第38話 本番



 

 そして迎えた本番。


 


 『いよいよガルコレも大詰めです。フィナーレには満を辞してスーパーモデルの神戸景凪ちゃんが登場します! 人間離れしたスタイルとアンニュイな雰囲気が魅力で数々のハイブランドのコレクションにも参加している景凪ちゃんですが日本のランウェイを歩くのは初だそうです! ブランドは謎のデザイナーVが手掛けるブランド。『V‘sブイズ』です! こちらはなんと、生ける伝説との呼び声が高い『CELENAセレーナ』さんのお弟子さんなんです。そのお弟子さんがショーをするのは今回初。一体どんなショーを見せてくれるのでしょうか! そして、今回のテーマは「Variation,変化」です!』


 


 舞台裏。

 は舞台の袖でスタンバイして出番を待っていた。


 

 

 『なんとこのブランドには1つ1つのルックにテーマがあります。そして、1人目のテーマは「Venusヴィーナス」、日本を飛び越え世界のスーパーモデル、神戸景凪ちゃんの登場です!』



 

 「行ってくるねぇ」


 

 手をひらひらとさせていつもと変わらない様子の景凪は歩き出した。

 しかし、ランウェイに出た瞬間にその雰囲気は一変する。



 会場がハッと息をのむ。心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うほど静まり返る。

 三華さんが登場したのとは違い、ただただ圧倒されているようだった。



 

 金の刺繍があしらわれた白のマーメイドワンピース。

 光沢のある生地を使い、風をたっぷりと含んだ服が揺れてキラキラと輝いており、優雅で煌びやかだった。



 歩く姿は悠然としていて、そこには本物のスーパーモデルがいた。


 

 「すごい……」

 

 「女神様が歩いてるみたい……」


 「でもこれって初めに見たような」


 「うん、こっちの方が断然良いけど似てるよね……」



 景凪を称賛する声とともに、服が似てることに気づいた観客たちの声が聞こえる。




 景凪がステージの中央まで行って立ち止まる。

 そして肩の紐を外す。




 すると真っ黒なドレスへと変わった。

 内側に黒のドレスを仕込んでいて、肩の紐を外すとそれが下に落ちてスカートの裾になる設計だ。




 モデルとしての景凪と、僕の前でぐーたらしている景凪の2面性を表現した。

 



 「うわ、すご」


 「雰囲気ぜんぜん違う……」


 「綺麗……」


 

 振り返った景凪は白のワンピースを着ていた時は違い、攻撃的な表情と歩き方に切り替える。

 服を表現するために自分を変える、これこそがモデルと言わんばかりの圧巻のウォーキングだった。






 

 

 『2人目のテーマは「Vividヴィヴィット」、あの歌劇団の男役のトップスターといえば誰かわかりますよね? そう、宝塚鈴さんの登場です!』


 


 「この後はなかなかハードルが高いな、では行ってくるよ」


 

 そう口では言いつつも宝塚さんは物おじしてる様子はなかった。



 宝塚さんが一歩歩くたびに感嘆の声が漏れる、その鮮烈な存在感にみんなの目は釘付けになっていた。




 

 全てをレースで作られた白のスーツスタイル。

 ポケットに両手を入れて肩で風を切って歩く姿がかっこいい、この人が日本で一番スーツが似合うんじゃないだろうか?


 

 「かっこよ……」


 「イケメンすぎる……」


 「鈴様ー! こっち向いてー!」

 

 「ひぇ、こっちみてくれた」


 「私を見てくれたのよ!」

 


 宝塚さんはステージの中央まで行って立ち止まったあと、その場でくるりと一回転した。

 するとさっきまではスーツだったものがワンピースへと早変わりした。

  



 これはボタンをワンタッチすることでジャケットのウエストが閉まり、スラックスのサイドが開いてワイドパンツになることでまるでワンピースのようになる仕組みだ。

 彼氏役をした遊園地デートを思い出してその時に着ていたワンピースから連想した。

 

 


 「え、かわい」


 「男役から女の子に変身した!」

 

 「白なのに鮮やかな感じがする」



 宝塚さん本人の持つ存在感を存分に発揮できるようにあえて色は使わなかった。

 宝塚さんの新しい一面を知ってもらう良いウォーキングだった。



 


 

 『3人目のテーマは「Victoryヴィクトリー」、トップアイドル『アスタリスク』の堂々のセンター! 芦屋明日花ちゃんです!』




 「伍のすごさ、みんなに見せて来てあげる」


 



 アイドルは自分が目立つのが仕事なはずなのに、いつだって明日花さんは自分以外のことを考えてくれてるそんな優しい人だ。




 明日花さんの登場に会場は歓声が爆発した、明日花さんのコールをする人もいるくらいだった。


 

 



 全身白で統一された上品な量産型女子のスタイル。

 だけど本人の可愛さで量産型じゃない、唯一無二のスタイルに仕上がっている。


 


 「可愛すぎる!」


 「明日花ちゃーん!」


 「好きー!」





 明日花さんは手を振りながらランウェイを進む。

 そしてステージの中央までいくと、ひとつの照明が明日花さんを照らす。

 すると真っ白な服が色づきはじめた。




 これはUVライトに反応する生地を使うことによって、色がつくようになっている。

 アイドルという競争社会で勝ち抜き、スポットライトによってセンターで光輝く明日花さんを表現した。




 「キラキラしてるね」


 「明日花ちゃん輝いてるよ」


 「すごい、すごいね!!」


 「かわいいなぁ」


 

 拍手と歓声が鳴り止まないまま明日花さんが帰ってきた。





 




 『4人目のテーマは「Virtualヴァーチャル」、ええっとなになに、飛び入り参加? でも可愛さは折り紙付きだそうです! 姫路月夜ちゃんの登場です!』



 「あの紹介文考えたの逆瀬川くんだよね!? 可愛さは折り紙付きってどういうこと!?」



 「ん? かわいいのは本当だよ?」



 「きゅ、きゅう……」



 「月夜、ポーッとしてないで! もう出番よ!」



 「わ、とっと」



 

 そして、姫路さんがランウェイを緊張しながら歩く。

 これまで芸能人ばかりだったので無名の人が出てきて会場が戸惑う。




 

 着物の和のテイストを現代風にアップデートしたスタイル。

 姫路さんの綺麗な黒髪にそのスタイルがとても似合っていた。



 

 「え、誰?」

 

 「分からんけど、スタイル良すぎでは?」


 「てか、かわいい」


 「キレイ……」



 姫路さんを見て会場の空気は一変する、スタイルの良さ、顔の可愛さ、全てが揃っていたのだから。

 



 ぎこちなく歩いていた姫路さんも歓迎ムードの観客の声を聞き、緊張がほぐれてきたみたいだった。

 そして歩いていく中で真っ白な着物スタイルに模様がつき始める。



 

 松竹梅しょうちくばいから青海波せいがいは亀甲文様きっこうもんよう市松模様いちまつもようと日本の伝統的な柄が映し出される。

 これは姫路さんの服にプロジェクションマッピングを当てることでコロコロと模様が変わるようになっている。



 

 「すご!」


 「どうなってるのこれ」


 「おい! あの無名のモデルは誰だ! あとでスカウトするぞ」


 「綺麗すぎない?」


 

 ヴァーチャルの中でどんな姿にだってなれる姫路さんが思い浮かんだからこの服のアイデアが生まれた。

 やっぱり僕は、姫路さんに出て欲しくてこの服を作ったんだと思う。



 観客からはもう、似ていると言った声は聞こえなくなっていた。



 


 『そして最後です。5人目のテーマは「Venerableヴェネラブル」、ええっとなになに、次も飛び入り参加? 尊い姿を目に焼き付けろ? 五百里いおりちゃんの登場です!』





 「あつ……いや、五百里いおりちゃん行ってらっしゃい!」


 

 「五百里いおりちゃん、君はかわいいぞ」



 「五百里いおりくん? 五百里いおりさんかな? 頑張って!」



 「いおりーん、似合ってるよぉ」



 あれからモデルは見つかった。

 見つかったというか捕まったのだ。





 

 「みんなふざけてるよね!? なにあの紹介文!? 尊い姿を目に焼き付けろって!!」





 

 五人目のモデルはなにを隠そう僕だった。

 




 

 「そんな言葉遣いはいけないぞ、五百里いおりちゃんは女の子なんだから」



 

 「は、はーい。五百里いおりちゃん、頑張りまーす」



 

 (どうして、どうしてこうなった!?!?)




 

 そんな動揺を抱えながら、僕はランウェイを歩き出さねばいけなかった。

 ハーフツインのウィッグを被りばっちりと女の子のメイクをして、いわゆる地雷系とロリータ系の中間のようなファッションにそれを身を包んでいた。




 

 (こんな格好で3万人の前を歩くなんて恥ずかしすぎる!! それに僕が歩いて大丈夫なのかな?)



 

 それでもショーを台無しにするわけにはいかず僕は精一杯の笑顔を振りまきながら歩いて行った。




 「きゃあああああ」

 

 「え、目でか」


 「足綺麗……」


 「はぁ、尊い……」


 「可愛すぎぃ!」





 あれ、思っていた反応と違う……。

 なんだか楽しくなってきたぞ!!



 僕はルンルンで歩く、この服に仕掛けは特にない。

 ただただ女の子の思う可愛さを詰め込んだスタイルだ。




 それを男の僕が歩くというのが一番の仕掛けかもしれない……。






 ステージの中央について歓声に包まれてテンションがおかしくなった僕は、思わず投げキッスをしてしまう。




 


 (やば、男の投げキッスは気持ち悪いよね……)





 

 そう思ったのも束の間、会場が割れんばかりの絶叫に包まれる。



 「きゃああああ、もっとしてええええ」


 「可愛すぎいいいいいい」


 「いいよぉ、いいよぉ!!」


 「最っ高!!」



 

 (ちょっと、うるさ過ぎてなにを言ってるのか聞こえない……)


 

 最後の最後に失敗したなと心の中で反省しながら僕はランウェイを引き返すのだった。





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