第44話 南の島 ③ 料理対決



 その日の晩のこと。

 海で明日花さんから告げられたように、料理対決がはじまってしまった。


 

「「「「「さあ、召し上がれ♪」」」」」


 

 横長のテーブルには数々の料理が置かれ、僕は席についていた。 

 テーブルを挟んで向かいにはみんながエプロン姿で立っている。


 

 (くぅ、エプロン姿かわいすぎるだろ!)


 

 普段みることできないこのかわいい姿を目に焼き付けていたい。 

 しかし、優劣をつけるのが苦手な僕はこの光景を前に少し緊張していた。


 


 しっかり選んでねと言われた以上、なあなあにすることは許されないだろう。 



 

 (せっかくみんなが作ってくれたのなら、普通に食事を楽しみたかった……)



 

 上に目をやると『料理対決』と習字の達筆で書かれた横幕まで用意されている。

 番組みたいだなあ、なんてぼんやり思う。

  


 

 ちなみにこの対決では優勝者を一名選ぶ。

 選ばれた人は僕と南の島で二人きりの時間が得られるとのことだった。

 頑張って料理をしてくれた景品がそれでいいの、とたずねたけど、みんなそれでいいらしい。


 

 僕に得しかないように思うけどみんながそれでいいなら、と同意した。


 

 緊張からごくり、と生つばを飲みこむ。

 

 

「それじゃあ、いただきます。まずはこのパンケーキから」


 

 並べられた料理を左端から順に食べていく。


 

「これはサラダやソーセージに目玉焼きが添えられた、いわゆるごはん系だね」 


 

 パンケーキを切り分けて、口に入れる。

 ふわっとした食感にバターの香りが鼻に抜ける。


 

「ちょうどよく焼けててとってもおいしい! 目玉焼きも半熟で、割った黄身がパンケーキに染み込むとよりおいしくなるね」


「ほんと? よかったあ」


 姫路さんが胸を撫でおろしていた。



「姫路さんが作ってくれたんだね。ここまできれいに焼くの難しかったんじゃないの?」


「えへへ、頑張って練習したんだよ! それにね、南の島を意識したの」


「うん、見栄えもよくてバカンスにぴったりだ」



 野菜がいい感じにプレートを彩ってくれている。

 栄養のバランスも素晴らしい。



「あとね、生地はまだ余ってるからたくさんホイップと苺をのせてハワイアン風にして食べるんだあ……って、わわ!」

 


 姫路さんはパンケーキを前につい自分の願望が出てしまったようだ。

 言い終えてから、それに気づいた姫路さんは顔を赤くして俯く。


 

「はは、自分で食べるためでもあったんだね」


 

 やっぱり甘いものと苺が好きなんだなあ。

 自分の好きに忠実な姫路さんはかわいい。


 

「やるわね月夜」


「いきなり高評価を叩き出しちゃったか」


「月夜ちゃんは普段料理をしないと聞いていたが、頑張ったんだな」


「ふーん、でも景凪も負けてないもん。つむつむ次、いこーよ」


 

 僕は他のものが冷めてしまわないように次の料理に手をつける。


 

「次はハンバーグ。僕、大好物なんだよね! デミグラスソースがかかってておいしそう」



 鉄板の上にのせられたハンバーグがじゅうじゅうと音をたてている。

 付け合わせもあって本格的だ。

 切れ込みを入れるとなかからチーズが溢れでる。


 

「うわあ! ハンバーグのなかでもチーズインハンバーグが一番好きなんだ!」



 ハンバーグを口にいれた途端、肉のうまみとジューシーな肉汁、チーズ特有のコクが口いっぱいに広がる。



「んー! おいしー!」

 

「ふふふ、喜んでもらえたみたいね」



 明日花さんが腕を組みながらしたり顔でいう。



「これは明日花さんが作ってくれたんだね。もしかして僕がハンバーグ好きって知ってたの?」

 

「もちろん。伍の好物はちゃあんとリサーチ済みよ」


「い、いつのまに」


 

 明日花さんは人のことをよくみているんだな。

 いつも人を喜ばせることを考えていて尊敬する。


 というか、これ、手ごねハンバーグだよね。


 明日花さんの手ごね……。

 だめだ、なにを考えているんだ僕は!


 

「……だっていつも伍のことみてるから自然とわかっちゃうのよ」


「え?」



 変なことを考えていたせいで明日花さんの話を聞きそびれてしまった。



「ええっと。ほ、ほら付け合わせも食べないと栄養偏っちゃってダメなんだからね!」


「う、うん」


 

 明日花さんの勢いに押されるように付け合わせにも手を伸ばす。

  


「このにんじん、きちんとグラッセされてて甘くておいしい。すごいね明日花さん!」


 

 ハンバーグもそうだけどこの味はなかなか家庭じゃ出せない。


 

「それほどでも、あるかしら?」


 

 ふぁさ、と髪をなびかせながら明日花さんはいう。

 口もとがによによしてて嬉しそうでかわいい。


 

「にんじん、甘いのなら私でも食べられるかも」


「く、明日花もやるね」


「料理もできるとはさすがパーフェクトアイドルだな」


「むむー、つむつむの好きなもので攻めるとは。こしゃくな明日花め」


 

 次に僕が食べるのはオムライス。チキンライスにオムレツがのっているタイプのやつだ。

 オムレツの真ん中をわるとふわとろの卵が広がりチキンライスを包みこむ。


 

「これはテンションあがっちゃうね。作ったのあっちゃんだよね、喫茶店でいつもみてるからわかるよ」



 オムライスは喫茶店の看板メニューだ。

 おじいちゃん直伝でこのふわとろの技術を手にするのは大変だったとか。


 前に食べさせてもらったこともあるけど、ほんとに美味しいんだよなあ。


 

「そうだよ、あたしの得意料理。でもあっくん、いつもと同じと思わないでね」



 にやりと得意げに微笑むあっちゃんだった。

 僕はオムライスをスプーンですくって口に入れる。


 

「ん! これは! いつもより卵が甘めで、チキンライスもケチャップ多めで僕の好きな味付けだ」


 

 僕は毎日食べるお弁当やご飯では、栄養が偏らないために味付けは薄めで作る。

 でもじつはけっこう子どもっぽい味付けが好きなのだ。


 

「そう! あっくんの好きなようにアレンジしたんだよ。どうかな?」


「おいしいよ! それに僕専用って感じがして嬉しいなあ」



 好きな味というのもあるけど、僕の好みに合わせてくれる心づかいが嬉しい。



「うん。……あっくん専用だよ? だから、おいしく食べてね?」



 首をかしげて上目づかいで見つめてくるあっちゃん。


 

 おいしく食べてねって、オムライスをだよね!

 なぜか、リボンでラッピングされたあっちゃんを想像してどきどきしてしまう。

 

 

「甘い卵、いいなー」


「ただの看板娘ってわけじゃないわね」


「前に喫茶店で食べたナポリタンは絶品だったな」


「あっちゃんお店で料理してるのずるくなーい?」



 次の料理はこれまでの洋のスタイルから一転して和食だった。

 さわらの西京焼きにあさりの味噌汁、小鉢が二つあってナスの煮びたしと肉じゃががそれぞれ盛られていた。



「しっかりと一汁三菜だ! はー、なんだかほっこりするね。西京焼きが上品な味わいでおいしいよ」

 

「伍くんが気にいってくれようで私は嬉しいぞ」


「これは宝塚さんが?」


「そうだぞ。ガルコレで慌ただしくしてた伍くんに、和食で心を落ち着かせて欲しくてな」



 たしかに、だしの味が身に染みて心が緩む。



「私が和食なのは意外だったかな?」

 宝塚さんがいう。



 華やかなイメージのある宝塚さんが和食を作ってくれたのは意外かもしれない。でも、



「ううん、味つけだったり食材の処理が繊細な感じがして宝塚さんじゃないかなーって思ってたんだ」


「私が繊細か、そう言ってくれるのは伍くんだけだぞ……」

  

「これなら毎日でも食べたいくらいにおいしいよ!」



 健康に気をつかったり毎日食べるなら結局は和食なんだよなあ、としみじみ思う。


 

「ま、毎日私の作った味噌汁が飲みたいだと!? それってプロポ……」


「鈴、そんなこと伍は言ってないから!」


「鈴ちゃん先走りすぎっ!」




 なにやら明日花さんとあっちゃんが宝塚さんにつっこみをいれていた。

 どうしたんだろう。




「そして残るひとつは……」



 見ないようにしてたけどこれも食べなきゃいけないよね。

 そこにはぽこぽこと音をたてている紫色の液体があった。


 えっと、沼地かな?

 



「景凪、これは?」


「景凪スペシャルスープだよ!」



 満面の笑みで景凪は答えてくれたが、どうやらそれ以上の説明はないようだ。

 名前を聞いても意味がないとは。


 恐る恐るスープ(?)を口に入れる。


 

「ん!?!?」


 


「逆瀬川くん!?」

「だいじょうぶ伍!?」

「あっくん!?」

「伍くん!?」


 


 景凪以外のみんなが心配そうに僕をみつめる。


 

「意外といける!」

 

「つむつむ、意外は余計だよー」



 見た目とは裏腹に味がよかった。



「なんかクセになる。なんだろこれ」


「紫キャべツに紫イモにビーツ。ほかにも野菜を煮込んでー、最後にプロテインを少々」



 野菜の旨みが溶け込んだ栄養満点のスープだった。



「景凪これしか作れないからさ。つむつむにも食べて欲しくって」


「景凪が一品だけでも作れてるのが感動だよ。ありがとうね、おいしいよ」



 景凪と一時期暮らしてたときは料理のほか家事がまったくできなかったから、成長を目にして嬉しくなる。





 これで全ての料理を味わった。




「逆瀬川くん!」

 

「伍、誰が一番なの!?」


「あっくん、私だよね?」


「無論、私だろう」


「景凪、景凪だよねー?」



 エプロン姿の美少女たちが詰めよってくる。




 忘れたかったけど、ここで優勝者を決めなくちゃいけない。

 優劣を決めることで誰かが落ち込んだり、みんなの仲が悪くならないか心配だ。




 だけど決断しなくちゃ。

 僕は覚悟を決めた。



 

「料理大会の優勝者は――」


 


 別荘内が静まりかえる。

 僕の次の言葉を待っている。



 

「優勝者は、チーズインハンバーグを作ってくれた明日花さんです!」





「や、や、やったわー!」


 明日花さんが両手をあげて喜んでいる。





「明日花選手、今のお気持ちを一言でどうぞ」




 あっちゃんがマイクを持ってインタビューを始めた。

 マイク!? どこから持ってきたの!?




「こほん。私だから当然でしょ、と言いたいところだけど。……最っ高に嬉しいわ!」



 明日花さんの目はきらきらと輝いていて、喜びが伝わってくる。




「では、あっくん審査員。ずばり、優勝の要因はなんでしょう」


「ぼ、ぼく? えーと、安直だけどやっぱり一番好きな物だったから、かな。リサーチ力もさることながら味が抜群でした。だけどみんなのもとっても美味しかったよ!」



「ほうほう。では解説の宝塚さん、いかがでしょうか?」



「なるほど、悔しいが調理の前から戦いは始まっていたということだな」



 宝塚さんが解説していた。

 なんだこれ。



 

「月夜選手、いまのお気持ちをお願いします」


「ううー、次はもっと頑張るね!」



 ぐっ、と握りこぶしを作る姫路さん。



「景凪選手はいかがでしょうか?」


「次はスペシャルを超えたスペシャルをおみまいするぞー」



 なにそれ、怖いんだけど。

 


「あたしもとっても悔しいよー。おじいちゃんにもっと教えてもらわなくちゃ! 以上、現場から中継でお送りしました」

 


 なんだか拍子抜けするほど、みんなの表情は晴れやかだった。

 それよりも、気になる単語があったな。




「次、次。って今回で終わりじゃないの?」


「ちっちっち。あっくん甘いね。誰もそんなこと言ってないよ」


「横幕をみてみなさい」



 ん、横幕?




「あ! 左上に第一回って小さく書いてある!」



 だまし打ちを食らった気分だ。


 

「一回で終わるわけないじゃーん」


「そうだぞ伍くん。負けたままでは終われないからな!」



 みんなの楽しそうな様子をみて安心する。

 これからも僕らの関係が続くことに心が温かくなった。



 気負いすることはなかったんだ。

 選ばれなかったら次、頑張ればいい。

 それを教えてくれたような気がした。




「料理対決も終わったことだし、みんなで一緒に食べようか! って姫路さん!?」



「うぐっ?! ぐぐぐっ!」



 目を離したすきにパンケーキを食べている姫路さんがいた。

 ホイップと苺をましましにしておまけにメープルシロップまでたっぷりかけて。

 

 見つかったことに驚いて咳きこんでいる。



「あ! 月夜ずるいわよ、私にも食べさせなさい!」


「うぐ! これはあげないもん!」


「景凪スペシャル、おいしい!」


「でしょー?」


「忙しい朝には最適だな」


 

 僕だけじゃなくみんなのぶんの料理を作ってくれていたので、それぞれ好きなものに手をつけていた。

 一つの食卓を囲んでみんなで食べるごはんはとてもおいしかった。

 


 こうして波乱になるかと思われた料理対決は、穏やかに幕を閉じた。

 


 だけど夜はまだ始まったばかりだ。

 

 

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