第36話 まさか




 



 『それでは……ただいまから東京ティーンズガールコレクション、ガルコレの開催です!!』


 



 司会者の声とともに銀テープが打ち上げられ、大音量で音楽が流れる。

 3万人もの観客を動員した会場は熱気を帯びて揺れていた。






 『オープニングアクトは今、中高生の圧倒的カリスマ、日本人離れしたスタイルと気品溢れるルックスが大人の色気をかもし出している天ヶ咲三華ちゃんが手掛けるブランド。女の子は綺麗に華咲くためにある、をコンセプトにデザイン性が高く、質の良さが評判の『ビューティフルフラワー』です! こちらのブランドはなんと三華ちゃん自らがデザインも務めています! モデルも出来てお洋服も作れるなんてすごいですね! そして、今回のテーマは「繊細で可愛いちょっと背伸びした女の子」です!』




 

 司会者の説明のあとにモニターにブランドイメージの映像が流れる。

 僕たちはそれを控え室で見ていた。




 


 「ねぇ伍、さっき三華自らがデザインを務めるって言われてたけどあれって嘘よね?」




 

 司会者の言葉を聞いて引っかかった明日花さんが僕に尋ねる。



 

 


 「そうだね、これまでずっと僕がデザインしてきたから……。だからあれは自分やブランドの価値をあげるための嘘になるかな。でも本人は自分がイメージを伝えたり、自分が選んでいるから嘘じゃないと思ってるんじゃないかな」



 

 「ひどいな、それはデザインとは言わないと思うが」



 

 「全部自分がしたことにしてるんだね……」



 

 僕の答えに宝塚さんと姫路さんが不満をあらわにしていた。



 


 「じゃあさ、つむつむがいなくなったいまは自分でデザインしてるの?」



 


 「いや、おそらく別のデザイナーを雇っていると思うんだ。三華さんが1からデザインをしているのは見たことがないからね」




 僕が離れて少ししか経っていない、その間に三華さんがデザインを勉強して出来るようになったところは想像つかない。


 多分だけどデザイナーを雇っているはずだ。



 



 「そういえば逆瀬川くん、あと二人のモデルさんたち来ないね」



 


 「ほんとだね。朝早くにタクシーに乗って向かったって垂水たるみさんが言ってたのにな。僕たちの出番まではまだ時間があるけど……大丈夫かな?」




 今回は1つのブランドにつき5つのルックを出すことになっている。


 景凪や明日花さん、宝塚さんの三人の他に、あと二人のモデルさんが景凪と同じ事務所から来る予定なんだけどその二人がまだ来ていない。


 衣装合わせは前にしたからショーに出るのは問題ないけど、どうしたんだろう? 心配だな。





 

 「みんな! いよいよ出てくるわよ」

 



 明日花さんの声で僕は思考を切り替える。

 僕たちが話をしている間に紹介の映像は終わったみたいだ。




 1人目のモデルさんが出てきてランウェイを歩く。



 


 白のマーメイドワンピースに金の刺繍があしらわれた上品で儚げなスタイル、たっぷりとした生地を使い一歩歩くたびに布が揺れてそのドレープが美しかった。



 

 

 「え」




 そのルックを見た僕たちは固まってしまう。

 それは服が美しかったから衝撃を受けたわけじゃない。






 2人目のモデルさんが出てくる。


 白のスーツスタイル、一見キザに見えるスタイルもその全てをレースで構成することでフェミニンさが加わり、キメキメにならずに可愛く着こなせていた。

 




 「まさか……」




 そんなことはないと僕は頭を振る。


 

 そして、3人目。



 フリルのついたブラウス、肩口が開いていて袖部分にはリボンが付いてる。ふわふわとしたミニスカートが可愛らしく、白の網タイツを合わせていていわゆる量産型女子のスタイル。だけど全身を白で統一することで可愛さに振り切らない上品が出ていた。



 


 「これって……」



 


 4人目。




 袖口の広いノーカラージャケットを羽織に、タックの入ったワイドパンツを袴に、レザーの太めのベルトを帯に見立てて、着物の和のテイストを現代風にアップデートしたスタイル。インナーにはハイネックのフリルブラウスを挟むことで和洋折衷のバランスが取られていた。


 



 ここまで来て僕は確信してしまう。



 


 「僕たちと、同じ服……?」






 そう、これは僕たちとほぼ同じ服だった。


 



 服は流行りなどがあるから似通うのも無理はないと思っていたけど、ここまで似てしまってはもうダメだった。

 なにせアイテムの形から白という色まで全てが同じだったから。








 「これってパクリってこと?」



 「月夜ちゃん。ほぼそれで間違いないだろう。こんなにも同じになるはずがない」



 「あんの女!! 許せない!!」



 


 僕は心臓がバクバクと早くなる。


 

 

 「似てるけどつむつむと同じ服じゃないよ。刺繍の繊細さやドレープやシルエットの綺麗さが全然違う。それに見たところ生地も安いのを使って原価を抑えてある、どこが質の高いブランドなの? こんなのをつむつむと同じ服なんて言わせない!」




 「景凪、そう言ってくれるのは嬉しいよ。けど沢山の服を見てきた景凪だからその細かい違いが分かるんだと思う。この大きなステージでわかる人の方が少数だと思う……」



 

 僕たちの会話をよそに、ガルコレは止まらずに進む。

 



 

 『オールホワイトの潔さが際立っていますね!それでいて単調じゃないのが素晴らしいデザインです! それではいよいよ、お待ちかね。「ビューティフルフラワー」最後のルックです。天ヶ咲三華ちゃんの登場です!! 皆さん拍手でお出迎えください!!』


 



 司会者のあおりに会場のボルテージは最高潮に高まる。

 女の子たちが一斉に拍手をして、三華ちゃんと叫びながらその登場を待っていた。





 

 

 紹介とともに、どしんどしんと重そうな足取りで出てきたのは、服が体に食い込んで今にもはち切れんばかりの格好、そして脂汗でメイクが崩れかかっていてどろどろになった三華さんだった。

 会場のバックモニターにその顔がドアップで映し出される。

 





 

 しーんと、会場が静まり返る。







 『え、あれって三華ちゃん?』

 『写真と顔、違くない?』

 『服食い込んでチャーシューみたいになってるw』

 『メイク溶けてね?』

 『やば』

 『前に実物見たときはもっと痩せてた』

 『激太りか』

 『ガルコレまでに痩せてろよ』

 『ま、まあこういうふっくらとしたモデルもありかも?』

 『そういうブランドだったらありかもだけど今回はナシだろ』

 『ですよねー』






 会場の声は聞こえないけど配信のコメントは控え室のモニターに流れており、そこでは散々な言われようだった。

 おそらく会場の子達も同じような感じだ、ひそひそと話し合っている様子が見える。






 「あのままパクってるのだったらサイズが合うわけないから、こうなるんじゃないかと思っていたけど……これは見ててキツいわね」





 「そうだな……これはパクる以前の問題だな……」




 

 明日花さんと宝塚さんが顔をしかめる。






 「あ、危ないよ!」




 重い足取りで歩いていた三華さんの体がぐらつく。



 

 「マズい、ヒールが高いから体を支え切れないんだ!」




 どうにかして体を動かしてバランスを取ろうとする三華さんだったが、そのときポキリとヒールが折れてしまう。

 そのまま、どしんっとランウェイの上でこけてしまった。




 

 『あ、こけた』

 『ずっともぞもぞしてるww』

 『重くて起き上がれそうにないぞ』

 『これってファッションショーだよな? コントだっけ?』

 『スクショ撮っとこ』

 『服のデザイン良かったのに台無し』

 『どこが繊細で可愛いちょっと背伸びした女の子だよ』

 『あの体型であの服を着るのは背伸びし過ぎでは?』

 『これはひどい』

 



 

 数分たっても起き上がることの出来ない三華さんは、スタッフさん数名のもと担架で運ばれてしまった。

 三華さんは運ばれながらなにかを叫んでいるようだったけど僕らの耳には届くことはなかった。



 

 『コ、コホン。す、すこーしハプニングはありましたが気を取り直しまして。続いてのブランド「casai」です! こちらのブランドは――』




 司会者はなにごともなかったかのように進行を続けるけど、コメントはさっきの事件についてのことばかり書かれていた。





 「なんか勝手に自滅してくれたようだけど……?」



 「ああ、そうだな……」


 

 「でも、逆瀬川くんのお洋服のデザインがパクられちゃったのは変わらないよ……いつパクられちゃったのかな」



 

 姫路さんが不安そうに悩んでいた。



 

 「多分だけど前にアトリエに侵入者が入った騒ぎがあったときだと思う。服は盗まずにデザインを真似たんじゃないかな。早くに発表しちゃえば自分たちがデザインしたと言い張れたりするからね……」


 


 「そんなの許しちゃっていいの?」



 

 景凪が僕に質問をする。



 

 「うーん、服って流行りとかで似たようなデザインが増えたりするでしょ? 大きなブランドの定番品とかじゃないと著作権や意匠権なんかを主張するのは難しいところなんだ。でも大丈夫! 侵入された時点の服からも改良を加えてあるからね、みんなも知ってるでしょ?」



 

 サンプルを作って、ある程度出来上がってからも僕は改良を重ねた。

 みんなもそれを先日の衣装合わせで知ってくれている。



 


 「そうだったわね、あれは誰も真似出来ないはずよ」




 「ああ、たしかに。一瞬驚いてしまったが伍くんの服はあんなもんじゃない」




 「つむつむの服の方がもっともっとすごいもんね」




 「逆瀬川くんの服はあんな模造品に負けないよ」


 


 「だからさ。僕たちは僕たちの精一杯で、頑張ろう!」




 その後、ガルコレは滞りなく進行していき僕たちのブランドの出番が刻一刻と迫ってくるのであった。

 



 

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