尖らせて指折り数えながらいう。 

 目のハイライトが消えてぐるぐると渦を巻いていた。

 

「えっと、明日花さん……?」


 声をかけても反応する気配がなかった。

 だから気づかなかったのだろう、足元にいる小さな来訪者に。


「あ、明日花さん! 足元にカニが!」

 

「え……? きゃあっ!」


 カニを踏む寸前、僕の大きな声でやっと気づいた明日花さんが驚いてこけそうになる。


 僕はすかさず明日花さんの手を掴み、体をグッと引き寄せて受け止める。


「ふう、危ないところだった」

 

 踏まれそうになったカニをみると、ハサミを大きく広げて威嚇してからすすっと地面に潜っていった。

 

 それを見届けた僕は明日花さんに向きなおる。


「あ、え……」


 明日花さんが言葉を上手く紡げないでいた。


「どうしたの!? 足でも捻ったりした?!」


 こけてはないけど手を引いたときになにかあったのかもしれない!

 大型のライブも近いというのにここで怪我でもあったら大事おおごとだ!

 

  

「あ、伍……。近い、よ……」


「え?」


 言われてハッとする。

 僕と明日花さんの距離は鼻と鼻がくっつきそうで、息づかいを感じられるほどに近かった。

 

「ご、ごめん!」

 

 僕は慌てて顔を離す。

 離れたときに明日花さんの髪が揺れてふわっと甘い香りがした。


「心配しちゃって、つい。ごめんね、嫌だったよね……」 

 

「嫌じゃない……。心配してくれてありがと」


 明日花さんはうつむき、表情は髪に隠れてみえない。

 

 そして僕は、星影社長に『旅行先ではくれぐれも気をつけてください。明日花に傷をつけることのないように』と釘をさされていたことを思いだす。


 少しの沈黙のあと、僕は切り出した。

 

「ねえ明日花さん。僕と手を繋ご?」


「え!」


「ダメ、かな……?」

 

「……繋ぐ」

 

 明日花さんは小さくと呟くと、僕の差し出した手におずおずと触れる。

 いつまでもたしかめるようになでているので僕はその手をぎゅっと掴む。

 


「これでもう安心だね!」


 

 もうすぐライブもあるし怪我しちゃうとまずいから、これで大丈夫だろう。

 万が一のことから僕が明日花さんを守らないと。


 気をつけるって、こういう意味だよね?


 

「伍、その言葉……」


「ん? 明日花さんどうかした?」


「ううん……、なんでもない」



 それから僕は、いつもより大人しい明日花さんの手を引いて、目的の場所まで歩いた。

 

 

○ ●

 


「明日花さん、ついたよ」

 

 そんなに大きくない島だから目的の場所まではすぐだった。

 

 そこには丸いテーブルにチェアが二つ、そしてパラソル。どれも白で統一している。

 テーブルの上にはティーセットと三段になったケーキスタンドが置かれ、スタンドのお皿の上にはスイーツの数々。

 

「わ! アフタヌーンティー?」


「うん! 明日花さんとは時間までゆったり海でも眺めながら、楽しいひとときを過ごしたいなって思って」


 料理を頑張ってくれたのに、どう過ごすかまで考えさせるわけにはいかないと思ったので、僕に任せてほしいと提案したのだった。

 

 どうかな、と明日花さんの顔を横目にみる。

 

「素敵ね……」


 明日花さんどこかうっとりとした表情で空いている片方の手を頬にあて感嘆の声をもらしていた。

 

 やった、この反応は成功しただ!


 ひとまず僕らは席についた。

 明日花さんが目の前のスイーツをみながらいぶかしげに僕にたずねる。


「もしかしてこれぜんぶ伍の手作り、なーんてことはないわよね?」


「ぜんぶ手作りだよ? あ……。ごめんね、明日花さん手作りとか苦手だった?」

 

「そ、そんなことないわ! むしろどんなお店で買うより嬉しいというかなんというか……」


 強く否定したあとにごにょごにょと呟く明日花さん。

 ふう、手作りに不快感を覚える人じゃなくてよかった。


「ただこの品数を手作りしたのよね、大変だったんじゃないの?」


「そんなことないよ。お菓子作りはちょっと自信があるんだ」


「これってちょっとどころじゃないんだけど……」

 

 三華さんがいきなりアフタヌーンティーをしたがることもあってその時は急いで作らされていた。

 それに比べれたら今朝は早起きして時間に余裕があった。


「それをいうなら昨日、明日花さんも僕に料理作ってくれたでしょ?」


「私はハンバーグの一品だけだし……」


 どこかバツが悪そうにする明日花さんだったが、僕は繋いだままの手をみつめていう。


「明日花さんが頑張って料理を作ってくれたの知ってるよ? いまはもうないけど、最近みえにくい絆創膏を貼ってたのって、もしかして料理をしてたからじゃないかな?」

 

「え、……うん」


 明日花さんはこくんと頷く。

 

「やっぱり。なのにあれだけ美味しいってことは、作れるようになるまで何度も何度も練習してくれたんだよね。手際もとってもよかったし努力したのが伝わったよ」


「うぅ、バレてたの恥ずかしい……」


「恥ずかしくなんかないよ。明日花さんはパーフェクトアイドルっていわれて世間から才能だとか天才だとかなんでもできるみたいに思われてるけど、本当は人の何倍も努力してることを僕は知ってるから」


 ダンススタジオに誰よりも早くきて誰よりも遅く帰る姿や、レコーディングで納得がいくまでテイクを重ねている姿。

 サポートをちょくちょくさせてもらうようになってそんな一面を目の当たりにすることが増えた。


「明日花さんのことだからこれからもファンや世間にはその努力をしてることは一切ださないんだと思う。でも僕は明日花さんの努力を知っていたいし、それをサポートできればって思ってるよ」


「伍……」


 掴んでいる手に熱がこもる。

 

「あ、あと本当は甘いものが好きなのに太るからって控えてるのも知ってるから!」


「ちょっ、ちょっとそれなんで知ってるの!?」


錫火すずかさんが言ってたよ?」


 前に現場で『あの子、太るからっちゅうて甘いの控えとるんやけど。あの子でも気兼ねなく食べれるスイーツなんかがあればさぞ喜ぶやろなあ』とひとりごとを言っていたのだ。

 いま思えばやけに大きなひとりごとだったような。


錫火すずかったら、もう!」


「だから今回は明日花さんのためだけにカロリーオフのレシピかつ無添加の食材で作ったんだ! これなら明日花さんもストレスなく気にせずに食べられるかなって」

 

「私のためだけに……? 作ってくれただけじゃなくて、そんなことまで考えてくれてるなんて……」

 

 アイドルという職業柄、普通の女子高生とは違って我慢してることも多いだろう。

 目の前の輝きは数多の犠牲の上に成りたっている、とても儚く尊い輝きだ。


「今日は普通の女の子のようにたっぷりと楽しませてもらうわ、ありがとう」


 ふにゃりと溶けるような笑顔に僕は思わず見惚れてしまう。 


「じゃ、じゃあ紅茶を淹れるね!」


「あ……」

 

 繋いでいた手を離して、近くの別テーブルに卓上コンロやポットなどを用意してあるのでそこで僕は準備に取り掛かる。


 待っているあいだ、明日花さんは隣で準備している僕の手をじっとみつめていた。

 もしかして美味しい紅茶ができるかどうか見定めている!?


「おまたせ」


 少し緊張しつつも紅茶を淹れおわりカップを明日花さんの目の前におく。

 アフタヌーンティーだけど暑いから今回はアイスティーだ。

 

「ありがとう」


 いただきます、と明日花さんは言ってグラスに口をつける。


「あぁ、美味しい! 伍の淹れるコーヒも好きだけど紅茶もいいわね。海を眺めながら味わえるなんて最高の気分よ」


「そういってもらえると嬉しいよ」


 それから明日花さんは僕の作ったスイーツに手を伸ばした。

 マカロンやショートケーキやプリンなどが置かれてるなかで明日花さんが取ったのはミルクレープだった。

 その姿をみて思わず笑ってしまう。

 

「ふふ」


「な、なによ」


「やっぱりミルクレープが好きなんだなあと思って。いつも喫茶店でほかの人が注文したら気にしてるからさ」


「うそ。私、そんなことしてた?」


 明日花さんは手を口元にあて恥ずかしそうにする。

 

「うん。でも大丈夫、一瞬だから他の人は気づかないかも」


「だったらどうして伍は気付くのよ」


「うーん。いつも明日花さんのことみてるから、かな?」

 

「……」


 明日花さんも口を開けて固まっている。

 やばい、僕がだいぶきもい発言しちゃったからか!

 

「おーい、明日花さん?」


 目の前に手を振ってもまばたきすらしない。

 それから明日花さんの意識が戻るのは数分後だった。


 そして僕たちはスイーツを食べながらいろんなことを話した。

 学校のこと、勉強のこと、アイドルのこと、芸能界のこと。

 共通する話題が多くて話が尽きることはなかった。


 

「伍、これってまだある?」


 

 そろそろいい時間になり、テーブルのスイーツが全てなくなった頃、明日花さんに尋ねられた。


 

「それぞれの種類がまだいくつかあるよ。別荘の冷蔵庫に入れてるけど持ってこようか?」


 

「ううん、違うの。余りにも美味しかったからみんなにも食べさせてあげたくて。ほら月夜とか甘いものに目がないし喜びそうじゃない?」


 

「そうだね。明日花さんがいいならみんなにも聞いてみようか!」


「うん!」


 やっぱり明日花さんはどこまでも人のことに気を配れる優しい人だった。

 

 別荘へ戻る途中、満足そうな明日花さんの横顔をみて、良い時間を過ごすことが出来てよかったなと僕は思った。

 

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