第45話 南の島 ④ 料理対決その後




「洗い物ありがとね、あっくん」


「このくらい当然だよ」


 夜ごはんを食べ終えたあとの洗い物をしているとあっちゃんから話しかけられた。


 いつも家族全員分の料理と洗い物をしていた僕としてはこのくらい平気だ。

 むしろ洗い物をさせてもらわないと申し訳ない気持ちになる。


 はじめはみんな片付けようとしてくれたけど、ひとりで片付けたいと僕からお願いしたのだ。

 

「ゲームで負けちゃって手もち無沙汰だから、食器拭いとくね?」

 

 あっちゃんはひょいとお皿を取ってふきんで拭きはじめた。


「あ、あっちゃん」


「次にあたしの番が回ってくるまでの暇つぶしだから。ね? いいでしょ?」

 

「そういうことなら……。ありがとうあっちゃん」


 ここで食い下がるのはあっちゃんの厚意を無駄にすると思い、一緒にしてもらうことにした。

 あとは食器を拭くだけだったからそう長くはかからないだろう。


 

 ほかのみんなはというと、テレビゲームをしていた。

 『大乱舞スマッシュシスターズ』という最大四人までプレイ可能な格闘対戦ゲームだ。


 このゲームは通常の格闘対戦ゲームでもちいられるHP制ではなく、ステージ外に出されると残機が減り、残機がすべてなくなると負けるシステムとなっている。

 そのため技をあてるとキャラが吹っ飛ぶようになっている。

 ほかの格ゲーに比べてコマンドがわかりやすく、アイテムなども使用できるので色々な戦い方ができる。

 キャラを吹っ飛ばす爽快感と分かりやすい操作性から、子どもから大人まで楽しめる人気ゲームだ。



「ちょっと月夜! またそのコンボ!?」


「そのベク変じゃ逃げられないよ」


「べ、ベク変? あー! また場外いっちゃったじゃない!」


「景凪このハンマー振るの好きー」


「け、景凪ちゃん? 近づかないでもらえると助かるのだが」


「それはできないよー」


「ここはアイテムの効果が切れるのを待つしか……、いや、この銃を使えば!」


「え。りんりん、撃たないよね……?」


「すまない。これは戦いなんだ!」


 わちゃわちゃとしてて楽しそうだった。

 こんな光景がみれることになるとは思わなかったな。


「こんな光景みれると思わなかったね」


「うん、ちょうど僕も同じこと考えてた」


 あっちゃんも同じ気持ちだったらしい。

 こういうのってなんか嬉しい。


「え? ほんと? あっくんと同じこと考えてたなんて嬉しい」


 あ、また同じ気持ち。

 あっちゃんとは幼いころに仲が良かったのもあって考え方が似てるのかな。


「でもさ、まだまだ知らないことたくさんあるよね」


 お皿を拭く手を止めることなくあっちゃんは続ける。

 

「あたしの知らないところであっくんは色んな経験をしてて。知らないことがたくさんあって。最近では手の届かない存在に思えたりしてたの」


「そんなことないよ」


 手の届かない存在なんて恐れ多い。

 僕なんてまだまだだから。

 

「ううん、そんなことあるの。あたし、あっくんに追いつけるように頑張ってるんだ。今はまだ言えないけどその時が来たらまた話聞いてね?」


 あっちゃんがそんな風に思っているなんて。

 なにか頑張っていることがあるなら応援したい。

 

「うん、いつでも聞くよ。僕に手伝えることがあったらなんでも言って」

 

「ありがとう。あ、明日花ちゃんが最下位になちゃったみたい。交代だから行くね」


 話している間にあっちゃんはお皿を拭き終えたようで、みんなのもとへと戻っていった。

 

「月夜がずっとコンボしてくるのよ。お願い茜、私の仇うって」


「よーし、明日花ちゃん任せて。鈴ちゃん、景凪ちゃんここは手を組まない?」


「それありかも、つっきーずっと勝ってて交代しないし」


「三対一には抵抗があるが、それだけ実力差があるのは事実だ。今回ばかりは致し方ない」

 

「え、えぇ……?」


 突然、共同戦線を組まれたことに姫路さんは困惑していたけど、文句をいうでなく受け入れていた。


 ほんとみんな仲良くなったな。

 でもあっちゃんのいうように全てを知っているわけじゃない。


 それでも僕らは仲良くなれた。

 けれどもっと知っていった方が仲良くなれる、そんな気がしてる。

 

 ちなみに、三人がかりでも姫路さんを倒すことはできなかったみたいだ。 

 僕もあとで参戦したけどぼこぼこにやられてしまった。


 ちょっとだけ悔しかったから、次、勝てるように練習しようかな?


 

 

 ○ ●



 僕はお湯船に浸かりながら大きな一枚ガラスを隔てた先にある絶景を眺め、旅の疲れを癒していた。

 ここはただのお風呂場じゃなくて浴槽は円形のジェットバス、壁や床は大理石でできててとてもラグジュアリーな空間だった。


 

「はー、広いお風呂は気持ちがいいな」


「昔は景凪と狭いお風呂に二人で入ってたもんね」

 

「そうだったね。セレーナさんも今ほど人気じゃなくて小さい家で暮らし――って、どうして景凪が!?」


 振り返ると景凪が僕と顔を並べ、浴槽の外にちょこんとしゃがんでいた。

 景色を眺めていて気づかなかった。リラックスしていて気が緩んでいたのもあるのかな。


「どうしてって、別におかしくないよ?」


 さも当然のことのように景凪はいう。

 

「男女が一緒にお風呂場にいるのはおかしいことだから!」


「えー。あの頃は一緒にお風呂入ってたじゃん」


「あ、あの頃は僕ら小さかったし」


「つむつむはいまも小さいよ?」


「僕だって身長伸びたから! 小さくないから! 景凪がそれ以上に伸びただけだから!」

 

 平均身長を下回っているのは知っているけどここは譲れない。

 認めたら負けな気がする。

 

「というか、なんで大きくなったら一緒に入るのダメなの?」


「なんでって……」

 

 浜辺でみた景凪の水着姿を思い出す。

 あの頃と比べて体つきがいろいろと変化しているから嫌でも意識してしまう。

 

「あ、景凪のこと女の子として意識してるんでしょ? そうなんでしょー?」


 景凪は嬉しそうに顔を近づけてくる。

 当たってるがゆえに悔しいな。

 

「そうだよ! 景凪はかわいい女の子だから、そんな子が裸で近くにいたら意識するよ!」


「か、かわいいなんて。不意打ち……。でも残念だったね、裸じゃなくて水着だよー」


 そういいながら立ち上がった景凪は、黒のシンプルなビキニを着ていた。

 服を着てる時よりも明らかに小さい布面積から見える肌色は、男子高校生には刺激が強い。

 

「景凪が水着着てても僕は裸なんだけど」


「まーまー、細かいところはいいじゃん」


「細かくない、むしろそこが問題だよ!」


「ねね、昔みたいにシャンプーしてー」


 景凪は僕の気も知らずに、バスチェアに座って待機しだした。

 いろいろ変わったところはあるかもしれないけど甘えん坊なところは変わらないな。


「もう、仕方ないな……」


 頭に置いていたタオルを腰に巻き、景凪のもとへ向かう。


 僕は頼られたり甘えられるのが好きだ。自分を必要とされていることに喜びを感じる。

 実家ではないがしろにされてきた反動なのかな。


 

「じゃあ、行くよ」


「うん、おねがーい」

 

 景凪の後ろに座った僕はまずはシャワーだけで予洗いから始める、その後シャンプーを手に取り泡立てていく。

 髪と頭皮を傷つけないように指の腹で優しくマッサージするようにシャンプーをする。


 懐かしいな、少しのあいだ一緒に暮らしてたときはよくせがまれてたっけ。


 あの頃は景凪はロングヘアだったよなあ。

 小さいときに景凪を初めてみたときはお人形さんみたいにかわいくてびっくりした記憶がある。

 

「ふわぁ、きもちぃ」


 景凪がとろけるような声を出す。

 な、なんて声を出すんだ。

 

「あ、そこ……いい」


 景凪の背筋がびくっと震える。


 こうして改めてみると背筋から腰のラインがすごく綺麗だ。

 だめだ、だめだ。僕は無心で続ける。

 

「はぅ、さいこうっ」


 急に力の抜けた景凪がしなだれかかってきた。

 僕の胸に頭を預けている形になる。

 

「ちょ、ちょっと景凪。ちゃんと座って!」


「んん、力入んないよぉ」


 少し下を覗くと黒のビキニから谷間が見えている。

 この状況はさすがにまずい、無心ではいられない。

 

「ねえ、もっとして?」


 振り返りながら僕のことを見上げる景凪は妙に色っぽかった。

 いつもは見上げてばかりいたからこれは新鮮だな。


 このままだといけないと思った僕は勢いよく立ち上がり、あとは任せることにした。

 

「はい、もう終わり! あとは流すだけだから自分でしてね」


「え、最後までしてよー……あ」


 景凪が一点に見つめたまま固まる。

 

「え?」


 どうしたんだと思い、視線の先に目をやると――


 自分の腰に巻いていたタオルが、ない。

 

「うわああああああああ!! ごめん!!」

 

 僕は逃げるように浴室を飛び出す。


 脱衣所で原因を考えながら呼吸を整える。

 勢いよく立ち上がったせいで水分を含んだタオルが重くて腰から外れちゃったのかな。 

 うわー、やってしまった。

 

「つむつむ、小さいままじゃなかった……」


 残された景凪がなにやら呟いていたけど聞かなかったことにしよう。



 ○ ●



 夜の浜辺にて。

 景凪との一幕のせいでどこか落ち着かなくなった僕は夜風にあたりにきていた。

 

 砂浜のうえを歩いていると、ひときわ存在感を放っている人物が目に入る。


「あ、宝塚さん」


 そこにはひとりで月を見上げている宝塚さんがいた。

 月の光に照らされた銀色の髪が美しく輝き、鼻筋のとおった横顔は憂いを帯びていてどこか幻想的だった。


 僕に気づいた宝塚さんはこちらに体を向けていう。

 

「伍くんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

 

「お風呂入ってたらちょっとのぼせた感じになっちゃて、夜風にあたろうと思ってね」


 うん、嘘は言っていない。

 

「なに、それは大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫。心配しないで」


 ならいいのだが、と言いながらも宝塚さんは案じ顔を浮かべていた。

 本当に全然大丈夫なのに心配をかけてしまって申し訳ないな。


 話を変えるためにも僕は思っていた疑問を口にする。

 

「宝塚さんこそどうしてここに?」


「私はそうだな。月を見ていたんだ」

 

「月を?」


「あぁ、控えている舞台によく月が出てくるのだ。だから最近は月をみて考えることが増えてしまった」


 そうか、宝塚さんはあの舞台演出家である加古川行雄『月の裏側、雪の魔法』の公演を控えている。

 この舞台にとって月はひとつの大きなテーマだった。


「月は数多くのモチーフとして使われるように人の心を動かす。だがしかし私たちは月の表しか見ていない、伍くんのことだから知っているだろう」


「うん、台本を読ませてもらって月について調べたからね。たしか月の公転と月の自転の周期の関係でそうなるんだよね」


「さすが伍くんだな。それによって月の裏側を見たことがない。だが一面しかみていないのに私たちはそれを綺麗だと囃し立てている、それは芸能界のようだなと思ってね」


「なるほど、表舞台で活躍している芸能人の裏側を知ることはない」


「そうだ。そして裏側は表よりもクレーターが多くてでこぼこしている」


「月が落ちてくる隕石から地球を守っているからだよね」


「ああ、最近は表側の火山活動が盛んでそれによりクレーターが崩れてしまっているとも言われているが。私はその理由のほうが好きだ、そっちのほうがロマンチックだからな」


 それに、と宝塚さんは続ける。


「表側はスポットライトに照らされて初めて輝く私、裏側はサポートしてくれている伍くん。まるで月は私たちのようだなって思うのだ」


「え、それって……」

 

「あ、いや! すまない、つい変なことを口走ってしまった。忘れてくれ」

 

 宝塚さんは恥ずかしそうな顔を向けてあたふたしていた。 

 

「ううん、そう言ってくれて嬉しいよ。またお手伝いできることがあったらなんでも言ってね!」


「伍くん……。ありがとう」


 少しの沈黙のあと、宝塚さんが口を開いた。

 

「沖縄といえど六月の夜の冷えるな。私は先に失礼するとしようかな」


「そうだね、少し肌寒いかも。僕も一緒に戻るよ」


 それから舞台や学校などたわいもないことを話しながら僕らは別荘へと戻った。

 そして、それぞれの部屋の前に着いたとき宝塚さんに声をかけらる。


「伍くん」


「ん、どうしたの?」

 

「おやすみ」


 慈しむように優しくそれでいて妖艶な笑みに、僕はハッとさせれる。

 このまま黙っていては無視してしまうことになってしまうので慌てて言葉を返す。

 

「お、おやすみ。鈴ちゃん」


 ふふ、とはにかんで宝塚さんは部屋へと入っていく。

  

「あれ、おやすみって誰かに言われたのかなり久々かも?」


 ただの寝る前の挨拶で、人はこんなにも満たされた気持ちになるのかと思いながら僕は眠りについた。



 

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