第43話 南の島 ②




 

「ふぅ。ビーチパラソルに人数分のチェアやシート、マリングッズも用意できたぞ」



 

 僕はみんなよりも一足先に浜辺に来て準備をしていた。



 この浜辺には海の家が設置されてて色々なものが完備されている。

 食べ物や飲み物から各種マリングッズまで、なんでもござれで使いたい放題だ。




 

「やっぱり僕はなんでも自分でしたくなっちゃうんだよね」


 


 今回の旅行では誰もいないプライベート空間でのんびり楽しみたいというみんなの意向もあって、島にコンシェルジュを置かず、物だけを用意してもらってその他は自分たちで出来るようにお願いした。



 

 僕は誰かになにかをして貰うのはあまり得意じゃない。

 ただ待ってるだけなのはなんだか背筋がそわそわしてしまって申し訳ない気分になってしまう。




 ずっとサポートに徹してきたからなのかな……?


 

 ちなみに安全性のために周辺にクルーザーを停泊させていて、万が一のことがあればいつでも駆けつけてもらえる。

 その献身的な手厚いサポートに、僕も見習わなくてはと感心させられる。


 



「今日の夜にみんなで料理するのとか楽しいだろうなぁ……」



 

 わいわい言いながら料理をするのを想像する。

 みんなのエプロン姿が頭に浮かんで少しにやけてしまう。



 


「おっと。ごはんのこと考えるのもいいけど、まずは海を楽しまないとね」




 

「伍、お待たせ」



 

「あ、明日花さん――っ」



 

 僕は振り返って息を呑む。


 

 明日花さんが白を基調としたビキニ姿で自信満々に立っていた。

 出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいて完璧なスタイルだった。

 髪型をハーフツインにアレンジしていていつもとは違う特別感がある。



 


「どうかしら?」



  

「明日花さんの金髪と水着の白のコントラストが綺麗で、アレンジした髪型も似合っててとってもかわいいよ」



 


 僕は目のやり場に困りながらも思ったことを伝える。




 

「やった、伍からかわいいゲットできた……!!」



 

 グッと明日花さんがガッツポーズをする。

 かわいいなんて言われ慣れているはずなのに、その姿は本当に嬉しそうだった。



 

「あっくん、あっくん! あたしは?」



 

 ギンガムチェックにフリルがあしらわれたかわいいらしい水着を着たあっちゃんが駆け寄ってくる。

 走ってくるときに大きな胸が揺れて破壊力がすごいことになっている。


 

「あっちゃんらしさが全開でかわいいね。それにしてもなんというかすごいね……。」



 

「えへへ、褒められて嬉しい! でも、すごい……?」



 

「はっ……!」


 

 

 思わず出てしまった僕の発言に引っかかったあっちゃんが頭を傾げながら考える。

 言わんとしていることに気づいたあっちゃんが頬を赤らめながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。



 


「……あっくんのえっち」




 

 その表情と格好に僕はドギマギさせられてしまう。





「伍くん、茜ちゃんの胸ばかり見ずに私のことも見て欲しいのだが」

  


 


「ぼ、僕は胸ばかり見てないよ」



 

 宝塚さんに声をかけられた僕は奥にいる彼女に目を向ける。



 

「どうだろうか?」



 

 黒を基調とした水着が宝塚さんのもつ妖艶さを引き立たせている。

 ロングスカートが巻かれておりスリットから覗く長い足が美しかった。


 


「大人っぽくてとっても綺麗だね……」



 

「ふふん、そうだろう。もっと見てもいいのだぞ?」



 

「ちょ、ちょっと!」



 

 そう言って宝塚さんはスカートのスリットを持って大胆に足を見せつけてこようする。

 僕はそれを慌てて止めた。


 

 中は水着だと分かっているのにその仕草はとても官能的だった。



 


「ねぇねぇ、景凪はー? 景凪はどうー?」



 

 無邪気に聞いてくる景凪は前衛的で布面積が少ないデザインの水着を着ていた。

 だけどいやらしさを感じさせずかなりオシャレだった。



 

「とてもオシャレだね。その水着、景凪しか似合わないんじゃないかな?」



 

「だよねー? セレーナさんに作ってもらったんだよぉ」



 

「えええ! セレーナさんに!?」



 

 どおりでオシャレな訳だ。

 それに景凪の良さを分かった上で最大限に引き出している。



 

「うん。つむつむと海に行くって言ったらすごい張り切ってたよ。『これで伍もイチコロよ』って言ってた。どう? イチコロ?」



 

 景凪は雰囲気をがらりと変えて扇情的なポーズをする。

 見るひとが見ればかき立てられるものがあるんだろうけど、一時期家族のような生活を共にしていた僕としては反応に困ってしまう。


 

 というかあの人、景凪になにを教えてんだ。



 

「はは、すごく良いと思うけどイチコロにはなってないな」



 

「むむむ、つむつむイチコロ大作戦が失敗した」



 

 パッといつもの雰囲気に戻った景凪はガーンとショックを受けていた。

 というかなんだその物騒な作戦名は!




 みんな来たと思っていたけど姫路さんの姿が見えない。



 

 

「……あれ? 姫路さんはどこに?」



「月夜ならあそこにいるわよ」



 明日花さんが指差す先を見ると、岩陰に隠れた姫路さんがいた。



「おーい、つっきー?」


 

「月夜ちゃん恥ずかしがらないでおいでよ」



「そうだぞ、ここには私たちしかいないのだからな」


 

「う、うん……」


 

 おずおずと頬を赤らめながら出てきた姫路さんを見て、僕は度肝を抜かれた。

 なぜなら白のスクール水着だったからだ。


 いやスク水って!?


 

「姫路さん!? どうしたのその水着!?」


 

「え、えと……リスナー……じゃなかった、身近な人に似合う水着を聞いたらこれが良いって言ってたから……」


 

 今リスナーって言った?

 そういや前に配信で聞いてたっけ、まさかこのためだったとは。



 星月かぐやちゃんとして似合う水着を聞いたらそうなるかもしれないけど……。

 大人な体つきをした姫路さんのスクール水着姿を見ているとなぜだか背徳感を覚えてしまう。


 

「似合ってないのかな……?」

 


 僕の反応に姫路さんはしょんぼりとしてしまった。


 

「いや、奇跡的なバランスでめちゃくちゃ似合ってるよ! かわいい!」


 

「ほんと? わーい! 嬉しいな!」


 

 純粋に喜んでいる姿が少し幼く見えてかわいい。

 だけどやっぱり見てはいけないものを見ている気分になる。

  

 


 (というかこの五人が並ぶとすごいや……)




 絶世の美少女たちの水着姿は壮観のひとことだった。

 この光景を切り取って後世に残さねばいけないという使命感に駆られるほどだ。



 

「でもさつむつむ、みんなのこと褒めるじゃんー。それじゃつまんないよ」



 

 景凪の発言で少し雲行きが怪しくなる。



 

「そうね。もっとこう、特別感が欲しいわよね」


 

「たしかにそうかも? そうだ! あっくんに誰の水着が一番好きか決めてもらおうよ」


 

「お、それは良い考えだな」



「私は褒められて嬉しかったらこれ以上は……」



「月夜もそう思うわよね?」



「う、うん……」

 


 

 明日花さんに半ば押し切られる形で姫路さんが頷いた。

 なんだが話がまとまったみたいでみんなが向かってくる。



 

「逆瀬川くん……」


「伍……」


「あっくん……」


「伍くん……」


「つむつむ……」




 

「「「「「この中で誰が一番好き!?」」」」」




 

「い、いやぁ……。誰が一番とかそんなの……ねぇ?」




 

 屋上でご飯を食べていたあの日。

 僕はみんなのことを上も下もないし、誰かを特別扱いすることもないと思っていたけど……。 




 一番を選ばないといけない日が来るなんて……。



 

 やっぱり、こんなの……。



 こんなの普通の青春じゃなーい!!




(ど、どうしよう……どうすれば丸く収まるんだ!? 誰の水着が一番好きかなんて決められないよ! 王道の明日花さん、破壊力のあっちゃん、妖艶な宝塚さん、オシャレな景凪、背徳感のある姫路さん。一体誰が良いんだろう……ってなに考えているんだ僕は! 好きなものを選んだら性癖を暴露してるみたいでめちゃくちゃ恥ずかしいことになるぞ! なにより選ばれなかった人に申し訳ないし……。ええと、ええと……)




 僕は慌てふためきながら、なかなか答えを出せずにいた。




 

「……ふふ、冗談よ」 



 

 明日花さんのひとことで張り詰めていた空気が弛緩する。



 

「はは、伍くん真剣に考えすぎだぞ」


 

「ぷは、あっくんがそんなに真剣に考えてくれるのは嬉しいんだけど、ね?」


 

 

「え? え、え、えぇ?!」




 うそ、からかわれていただけだったの!?

 めちゃくちゃ考え込んじゃったよ!



 

「えー、景凪は選んで欲しかったのにー」



 

 景凪は唇を突き出して不満そうにしていた。




 

「まあまあ、良いじゃない。というか伍って顔に似合わずかっこいい体してるのね?」



「あ、それ思ったー! ひ弱だったあっくんがたくましくなっててあたしびっくりしちゃったよ」



「前に触ったときはいい体をしていると思ったがこれはなかなか……」


 

 話は急に切り替わって僕の話になった。

 自分が注目されるのは恥ずかしいけどここは話に乗っておく。



 

「姉妹のボディガードができるようになるために師匠に格闘技を教わるようになってからトレーニングが習慣になっちゃってね。今も続けてるんだよ」



「トルソーみたいにバランスが良いよねぇ、まさに黄金比」



「うん、筋肉つけ過ぎてなくてかっこいい!」



 

 景凪に続いて姫路さんまで褒めてくれていた。


 

 

「ふむ、適切なトレーニングときちんとした栄養管理のなせる技だな」



「え? そうなの?」



「そうよ。がむしゃらに筋トレすれば良いわけじゃないから日々の積み重ねが大切なのよ」



「知らなかったよ、すごいねあっくん!」



「あ、ありがとう……」




 努力したことを褒められるのは素直に嬉しい。

 でも口々に褒められると照れるな。



 

「というか鈴、さっき前に触ったときとかなんとか言ってたわよね?」



「そうそう! ちょっと詳しく聞かせてもらえるかな?」



「私も聞きたいな」


 

「りんりん抜けがけ?」



「ふっふっふ、それは内緒だ」



 宝塚さんどうしてそんな含みのある言い方をしてるの!?

 初めて会ったときにこけそうになった僕を抱えたときのことでしょ!?



 待てよ、僕がお姫様抱っこをしたこともあったな……。


 


 誤解を解くために一悶着あったけど、それからはみんなで泳いだりビーチボールを使って遊んだりした。 




 

 途中で景凪発案のビーチフラッグの旗を僕に見立てたビーチアツムをさせられた。

 あれは散々だったな、もみくちゃにされて誰が一番とかわからなかったし。

 


 テンションの上がった景凪がスイカ割りならぬ、伍割りをしようと言い出したところで流石にみんなからストップがかかった。

 あのままいくと危うく頭かち割られるところだったよ。


 


 そして僕は一息ついてみんなが遊んでいる様子をパラソルの下で眺めている。

 そんなときだった。

 


 

「伍、楽しんでる?」



「うん! みんなと一緒だからとっても楽しいよ」


 

 にっこりと優しい微笑みを浮かべた明日花さんが僕の隣に腰掛けた。



 

「そう、楽しんでいるなら良かったわ。私も久々に人目を気にせずに遊べて楽しいわよ」



「明日花さんが街に出て遊ぶとなると大変なことになりそうだね……」



「そうなのよ。その点ここはほんと良い場所よね、私たち以外に誰もいないし、景色も最高に綺麗だし」




 そう言いながら明日花さんがググッと伸びをする。

 背筋が反っていることで胸の主張が一段と強くなっている。

 思わず僕は前を向いた。



「そ、そうだね……」


 

「ところで伍、さっきのあれだけど」



「さっきのあれ?」



「誰の水着が一番好きか選んで欲しいって言ったじゃない?」


 

「ああ、あれね……。それがどうしたの?」



「あれね。伍が考え込んじゃってるから冗談で流したけど、ほんとはみんな一番が誰か決めて欲しかったと思うの」


 

 明日花さんの声色が真剣味を帯びていた。

 その様子を感じとった僕は彼女の方に向き直す。


 

「だってみんなこの日のために頑張って水着を選んできたじゃない? 少なくとも私はそう。仕事で水着を着ることはあってもプライベートで着る機会は限られてるから、今日みたいな日は特別なんだよ」



 そうだったのか。

 僕はなにも考えれていなかった。



 女の子にとって水着を見せるというのは相当の準備や決意がいることなのかもしれない。



 

「でも優しい伍のことだもん、きっと選ばれなかった人のこととか考えてたんでしょ?」



「う、うん……」



 

 選ばれる人がいれば、当然、選ばれない人がいる。

 僕は選ばれてこられなかった人間だ。



 一番を目指すということは自分以外を押しのける精神面での強さが必要になる。

 僕はそういうのがどうしても苦手だった。


 

 もちろん、能力の問題もあるんだけど……。



 

 「やっぱりそうだ。ホントに優しいね伍は。でもね、誰も選ばないということは誰かを選ぶ以上に残酷なことなのかもしれないわよ?」



 「え……」




 明日花さんの言葉が僕の胸に刺さる。

 


 

 「だからね次はしっかり選んでね?」




 「……次は、ってどういうこと?」




 「今日の夜はみんなでガルコレを頑張った伍のために私たちがそれぞれ料理するの! いわば料理対決ね!」



 「ちょっと! そんなの聞いてないよ!」



 「だって言ってないんだもの」



 さっきまでの雰囲気がうそだったかのように霧散した。

 明日花さんは悪戯が成功したこどもみたいに無邪気な笑みを浮かべていた。




 「じゃあそういうことだから! おーい、みんなー私も混ぜてー!」




 そう言って明日花さんはビーチボールで遊んでいるみんなのところに行ってしまった。




 今日の夜はみんなでわいわい言いながら楽しく料理をするつもりだったんだけど……。

 料理対決なんて聞いてないよ!



 僕のバカンスは一体どうなってしまうんだ!?


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