第33話 僕のこと
「ちょっと待ってくれ! あれよあれよと話が進んで行ったが、伍くんが『CELENA』さんの弟子? 前から気になっていたが本当に君は何者なんだ? 景凪ちゃんとの昔話も気になるが……まずは伍くんのことを教えてくれないだろうか?」
先ほどのやり取りを見ていた宝塚さんが、驚いた様子で僕に質問をした。
「昔のままのあっくんだと思ってたけど、久々に会ったからやっぱり知らないことが多いや。だからあたしもあっくんのこと聞きたいよ……」
あっちゃんはどこか寂しそうに呟いた。
「そうだね……それを話すには僕の家族について触れないといけないんだけど。この際だから僕の話を聞いてもらおうかな」
姫路さんや明日花さんに景凪は、僕の家族事情をある程度知っている。
だけど宝塚さんやあっちゃんにはまだ話せていなかった。
隠していたわけじゃない、ただ話すきっかけがなくここまで来ていた。
最近はみんなで遊ぶことも多いし、もっと仲良くなりたいと思っている。
そして僕はこれまでのことを話すのだった。
○ ●
「そういうことだったのか……だがこれで合点がいった。君の台本への分析力とファッションの知識は姉妹をサポートする中で培われていたことなんだな。だが、サポートしているだけであれだけのレベルに達するのか……?」
「いやいや、僕なんて全然普通だよ」
「あれは普通の領域からかなり逸脱しているように思うが……」
宝塚さんは納得したような納得していないような、そんな表情だった。
「あたし、幼馴染なのにあっくんの家族のこと全然知らなかった……。だからあの時はいつも一人だったんだね……気づいてあげられなかったなんて幼馴染失格だなぁ」
「そんなことないよ! 小さい頃にあっちゃんと遊んでる時間はほんとに楽しくて、家族のことを忘れられたからさ。ほんとに感謝してるよ」
「あっくん……」
落ち込んでいるあっちゃんに僕は声をかける。
あっちゃんとの思い出が幼少期の僕を支えてくれたのは間違いないから。
「にしても本当に許せないな、ここまでしてきた伍くんを追い出すとは。私が天ヶ咲事務所に乗り込んで話をつけてこよう」
そう言って宝塚さんが立ち上がる。
「ちょっと宝塚さんストップストップ! さっき話したように僕はもう気にしてないからいいんだ。追い出してくれたおかげでこうしてみんなと仲良くなれたんだし、むしろ感謝してるくらいなんだよ?」
「だがしかし、私の腹の虫が治まらないのだ!」
「そう思ってくれるだけで嬉しいよ、でも僕はホントに大丈夫だからさ。鈴ちゃんお願いだから落ち着いて?」
「んなっ!! こ、こういうときにその呼び方は卑怯だぞ……」
たまに彼氏役のときの名残で鈴ちゃんって呼んでしまうときがあるんだよね。
僕の話を聞いてくれた宝塚さんは怒りが収まったようで、大人しく座ってくれた。
(思い切りの良い宝塚さんならあのまま事務所に突撃しかねないから、良かったよ……)
「景凪が留学から戻ってきたらつむつむ転校してるからなんとなく気づいていたけど……やっぱりそうだったんだ。あの人たちがしたことは許せないけど、つむつむはあんなところから離れて良かったって景凪は思ってるよぉ? それに景凪は前からあの家族と離れた方が良いって言ってたし、遅いくらいだよ」
「まあ当時の僕はあの人たちのことを家族と思っていたし、育ててくれた恩もあったから多少はね……」
あの頃の僕は家族に認められることが物事の中心だった。
視野が狭かったなって今になって思う。
「けど、伍があの『CELENA』さんの弟子だったなんてね。私でもそれは知らなかったわ」
明日花さんが肩をすくめる。
「弟子というか……、家族が長期の海外旅行に行った時に僕ひとりだけ置いてけぼりにされちゃってね。そのタイミングでひょんなことからセレーナさんに拾われてお世話になってたって感じなんだよ。あの頃はめちゃくちゃこき使われて大変だったな……」
「逆瀬川くん遠い目してるよ! 大丈夫?」
姫路さんの声で我に帰る。
あの激動の日々を思い出して僕はぼーっとしてしまったみたいだ。
「その様子じゃ相当しごかれたみたいね……」
明日花さんが僕の様子を見て心配してくれていた。
「まぁね……、そのおかげで色々と身についたし感謝してるよ。景凪とはセレーナさんにお世話になってる時に出会ったんだ」
「そういうことだったのね。それにしても景凪って呼び捨てなのね……?」
さっきまで心配してくれていた明日花さんから、なぜか圧を感じるんですけど!?!?!
「そ、それは……景凪もセレーナさんに拾われてて一時期は家族みたいに過ごしてからさ、それでだよ」
「なるほどねぇ……?」
事情を説明しても明日花さんの圧が弱まることはなかった……。
「景凪はつむつむと家族になっても良いと思ってるよ?」
「んなっ」
「は?」
「え……」
「うそ!」
景凪の発言を聞いた四人がそれぞれの反応をしたあとに固まった。
「はは、いつも景凪はこうやってからかってくるんだよ。ダメだよ、そんなこと簡単に言っちゃ。景凪は美人さんなんだから勘違いする人も出てくるだろ?」
「むぅ、簡単に言ってないのにぃ……」
景凪はそう言ってテーブルに顎だけを乗せて唇を尖らせていた。
「家族って意識があるから相手として見られてないのかしら……距離が近いのも考えものね……」
「ん? 明日花さんなにか言った?」
「ううん! なんでもないわ!」
「そ、そっか……」
それから僕らは少し話をして、喫茶店も通常営業に戻る時間になったので解散した。
打ち明けたことでみんなとより仲良くなれた気がするよ。
○ ●
「皆さん今回はアトリエをお貸し頂き、ありがとうございます! 少しの間ですがお世話になります!」
僕はいまアトリエに来ていた。
あの日のうちに垂水さんから連絡があり、僕のガルコレへの出場が本決定したのだった。
出場が決まったもののショーまでの期間は短く、急いで服を作らなければいけない。
僕は服作りのためのアトリエを持っていないため、垂水さんが事務所の繋がりのあるブランドのアトリエの一角を間借りすることとなった。
「つむつむの服早く着たいー」
「景凪ちゃん落ち着くんだ、そんなすぐに服は出来ないだろう?」
「そうだよ神戸さん、今日はデザインを考えるだけだよ?」
じたばたしている景凪を宝塚さんと姫路さんが落ち着かせていた。
「にしても、三華が出るなんてね……伍、大丈夫なの?」
明日花さんが僕に声をかけてくれた。
というのもガルコレには今回、三華さんも自身のブランドで参加する。
それを気にしているんじゃないかと明日花さんは僕を心配してくれている。本当に優しいな。
「うん、大丈夫。もし現場で会ってもみんながいるから心強いよ」
ガルコレは1ブランドにつき5つのルックを出して、どのルックが良かったか来場者に投票してもらい順位を決めるシステムだ。
つまりその数の服を用意しなくてはいけない。
また服だけでなくモデルも必要となるので、景凪のほかに明日花さんと宝塚さんにも参加してもらうように僕からお願いした。
二人の事務所にもOKをもらって今、ここにいる。
残りの2人のモデルは景凪の事務所から来てくれることになった。
姫路さんやあっちゃんにもモデルをお願いしたんだけど、姫路さんは『大勢の前に出るのは恥ずかしいよ……、それに私なんかじゃ……』と今回は出ないことになった。
見た目に関しては、スタイルも抜群で顔も整いまくっててもはやモデルだと思うけど、引っ込み思案の姫路さんのことを考えると当然のことだった。
だけど制作から当日まで、スタッフとして手伝うと申し出てくれたので非常にありがたかった。
あっちゃんはというと、『ちょっと締め切りが近くて、今回手伝ったり見に行くことできそうにないや。ごめんねあっくん』とのことだった。
(締め切り? 喫茶店のことでなにか急ぐ用事があったのかな……)
少しの間アルバイトを離れることになって申し訳ないなと思う。
でもその分、僕は目の前のことを精一杯やらなくてはと気を引き締める。
「よし、やろう!」
僕は気合を入れて、さっそく作業に取り掛かるのだった。
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