第35話 挨拶




 



 「き、緊張しちゃうね……」


 


 「どうして月夜が緊張してるのよ、今日はあなた出ないでしょ?」


 


 「そうだけど、この人数だから見てるだけでもなんだか緊張しちゃって……」



 

 迎えたガルコレの本番当日、僕らは控え室にいた。

 控え室のモニターには会場の様子が映し出されていて、今は開場して観客が入っているところだった。



 

 「国立競技場の体育館のキャパ3万人を埋め尽くす人が集まってるんだもんね。僕も見てるだけでそわそわするよ」


 


 「海外のコレクションでもこの人数の観客は入れないから、新鮮かも」




 

 海外のコレクションはブランド関係者やバイヤーなど、基本的には売り手に向けてショーをするため入場料などは取らず、ここまで大きな規模で開催することはほとんどない。

 



 だけどガルコレは日本の消費者向けに行われるショーで、イベント的な意味合いの強い興行でもあるため桁違いの人数となっている。





  

 「うむ、さすが日本最大のファッションショーというだけのことはあるな。それに加えてオンラインでの配信もあって視聴者の数は100万人以上になるそうだぞ」



 

 「え、同接100万人ってこと!? すごい!」



 

 姫路さんが宝塚さんの発言に驚く。



 

 「ど、同接? ああ、そういう言い方もするんだったな。私はネットやそういった用語に詳しくないが……。月夜ちゃんはそういうのに意外と詳しいのか?」



 

 「えっと……うん、ちょっとだけ」


 

 姫路さんが答えづらそうなのを見て、僕は話題を変えた。

 

 

 「そ、そうだ! アトリエになんか不審者が入った形跡があったらしいんだけどあれって一体なんだったんだろうね?」



 

 僕がアトリエを使わせてもらって少し経った頃、何者かの侵入があったみたいとアトリエにいる女性たちから教えてもらった。



 「もしもつむつむの服が盗まれてたら景凪が許さなかったよ」

 



 「そうね。でも服は盗まれてなかったし、となると金品狙いかと思うのだけどそれも盗られてないみたいだったし不思議だわ」

 



 「結局、なにがしたかったのか不明だったもんね」




 みんなの言う通り、なにも物を持ち出されていない変な事件だった。


 


 「とにかく鉢合わせずに済んで良かったと思うぞ、不審者はなにをするか分からないからな……」

 



 「たしかに、みんながいる時じゃなくて良かった。でももしそうなったら僕がみんなを守るから安心して」

 




 不審者の撃退はこれまで少ない数をこなしてきた、そのために今も鍛えてあるからね。

 



 「伍……」

 

 「つむつむ……」

 

 「逆瀬川くん……」

 

 「伍くん……」





 なぜかみんながこっちをじっと見てるんだけど!?


 あれ、僕おかしなこと言ったっけ。男の子が女の子を守るのって普通だよね?


 もしかして、僕じゃ頼りないのかな……?




 

 「天ヶ咲さん困ります、ここは関係者でも立ち入り禁止なんです……!」


 

 「いいじゃありませんか挨拶くらい」

 


 外から声が聞こえてきたかと思うと、控室の扉がノックされることなくいきなり開いた。

 


 「失礼しますわよ」

 


 そこに現れたのはなんと天ヶ咲家の三女、三華さんだった。


 

 えっと……、本当に三華さんかな?

 かなりふっくらとしているようだけど……。




 「本当に困ります! 今回は景凪さん以外のメンバーの情報を本番まで伏せているんです! それにブランドのデザイナーの情報は本番が終わっても極秘なので立ち入らないでください!!」

 



 その横で必死に止めている景凪のマネージャーの垂水たるみさんの姿があった。


 


 「ご機嫌よう景凪さん。あらあら、いま話題となっている神戸景凪さんの顔を拝みにきたらどうしてこんなところにあなたがいるのかしら、伍?」


 


 「三華さん……」


 

「あなたもしかしてモデルとしてここに? なわけございませんよね、なんて言ったってあなたは役に立たないなんですから。ガルコレの表舞台に立つのは出来ませんものね。でしたらメイクかなにかかしら? あなたって人は今も誰にでも出来ることをやって意地汚く生きているんですのね」


 


 「はは……そうなんです。今日は皆さんのメイクをさせて頂くんです」



 

 三華さんが見下したように僕をさげすんだ。

 それを僕は誤魔化して返す。




 

 今回はブランドのデザイナーを伏せてもらうことをお願いした。

 正体不明の匿名性による話題作りもあるけど、普通に暮らしたいという僕のお願いを聞いてもらった形だ。

 



 困っていた垂水さんや、景凪のお願いだから出場しようと思っただけで僕が目立つのは本意じゃない。

 それに服のためにショーはあると思うから、僕は裏方で良いんだ。


 



 

 「あ、あの! 逆瀬川くんのメイクは誰にでも出来ることじゃありません! 逆瀬川くんのメイクはすごいんです!」


 


 「姫路さん……」

 


 あの姫路さんが声を振り絞って三華さんに反発していた。

 

 


 「あら、あなたいきなりなんですの。見たところスタイルや顔は良いけど私には及びませんことね。それに芸能界では見たことがない方ね。ごめんなさい、一般人が口を挟まないでもらえるかしら?」



 

 三華さんはそう言って、キッと姫路さんを睨んだ。




 

 「あなたこそノックもせず入って来てなんという人だ。そもそもここは立ち入り禁止のはずだぞ! それに伍くんはすごいんだ、彼を侮辱するのは私が許さない!」




 「宝塚鈴さん、ではありませんか。このショーに出るシークレットゲストのひとりですか。あなたは素晴らしい人だと思っていたのだけどが見る目がないようですのね、コレをすごいと称するなんて程度が知れますわよ?」



 

 「なんだと!!」



 

 「まあまあ鈴ちゃん、落ち着いて落ち着いて」



 

 今にも三華さんに飛びかかろうとする宝塚さんを僕は抑えた。




 

 「てかさっきからなに言ってるの? つむつむはメイクもするけど、今日のメインはデザイナーだよ?」


 


 「け、景凪さん!」


 

 垂水さんが止めようとするも時すでに遅かった。


 


 「あ」

 


 

 自分の失言に気づいた景凪がパッと口元を抑える。

 その人間離れした見た目で仕草がいちいちこどもっぽいんだよな……。

 それに僕がデザイナーってこと言っちゃうし……。


 

 


 「あらあら、あらあらあらあら? コレがデザイナー? セレーナの弟子と聞いていましたが話題作りの嘘のようね。コレは私のイメージがなければ良い服なんて出来ませんのに、こんなのインスピレーションが一体なにを産むというのでしょう? 服の形をしたタダのゴミでも作ったんじゃありませんこと? 皆さんもゴミを着せられて歩くなんて可哀想に……」



 

 


 「あんたさっきからうるさいわね! 見てなさい、伍の作る服はすごいんだから。私たちはその服のすごさをあなたに見せつけてあげる」


 

 


 「あなたはアスタリスクの明日花さんじゃありませんか。服のすごさ? モデルがいて初めて服は成立するのでしょう? なにを着るかじゃなくて誰が着るか、ですわよ? まあ今回の服は私としてもとっても自信がありますのよ。せいぜい、ワタクシたちを見て絶望しないようにしてくださいまし。それではごきげんよう」




 そう言って三華さんは嵐のように去って行った。


 

 



 「逆瀬川さん、侵入を止められずすみません」

 

 


 「垂水さん大丈夫です。こうなるかも知れないんじゃないかって思っていたので。それにみんなありがとう……みんなが居てくれて良かったよ。僕ひとりだとなにも言い返せずに終わっていたと思うから」



 

 みんなが居てくれて良かったと心から思う。


 


 「ううん。私、腹が立っちゃってつい言っちゃった……でも逆瀬川くんがすごいのは事実だよ」

 


 

 「つむつむがデザイナーって言っちゃってごめんね。つむつむがすごいって知らしめたくて……」




 「ああ、君はすごいんだ、胸を張るといい。全くあの人が君の姉だなんて信じられないな、性格もそうだが、かなり……その……」


 

 宝塚さんがなにか言いづらそうにしていた。


 


 「言っちゃなんだけどかなり太ってたね……久々に見たけど僕でも一瞬だれか分からなかったよ」



 

 「最近の雑誌やフォトスタグラムの画像とかなり違ったけど、あれは相当修正されてるわね……。とにかく、彼女がどんな服で出てくるかみようじゃないの。ま、どんな服で出てこようとも伍の服には敵わないわよ!」


 


 「うん……そう言ってくれると嬉しいよ」




 

 三華さんたちはショーを盛り上げるためにトップバッターとなっている。

 僕らはスーパーモデルの景凪がいるからその登場を最後の目玉にするために、出番は最後だから三華さんのブランドの服をゆっくりと見ることができる。



 

 あんなに自信たっぷりな三華さんは一体、どんな服で勝負を仕掛けてくるんだろう。



 僕たちは本番を迎えるために準備に取り掛かるのだった。


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