第34話 サンプル (※元家族sideあります)




 

 「こ、これは……私は夢でも見ているのか」




 「服ってこんなに早くできるの?」




 「ううん、普通はそんな簡単に出来ないはずよ。アイドルの衣装作ってもらうのもすごく時間がかかるのに……やっぱり伍って」





 「つむつむの服はいいねぇ。見ていてワクワクする……。でも、見るだけじゃなくて着たときが一番良いなぁ」


 



 さっそくサンプルがひとつ出来上がったので、それを景凪に着てもらっていた。

 景凪は自分を鏡で見ながら楽しそうにくるくると回っていた、喜んでくれて嬉しいな。





 「気に入ってもらえて良かったよ」


 


 景凪の楽しそうな様子を見て、僕は胸をなでおろした。




 

 「あ、あの逆瀬川くん。今日はモデルのみんなに合わせてデザインを考えるだけじゃなかったの? もう服が出来上がってるように思うんだけど……」




 

 姫路さんが僕に質問をする。

 



 


 「? まだ出来上がってないよ? もう少し詰めないといけないところもあるし、それかもっと別の案がいいかもしれないし。今はただ頭にあるデザインをなんとなく形にしただけ。まだまだ考えないとね」


 


 「な、なんとなくでこれなのか……すでにお店で売られても問題ないように思えるが」





 「というかデザインもなにも描かずに、布を取り出してここまで出来るものなの……?」



 

 宝塚さんと明日花さんがなにやら驚いているようだった。

 


 

 「うーん、たぶんこれが普通じゃないかな?」


 

 (セレーナさんはいつもこうやってたし、こんなもんじゃないかな?)


 

 明日花さんの質問に僕は思ったことを答える。






  



 「いやいやいやいや!! そんなの普通じゃありません! これが普通になったら私たちの立場がないです!!」



 「そうですよ! なにしてるんだろうってずっと見てましたが、それはスゴすぎます!!」


 



 突然、アトリエにいる女性たちが話を割って入ってきた。





 「えっと、そうなんですか? すみませんが皆さんは普段どういう風にやっているんでしょうか……?」



 


 僕はセレーナさん以外の服作りを知らないため、アトリエの皆さんに質問した。



 

 

 「普段ですか……まずはショーのコンセプトを考えてそれにあった資料を集めます、資料は昔の服そのものだったり画像だったり文献だったりと様々です」


 

 「そこからデザイン案を描きおこします、この案が出なければその時点でかなりの時間を要します。そして、絵であるデザインを立体的な、人の形にするべくパターンといういわば服の設計図のようなものを引いていきます」




 「逆瀬川くんはそんなのしてなかったような……」



 女性たちが話をしてくれているの聞いて姫路さんがポツリと呟く。




 「そうなんです! そこがまずおかしいんです! 服は数多くのパーツが組み合わさって出来ています。なのでパターンがうまく出来ていないとひとつひとつのパーツにズレが出て、服の形が綺麗にならないんです」


 

 

 「なのにこの服は形がめちゃくちゃ綺麗。ウエストのシェイプ具合や、袖の綺麗なカーブ、惚れ惚れしますね……」



 「ミシンを使わない手縫いでここまで速くて仕上がりもすごく丁寧なんて神業です!!」


 

 女性たちは興奮冷めやらぬ様子で口が止まらなかった。

 


 「それに聞いてたらこれでまだサンプルですって!? 考えられません! こんなにも繊細で可愛い服があるなんて……。あなたは一体、誰に服作りを教えてもらったんですか!?」


 

 女性たちが僕に詰め寄ってきた。



 (あ、圧がすごいな……)


 

 僕は勢いに押されながらも答える。




 「ええっと、『CELENAセレーナ』というブランドのセレーナさんです」



 

 「「「「えええぇ!! セレーナさん!?!??」」」」





 アトリエの女性たちが驚愕の声をあげた。





 「じゃあ数々の伝説は本当だったの……」


 「弟子は取らないんじゃなかったのかしら」


 「あの人の技術を学べるチャンスかも」


 「たしかに、こんな機会はもうないよね」





 女性たちが集まってひそひそ声で話し合っていた。

 そしてなにかが決まったようで僕の方を向いた。




 

 「「「「私たち、見学させていただいても良いですか!?」」」」





  (うーん、僕の作業を見てなにか参考になるのかな……?)

 



 そう思いつつも、お願いされて断れる僕ではなかった。


 



 「はい、良いですよ!」





 「「「「ありがとうございます!!」」」」

 




 そう言って一斉にみんなが頭を下げた。






 「服は詳しくないが、プロの人たちがここまで言うとは……」

 


 「ふふん、景凪のつむつむはすごいんだよ?」

 


 「いや、あんたの伍じゃないでしょ。というかホントいつも規格外ね」

 


 「逆瀬川くんすごい!」




 「僕は普通にやってるだけなんだけどね……。でも、嬉しいよ」



 みんなして僕のことを褒めてくれる、それが素直に嬉しかった。


 三華さんのブランドの服を作ってたこともあるけど、一言も褒められたことはなかったから。




 

 その後、僕はアトリエの人たちに見られることに緊張しながらも、作業を進めた。


 そして、その日のうちにひとまずは5つのルックの原案となるサンプルが完成したのだった。

 


 



 ○ ●




 【元家族side 三華】






 「あなた何度言ったらお分かりになるの!?」



 「す、すみません!」



 某所のアトリエにて。

 三華はガルコレに出す服のサンプルのチェックに来ていた。




 「こんな服をワタクシが着たいとでもお思いですこと!?」




 「いや、こちらは前に三華さんが言っていたイメージなのですが……」




 

 上がってきた服のサンプルを見て、三華は文句をつけていた。

 それを受けてデザイナーの西脇にしわきあつしは困惑していた。

   



 

 「前とはいつのことですの? 女の子の気持ちは移ろい行くもの、こんなに時間が掛かっていたら熱も冷めてしまいますわよ」



 「時間が掛かってるって言われましても、こちらとしては順調に進んでいたと思います……」




 

 西脇の発言に三華は苛立ちを隠せないでいた。


 

 「あれから1ヶ月ですのよ? こんなに時間を掛けてよくもまあ抜け抜けとそんなことをおっしゃるのね!」



 「そちらこそ何を言ってるんですか、普通はサンプル作るのはだいたいそれくらい掛かりますよ」



 

 「はぁ……自分が出来ないからってそんなウソをおっしゃるのね。ワタクシ呆れましたわ。イメージを伝えた日にすぐにデザイン案やサンプルが出来あがらないのがおかしいなと思っていましたの。巷では凄腕デザイナーだとか言われているそうですが、とんだホラ吹きでしたのね」


 



 西脇は自身のプライドが傷つけられて反発する。


 



 「そんなのすぐに出来たら苦労しませんよ!! デザインを起こすのに俺らデザイナーは頭を悩ませて、それを形にするためにパターンを引いて、そしてそれ通りに布を裁断して縫い合わせて、ようやくサンプルが出来上がるんです。曖昧なイメージをすぐに形にできるなんて神業です。海外のトップデザイナーの伝説的なエピソードでしか聞いたことがありません、それもおそらくブランドに箔をつけるための眉唾ものです!」


 


 「はぁ、長い言い訳はそのくらいにしてくださる? 誰にでも出来るでしょう?」



 

 (アレに出来たのですから難しいことではないでしょうに、この人はワタクシを騙してお金だけ取るつもりなのかしら)


 



 三華は服作りを伍を基準に考えてしまっていた。

 伍がやっていることが本来は異常だというのに、それが並以下であるという認識だった。




 

 「少なくとも俺はそんなことが出来る人間を知りません」

 



 西脇の言っていることは間違っていなかった。

 そんな簡単に服というのは出来ないものなのだ。



 

 「もう良いですわ。ワタクシがせっかくイメージをお伝えてしているというのに……それを言われた通りにあなたは形にするだけでしょう? なにを難しいことがあるというのでしょう。ワタクシが着たいと思う服をワタクシが着るだけで服は飛ぶように売れるというのに」




 

 三華は自分が着たいと思う服のイメージを提案し、出来上がったものの中から選ぶということで、選んでいる自分がすごいと思っていた。

 それは大きな間違いであるというのに気づいていなかった。




 ただ自分は要望をつたえているだけで、現場のことはなにも分かっていなかったのだ。


 



 「はぁ、もういいですわ。そうですね、これではなくてもっと繊細かつ可愛く作り直してくださる?」


 

 「そんな……前に言ってたイメージと全然違う……。それじゃあ1からやり直すのと同じじゃないですか!」

 


 「ええ、そうですわよ? 当然ガルコレまでに出来上がりますわよね? 相応のお金をこちらから出しているはずですわよ、それに見合った仕事をしてくださいませんこと。なんなら契約破棄をしても良いんですわよ、でしたら前金で払っていたお金は返していただきますわよ?」


 

「ぐっ……かしこまりました。」




 西脇はたしかに凄腕のデザイナーではあったが、私生活に問題があった。



 西脇は無類のギャンブル好きでお金に目がなく、前金でもらっていたお金もすでにギャンブルに使い込んでしまい手元にはなかったのだ。


 

 (くそ、インフルエンサーブランドなんてデザインも知らない素人にそれっぽい感じの服でも見せつけとけばOKが貰えておまけに金もたんまり入る簡単な仕事だと思ってたのによ。こいつは何度やり直しさせるんだよ! やめようにも金はもうないし、返すあてがない)


 


 「では、遅くとも今週中にはサンプルを出してくださるかしら? ガルコレはもうすぐなのですから。よろしくお願しますわよ」

 



 三華はロクにデザイン案を出さずにそう言い残してアトリエを去って行った。


 

 三華が出て行ったことを確認した西脇は近くにあったイスを思い切り蹴る。



 

 「くそが!! 今からじゃどうやっても間に合わない、どうする俺……。いや、待てよ? 最近この近くのアトリエにすごいデザイナーがいるってなんか噂になっていたな……。そうか……! だったら!」



 

 この追い詰められた西脇がとった行動が、後に大きな騒動を巻き起こすことになる……。



 誰もそんなことになるとはつゆ知らず、ガルコレの開催はもう目前へと迫ってきていた。




 

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